第16話 母を殺したのは私?

「ここからは、ルイーズ様にも同席していただきたい」

 そう言い出したのは、ジャメルだった。

「ベルも一緒に城に帰りましょう。仕事なんてしなくて良いわ。そばに居て欲しいだけなの」

 レナの説得に応じたベルは共に城へ戻った。

 こんな簡単に城へ戻って良いのかと当然悩みはしたが、レナにとって、一番辛い話はこれからだ。

 そばに居られるものなら、居たい。

 それが、アミラとの約束だから。





 再び祖母の元へと向かう朝、レナは頭が重かった。

 祖母と母の過去の話は衝撃的だったけど、私は街でママと幸せに暮らしていて、何も問題もなかったのよ。

 城に移り住んでからのほうが、問題は多いじゃない。

 あの頃に戻れないのかしら。

 戻れないわよね、ママは病気で死んでしまったんだもの。

 レナは、古城に向かう馬車の中で、頭の中は忙しくしていたが、実際は無言でゆらゆらと揺られていた。


 古城のルイーズの元に、アンドレ、レナ、ジャメル、ベルの四人で訪れた。

「母上、ここでレナに話そうと思うんだ」

 アンドレが、母ルイーズに語りかける。

「好きにすればいい」

 父と祖母のやりとりも、薄いカーテンの向こうで起きているかのようにしか、レナには見えなかった。



 あの日、重い鎖に繋がれたルイーズの元に現れたのは、毒殺した筈のアミラだった。

「お前、死んだんじゃなかったのかい!」

 ルイーズは怒りで震えていた。

「はい」

「魔力を使ったのか!」

「はい」

「使わないと誓った筈だ!」

「誓いを破りました」

 顔色一つ変えないアミラの様子は、ルイーズの怒りの火に油を注いだ。

「やはりな。お前達は、そう言うやつらだ!」

「せめて、この子が産まれるまで待っていただきたかったです」

「魔人の血を引くお前の子などいらぬ!」

「この子はアンドレの血も、そしてルイーズ様あなたの血も引いております」

 ルイーズは、言葉が出なかった。

 そうだ、あの女の中に居る赤ん坊は、私の、そう私と私の父の血をも引いているのだ。

 心が魔人への憎悪で支配されていしまい、そのような事は考えもしなかった。

 ルイーズは、その場に崩れ落ちた。

「私はこのまま城を出ます」 

「城を出てどこへ行こうと言うのか」

「私が城に居ては、ルイーズ様の御心を乱すだけです」

 この女は、何もかもお見通しだ。

「私はこうして生きております。ルイーズ様は、何も罪を犯せれてはいないのです。クリストフ、ルイーズ様の鎖を外して下さい」

 アミラは、そう言って去って行った。

 ルイーズの鎖は、クリストフの手によって外された。




「レナ?」

 レナの様子がおかしい事に気が付いたのは、ルイーズだった。

「え?」

「どうかしたのかい?」

「あ、ごめんなさい、なんだか頭痛が……」

 不調を口にした途端、気のせいか益々具合が悪くなる。

 なんだか気分まで悪くなってきた。

「ごめんなさい、私の為にみんなこうして話してくれているのに、具合が……」

 レナの顔が、青ざめていくのは誰の目にも明らかだった。

「少し横になったほうが良いんじゃないのか」

 アンドレは娘の不調に、オロオロするばかりである。

「お部屋を用意してまいります」

 ベルが急いで部屋を出て行った。




 ベルが冷たく塗らしたタオルを、レナの頭に乗せる。

「気持ち良い……」

「お疲れになったのでしょう」

「そうかな……」

「今日は、ここで一夜過ごしましょう」

「お父様達は?」

 折角、自分の為にここまで一緒に来てくれたと言うのに、本当に申し訳ない。

「お城に戻られました。ジャメルはエリザと入れ違いで城に戻りました」

「そう……」

 本当に、どうしてしまったんだろう、こんな具合が悪くなるなんて。

「少しお休みください」

「うん」

 目を閉じて暫くすると、ベルが部屋から出て行く気配がした。




「レナ? どうしたの? おなかが痛いの?」

 アミラがレナの顔を覗き込み、抱きかかえる。

 レナはまだ五歳だ。

「うん……」

 母の腕に身を任せると、それだけで少し痛みが治まったように感じる。

「冷たいものを食べ過ぎたのかしらね」

 レナを抱きかかえ、ベッドへ運ぶ。

 ベッドに横たえたレナの腹部を優しくなでると、青かったレナの顔色が少しずつ、いつものバラ色に戻ってくる。

「少しは良くなった?」

「うん!」

 すっかり元気になったレナに、優しく微笑むアミラ。

「もう冷たい物ばかり食べちゃだめよ?」

「うん!」

 うん、と言った自分の声で、レナは目が覚めた。

 一瞬自分が何処にいるのか分からなかった。

 ああ、そうだ。ここは祖母が幽閉されている古城だったんだ。

 夢を見たんだわ。


 少し眠ったので頭痛は楽になったようだが、腹痛が起きていた。

 だから、あんな夢見たのね。

 こんなに具合が悪くなるなら古城に来なければよかった。

 城の部屋の方が、ゆっくり休めるのに。

 具合が悪い事、ジャメルもエリザも気付いてくれなかったのかしら。

 何だか、酷くいらいらする。

「ご気分が優れないようですね」

 そばにエリザが居る事に、気がつかなかった。

「お食事はどうされますか」

「いらない」

 エリザは心配してくれているだけなのに。

 つい、ぶっきらぼうに答えてしまった自分に、またいらいらした。



 翌朝、朝食もそこそこに再びルイーズの元を訪ねた。

 いつの間にか、エリザとジャメルが入れ替わっていた。

「ジャメル、いつ来たの?」

「先ほど」

「そう」

 相変わらず腹痛だし気分も優れないけれど、いつまでのこの古城に居るのも嫌だった。

「ママはお腹の中の私と城を出て、街で暮らし始めたのよね」

 さっさと、話を終わらせて欲しかった。

 ママが生きていれば、夢と同じようにお腹をなでてくれて直ぐ良くなっただろうに、どうしてママは私を置いて死んでしまったのよ。

 病気くらい、魔力で治せなかったのかしら。

 この腹痛、私の魔力程度では治らないわ。

 どうしてジャメルもエリザも治してくれないんだろう。

「アミラ様は、レナ様がお生まれになる前から気付いておられました」

 ベルが口を開いた。

「何を?」

 勿体ぶらないで、さっさと話を終わらせて欲しい、レナはそれしか考えていなかった。

 ジャメルが重い口を開く。

「レナ様の強力な魔力をです」

「私?」

 強力な魔力?

 そんな訳はないわ。

 自分の体調不良すら治せないんですもの。

「はい。その魔力は、街では絶対に気付かれてはいけない」

「そうよね……」

 魔人だと知られたら、街では絶対に暮らせない。

「アミラ様はご自分の魔力を、姫君の魔力を押さえ込む事だけに集中された」

「だけに?」

「そう」

 と言う事は……

「だからママは病気を魔力で治せなかったのね?」

 誰もレナの質問に答えてくれない。

「ねぇ、そうなの?」

 私の魔力を抑えるために、ママは病気を治せなかったって言うの?

 私のせいなの?

 違うわよね、ジャメル!

 レナは訴えるようにジャメルを見つめた。

 しかし、ジャメルから語られた言葉は、レナを地獄に突き落とした。

「アミラ様は、病気で亡くなったのではない」

「どう言う事」 

 ルイーズは気丈な振りをしているが、握り締めた拳が、レナに嫌な予感を起こす。

 まだ、何かあるって言うの?

「あの女は病気で死んだ。病気だ」

 ルイーズが、声を荒げた。

 ベルが耐えられなくなり、部屋を出て行く。

「姫君の魔力は産まれる前から非常に強く、それは年齢と共に益々強力になった」

 自分の不調すら治せない魔力が強いと?

 レナは信じられなかった。

「その魔力を封じ込める為、アミラ様はご自分の命を削られた」

「命を削った?」

「違う、あの女は病気で死んだんだ」

 ルイーズが必死に叫ぶ。

「ルイーズ様、真実を曲げる事は出来ません」

 ジャメルが静かに語る。

「姫君の魔力は、これまで私が知る魔人の中でも飛びぬけて強い。おそらく、アミラ様が誓いを破ったためかと」

 これだけはジャメルに確かめなければ。

 きっとジャメルは、違う、と言うに決まってる。

「ママは、私のせいで死んだの?」

 ジャメルがレナの目を見つめて言った。

「端的に言うのであれば」

 誰かが悲鳴を上げた。

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