第15話 過去の誓い

 息子アンドレの結婚にまつわる全てが、ルイーズの知らぬ間に決まり進められていた。

「私の人生は、大切な時に限って、魔人に苦しめられてしまう」

「アミラの動向は、私達兄妹が見張りますので、ご安心下さい」

 嘆くルイーズに、そう申し出たのはジャメルだった。

 間もなくして、国内外に向けて婚姻の儀が行われた。

 もちろん、アミラの素性はひた隠しにされた。

 不満顔で横に立つルイーズを見た人々は、嫁姑の不仲を噂した。

「不仲も何も、話をした事もないわよ、ねぇベル」

「ええ、そうですわね」

 ルイーズに嘘をついてしまった。

 ベルは心苦しかった。

 アミラには、城の中で部屋が与えられていた。そして、その部屋に食事を運ぶ役目をベルに命じたのは、アンドレだった。

 アミラの城での生活は、1時間ほど散歩に庭に出る程度で、居るのか居ないのか、分からないほどだった。

 アミラ人生と言う時間静かに通り過ぎるのを待っている、そんな風に見えた。

「どうして、ここへ来られたのですか」

 思わず聞いてしまったベルに、アミラは微笑み答えた。

「命を賭けた呪いほど、強力な呪いはございませんから」

 アミラにとって、はるか昔の出来事は歴史上の出来事ではなく、アミラの人生を支配する呪いなのだ。

「私の行動で、この国の民の平和が守られるのなら」

 アミラは、本当にルイーズを苦しめたあの魔人と同じ人種なのだろうか。

 ベルの心は揺れた。、

「中には魔力に溺れて、守らねばならぬ事を忘れる者もおります」

 唐突なアミラの発言にベルは思わず、目を見開いてアミラを見つめてしまった。

 私は今、言葉を発したのだろうか……。

「ああ、もう、本当にごめんなさい。あの、もし良かったら思った事は言葉に出していただけませんか」

 心を読まれた!!

 ベルは、部屋を早々に逃げ出してしまった。

 しかし、アミラ様なら信じて良いんじゃないだろうか。





「庭の花が綺麗に咲いておりましたので」

 ある日ベルは、食事と一緒に、庭の花を生けて運んだ。

「まぁ、ありがとう!」

 ささいな事だったが、こうしてベルとアミラの距離は少しずつ近づいた。

 しかし、アミラと親密になっていったのはベルだけではなかった。

「ベル、ちょっとご相談が…」

 アミラが思いつめた様子で言った。





「アミラ様のお人柄に惹かれたのは私だけではなかったのです」

 レナには思い当たる人物がいた。

「もしかして、お父様?」

「そうです」



 アンドレが怒り狂う母ルイーズを見たのは、始めてだった。

「何を言っているのです! アンドレ」

「しかし、アミラは私の妻です!」

「絶対に許しません。妻が欲しいのなら私が他に探します。あの女だけは絶対に許しません」

 大事な息子の妻に魔人など、絶対にあってはならない。

「一体アミラの何が気にいらないのです」

 アンドレは頑なな母に苛立った。

「お前は、あの女に心をもてあそばれているのです!」

「そんな事は絶対にない! 母上、あなたは本当のアミラを知らないだけだ」

「知っている! あの女は魔人だ!」

「魔人の全てが叔母様のような人ではない」

 ルイーズにも、本当は分かっていた。

 ジャメルにエリザ、他にもルイーズがこの城に来る前からここで仕事を得ている魔人達は皆、国王やルイーズ、アンドレを敬い慕ってくれている。

 だからと言って息子の妻が魔人などと、到底許せるものではない。

 それとこれとは、話が別だ。

 また私は魔人の為に、煮え湯を飲まされるのか。

 もういい、腹を括ろう。

 私が鬼になればいいのだ。

 あの日は失敗したが、今回は必ず成功させてやる。



 当初、アミラはアンドレの申し出を断り続けた。

 ルイーズの魔人に対する怒りはもっともであり、もし、今ここで自分が一人の女としての幸せを選んでしまえば、城の中に居る魔人達の運命をも狂わせてしまいかねない。

 このまま静かに生きていく、そう決めてここへ来たのだ。

 ところが、ある日ルイーズから手紙を受け取った。

 たった一言。

『好きにすれば良い』

「ベル、これはどう言う意味なのかしら」

「文面のままかと…」

 ベルの様子に気付けない程度に、アミラの心も躍っていた。


 そしてアミラは誓いを立てた。



 ルイーズからの手紙を受け取ってから暫く、アミラは城の中でアンドレの妻として幸せな日々を送っていた。

 アミラは、自分の身体の変化に直ぐ気付いた。

 自分以外の魂が、自分の中に居る。

 勿論アンドレは喜んだが、一番喜んだのルイーズだった。

 産まれてくる子供と過ごすために、部屋の調度品を自ら選び幸せの絶頂だっあ。

 そして、毎日のように届くルイーズからの贈り物を疑いもなく受け取り、そして口にした。

 お腹の膨らみが目立ち始めたある日、珍しい果物がルイーズから届けられた。

 切り分けたのは、ベルだった。

 それはとても香りが良く、口当たり滑らかで身体に染み入る様な味わいだった、

 しかし、暫くしてアミラが突然苦しみ始めた。

 このままでは、お腹の子どころかアミラ自身の命が危ない。

 アミラは自ら立てた誓いを、破った。



 ルイーズの部屋に、フレッドとアンドレが神妙な面持ちで入ってきた。

「うまくいったのかい!?」

 上気した顔のルイーズが、弾かれた様に椅子から立ち上がる。

「とうとう、やってやった!」

 フレッドとアンドレに駆け寄り、二人の手を取った。

「もう、これで魔人に悩まされる事は無いわ。あの女も、お腹の子も死んだんだね!」

 フレッドは、ルイーズの手を振り払った。

「母上……、さようなら」

 アンドレは、優しく強く母の手を握りしめた。

 兵が、ずかずかと部屋の中へ入って来てルイーズを鎖に繋ぎ、古城へと連れて行った。




 苦しみから解放されたアミラが、荷物を準備していた。

「私は、城を出ます」

「どうしてです、そんなお身体で」

「ベル、今までありがとうございました」

 荷物を抱えて、大きなお腹で今にも出て行きそうな気配である。

 様子に気が付いたジャメルとエリザもやってきた。

「二人にはわかるでしょう。私が何故出て行くのか。出ていかなければならないのか」

 ジャメルが、アミラの部屋に呼ばれたのは、アミラが自身の妊娠に気付いた時だった。

「誓いを立てようと思うの」

「誓いの証人になれと?」

「私は生まれてくる子に魔人であって欲しくないの。魔人なんて何一つ良いことないわ。だから誓いを立てます。この子が普通の人間として産まれてくる代わりに、私は今後一切魔力を使わないと」

 ジャメルは喜んで誓いの証人となった。



 

「誓いを破って魔力を使ってしまったけど、ママと私の命は助かったのね。でも、誓いを破るってそんなに大変な事なの?」

 ジャメル達にとって、魔人として当たり前の知識がレナには欠けている。

 ここからは誓いの証人だった自分が話すべきだ、ジャメルは心を決めた。

「誓いを破ったら、逆の事が起こる。ここから先は、私が話しましょう」

「ああ、ジャメル。そうね、ここからはお前が話すべきね。お茶が覚めてしまった。入れなおしましょう」

 ベルが席を外した。

「じゃぁ、私の魔力は、お祖母様の毒からママと私を守る為に……」

「そう言う事です」

「私が魔人なのは、仕方がないわね」

 レナはジャメルに微笑みかけたが、ジャメルの表情は暗い。

「まだ、何かあるの?」

 ジャメルは迷っていた。

 これ以上、話す必要はあるのだろうか。

 不必要にレナを傷付けるだけなのではないだろう。

「ジャメル?」

「いずれ知る事になるなら、今知った方が良いのかもしれませんな」

 ジャメルが話そうとする事が、レナにとって良くない事である事は、間違いなさそうだ。

 レナは覚悟をした。

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