第14話 遥か昔の話

 母ルイーズからの手紙に思ったほどは動揺しなかった。

 衝撃的な告白文に、心がどう反応して良いのか分からないというのが正直なところ。

 ただ、自分の存在を否定された気がして悲しかった。

 ルイーズは、レナを愛おしいと書いてある。

 でも、憎いとも……。

 分からない、分からない事ばかりだ。

 父アンドレが、心配してやってきた。

「母は元気だったかい?」

「はい……」

「それは良かった」

「これを……」

 ルイーズの手紙をアンドレに渡した。

 アンドレは静かに、顔色一つ変えることなく読み進めるた。

「母はレナの事が可愛くて仕方ないんだね」

「え?」

 確かに愛おしいとか書いてあるが、その手紙の、どこをどう読めばそんな風に思えるのだろう。

「母がね、レナに会いたいと言った時、レナを殺そうとしてるのかと思ったんだよ。だからエリザに一緒に行ってもらった」

 ルイーズの手紙をレナに返すと、意味ありげに笑うアンドレ。

「レナ、この手紙はお守りになるだろうね」

 アンドレから詳しい事は何も聞けなかった。

 これはやはりベルに聞くしかないのか。

「ベルの元へ行かれるのなら同行いたしましょう」

 ジャメルが申し出た。

 私の生活が落ち着く日はいつなのだろう。

 どうしてこう難題ばかりが前に立ちふさがるのか。母と暮らした十三年がどれほど穏やかな日々だったのか、身に染みていた。


 翌日、街へと近づく景色を馬車の窓から眺めていた。

 ベルは、緊張した面持ちでレナを出迎えた。

「お茶でもお出ししましょう」

 お茶を準備するベルの手が震える。

 とうとうこの日が来てしまった。

 レナがルイーズを訪ねた事は、夫クリストフから早馬で届いた手紙で知っていた。

 ルイーズ様は、どこまでお話になったのだろう。

 レナの様子も少しいつもと違う。

「ベル、お祖母様がこの手紙を」

 差し出された手紙を受け取るが震えた。読まなくても、書かれている事は分かっている。真実を話す時が、今来たのだ。


 


 ベルは十六歳で親元を離れ、ベナエシ国王一家の居城でメイドとして働き始めた。

 四歳年下の皇女ルイーズは気は強いが天真爛漫で、仕え甲斐のある日々だった。

 しかし事件は起こった。

 薬で眠らされたルイーズと一緒に、突然この国へやって来た。

 最初の頃はルイーズの事や、慣れない場所での生活で大変であったが、庭番のクリストフと恋に落ち夫婦になった。

 ルイーズにもアンドレが産まれ、このままこの国で静かに暮らしていくのかと思った。



「ある日、極秘でアミラ様がお城に来られたんです」

 ベルは、まるで昨日の事のように語った。

「極秘に?」



 ベルは、夜遅く当時の国王であるアンドレの父フレッドから呼び出された。

「お呼びでございましょうか」

 フレッドの執務室に入ると、そこにアミラが居た。

 とても優しそうで美しい女性だと思った。ベルは、美しいアミラに思わず見惚れた。

 どこのお姫様だろう……。

「こんな時間に申し訳ないね」

「いえ」

「アンドレの婚約者が到着しんだよ」

「では、ルイーズ様をお呼びしましょうか」

「いや、ルイーズには話さないで欲しい」

 ベルにはフレッドの真意が分からなかった。

「アミラはね、魔人なんだ」

 声が出なかった。

 どうしてアンドレ様の婚約者が魔人なのだろう。

 ルイーズ様が、魔人の女にどれ程の仕打ちをされたのか、フレッド様はお忘れになったのだろうか。

 恐ろしくなったベルは部屋から逃げ出したい衝動に駆られた。

「逃げないで!」

 叫んだのは、アミラだった。

「そこに座って話しを聞いてくれないか、ベル」

 フレッド様の頼みを断れるわけが無い。

 しかし、今ここで話を聞くのはルイーズ様を裏切る事になりはしないだろうか。思案するものの、フレッドの勧めるまま椅子に座ってしまった。

 あの日、あの部屋から逃げだしていたら、今別の人生を送っていたのだろうか。




 あの事を、いずれレナも知る事になる。ベルは迷った末城から逃げ出した。

 しかし、ルイーズがベルに託したのだ。

「この手紙は、アンドレ様もご覧になったのですか?」

「お父様にもお見せしたわ」

「そうですか」

 アンドレまでもが、ベルに託したと言う事か。

「少々古く、そして長い、レナ様のお嫌いな歴史の話になりますが」




 随分昔、この国の近隣諸国は協力して、ナカジアと言う国を攻め落とそうとしていた。攻め落とされるのも時間の問題と察したナカジア国王は、これ以上国民に犠牲を強いる事が出来ないとし、国を明け渡す条件を示した。

 ナカジア国の王族の子孫を、各国順番に自国の後継者と婚姻させる事。

 王族一族が、ナカジア国の一番山奥の村にひっそり暮らす事を許す事。

「良い国王様じゃない」

 民の事を第一に考えなかればならない、レナもそう皇女教育で学んだ。

「ええ、最初は誰もがそう思ったのですがね」

 何も知らない諸国は、戦費も減らせると、喜んで条件を飲んだ。

 しかし、最初の国がナカジア国王族と婚姻を結んだ時、それは発覚した。

 ナカジア国の王族は、魔人一族だったのだ。

 当時の王族の魔力は随分と弱っており、何とか王族を生き残らせるため、国王が取った策、それが婚姻の約束だった。魔人は人の心をもてあそぶと、当時より忌み嫌われていたため、条件を反故にしたり婚姻後に暗殺したりする国が続いた。

 領地を失い、山奥で不便な生活を強いられていた国王は、諸国の行動を知ると、命を懸けて呪った。

「約束を果さぬ国には災いが降りかかる」



「約束を破る方が悪いけれど、魔人だものね……」

 魔人、それはレナ自身にも突き刺さる言葉だ。

「近隣の国々の王族の皆様は、みな魔人と血の繋がりがあると言う事なの?」

「そうとも限りません」

「え?」

「婚姻せよ、と言うだけで子孫を残せとは言っておりませんので」

「あ……」

 なるほど、そう言われてみれば。

「実際、そう解釈した国は多かったのです」

「でも、お祖母様の国は違ったのね」

「ルイーズ様のお父様とお兄様は、魔人に心をもてあそばれてしまったのです」

「じゃぁ、ママも魔力で……」

「いえ、アミラ様は違いました」

 ベルは心外とばかりに否定した。

「え?」

「アミラ様は、ルイーズ様に起きた悲劇をご存知でした」




「フレッド様、いくらフレッド様の御言いつけでも、アンドレ様に魔人の女など!」

 ベルは、国王にたてついた。

「形だけで、いいのです」

 そう言ったのは、アミラだった。

「こちらへ来る前、ルイーズ様の母国へ、ご挨拶に訪ねて参りました」

 この魔人の女は何を言い出すのだ、ベルは警戒した。

「あれでは、警戒されても仕方ありません」

 この女、今私の心を読んだ……。

「これは、失礼な事をしてしまいました」

 また!

「もう、止めて下さい」

 ベルは思わず頭をかかえた。

「私は、ここで形だけ婚姻を行い、後はお部屋を頂ければ、静かに一人で暮らします」

 ベルは耳を疑った。

「私がそうする事で、村に住む一族が平和に静かに暮らせるのなら」

 まだ十八歳くらいだろうか。

 その顔には覚悟が見えた。

「しかし、ルイーズ様がお許しになるか……」

「ルイーズの許しはいらないよ」

 フレッドがきっぱりと言い放った言葉に、ベルはそれ以上なにも言えなくなってしまった。

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