第13話 打ち砕かれる

「久しぶりに長く話をしたら疲れたわ。休ませてちょうだい」

 ルイーズが寝室で少し休むと言うので、レナは庭を散歩する事にした。


 クリストフが、庭の手入れをしていた。

「あの、さっきはありがとうございました」

「おや、レナ様、お散歩ですか?」

「お祖母様が、お疲れになったみたいで」

「そうでございましたか」

 クリストフは、手入れする手を止め、花をいくつか摘んでレナに渡した。

「綺麗なお花ね」

「ここにある花は全て、ルイーズ様が植えて、手入れされていたものです」

「えー、凄い」

 庭のあちこちに植えられた花。

 家族と引き離され、無理矢理連れてこられたこの城で、一人寂しく花を植える十三歳のルイーズがそこにいるようだった。

「かわいそうな、お祖母様」

「厄介払いされたようだったと、ベルが申して入りましたな」

「ベルを知ってるの?」

「はい、私の妻でございます」

「え!」

 レナはベルの家族について考えた事もなかった。

「もう随分昔の事ですよ。ベルは、ルイーズ様と一緒にここへ来たメイドでございましてね」

 と、クリストフは笑った。




 目が覚めたら、この城のベッドだった。

 心配そうにルイーズの顔を覗き込んでいたのは、メイドのベルだ。

「ベル、ここはどこなの…」

「あ、えっと、あの……」

 まさか、眠っている間に何日もかけコサムドラ国にやって来たとは、ベルの口からは言えなかった。

「今日は何曜日?」

「木曜日にございます」

「お兄様の挙式は!」

「滞りなく無事に、と聞いております」

「あの女! 絶対に許さない!」

 ベルがおずおずと、着替えを差し出した。

「お食事はどういたしましょうか」

「いらない」

 何か薬を盛られたのだろう。

 頭が重く気分が優れない。

 油断してしまった。

 ここが何処なのかすら分からなければ、どうしようもない。

「着替えたら散歩に行くわ」




「初めてルイーズ様とベルに会ったのは、その時です」

 老兵クリストフは、懐かしむような遠い目をした。




 無理やり嫁ぎ先の国へ運ばれたルイーズは、何とかここから逃れ、国へ戻る事ができないかと考えた。

 しかし、何の不自由なく生きて来た十三歳の少女には何も知識も妙案もなかった。

 仮に戻ったところで、もう私の居場所はないのだ。

 その証拠に、ルイーズが十三年間過ごした部屋にあったもの全てが、ここへ運ばれていた。

 机の上には、兄から貰ったナイフも置いてあった。

 間違いなく、あの女の仕業だ。

 私を裏切った父や兄も許せなかった。

 ここで一人死んでやる!

 ルイーズは食事を一切取らなかった。

「お願いでこざいます。せめてスープだけでも」

 ベルが懇願する。

「ごめんなさいねベル。でも、これは決めた事なの。こうでもしないと、私の気持ちはお父様にもお兄様にも伝わらない」

「それが……」

 数日前、心配したベルが出した手紙の返事をルイーズに手渡した。

『娘ルイーズに関しては、既に手放したものであり、生死を含む全ての事において、関わるつもりはない』



「ルイーズ様より、ベルの怒り様が凄かった」

 クリストフは、これ以上面白い物はなかったと言い大笑いしていた。




「私がここへ引き取られた時、ルイーズ様は本当にお優しい方でした」


 散歩から戻ったレナは、エリザから思いもよらない言葉を聞いた

 兄嫁から酷い仕打ちをうけてやって来た国で、殺してやりたいほど憎い兄嫁と同じ魔人であるジャメルやエリザに、本当に優しかったのだと言う。

「お祖母様、本当は優しい人なのね」

 母を『あの女』と呼ぶ人間とは思えない。

 ルイーズの人間像にレナは苦しんだ。

 





「生きる場所を失った者の悲しみは、失った者しか分からないからね」

 ルイーズが、寝室から出てきたのは、日が落ちてからだった。 

「あの、聞いても良いですか?」

「なんだい」

「どうして、マ……母の事を『あの女』なんて言うんですか」

「嫌いだからだよ」

 その口調から、はやはり嫌悪感を隠そうともしない強さを感じた。

 しかし、母はこれ程嫌われる何かをしたのだろうか。

「私の若い頃の話なんてレナには退屈だろう」

「そんな事ないですけど……」

「一番大事な話をしなくちゃいけないね」

「大事な話?」

「その話をする為に来てもらったんだよ」

 ルイーズの目が、鋭く光った。



 

 暗い夜道を急ぐ馬車の中で、レナは泣いていた。

「私はね、あの女とレナ、お前を殺したんだ。だから、こうして繋がれてるんだよ」

 目を光らせたルイーズはこれだけ言うと、重い鎖を引きずって寝室へ行ってしまった。


「どうしてあんな事を、おっしゃるの?!」

 突然の告白の内容に、驚き泣き続けるレナに、エリザがハンカチを差し出す。

 殺した

 と言われても、レナはこうして生きているし、母が死んだのも長く患った病気が原因だ。

 しかし、ハンカチを受け取とり深呼吸をすると、冷静さが戻ってきた。

「ありがとう。こんな顔で城に戻ったら、みんな心配するわよね」

「誰にも会わないよう、お部屋に戻りましょう」

「ねぇエリザ。私、訳が分からないの」

 エリザが一通の手紙を差し出した。

「ルイーズ様からです」

「え?」

「レナ様を前にすると、言えなくなるとおっしゃって」

 今すぐにでも読みたい。

 早く部屋に戻りたい。

 母が、産まれてくるレナを思い準備したあの部屋に。




『 愛しい、そして憎いレナ

 お前の顔を見ていると、本当の事を言うのが怖くなったので、手紙にします。


 私の兄嫁は魔人で、その魔力で父と兄は心を奪われてしまい、私は十三歳で国を追われた。


 ここで生きていくしか無いと悟った時、この国の人は優しかった。


 十五歳で結婚をしてアンドレが産まれたんだよ。

 それからアンドレが成人するまでは、本当に幸せな日々を送らせてもらったよ。


 でもね、アンドレには、生まれた時から決まった婚約者が居たんだよ。

 私の身に起こった事を知る人たちが、私には知られないようにしてたんだ。

 知った時には気が狂うかと思った。


 アンドレの婚約者は、魔人のアミラだったんだよ。

 私から、家族と母国を奪った魔人。

 どんなに反対しても、誰も聞き入れてくれなかった。

 夫である国王にも言ったんだけど、慣習だと聞き入れてくれなかった。

 十三歳の時と同じように、自分の無力さを実感したよ。

 そして、大切な息子の嫁に魔人だなんて、全ての幸福を奪われたと思った。

 大人になって、優しい人間になれたと思っていた。


 子供だったジャメルとエリザが村を追われて迷い込んだ時、心から可愛そうにと思い、城で育ててやれろうとも言った。

 けどね、それは自分が幸福だったからだよ。

 幸福を奪われた私は、十三歳から何も変わってなかった。

 そして、レナ、お前があの女に宿った。

 あの魔人の血を引く子供を、この世に生み出させてはいけない、そう思い実行した。

 私の思いを分かってくれるベルに薬を渡した。

 思えば、自分の手で行えばよかったものを……。

 レナお前が生きてると言うことは、計画は失敗した。

 後悔している、失敗した事を。

 でも、レナ、お前が愛おしい。

 何故失敗し、お前は生きているのか、私には分からない。

 きっとベルなら知ってるんだろう。

 後はベルに聞いておくれ。


 これで私は、いつでも死んでいける。』

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