第12話 祖母の姿

 ベルはレナの焼いたケーキを胸に抱き、城から離れた。

「食べ終わったらすぐ来てよ! 明日でも良いのよ!」

 レナは、いつまでもベルの乗った馬車に手を振り続けた。

 ベルも名残惜しそうに、レナの姿が見えなくなっても、後ろを見つめていた。



 数日後、同じ馬車に乗ってレナは離れた村にある祖母ルイーズの住む城へ向かっていた。

 ベルの後を継いで、レナの教育係となったエリザが同行している。

 エリザもルイーズに遭うのは、あの日以来だ。

「ねぇ、エリザ、お祖母様ってどんな方?」

 レナは今日この時まで、何度も祖母をイメージしてみた。

 あの優しい父アンドレの母なのだから、きっと優しいに違いない。

 ふんわりとしたで優しでレナを包み込んでくれる、そんな事を想像していた。

 が……

「とても厳しい方でございます」

「えぇ!」

 レナが情けない声を出した。

 エリザは、その声に思わず笑ってしまった。

「全ては、この国とご家族の事を思っての厳しさですよ」

 レナには、もう何だか嫌な予感しかしない。

 孫と祖母、期待した感動の再会にはなりそうもない。


 馬車の窓から、大きな古城が見え始めた。

「エリザ、あのお城?」

 本当に人が住んでいるのか疑うほど静まり返っている。

「はい、あの城にルイーズ様がいらっしゃいます。あと少しで到着です。決して失礼があってはいけませんよ」

 心なしか、エルザも緊張している。

 レナにいたっては、今にも泣き出しそうだ。

 道端に咲いている花が、二人の気分を受けてコクンと首を垂れた。



 古城の中は、冷たい空気が漂っていた。

 この空気、霊安堂と同じ空気だ。

 ここは時間が止まってるのかしら。

 やはり人が住んでいるようには感じられない。

 キョロキョロと見渡しながら歩いていると、前を歩くエリザが止まった事に気付かずぶつかってしまった。

「ご、ごめんなさい」

「こちらです」

 エリザが扉をノックすると、中から扉が開いた。

「お待ちしておりました」

 そう言って扉を開いたのは老兵クリストフだった。

 レナの姿を一目見て、その目は喜びにあふれていた。

「レナ様が到着されましたよ」

 クリストフが、部屋の隅に声をかけた。

 ルイーズがレナに歩み寄った。

 が、あと一歩届かない。

 ルイーズの脚は、鉄の鎖でつながれていた。


「ちょっと! 私のお祖母様に、何て事をするのよ! 直ぐに外して頂戴!」

 レナは、思わずクリストフに怒鳴った。

「レナ、お前は優しい子だね。こっちへ来て、顔を見せて頂戴」

 一歩近づこうとした時、ルイーズが放った言葉でレナは足が止まった

「あの女は、死んだんだってね」

「あの女?」

 レナには、誰の事か一瞬理解できなかった。

「アミラだよ」

 その嫌悪を含んだ言い方に、ルイーズに対する嫌悪感が全身を貫き、思わず一歩後ろへ後ずさった。

「どうしたんだい、ほら近くで顔を見せて頂戴」

 ルイーズが差し伸べる手から、少しでも遠くに行きたい、そう思ってしまう。

「レナ様、こちらへどうぞ」

 クリストフが、少し後ろに椅子を用意してくれた。

「エリザにお茶を用意させますよ」

 クリストフが部屋から出て行ってしまった。


「ベルはどうしたんだい」

「少し休みたいって……」

「そうかい」

 暫くの沈黙。

 レナは何を話して良いのかすら分からない。

 目の前に居る老女は、母の事を『あの女』と呼んだ。

 不快な感情が湧き出てくる。

「いつ死んだんだい」

「え?」

「あの女だよ」

「マ……母の事ですか?」

「ああ、あの女を母などと呼ばないでおくれ」

「え?」

「汚らわしい」

「……」


 レナは返す言葉が見つからず、立ち上がり部屋を後にしようとした。

「待って、待っておくれ、レナ!」

 ルイーズに繋がれた鎖が、音を立てる。

 その音に思わずレナはストンと椅子に再び座ってしまった。

「お祖母様、何故、そのような物に繋がれてるんですか」

「ああ、これかい」

「重そう」

「ああ重いよ。自分の息子にこんな物を着けられちゃね」



 そもそも、魔人なんて大嫌いだった。

 生まれ育った国ベナエシで魔人は忌み嫌われており、民の中に生きる魔人達は、魔人である事を隠し続け静かに暮らしていた。

 ルイーズは自分の国が好きだった。

 海が近く、夕日に光り輝く海面は何時まででも眺めていたられた。

 幼い頃は、兄と一緒に海を眺めていた。

 そして、ルイーズは優しい兄が大好きだった。

 それはもしかしすると、初恋だったのかもしれない。

 その兄の結婚が決まった。

 相手は、なんと魔人である。

 十三歳のルイーズは、父である国王に抗議した。

「どうして魔人なんかと! 魔人と家族になるつもりはないですから!」

 しかし、ルイーズをたしなめたのは、他ならぬ兄だった。

「ルイーズ、ごめんね。でも、これは僕が生まれた時、いや生まれる前から決まってる事なんだよ」

 絶望しかなかった。

 そんな様子を心配した国王は、ルイーズの結婚を前倒しする事にした。体の良い国外追放だった。

「お父様、私はこの国から絶対出ない!」 

 抵抗むなしく運命の日は迫り、兄の婚約の前日に婚約者がやって来た。

 それはそれは美しい女性で、誰もが一目で夢中になってしまった。そして兄も。

 そんな兄の姿を見るのも辛く、魔人に対する嫌悪感が更に増した。

 兄の婚約者と廊下ですれ違った時、ルイーズは意を決してナイフで襲い掛かった。

 優しく聡明な兄に、魔人の妻など似合わない。

 「ルイーズ、このナイフ飾り彫りはね、僕が彫ったんだよ」

 兄が自慢げにくれたナイフだった。

 しかし、ルイーズは襲い掛かる前に、あっさりと取り押さえられナイフを取り上げられてしまった。

「やっぱり人間ってグズね」

 ルイーズは耳元で囁かれた言葉を、何十年経った今も耳に残っている。

 そして翌日、薬で眠らされたまま、この国に嫁に嫁ぐ為に国を追われたのだ。



「酷い……」

「まぁ、そう言う時代だったんだよ」

 エリザがお茶を入れて来た。

「相変わらず仕事が遅いねエリザは」

「申し訳ございません」

「まぁ、でも美味しいよ」

「有難うございます」

 エリザがケーキを切り分ける。

「あの、このケーキなんですけど私が焼いてきました」

「まぁなんとレナはケーキが焼けるのかい!?」

 ケーキを食べたルイーズの目に涙が浮かぶ。

「お口にあいますか?」

「とても美味しいよ」

 ルイーズは、鎖に繋がれたあの日から、自分にこんな時間を過ごせるとは思いもしなかった。

 でも、後悔はしていない。

 魔人とは卑しい連中なのだ。

 そんな者が、家族として居ることは絶対に許せない。

 目の前に、兄の妻の顔がチラついた。

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