第9話 事件を起こしてしまった

 レナは、黙々とケーキを作った。

 アンドレとベルも、美味しいと言って食べてくれた、城の料理番直伝のフルーツケーキ。

 その美味しさにエヴァも、驚くだろう。

 エヴァの驚く顔が見たかった。

 そして、エヴァに全てを打ち明けよう。

親友だもの、きっと受け止めてくれる。

「おやめになったほうが、よろしいと思いますが」

 ジャメルが水をさす。

 分かってる、こんな事、誰にも相談できない。

 でも、相談できるかもしれない相手がいるだけ、気持ちが落ち着いた。




「レナの様子は?」

 アンドレはエリザの姿を見つけては、街にいるレナの様子を聞いた。

 そうでもしないと、今すぐにでも街にレナを迎えに走ってしまいそうだった。

 ベルは、アンドレからの質問攻めから逃げるように自室に閉じこもってしまった。

「特に、変わった様子はないようです」

「そうか」

 やはり、レナに真実を伝えるのは、早かったのではないだろうか。

 まだ13歳だ、混乱して当たり前だ。

 支えてくれる母もいない。

 本当は自分が支えてやらなければならないのに、何も出来なかった。

「何かあったら直ぐ向かえるよう、馬車は準備しておいてくれ」

「承知いたしました」

 なんだか嫌な予感がする。

 何も起きなければ良いが、こう言う時にかぎって予感と言うものは当たるのだ。



「いくらなんでも遅いと思わない?」

 ケーキは随分前に焼き上がった。

 なかなかの出来だ。  なのに、エヴァが来ない。きっと、お茶を買うのに手間取っているんだ。

 無意識に、エヴァの気配を探してしまう。

 うん、こっちに向かってる。

 やっぱり、お茶を選ぶのに時間がかかったのね。

 あれ、どうしてケーキまで買っているの?

 私の腕を疑ったのね。

「そう言うのは、よろしくないですよ」

 ジャメルはレナがしている事に気が付いた。

「わかってるわよ」

 とは言ったものの、妙な事に気が付いた。

 エヴァの近くに良くない意識を持った人物がいる。

「ねぇ、ジャメル…」

 ジャメルもレナの意識を介して気が付いた。

「エヴァが危ない!」

 ジャメルが飛び出した。

「待って!」

 レナも後を追って飛び出した。


 それは、あっと言う間の出来事だった。


 レナの事だから、きっとケーキを焼くのに失敗して今頃泣きべそかいてるに違いない。

 ケーキも買っておいて良かった。

 でも、少し時間が掛かってしまったので、ちょっと怖いけれど、近道の森を抜けよう。

 きっと、レナが首を長くして待ってる。

 エヴァは人気の無い森へ、踏み入ってしまった。

 この森はレナとエヴァが小さい時、よく遊んだ森だ。

 大人達は、危ないから立ち入ってはいけない、と言うけれど、今まで危ない思いも、怖い思いもした事が無いもの。

 何となく後ろに気配を感じて、振り返ったけれど誰も居なかった。

「ほら、やっぱり大丈夫じゃない」

 エヴァが自分に言い聞かせるように言った瞬間、黒い人影が視界を遮った。

あっと言う間に、エヴァは地面に押し倒された。

 頭を打ったエヴァは意識を失った。

 ジャメルとレナがエヴァの異変に気付いたのは、その瞬間だった。


 どこをどう走ったのか、走ったのかすら覚えてない。

 気が付いた時には、意識を失い動かないエヴァに、覆いかぶさっている男の目の前に立っていた。

「やめろ!」

 そう叫んだのは、男なのかジャメルなのか。

 その声に、エヴァが目を開けた。

 エヴァに覆いかぶさっていた男が立ち上がり頭を抱えて声を上げた。

「うわぁぁぁぁ」

 見開かれた目が赤く染まり、目、鼻、口、耳から血を吹き出した。

「キャァァァァ」

 エヴァが悲鳴を上げたのと同時に、男の頭が吹き飛び、首から上を失くした胴体が、大量の血を飛び散らせながら、エヴァの身体のに崩れ落ちた。

 一瞬の出来事だった。

 しかし、レナには全てがゆっくりと見えた。

 そして、足元に転がってきたのは男の目玉だった。

「いやっ!」

 転がってきた目玉と目が合った瞬間、レナは恐怖で身体が震えた。

「レナ、どうしたの。そんなところで何をしているの?」

 エヴァが、驚いた顔でレナの前に立っている。

「え?」

 辺りを見渡すと、今起きたはずの惨状が跡形も無く消えている。

「ごめんね、きっとレナの事だからケーキ失敗すると思って買ってきたの」

 エヴァは、レナに買ってきたケーキを、手渡した。

「あ、ありがとう」

「どうしたの、様子が変よ」

「なんでもない」

 なんでもない、わけが無い。

 今目の前で起きた凄惨な事件は、跡形もなく消え失せていた。

 エヴァと家に戻ったレナは困惑していた。



 エヴァは、レナの焼いたケーキに感激してくれた。

 久しぶりにゆっくりと話が出来るはずだったのに、相談したい事もあったのに、それどころでは無い。

「ねぇ、聞いてるの?」

「あ、ごめん。ケーキ焼いて疲れちゃったのかな」

「慣れない事をするからよ。でも、凄く美味しかった」

「そお? ありがとう」

 結局エヴァとは当たり障りの無い会話をし、お茶を飲みケーキを食べた。


 エヴァが帰った後、片付けをする気力も沸かず、ただぼんやりと座っていた。

 ジャメルが姿を見せた。

「どこにいたの」

「隣ですが」

「違う、森で」

 レナの頭の中は、森での出来事でいっぱいだった。

「あぁ」

「夢、じゃないのよね」

「現実に起きた事です」

 夢であって欲しかった。

「あれはジャメルなの?」

「いえ姫君あなたですよ」

「全部?」

「はい」

 そんな……。

 レナの頬に波が一筋流れた。

「城から出てはいけない、と申し上げた意味が分かっていただけたかと」

「城に戻れば、あんな事は起きない?」

「はい」

 それから数時間後、レナはやっと決意した。

 現実から逃げても仕方が無い。

 ここに居ては、また誰かを傷つけるかもしれない。

「城に戻ります」



「レナがそんな事を……」


 ジャメルから報告を受けたアンドレは、椅子から二度と立ち上がれないと思えるほど、心も身体も重く感じた。

「あれほどの魔力を見たのは初めてだ」

「これから、どうすれば」

 アンドレは途方に暮れた。

 アミラさえ、居てくれれば。

 そう思わずには、居られなかった。

「ご自身で城へ戻る決意をされたので、暫くは安心だろう」

「レナはどうしたいのだろうか」

「まだ何も考えられないようだ」

「エヴァと、その男は、その時の事を覚えていないのか」

 もし、二人が覚えていたら、レナは二度と街に戻れない。

 そんな可愛そうな事があってはならない。

「全て姫君が消してしまったのでな」

「そうか」

「私に何かしてやれる事はないのか」

 出来る事は何でもしたやりたい。

 縋るような視線をジャメルに向けた。

「どうだろうな」

 ジャメルも同じ思いだったが、レナ自身しかどうする事もできないことは二人とも分かっていた。


 もう何時間こうしているだろう。

 レナは、ベッドから出られないでいた。

 かと言って眠っているのでもない。

 目を閉じると、あの森での光景が目の前に現れるのだ。

 倒れて動かないエヴァ。

 エヴァに崩れ落ちる頭の無い男。

 足元に転がりレナを見る男の目玉。

 そして、何事も無かったかのような森の中。



「レナ様、お食事をお持ちしました」

 エリザが食事を運んできた。

「欲しくないの」

「嫌でも食べてください」

「いらないって言ってるでしょ!」

 思わず大きな声をだしてしまった。

 エリザは静かにテーブルの食事を用意すると、ベッドのレナのそばに腰掛けた。

「ねぇ、エリザ」

「なんでしょう」

「魔人っていると思う?」

「いますよ」  

 思いもしなかった返事に、レナは戸惑った。

「え……」

「いずれ分かる事ですから」

 レナは、エリザが何を言おうとしているのか分からなかった。

「なに?」

「私も兄ジャメルも、魔人です」

「エリザあたなもなの?」

 レナ思わずベッドから起き上がった。

「さぁ、お食事を召し上がって下さい。お話はそれからでも遅くありませんよ。時間はいくらでもあります」

 何故、気が付かなかったのだろう。

 ジャメルが魔人なのだから、妹のエリザが魔人なのも不思議ではない。

 もしかして、母アミラと何か関係があるのだろうか。

 エリザに勧めるがまま、レナはテーブルに着いた。

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