江戸の怪談

青切

ある寺の話

 立派なつくりの寺があった。

 泊まった僧が翌朝に消えてしまう怪異がつづき、住職を置くのを諦めた結果、ひどく荒れ果ててしまった。

 檀家衆だんかしゅうは化け物の仕業にちがいないと断じていた。


 ある時、その寺の住職に旅の僧が名乗り出た。

 これ以上の犠牲を出したくない檀家衆は渋ったが、最後には許した。


 夕暮れ時に寺へ入った僧が仏前で経を読み続け、真夜中にまで及んだ時のこと。

 台所のほうで何かが光り輝いているのに気づいた。

 それは背が高く、立って見上げるほどであった。

 内心驚いていると「椿つばきです」と声がする。

 別に輝くものがあったので「何者だ」と尋ねると、「東の野のきつね」と答えがあり、壁の破れたところから人型の化け物が入って来た。

 狐は人間の男ぐらいの背丈で、目を輝かせ、身の周りに火をまとっていた。

 また別の怪異が来たので名を尋ねると、「南の池のこい」と名乗った。

 鯉の化け物は狐より背が高く、目は金色で銀のよろいを身につけていた。

 次の怪異は「西竹林の一本足の鶏」と言い、装いは朱色のかぶとに紫の鎧であった。

 最後の化け物は「北の山の古狸ふるだぬき」と名乗った。


 五匹の化け物は僧を取り囲んで脅したが、僧は恐れなかった。

 やがてどうしようもないと思ったのか、化け物たちはどこかへ去って行った。


 次の日の朝、檀家の男たちが様子を見に来たので、僧は事の次第を語った。

 男たちが化け物の始末について尋ねきたので、「殺生はよくないが退治するしかない」と僧は指示を出した。

 結果、東の野で狐が撃たれ、南の池では巨大な鯉が切り刻まれた。

 西の竹林では一本足の鶏が網につかまり、北山では狸の巣穴に火がつけられた。


 東西南北の化け物が片付くと、僧は檀家衆に尋ねた。

「このお堂の木材に椿は使われていませんか」

 すると老人が伝え聞いていた場所を教えてくれたので、僧は大工を呼んで他の木材に取り換えさせた。


 化け物騒ぎは収まり、寺は栄えた。



参照:高田衛編・校注「江戸怪談集上」の宿直草『廃れし寺をとりたてし僧の事』

名乗りがなぞなぞになっているのが本来の趣向かもしれないが無視して意訳した。

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