第13話

 林道とも獣道とも言えぬような道を進む。その間、俺と外木はずっと手を繋いでいた。

 突然開けた場所に出たと思えば、そこに藤島の言っていた大きな祠があった。祠というより、もはや社に近い代物なのではないだろうか。

 石の土台の上に、木製の建造物。構成する木材は明らかに古くからのものである様相なのに、今後何千年が経過しようとも、崩れることはないだろうことが確信できるほどの不思議な風格がある。

 扉は大きく開かれており、中には何も無いということを、これでもかというほどにアピールしていた。

 中には何も無い。そう、本当に何も無いのである。

 いや、無いということが有ると言い換えた方が適切かもしれない。

「どうだい?実際にこの場に来てみて」

 藤島は、俺と外木のどちらともなく語りかける。

「ここが私の、二度目の出生の場」

 外木がぽつりとつぶやく。

「ああ。そうさ。君はそこの祠の中で、150年近くの間、赤ん坊のままで眠っていた。そして封印の限界を迎えこの時代に生まれ落ち、外木守に拾われた」

 外木守。外木の養父だ。外木守は偶然この祠にたどり着き、そこで赤ん坊を拾い挙げ、家へと迎い入れた。妻を亡くし、子もいなかった守は、家族に向けるはずだった全ての愛情をその子に注いだ。そう、その子こそが、ここにいる外木真菜なのだ。

「・・・ッお父さんっ」

 涙ぐみうつむく外木。俺は外木の背に手を当て、優しくさすってやる。

「告白しよう。僕はね、君たち二人がここに来ることで何が起こるのか。実は知っていたんだ」

 その藤島の告白に、俺は驚かなかった。きっと外木も一緒だろう。

 なぜなら、この男の言動は始めからおかしかった。

 藤島は、俺たちが祠に出向いても何が起こるかわからないといった素振りを見せていた。だから、この冒険の目的は本来、俺たちが祠に出向くと何が起こるのかを確かめる、ということであるはずなのだ。でも実際はどうだ、俺たちは真実を知るという目的で、この場に来た。何が起こるかわからないと謳っておきながら、真実を知ることができることについては確定していると言う。始めから矛盾をはらんだ状態だったのだ。

「ここに来て、その祠の中に俺と外木が入って、一体何が起こるんだ」

 藤島は恐ろしいほどに真顔だ。その表情からは、何の感情も読み取れない。

「祖先、君たちの一族の記憶を視ることになるだろう。それはほんの断片かもしれない。しかし、自分が何者であるかを自覚するに足るものであることは間違いない」

 ここにきて俺は、あえてこの質問を投げかけてみることにした。

「どうして、あんたにはそんなことがわかるんだ?」

 目をやや赤く腫らしながらも顔を上げる外木。やはり外木もその点はずっと疑問だったのだろう。俺に少し肩を寄せながら藤島の言葉を待つ。

 やや躊躇する様子の藤島。しかし、

「あれは、雨の降る日だった」

 やや上方に顔の角度を変えながら、藤島が言葉を紡ぐ。

「真っ黄色の雨合羽を着た人物に出会ったんだ。性別なんてわからない。今思えば、人だったかも怪しい」

 藤島の顔には不気味な笑顔が浮かんでいる。

「僕はそれについていった。呼ばれている気がしたんだ。何時間も、いやもしかしたら、数分、数秒だったのかもしれないが、僕はそれを追いかけ続けた、そしたら、」

 思わず唾を飲み込む俺。穏やかなトーンであるはずなのに、藤島の語りからは鬼気迫るものが感じられた

「迷い込んだのさ、大きな、大きな図書館に。どのぐらい大きいかって?そんなものはわからない。わかりようが無い。なぜなら、これだけはわかったのだが、あれは僕たちの住むこの宇宙には存在し得ない物理法則に則った尺度でできているものだからだ」

 藤島の声と表情が恍惚としはじめる。

「そこにある書物はほとんどが読める代物では無かった。あるものは見たことも無い言語で書かれ、あるものは僕の目では白紙にしか見えず、そしてあるものは触れるだけで吐き気を催した。」

 俺も外木も黙って聞いている。

「でも唯一、人間でも読める言語で書かれた書物を見つけた。まるで英語を習い始めた日本人が英語の書物を翻訳したかのような、たどたどしい人間語ではあったが」

 そもそも口を挟める瞬間なんて無い。

「そこに書いてあったのさ。世界の仕組みが。僕たちが住むこの宇宙という超次元空間が何によって成り立っているか。・・・そう、鬼だ。鬼こそがこの世界の構成要素の一端を担っているんだ!」

 なんだこの話は。俺たちは何の話を聞かされているんだ。世界?宇宙?鬼がいるってだけで突拍子もない話なのに、これ以上何があるって言うんだ。

「だから、これは第一歩なんだ。鬼と半鬼である君たちが、それをしっかりと自覚するということが。強制ではだめだ。ちゃんと自分たちの意思でだ」

 

 いつの間にか藤島は冷静さを取り戻していた。藤島は本当に表情が豊かだ。まるで表情が変わるたびに、別人と入れ替わっているのではと思わせるほどに。

「ごめんよ。すこし驚かせ・・・、いや、怖がらせてしまったかな?二人の決意を鈍らせてしまったのだとしたら、申し訳ない」

 確かに驚きはしたが、いろんなリスクを背負いながらここまで来たんだ。今更決意は鈍らない。

 俺は外木と顔を見合わせる。

「おかしな話をしてしまったが、イかれた学者の戯れ言だと思ってくれていい。大丈夫。君たちの未来には幸せが約束されているさ」

 そんな藤島の浅い言葉に、

「なんだか、詐欺師みたいですね」

 と外木。これは思わず漏れてしまった言葉のようで、慌てて綺麗な指先で口元を隠す。そんな姿が愛おしくて一気に場が和む。

「ははっ詐欺師か。こりゃまいったね」

「ぴったりだよ」

 三人揃ってニヒルな笑顔を見せ合うのだった。


 和んだ雰囲気もそこそこに俺は開け放たれた祠に目を向ける。その俺の動きを皮切りに、藤島と外木も真剣な表情に戻る。

「さあ、ここに来た目的を果たそうか、えっと・・・、真菜」

 突然下の名前で呼ばれたことに驚いた様子の外木。しかし、

「うん。行こう。順平君」

 その声はまるで夏の風鈴の音のように、俺の耳に心地よく響いた。何気ないやりとりではあったが、俺から不安をぬぐい去るには十分なものだった。

 藤島が見守る中、俺と外木は祠の中へと踏み出していく。中は五畳程度の広さだった。内装も特に特筆するような点は見当たらない。

 こうして中の様子をうかがえている辺り、入った瞬間に何かが起きるというわけではないようだった。

 しかし、外木は別だったようで、中に入るなり何かにとりつかれたようにゆっくりと前進し、とても上品な手つきで最奥の壁に触れようとする。

 俺はその様子を呆然と眺めていた。

 そして外木が完全に壁に触れた瞬間のことだった。


ピキン


 視界にひびが入った。


 それはまるでガラスのように。


 ひびを境目とし、破片の一つ一つに様々な情景が浮かび上がる。


 巫女服を着た女が壇上で舞をおどる。その女の額には突起が見える。

 その舞を多くの人がありがたそうに見ている。農民、武士、同じように額に突起のある者もちらほらといる。


 直垂姿の男が壇上で演説をしている。その男の額には突起が見える。

 その演説を多くの武士が真剣に聞いている。演説が終わると、武士たちは人間離れした俊足で、戦いへとむかう。


 座敷が見える。巫女服の女と直垂姿の男が何人かいる。

 皆、額に突起が見える。

 話し合いをしているのだろうか、声が聞こえる。

「このままでは破滅する」

「誤解が解ければ」

「もう託すしかないでしょう」


 戦場が見える。武士と兵士が戦っている。

 どの武士も一人で多数の兵士を相手取っている。

 どの兵士も連携のとれた動きで、新しい兵器を使いこなしている。

「一族を守るのが我らの使命」

「駆逐するというのが命令だ」

「死ね」


 目に入る情景のすべてが、俺の記憶として吸収されていく。それはまるで、自分が実際に経験したものであるかのように。

 嫌でも自分が何者であるかを自覚させられる。

 苦しいか?

 辛いか?

 いや苦しくも、辛くもない。むしろ、体に力が湧いてくる。自分が自分で無くなるような。されど、この力は元から俺の中にあるものだったんだ。

 

 真菜も同じ情景を見ているのだろうか。真菜は今どんな気分なのだろうか。

 嗚呼、そうだな。戻ったら、聞いてみよう。

 ひびの入っていた視界は完全に割れ散らばり、俺の体を光が包んでいく・・・

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る