第12話

 藤島の言う真実の場所へと向かう車内。俺は外木に対して抱いている気持ちについて考えていた。

 外木は本当に魅力的な女の子だ。美人で、スタイルも良く、お礼をちゃんと言える律儀な性格。そして、楽しいと思うことには意外にも積極的で、普段からは想像もできないほどハツラツとした一面を見せてくれたりする。

 きっと俺に限らず、外木のことが気になって仕方が無い男子ってのは、きっと多いだろう。もちろん、よこしまな感情を抱いてる奴も含めて・・・。

 さて、「俺に限らず・・・」と言ったからには、何を隠そう、俺も外木のことが気になって仕方が無い男子の一人な訳であるが、はたして、俺の“気になる”と他の男どもの“気になる”は同じ意味なのだろうか。

 藤島は言った。俺と外木の間には、血縁や遺伝子のレベルで、祖先からの深い繋がりがあると。

 では、俺が外木に対して抱く感情は一体どこから来ているものなのだろうか。

 はっきりと言おう。俺は外木のことを一人の女の子として好ましく思っている。恋と言っても良いのかもしれない。でも、藤島の話を真に受け入れてしまうと、この気持ちはただの遺伝子だとか血縁だみたいな、俺という人間に組み込まれた言わばシステムのような、とても淡泊なものに思えてしまうのだ。

 この先にある真実を知れば、この悶々とした気持ちは晴れるのだろうか。

「ん?どうかしたの?」

 思考に耽りながら、俺は外木をじっと見つめてしまっていたようだ。

「いや・・・」

「さあ。悪いけどここからは徒歩だ」

 外木へ返事をする前に、藤島のやや緊張感のある声が車内を静かに響かせる。

 いつの間にか探偵のコスプレから元の白シャツ・スラックスの格好へと戻っていた。何かごそごそとやっていたが、運転しながら着替えたのかこいつ。


 ミニバンから降りた俺たちの前には、うっそうと生い茂る木々が広がっていた。

 奥に向かって道のようなものが一本見られるが、獣道というほど荒れてはいないものの、林道と呼べるほど整備はされていないようだった。そして俺は、この先にあるものをなんとなく知っていた。

「おいおい待ってくれ。この先は確か軍の研究所だろ。」

「その大ざっぱさは良くないよ彼氏君。この国に軍はない。それにこの先にあるものは、正確には、国家安全委員会直轄警察庁国防庁共同研究所だ」

 鼻の穴を少し大きくしながら、得意げにうんちくをたれる藤島。

「正式名称とかどうでもいいんだ。とにかくこの先は立ち入り禁止だろ?入ったら厳罰だっていう」

 警察から少女を攫い、女性にスタンガンを当てた俺が、今更厳罰に怖がってることに気づき、我ながら情けなくなってしまった。そんな俺に気づいた様子の外木に関しては、

「うぅぅ。なんかごめん」

などと謝ってくる始末。いや、謝らなくて良いよ。

「まぁ、もっと正確に言えばここは研究所ではないよ。とりあえず進みながら説明しようか」

 「ついておいで」と言いながら、奥に進んでいく藤島。一瞬、こんな夜中に素性のよくわからない男と、人気の無いとこで共に過ごすのは危険なのでは、という思考が脳裏をよぎったが、今更引き返すことも難しい。すると外木が俺の手をぎゅっと握ってきた。

「行こう。佐藤君」

 外木はもう覚悟を決めているようだ。なら俺も、その程度の覚悟くらい決めてやるさ。

 俺たちは二人一緒に、木々の闇の中へと進んでいった。


「藤島さん。正確には研究所じゃないって言ってましたけど。この先には何があるんですか?」

 藤島が聞いて欲しそうにしていたのを感じ取ったのか、外木は素直に質問を投げかけた。

「この先にあるのは、神秘が発動する可能性のある場所さ」

「神秘だって?」

 突拍子もない話には慣れ始めていた俺だが、思わず単語に反応してしまった。

「そう。神秘さ。国防省が国防庁になった辺りで、同じような研究所がこの国にいくつかできただろう?あれらはすべて、研究所とは名ばかりで、神秘が発生する可能性がある場所を管理監視、保全するためにできたものだ」

 そんなことを、なぜこの男は知っているのか。その疑問は鬼の話を聞いたときから、絶えず俺の中にある。しかしその疑問をハッキリさせるためにも、この男に着いていくしかないのだと、どこかあきらめのような納得がある。

「神秘って、具体的にはどんな神秘なんですか?」

「それは場所によって異なる」

 場所によってことなる?神秘ってのはそんな各地の特産品みたいなものなのか。とはいえ、

「管理監視保全が目的と行ったが、だったらこの先には厳重な警備が待っているんじゃないのか?」

「各研究所に配置されている警備は、それはもう厳重だ。突破するのはほぼ不可能だし、近づくだけで一生檻の中か、最悪の場合そこで銃殺刑だよ」

それは真実を知る以前に、3人仲良くあの世逝きなのではと不安がこみ上げる。

「でも安心して欲しい。ここに警備はいない。ここは破棄されているからね」

「どういうことだ」

「ここはもう神秘を終えた場所なのさ。研究所ができた段階で、神秘はもう無かったんだ」

「神秘を終えた場所で、私たちは真実を知ることができるのですか?」

 そこで前を歩いていた藤島は立ち止まり、俺たちの方へと振り返り、いつになく真剣な表情を見せる。

「神秘は確かに終えている。しかし、研究所の人間は神秘があるかもという予想のもと、監視体制を敷いた。つまり、まだ神秘の名残のようなものは残っていたんだ。」

 藤島の声が、どんどん熱を帯びてくる。

「そして、前にも言ったとおりここは鬼と半鬼にとっては意味のある場所だ。その神秘の名残に君たちのような実際の鬼と半鬼が接触すれば、きっと、いや間違いなく何かが起こる」

 確証は無い。無いのだろうが、藤島のあまりの熱弁ぶりに俺も外木も何も言えなくなっていた。しかし、どうしても一つだけ気になることがある。

「なぁ、一体何の神秘を終えた跡地なんだ。ここは?」

 一度自分をリセットするかのように一つ息を吐く藤島。すると、いつか聞いたような、まるで神のごとき声音で言う。

「ここは、150年近く一人の少女の時間を止め、存在を隠し続けた、言わば封印の祠なんだ」



***



 謎のミニバンを追いかけるのは良いが、よく考えれば何の手がかりも無い。

 一体どこに向かったのだろう。

 パトロールに出している交番の巡査たちにも協力を求めるべきなのだろうが、どうやら本部の刑事ってだけでかなりリスペクトされているようだし、私のこんな失態を白状して、がっかりされるのは辛い。

 やはりこれは私一人でどうにかしないと。

 あのミニバン。ヒステリ女が乗り込んだってことは、ヒステリ女には協力者がいたってことだ。こんなことならヒステリ女の交友関係をしっかり洗っておくべきだった。が、今更そんな時間は無い。

 どうする。

 ミニバンが向かったのは駅前とは真逆の方面。交番から出発となると、あるのは学校と、イイ感じの喫茶店、ぽつぽつと立ち並ぶ一軒家たち、更地となっている国有地、そしてその先には、

「そうだ森だ。森がある」

 たしか、その森のさらに先には立ち入り禁止の研究所があったはずだ。上層部の限られた人間しか詳細を知らず、好き好んで民間人は近寄らない場所。それどころか、末端の警察官だって行くのを躊躇するような場所だ。

 つまり、木々が生い茂る森の辺りは人気の無い場所になってるってことになる。人を攫って何かするにしてはうってつけの場所だろう。それに、あのヒステリ女の図々しさと肝の据わり具合が一級品ってことを考えれば、行方不明中の悪ガキ三人組ですら近寄らなかったその場所でも、臆すること無く悠々と入って行けるだろうことが、容易に想像できた。

 とりあえず、何も手がかりが無い以上は、せめて自分なりに理論的に納得できる方向性で動いてみる。その理論に多少の無理や願望が含まれてしまっていたとしても、ぼうっと突っ立っているよりはるかにましだ。

 私はバイクのスロットルを全開にし、夜の町を駆ける。

 

 私自身も荷担してしまっている以上、同情する資格なんて無いのかもしれないけど、よくよく考えれば、あの外木真菜という少女がとても気の毒になってきた。

 だってそうだろう、学校ではいじめを受け、そのいじめの主犯たちが消えたと思ったら、今度は容疑者として警察にほぼ強制的に連行される。そして、追い打ちを掛けるように、荒々しい女に攫われる始末。

 彼女と関わった人間は、感情的か事務的かを問わず、何らかの形で皆彼女を求めていた。

 きっと彼女はそういう星の下に産まれたんだと思う。絶対的なカリスマ性、無意識に人を惹きつけてしまう求心力。そしてそれは、良くも悪くも作用してしまう。

 幸いだったのは、彼女自身がまだ無垢だったということだ。もし彼女が、自分のその目に見えない力を自覚し、コントロールするようになったら、統治者、悪く言えば独裁者にでもなり得てしまうのではないか。

 かく言う私も、気がつけば彼女に対しての個人的な興味で動いてしまっていた。彼女は何者なのか、彼女のその人を惹きつける力はどこから来るのか。彼女と少しでも接する時間を増やすことができれば、それが見えてくるかもしれない。

 だから私は、目的地だった森の入り口に着いたとき、歓喜した。ミニバンが駐車してあったのだから。

 この先に、彼女がいる。

 誤解をされたくないからはっきりと言っておくが、私は彼女を求める余り理性を失ったりはしていない。もちろん、彼女に対しての個人的な興味があるということは、いまさら取り繕っても仕方のないことである。しかし、私はあくまでも刑事としての振る舞いを心がけながら、彼女を取り戻し、彼女と接するつもりだ。

 

 暖かくなってきた季節だというのに、目の前に広がる森からは虫の声が一切聞こえない。

 この森を抜けた先、あるいはこの森の中に研究所があると言うが、一体何の研究をしているのだろうか。そもそも警備が厳重という話ではなかったか。そんな様子は微塵も感じられないが。

 いや、今はそんなことはどうでも良い。警備が手薄なら好都合だ。

 私はひとまず、ミニバンに近づき、車内をおそるおそるのぞき見る。

「えっ?」

 予想外の光景に思わず声が漏れてしまった。

 車内にはヒステリ女が横たわっていた。

 死んでる?いやだとしたら手足を縛る必要は無いはずだ。気絶か?一体どういうことだ。協力者というわけでは無かったのか?

 疑問は深まるばかり。でも、問題ない。彼女を見つけさえすれば、副次的にこの疑問だって解決する。

 私はよりいっそうの決意のもと、森の中へと足を踏み入れた。

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