第11話

 真っ当な刑事らしからぬことをしてしまったとの自覚はある。あれほどまでに強権的な補導などあってはならないし、かといってこれを逮捕と言うこともできない。もはや誘拐と思われても仕方の無いことである。

 しかし、改めて冷静になって、この外木真菜という人物に相対してみると、人間の一人や二人など容易く消してしまえるのではと思えるほどに、ただ者ではないような印象を受ける。

 私はこの外木真菜から、なんとも暴力的な魅力を感じていた。今にも消えてしまいそうなほどに儚げなのに、その消えてしまいそうなほどの儚さが、絶対的な存在感を放っている。ふと、まるで深淵のようだという形容が頭をよぎった。

「おまわりさ・・・。いえ。綾瀬さんとお呼びしてよろしいですか?」

 私は無言の肯定をする。

「私はこれからどうなるのでしょうか?」

 その言葉からは不安や怯えといった感情は微塵も感じられなかった。ただ事務的に、これからのスケジュールを聞いているかのような。

「ずいぶん冷静ね。外木さん。あなた今、ろくな証拠も無いままに、件の行方不明事件の重大な関与者として、ほぼ強制的に拘束されている状態なのよ?」

 ろくな証拠もないまま拘束。刑事の私にとっては自虐的な状況でしかない。

 とりあえず交番に連れ込んで早1時間ほど。いろいろ事件についての尋問をしてきたが、確信的な主張は聞き出せていない。これは別に、彼女が主張をはぐらかしているからというわけではない。彼女は事実を語っている。内容も彼女自身が事件に大きく関与していることをほのめかしている。しかし、具体的に何があって何をしたのかがわからない。きっと彼女自身がよくわかっていないのだ。

 自分が犯人だと自覚している外木と、外木が犯人だと確信している私。にもかかわらず、お互い犯人であることを証明するネタを持ち合わせていない。なんとも訳のわからない、摩訶不思議な状態だ。

「あなたを引っ捕らえた私が言うのもおかしな話だけど。現状、ろくな証拠がない以上、例え嘘だとしても、あなた自身が事件に無関係であることをしっかり主張すれば、私はあなたを解放せざるを得ない。でも、あなたはさっきから事件への関与をほのめかす主張ばかり。一体どうして?」

 何かを諦めたような、感情のこもってない笑顔の外木。

「私が何者で、何をしたのか。そんなことを考えることに疲れてしまったんです。だから警察に捕まって、犯罪者っていうはっきりとしたレッテルを与えられれば、私は私自身の行動や存在そのものを、犯罪者という枠組みからしっかりと自覚できる」

 私は刑事という枠組みの中にいる。そして刑事という枠組みはこの人間社会の中で確実に“ある”ものである。だから私は、刑事という枠組みを通して自分自身という存在を自覚している。彼女の考えを私に当てはめてみればこんな感じだろう。しかし、それはあまりにも狭い考えだ。なぜなら、刑事という枠組みも、犯罪者という枠組みも、すべて人間が人間社会の中で作り出したものだ。自分自身の存在の自覚などという、超思想的なものと理論を組み合わせるのはあまりにもナンセンスだ。

「怖いんです。私という人間はただのかぶり物で、そのかぶり物の中身こそが真に自分だったらと思うと」

 いやそうか、違うのか。彼女にとっては人間によって生み出された枠組みであるということが重要なのだ。彼女はそう、自分自身が人間であるどうかという部分から、自分の存在について疑いを持っている。恐ろしい話だ。

「きっと、わからないから余計に怖いんです。わからないことから逃げるためには、いっそ檻の中でひっそりと・・・」

 そしてさらに恐ろしいのは、例え彼女が人間でないことを私が知ったとして、きっと私は、それについて驚かず、素直に受け入れてしまうのだろうということだ。彼女にはそれだけの気配があるのだ。

「あなた・・・」

 私が次の言葉を紡ごうとした矢先だった。

「いるんでしょ!出てきなさい!」

 建物を揺らすかのような、大きな荒ぶった声が響いた。誰かが交番にやってきたようだ。他の巡査をすべてパトロールに出してしまったことを後悔したが、後の祭りだ。私は外木を一旦部屋に残し、受付へと出て行った。

 そこにいたのは、まさに件の事件の被害者家族である、いつかのヒステリ女だった。

「聞いたわよ。刑事さん。私の娘を誘拐した犯人を捕まえたって」

 外木のことを言っているのだろうが、あれは私が独断で捕まえただけで正式に犯人だと断定したわけではない。いやそもそも、どうしてここに外木がいることをこの女が知っているのだ。

「ちょっと少し落ち着いてください。もう夜も遅いんですから。話はちゃんと聞きますから」

 ヒステリ女は荒い鼻息をたてながら、今にも外木がいる部屋に繋がる奥の扉に突進していきそうな勢いだ。すると、考え得る最悪の状況がここに誕生する。そう、奥の扉が開いたのだ。

「・・・ッ!あなたね」

 ヒステリ女はものすごい勢いで、制止を促す私をはねのけ、扉を開けてこちらの様子をうかがっている外木に接近。驚きか恐怖か、身動きのとれなくなっていた外木は傍から見てもわかるほどに強い力で二の腕をつかまれ、そのまま引きずられるように引っ張り出される。

「痛いっ。やめてくださいっ!」

 止めないと。そう思っても驚きのあまり体が動かない。警察の人間の制止を振り切り、警察の保護下にある人間をさらっていくなど信じられない行いだ。私はそんな浮き世離れした状況を傍観してしまっていた。

「ちょ、ちょっと待ちなさい」

 ようやく、動き出す体。しかしもう遅い。外木を引きずるヒステリ女性は、そのまま外木をつれてすぐ近くに止められていたミニバンに乗り込み、走り去ってしまった。


 私は自分を無能か有能かの二択で評価するとすれば、有能であると評価する。いや、評価していた。しかし、現実はどうだ。目の前で起きたことにあっけにとられ、身動き一つとれなかった。勘弁して欲しい。今日の私は、女子高生一人を無理矢理交番に引っ張ってきたあげく、その女子高生がみすみす攫われるのを見ていただけの、馬鹿みたいな女ではないか。

 これはだめだ。プライドが許さない。私は近くにあったパトロール用のバイクを引っ張り出しミニバンを追った。



***



 女と外木が車に乗り込むのを確認すると、藤島は車を発進させた。

「いやっ離して」

「うるさい!黙りなさい!」

 女の怒号が車内に響く。

「ひっ」

 その迫力に圧倒されたのか、外木は怯えた表情のまま硬直した。すると女は満足そうに、

「まったくありがとうね。探偵さん」

「いえいえ。警察なんかにまかせていては、あなたの娘さんはきっと行方不明のままですからねぇ」

 藤島はいつものトーンで女に対応する。

「そうね。でもこの犯罪者を捕まえられただけでもすごい前進よ。それで?次はどうするの、早く私の娘を見つけてちょうだい」

「ええ。ええ。もちろんですとも。じゃあ助手君、仕上げを頼むよ」

 藤島のその言葉に女がいぶかしげな表情を浮かべたのもつかの間、俺は外木に怖い思いをさせたことに対するの憎しみを込めて、死なない程度、最大出力のスタンガンを女に当てた。


 状況を理解できず、困惑したまま固まる外木。俺はマスクと帽子を取り外木に顔を見せる。

「えっ!?佐藤君?」

「怖い思いをさせてごめん外木。ひとまず無事で良かった」

 まだ状況を飲み込めていない様子の外木。

「いやぁ感動の再会だ」

 どこで買ったのか、探偵のコスプレをした藤島が、格好と同様にふざけた声音で間の抜けたことを言う。

「ど、どちらさま?あーえと佐藤君これはどういうこと?」

 運転席の藤島と隣に座る俺を交互に見ながら、落ち着きのない様子の外木。

「外木。君を助けに来た」

「たすけに・・・?どうして?私は望んで警察に・・・」

「それじゃだめなんだ。俺たちは真実を知らないといけない」

 俺は藤島を指さしながら、

「この人は藤島計。怪しさ満点の男だが、俺たちの真実を少し知っている男だ」

 すると藤島は運転手だというのに思いっきり後ろに顔を向けると、むかつくほどに満天の笑顔を外木に向ける。

「あ!あなたは喫茶店の!」

「おお。覚えていてくれたか。うれしいねぇ。そうそう、喫茶店で会ったお兄さんだよ」

 律儀に「あの時はどうも」と頭を下げる外木。

「挨拶もその辺りにして、とりあえずわかっていることを説明するよ」

 俺は、鬼と半鬼について、喫茶店で藤島から聞いたことをそのまま外木に話す。本来であれば信じられないような内容ではあるが、外木も俺と同じように感覚的には何かを感じ取っていたのだろう、特に突っ込みは入らず、真面目な面持ちで聞いてくれた。

「今話したこと、きっと信じられないと思う。俺もそうだ。でも不思議とそうなのかもと思ってしまう自分もいる。そこをはっきりとさせるためにも、真実を確かめに行く必要がある。君と一緒に」

「確かめるって、具体的にはどうやって?」

 変わって藤島が口を開く。

「僕たちは今、とある場所に向かっている。そこは鬼である外木さんと半鬼である佐藤君にとってはすごく意味のある場所だ。そこに二人が行けばきっと何かが起こる。真実に一歩近づける!・・・はず。・・・と思う。」

「えっ確証はないんですか?」

 そう言って俺に顔を向ける外木。その顔には「この人に着いていって大丈夫?」と書いてあった。

「その気持ちはもっともだと思う。俺も半信半疑だし。でも俺と外木の間に見えない何かがあるのは確かだ、俺はそれをハッキリさせたい。その手がかりが少しでもあるというのであれば思い切って流れに乗ってみるべきだと思うんだ」

 外木の真剣な表情。直接言葉はなくても、同意してくれているのだろうとわかる。

「うんうん。じゃあ向かおうか。真実の場所へ」

 それっぽいことを言う探偵コスプレの藤島は、少し様になっていた。

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