第10話
「過呼吸の彼女。あれから体調はどうだい?」
「あなたは・・・」
いつかの喫茶店で、外木の過呼吸を沈めるために、俺に紙袋のアドバイスをくれた男だった。
「すいません。今はそれどころではなくて」
「うん。見ていたからね。だいたいの状況は知っているよ。それで?君はどうするつもりなんだ」
見ていたのにどうして助けてくれなかったんだと文句を言いたくもなったが、この人にそこまでの義理はないだろう。
「俺だって事件に有用な証言を持ってる。それをあの女刑事に伝えれば・・・」
「たしかに、そうすれば君も彼女君と同じように“補導”してもらえるだろうが、それじゃ根本的な解決、彼女君を助けることには繋がらないんじゃないか」
男の言う通りだ。しかし今は、とにかく外木を俺の目に入るところに置いてきたい。
「まぁまずは落ち着いて、少し話そう」
「あなたの言うことは正しい。でも、話している時間はありません」
男は、そんな急いてる状況ですら見逃せないほどに求心的な不敵な笑みを浮かべる。
「僕は外木真菜、佐藤順平という人物が何者で、どういう関係なのか、君たちが知らない真実までも知っている。と言ったら?」
その言葉は聞き捨てならなかった。外木と関わるようになったこの数週間、俺は外木に対して自分でもよくわからない特別な感情を抱くようになっている。その感情が何であるか、この男は知っているというのか?
そもそも何故、俺が外木に対して不思議な感情を抱いていることを知っている、かのような口ぶりなのだ。
「どんなに職権乱用じみた“補導”だとしても補導は補導だ。今すぐ牢屋にぶち込まれるなんてことは無い。しばらくは交番で事情聴取程度が関の山だろう。」
「俺と外木の真実ってなんですか」
「その様子、やっぱりなんとなく感じるところがあった様子だね。うん、じゃあ僕の知っていることを話そう。それを踏まえれば彼女君を助ける作戦も立てられるさ」
一体何者なんだこの男。
「僕の名前は藤島計。学会では異端視されている26歳の考古学者さ」
「やっぱここはいいなぁ。すごく落ち着くよ」
俺たちはまた、以前の喫茶店に来店していた。
「落ち着いている場合じゃないだろ!早く外木を助けに行かないと」
俺の様子を見て口をとがらせる藤島。
「以外だなぁ。君はもっと冷静な男だと思っていたのに。でもだめだよ。それじゃあ大切な主を守れない」
主?なんだそれは。
怪しむそぶりを見せる俺の反応がうれしかったのか、藤島は満足そうな笑みを浮かべる。
「君と外木真菜はただの人間じゃあない」
「・・・。」
「君たちは、そうだなぁ。有り体に言えば、“鬼”だ」
「・・・。」
「いやまぁ、正確に言うのであれば、君は人と鬼のハーフで、外木真菜こそが純血の鬼だ」
・・・。
「だから半鬼である君と、純血の鬼である外木真菜は・・・」
「いやいやいや。まてまてまて。何言ってんだあんた?」
きょとんとした表情を浮かべる藤島。
「何を言っているも何も、事実を述べているだけだよ」
「事実って・・・。何かそれを証明できるものはないのかよ?そもそもなんであんたがそんなことを知っているんだ?」
少し考え込むような表情を見せる藤島。先ほどから藤島の見せる表情はすべてがわざとらしく、俺を苛立たせる。
「何故それを知っているかについては、きっと君に説明しても要領を得ない説明になってしまうから省かせてもらおう。そして残念だが、証拠についても何か明確に“これ”といったものを示すことはできそうにない」
そんなもの信用できるかと文句を言いそうになる俺を、藤島は塞き止めるように手の平を向ける。
「よく考えてみるんだ。君と外木真菜。何か自分や彼女は特別なのではと思ったことがあるだろう」
自分と外木が、特別?
「例えばそう、外木真菜の人を引きつける魅力。良くも悪くもあれは絶対的だ。そのせいで彼女は意図せずとも人間関係のトラブルに巻き込まれていた」
たしかに。あれは、「外木は美人だから」といった簡単な言葉でかたづけて良い物ではない気がする。
「そして、きみは運動神経が生まれつき良いだろう?特別なトレーニングなどしなくとも」
それは別に、ただ、ただ本当に生まれつき運動神経が良いだけ・・・
「父親との剣の鍛錬を思い出して見てごらん?鍛錬など名ばかりで、いつもいつも同じ実戦形式の立ち会いだけ。戦闘の基礎など教えてもらったことはないだろう?」
・・・そのとおりだ。
「にもかかわらず、君はそれなりに立会えていて、それどころか進歩すら見られる。それは君に高い身体能力と戦闘のセンスがそもそも備わっていたから。常人にそんなセンスがあるか?」
「そ、そんなのあんたの妄想だろ?」
藤島は周りの気温を下げるかのごとく冷たい表情を見せる。しかし、それも一瞬。すぐにまたわざとらしい呆れ顔に戻る。
「確信に迫ろうか。」
一度目を伏せた後、今度は俺に力強い視線を向ける。
「君は、彼女が彼女でないところを見たことがあるだろう」
「・・・ッ!」
「そして、何故君が彼女のそんな瞬間に立ち会えたのか。感じたのだろう?彼女のピンチを。彼女のピンチを感じ取って、その場に向かったのだろう?」
しっかりと自覚していた。自覚はしていたのだ。外木と俺の間に何か特別な繋がりがあるということを。だから俺は素直にその繋がりを受け入れていた。でもそれは、本当に受け入れていただけで、そんな繋がりをどうして感じるのか、そんなことをしっかりと考えたことはなかった。いや。きっと考えないようにしていたのだ。
藤島は俺と外木を何か人外の類いだと言った。ずっと感じていた外木との不思議なつながりをしっかりと考えてしまっていれば、藤島に言われるまでもなく、真実に近づいてしまっていた。それがきっと怖かったのかもしれない。
「その昔、この国には鬼の集落があった。」
呆然とする俺。それでも鮮明に、藤島の語りを俺の耳はしっかりととらえる。
「その集落に住むのは、鬼・半鬼・人間の三種。それはピラミットのような階級構造になっていた。もちろん上から鬼・半鬼・人間の順だ。鬼は統治、人間は農耕、半鬼は治安維持や、主に鬼を守護する役目を与えられていた。それはもう遺伝子レベルでね。」
外木が鬼で俺は半鬼。そして遺伝子レベル。ぽつぽつと、重要な用語が頭を駆け巡る。
「半鬼が鬼を守らなければならなかった理由は、とある終末の呪いに由来する。その呪いはとても単純。外的要因による鬼の絶滅は世界を無にするというもの。」
世界を無にする。無にするとはなんだ?この疑問は声にならない。
「だが、当時の政府は勘違いをした。鬼を駆逐しさえすれば終末の恐怖から逃れられると。・・・そこからは血みどろだ。わざわざ説明の必要も無いだろう」
ところで、この男は先ほどまでの藤島と同一人物なのか?今の語り口調はもう神のそれだ。神の口調など知らないのだが、そう感じさせるほどに重く、鋭い。
「新しく取り入れた西洋の新兵器を使い、この国の旧政府は鬼の駆逐を完了した。でもこの通り世界は続いている。なぜか?」
「まだ鬼が生きている」
うれしそうな藤島。
「やっと反応してくれた。そう、まだ鬼は生きている。その生き残りの鬼こそが外木真菜だということだ」
ああもう、恐ろしいほどに飛び抜けた話だ。飛び抜けた話だが、もうどうにでもなりやがれ。
「旧政府と言っていたが、そんな昔の話なのに何故生き残りである外木が俺と同級生なんだ?それに俺を半鬼だと言うが出生は普通だし、普通に今日まで歳を重ねている。姿だって人と変わりない」
「外木真菜は鬼の一族の中で唯一、現代までの封印に成功した存在だ。一方半鬼は鬼集落の消滅後、各地に散らばり人間の生活に溶け込んでいる。つまり君の家系こそが半鬼ということだ」
なるほど家系がね・・・。家系!?
「じゃあなんだ?俺の両親も祖父母も半鬼だってのか?」
「君の母も祖母も普通の人間さ。半鬼だったのは君の祖父と交通事故以前の父親だ」
交通事故“以前”。なんで以前なんだ?
いやいや、そんなことより、なんだか俺の家系の家系図が訳のわからない代物になってないか。
「ふぅ、説明も疲れるなぁ。とりあえず話したいことは話せたってことで。一旦終わり」
気がつけば藤島の口調は神がかり的なものから元の口調に戻っていた。
「さてそんじゃまぁ、彼女君を警察から取り戻す算段を立てますか。ん?」
あまり乗り気な様子ではない俺を見て、藤島は頭上に疑問符を掲げるかのようなそぶりを見せる。
「ある意味で、外木本人の言うとおり、外木は警察の保護下にいた方が安全なんじゃ・・・」
気温が下がったような気がした。
まただ。また藤島の冷たい表情だ。今までのわざとらしい表情たちはなりを潜め、今度は冷たい表情を収めようともしない。
「それはだめだよ。外木真菜は僕たちの目の届く範囲に置いておかなくては。大丈夫、彼女と君を保護する場所は僕が責任を持って用意する。君はその血縁に従っていれば良い」
藤島の言うことに従って良いのだろうか。だが事実、外木は5人もの人間を殺している。少年法があるから死刑になることはないだろうが、人を5人も殺した少女が安心安全にこれからを過ごせる保障などどこにもない。
ここは藤島を信じてみようか。
「あぁそうだな、申し訳ない。少し弱気になっていた。それで?外木救出作戦だけど、もう考えがあったりするのか?」
「もちろん」
作戦が成功しようが、失敗しようが、俺は、俺たちは、世間からは犯罪者として扱われるようになるのだろうか。
親父が俺に言い聞かせていた“果たすべき使命”。その詳細は結局今に至るまでわからない。これから俺がやろうとしていることは、それにそぐうものなのだろうか・・・。
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