第9話


 懐かしの交番に着いた私を出迎えたのは、ヒステリックな一人の女性だった。

「いつになったら私の娘は帰ってくるのっ!」

 女性だけを見れば、かなり大きな事件が発生したかのように感じられるが、それの対応をしている巡査はどこか飽きれ気味だ。

 私は近くにいたもう一人の巡査に声をかける。

「本部、捜査一課の彩瀬です。これは何があったの」

「捜査一課!?」

 慌てて敬礼をする青年の巡査。

「ああ。いいから。とりあえずこの状況を説明して」

「はっ。実は・・・」


 青年巡査から語られたのは紛れもない、私がお目当てにしていた悪ガキ行方不明事件の簡単な概要だった。

「ちょうど良かった。その事件についての話を聞きたくてここまで来たの」

「え?捜査一課の刑事がわざわざですか!?」

 その青年巡査の反応にはすこしムッとしたが、今はそんなものに構っていられない。事件について多少なりとも何か手がかりを持っているだろう人物が目の前にいるのだ。

 そう。私を出迎えたヒステリ女性。

「ということは、あなたが捜索願を出したのですね」

「あたりまえでしょ!あなた刑事さんならさっさと私の娘を見つけてちょうだいよ」

 かなりヒートアップしている様子だが、聞いたところによると捜索願を出しに来た時からずっとこのテンション感らしい。つまり、かれこれ2週間以上もの間、毎日ここの交番に押し掛けては、今と同じ、闘牛のような猛烈な勢いを披露しているということだ。その体力には素直に感服する。

「ええ。私も警察の人間、それも本部の刑事という立場にいる者としてすぐにでも事件解決を成し遂げたいと思ってます。ですから落ち着いて。少しお話を伺ってもいいですか?」

 わざわざ本部の刑事が出張って来た、というようなアピールを、それとなくしてみると、女性は満足した様子で、多少の落ち着きを取り戻した。予想通り。

 この手の女性はプライドが高いゆえ、他の一般的な人間と同等な対応をされるのを毛嫌いするのだ。逆を言えば「あなたのために、あなただけのために、特別なサービスを提供します」的な言葉には弱いのだ。

「じゃあまずは、あなたの行方不明になっている娘さんと、同じように行方不明になっている子どもたちの関係についてから・・・」


 ひとしきり話したいことを話し、満足した様子で帰っていくヒステリ女性を見送り、私もまた同じように満足した様子で交番を出る。

 やっぱり。私の刑事としての嗅覚も捨てたもんじゃなかった。この悪ガキ行方不明事件、あまりにも不可解な点が多すぎる。

 特に、行方不明となっている5人の関係性についてである。内の3人の男については私が交番勤務をしていた時からよく知っている悪ガキ3人組だが、どうやら、今回同じく行方不明となっている少女2人はその3人組を従えるような立場だったらしい。

 先程のヒステリ女性は「私の娘のボディーガードやってくれてる男の子がたちがいる。だから夜道も心配してなかった」のようなニュアンスで説明していたが、どちらかと言えば少女2人組を主とする主従関係に近い印象を受けた。

 この辺りの覇権を握っているだろう悪ガキ3人とそれを引き連れてる少女2人。この5人は、事件に巻き込まれるというよりは、事件に巻き込む側の5人だ。「誰かを行方不明にする」ことはあっても「自分達が行方不明になる」なんてことは考えられないのではないか。5人一緒に、旅行よろしく、どこか遠くに行っているだけ?いや、それならわざわざ真夜中に出掛ける必要があるだろうか。そもそも、最後の目撃証言では学校方面に向かっている姿があったと記録がある。駅方面とは真逆の方向だ。

「学校・・・。」

 まだまだ真実にたどり着くにはピースが明らかに足りてない。ひとまず、2人の少女が通っていた学校の生徒に話を聞いてみるのもいいかもしれない。

 今日は休日だが、部活動に勤しんでる学生がいるはずだ。


 案の定、学校のグラウンドには、キラキラ輝く汗を散らしながら、練習に励むサッカー部の姿があった。

「こんにちは警察の彩瀬です」

 私は顧問と思われる男に警察手帳を見せながら挨拶をする。

「警察!?何のご用ですか?」

 簡単に、この学校で行方不明になっている生徒について調べている旨を伝える。

「それで、行方不明になっている女子生徒とクラスメイトの子にお話を伺いたいのですが」

「なるほど。そういうことですか。それなら・・・」

 呼ばれたのはマネージャーの女子生徒だった。

「お前、藍川、城田と同じクラスだったよな。こっちはとりあえずいいから、刑事さんに知ってること話してあげてくれ」

「わかりました。刑事さん。外ではなんですからあちらにご案内します。」

 そう言って案内されたのはいくつかの部活の部室が集まる部室棟だった。

 決してキレイに掃除されてるとは言い難い環境ではあったが、壁の傷やちょっとした落書き、泥だらけの練習用具、申し訳程度にまとめられている雑誌類、その一つ一つに学生という短くも輝かしい時間の思い出が含有されていると考えるとなんだか趣を感じる。


 私たちは共有スペースに置いてあった椅子に、お互い向き合う形で腰を下ろす。

「貴重な時間をありがとう。まずは・・・」

 女子生徒はやや緊張している様に見える。いきなり事件に直結するような話は萎縮してしまうかもしれない。

「そうだな。普段の学校生活はどう?楽しい?」

 世間話が始まったことに驚いたのか、女子生徒は一瞬目をきょとんとさせた。

「私は楽しいです」

「そっか。サッカー部のマネージャー、なんだよね?けっこう忙しいんじゃない?」

「そうですね。正直、忙しいです。特に生徒会も掛け持ちしてますし。」

 へえ、生徒会ね。ここからクラスの話に持っていけそう。

「生徒会かぁ。どんなことやってるの?」

「そうですね。イベントの企画とか学校広報誌を作ったり、朝の挨拶運動をしたり」

「色々やってるねぇ。そんなに活動的だったら君はけっこうクラスでも目立つ子だったりするの?」

「そんなことありません。目立つって言ったら外木さんとかのほうが・・・。」

 ん?外木?

 クラスで目立つ人の話題になれば、悪ガキ3人組を従えてしまうほどの強権の持ち主である、件の行方不明少女2人の名が挙がると思ったが、違うのか。

「外木さんはどうして目立つの?」

「だってすごい美人なんですよ!私も時々ドキッとしちゃうくらい。」

 それは純粋に気になるな。

「でもだからこそやっかみとかに巻き込まれてたのかも知れないけど・・・。」

「やっかみ?どういうこと?」

「イジメられていたんです外木さん」

「誰に?」

「えっと。その。今行方不明になってる藍川さんと城田さんに。」

 また行方不明少女と、深い関わりのある人物が出てきた。

「ちなみにさ、その藍川さんと城田さんは、行方不明になった日に2人して学校早退しているようだけど、その外木さんに対するイジメと関係があったりするのかな?」

「わかりません。ただ、早退する前、3人とも学校裏の倉庫に行っていたみたいで。何してたのかはわかりませんが、先に藍川さんと城田さんが教室に戻ってきて、戻ってきたと思ったら早退していったんです。」

 藍川と城田は、クラスメイトである外木をいじめていた。単純に考えれば藍川と城田の行方不明は外木にとっては喜ばしいことということになる。

 一体、学校早退前の倉庫で何があった。そもそろも2人はなぜ早退した?

 他の女子からやっかみを受けるほどに美人だという外木。

 その美人さを妬んでいたのか、外木をイジメていた行方不明少女たち。

 そしてその行方不明少女たちが従えていた半グレの悪ガキ3人組。

 散漫としているがどこか繋がりを感じるこれらのピース。はっきりはしないが、ひとまず外木なる少女が鍵を握っているのは確かだろう。

「刑事さん?」

「あっあぁ、ごめんごめん。っともうこんな時間か。ごめんね時間とらせちゃって。貴重なお話ありがとう」

 「こんな程度の話でいいんですか?」と拍子抜けした様子の女子生徒。いやいや貴重な話だったよ。とくにテクニカルな会話技術を用いなくても、簡単に情報を引き出せたのは運が良かった。と言っても相手は学生。この程度が普通か。

 次は外木なる少女に話を聞いてみるべきだ。まずは職員室に行って連絡先を聞き出すところから・・・。


 ここからが大変だった。ここまで比較的順調に捜査が進んでいたこともあり、意気揚々と警察手帳片手に職員室に、外木の住所についての情報提供を求めに行ったわけであるが、これが全然提供してくれない。

 よく考えればそれもそうか。警察手帳を持っているとはいえ、たった一人で捜査活動をしている刑事なんて、ホントに正式な捜査なのか、多少なりとも疑われて当然である。

 結局、外木の住所を手にいれた頃には、もうほとんど日が暮れてしまっていた。



***



「あれ?誰かいる」

 充実したデートが終わり、なんとなくの名残惜しさと、夜道を女の子一人で歩くのは危険だろうという心配から俺は外木を家まで送っていた。

「ほんとだ。誰だ?」

 やはり送ってきて正解だった。外木の家の前には見知らぬ女性が立っていた。日が暮れたこんな時間に来客とは、あまりにも怪しい。

 すると女性もこちらに気がついたようで、近寄ってきた。

「もしかしてあなたが外木真菜さん?」

「はい。そうですけど」

「あ。わたし綾瀬といいます」

 綾瀬が見せてきたのは、警察手帳だった。現物を見るのは初めてだったが、ここまでわかりやすい身分証もあまりないだろう。

 そして、その瞬間、俺はこの女性刑事を”敵”であると認識した。冷静に考えればおかしな話である。真っ当に生きている俺たちにとって、警察という存在は味方であるはずなのだ。ではなぜ”敵”などど認識してしまったのか。

 俺にとっては怪異であり、その他の人間にとっては数名の行方不明事件である例の事件。その中心にいるのが外木だということに、警察が勘づいてしまったのだと気づいたから。

 そしてこの警察の動きは、外木にとって喜ばしくない方向に働くだろうことを感じ取っていたからだった。

 つまり俺はもう、心のどこかでは、外木が怪異の正体であり男女数名を行方不明に追いやったという、得体の知れない者ないし犯罪者であると結論づけていたのだ。

 どうする。ここは外木の手を引いて逃げるか?でも逃げてどうする。

 いや。まてまて。警察だって外木を重要参考人程度には考えていても、直ちに真犯人だ、なんて結論に至ってるとは考えにくい。ここは落ち着いて。

「外木さんに少し聞きたいことがあって。藍川さんと城田さんのことなんだけど。同じクラスだよね」

 外木の顔を横目に見る。整ったその横顔は、何かを悟ったような、いやに落ち着き払った表情と相まって、どこか神聖さを感じる代物だった。

「急に行方不明になったことについて、何か心当たりとかある?」

 少しの沈黙の後、

「無いです。でも、無いといったら嘘になるんだろうとも思います」

 雲をつかむような、ハッキリとしない返答をした外木に対して、綾瀬の目つきがやや鋭くなる。

「それは。どういうことかな?」

「私は、彼女たちなんて消えて欲しいと常々思っていました。そしたら、本当に消えてくれたんです。そして私は、彼女たちがちょうど消えたであろう時間帯の記憶がすっぱりと抜け落ちているんです」

「ちょっとまて外木。彼女たちが行方不明になったのは夜遅くだろ。記憶が無いのはただ外木が既に寝てる時間だったからだって。考えすぎだ。」

 外木は綾瀬の方を見たまま、隣に立つ俺の手をぎゅっと握った。

 そこで、俺はそれ以上何も言えなくなってしまった。


 彼女の言う「記憶が無い」というのは、物忘れだとか、意識が断絶していたとか、そんな生やさしいものではないのだ。それはもはや、自分という存在そのものが、本当にそこにあったのか、それすらも定かではないという意味なのだ。

 そして、自分という存在が本当にそこに存在していたのか定かでない間に、外木の精神を脅かしていた存在、藍川と城田が、外木の望んだとおり一気に消え失せた。これを外木は、あまりにも都合が良すぎると考えた。外木が自分自身を疑うのも無理はない。

 そして俺は、他でもない、外木が外木でなかったまさにその瞬間に居合わせ、その一部始終を目撃しているのだ。

「外木・・・。」

 外木は俺の方に顔を向ける。満面の笑みだった。でも、とても切ない。

「すごいね佐藤君は。手を握っただけで、私の考えが全部わかっちゃったみたい。」

 俺と外木はきっと・・・。

「やっぱり、佐藤君は私にとって特別だ」

嗚呼。きっとそうだ。


「私には二人が何を言っているのか全くわからない。」

 綾瀬の声で我に返る。

「ただ。外木さん。あなたがこの事件において重要な人物だっていうのはよくわかった」

 すると綾瀬は、ポンッと優しく、されど思いのこもった手つきで、外木の肩をたたく。

「ちょっと署まで来てもらえるかしら。」

 俺は思わず口を開いた。

「待ってください!なにをもって連れて行くんですか!?外木も何か言えよ」

 満面の笑みがいつの間にか、いつもの儚げな微笑みに変わっている。

「良いの佐藤君。私自身が得体の知れない者なんだとしたら、いっそのこと、警察の目の届くところにいた方が良いと思うから」

 なんだそれは。なんだその変に冷静な思考は。ふざけんな。

「なにをもって連れて行くのか、という質問ですが、そうですね。高校生がこんな時間まで出歩いていたということで、”補導”です。とりあえず逮捕ではありませんので」

 信じられない。こんなハッキリとしない、よくわからない状況のまま、警察は外木を捕らえ、外木はそれを良しとするのか。

「いや!待て。補導というなら俺もそうだろ。外木と一緒に連れて行かれるはずだろ!」

 綾瀬は深いため息をつく

「わかりました。はっきりと言いましょう。ここでいう”補導”とは、行方不明事件の重要参考人である外木真菜を捕らえるための、やむを得ない、名目上のものでしかありません。あくまで目的は、その外木真菜を捕らえるということにありますから、あなたは必要ありません。無理に着いてくるというのであれば、公務執行妨害ということで逆にあなたを別件で逮捕します」

 あまりの職権乱用具合に俺は絶句した。とんだ暴走刑事ではないか。

「さあ、行きましょうか」

 そう言って二人は夜の闇に消えて行ってしまった。俺はそれ以上動けなくなってしまっていた。それもそうだろう。公務執行妨害だの逮捕だの、より現実味のある言葉を面と向かって言われてしまえば、高校生の俺にとっては十分な精神的重圧なのだから。


 呆然と立ち尽くして、どのぐらいたったのだろう。きっとものの数分程度なのだろうが、かなりの時間がたってしまったように感じる。

 ・・・いや。まてよ。俺にも公妨にならず、あの刑事に”補導”してもらえる方法があるじゃないか。

「なんで気がつかなかったんだ」

 そう独りごちて俺は彼女たちを追いかけようと走り出す。すると、

「やあ。いつかの彼氏君じゃないか」

 俺の前に現れたのは、喫茶店で出会ったあの男だった。

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