第6話

「じゅんぺー、知ってたか?」

 期限に遅れた課題を、職員室に提出しに行っていた圭介が帰ってきた。

「何を?」

「なんだかA組の仲良し女子二人が、行方不明になってるらしいぜ」 

 怪異と出くわした日から数日が過ぎていた。あれ以降、特に変わったことは俺の身の回りでは起こっていなかった。俺自身も、あの怪異は稽古の疲れと寝ぼけが見せた、ただの幻覚だったのだと納得し始めていた。

「行方をくらました日は、体調不良を訴えて二人一緒に早退してそのまま家に帰ってないらしい。病院にも行ってないって」

 仲良しの二人が同時に体調不良で早退。サボって遊びに行く口実としか思えんな。

「最後に目撃されたのが、これまた行方をくらました日の夜で、ガラの悪い男3人を引き連れて学校の方に向かってたらしい」

「ガラの悪い男3人?それは、あれじゃないのか、無理矢理いかがわしいことをやられてたとか・・・」

「やっぱりそう思うよな。ちなみにその男共も連絡が取れないらしいぜ」

 俺の想像通りなのだとしたら女子二人が気の毒すぎるな。それにしてもずいぶん詳しく聞いてきたな圭介は。

「いやー。その女子の母親みたいな人が警察を職員室に連れ込んでわんわん騒いでたから、嫌でも捜査状況が耳に入ってきちゃったよ」

 なるほど。それでか。まぁ自分の娘が事件に巻き込まれたとなれば、親はそうなるよな。

「ところで、最後の目撃日、というか行方をくらました日ってのは具体的にはいつなんだ?」

「あぁ。それは確か・・・」

 圭介が口にした日は、俺が怪異と出くわした日と重なるタイミングだった。

 女子が2人、いやこの際男3人を含めた5人が行方不明としておこう。5人が最後に目撃されたのは、俺が怪異と出会うほんの数時間前。そしてその5人は学校の方に向かっていた。実際に学校に向かっていたかどうかはハッキリしないが、遊びに行くのだとしたら学校とは反対方面の駅前の方に向かうはず。学校方面に来てしまえば学校に来る以外、特にめぼしい場所はない。では、夜の学校に来ていたとしてどこに身を置いていたのか。十中八九無断侵入であるから、警備員や教職員から身を隠せる場所、例の倉庫ぐらいしかない。俺が怪異と出くわす時間帯にA組の女子を含む5人が倉庫にいた。A組の女子・・・?たしか外木もA組だったよな。外木は例の倉庫付近に落としたと思われる俺のスマホを持っていた。

 待て待て。あまりにも怪異と関連付けるような偏った思考に過ぎる。それに行方不明なのがA組の女子というだけであって、外木がA組だということと何の関係があるというのだ。

「じゅんぺーはほんと、会話の途中でも思考にふけって黙りこくることが多いよなぁ」

 圭介の拗ねた声で我に返る。

「あ、あぁ。すまん」

 しかし、考えれば考えるほど気になってくる。これはもう、自分の気が狂っていただけなどという結論で終わらせてしまって良いものではないのかもしれない。たとえ恐ろしい答えが待っていようとも、可能な限り真実を明らかにすべきだろう。でないと、逆に俺の気がもたない。

「外木か・・・」

 思わずつぶやく。

「は?なんて?」

「いや、何でも無い」

 とりあえず、昼休みにでも外木に話を聞きに行こう。


 昼休み、俺は早速A組へとやってきた。

 外木は一人、机で昼食をとっていた。教室の入り口と外木の席は少し離れていたので、入り口付近でたむろしていた男子2人に外木を呼んでもらうよう頼んだ。呼びに行った奴を待っている間、残りの男子が俺に居心地の悪い、好奇の目を向けていた。

「なにか?」

「外木にお熱な感じ?」

 なんとも突拍子もない質問だ。

「そういうわけじゃないけど」

「そっか。いやさ、彼女モテるから。ライバルは多いよってことを教えておこうかと思って」

 モテるという点については納得だが、今の外木の状態にはかなり違和感がある。

「モテるって割には、昼飯は一人で食べてるんだな。比較的、モテるような可愛い女子ってのは女子グループの中心にいそうなイメージだけど」

「いやいや、そういうわけでもないさ。魅力的なあまり、逆に女子からのやっかみとかもあるよ。」

 そういうものか。

「特に、彼女、最近までいじめの対象になってたから。彼女に好意的な女子も声かけづらかっただろうしね」

 最近まで?いじめの対象は流動的に変化することは聞いたことあるが。誰かに対象が移ったということだろうか。

「そういう意味では、今回の事件は彼女にとって喜ばしいことなのかも」

「事件?」

「呼んできたぞ」

 呼びに行った男子と共に彼女がやってきた。俺の意識は、話していた男子から離れ、外木へとシフトする。

「ごめん。少し話があるんだ」

 俺は2人の男子に軽く礼を言った後、きょとんとする外木をつれて近くの多目的スペースへと移動する。お昼の時間は人気の多い場所だが、人気のない場所の方が逆に目立つということを考えれば、込み入った話をするにはこっちの方が適切だ。

「話って何かな佐藤君?」

 さて、どう切り出すか。

 怪異の現場で落とした俺のスマホ。そのスマホを彼女が持っていた。彼女と怪異をつなぐ接点はこれぐらいだ。しかし、怪異の真実に近づくには現状、これが唯一の手がかりだ。ここから話を広げていくか。

「話っていうか、この間スマホを拾ってくれたのにちゃんとお礼を言ってなかったなって思って。その節はありがとう」

「ううん。困っていたのなら助けになれて私もうれしい」

 そう言ってまた、いつもの微笑みを向けてくれる。こんな慈愛に満ちた優しい微笑みをする彼女が、本当にあのおぞましい怪異と関係があるのだろうか。

「そういえば、拾ったときのことを覚えていないって言っていたけど、あれから思い出せた?」

「ごめんなさい。全然思い出せないの。佐藤君に返した日の朝、なぜか私の家に佐藤君のスマホがあることに気づいて、」

 朝の時点で外木の家にあっただって?俺がスマホを落とした時間は、本当に真夜中だ。ということはその時間、外木は外出をしていて、その外出先で俺のスマホを拾い、家に持ち帰り、朝を迎え、その日に学校でスマホを俺に返したということになる。

「変な質問をして申し訳ないけど、答えられるのなら答えて欲しい。俺にスマホを返した日の前日の夜は何してた?」

 かなり決定的な質問だ。彼女が答える内容、答えるときの挙動で何かつかめるかもしれない。

「実は、あまりおかしな娘だって思われたくないのだけど、私、その時間の記憶がすっぽり抜けているの」

 彼女は夢遊病者か何かか?こんな美人女子高生が夜中に外を歩いていては、かなり危ないのでは。いや、そんなことを気にしている場合ではない。

 記憶が無いというのは、自分が怪異と関わっていないことをアピールするための口実か。ふむ、それは考えにくいな、自分がシロであるとアピールするにしてはあまりにも怪しすぎる嘘だ。本当に記憶が無いと考えるのが妥当。では、あれか、無意識下の彼女が怪異の正体ということなのか?

「それは、また。なんか、いろいろ大丈夫なの?」

「たぶん大丈夫。それ以降記憶がなくなるなんてことは無いし。その時は私、ちょっといろいろあったから、ストレスとかがあったのかも」

「いろいろ?」

「うん。ちょっと。いじめというか、なんというか、」

 そういえばさっき会話したA組の男子がそんなことを言っていた。

「いじめ?大丈夫なの?」

「うん。もういなくなったから。ホントは喜ぶのは不謹慎なのかもしれないけど」

 いなくなった、ね。どうやら行方不明になった女子二人というのは、外木をいじめていた奴らってことか。

 さて、未だ雲をつかもうとしているような不確定な状況だが、いくつかの事象がおかしなつながりをしてきた。俺の出くわした怪異。その少し前に、行方不明となっている例の女子生徒二人が、ガラの悪い男三人を連れて学校方面に向かったという目撃証言。倉庫付近に落としたと考えられる俺のスマホを拾った、記憶の無い外木。

「ちなみにさ。その、外木に嫌がらせをしてた人ってどんな奴らだったの?」

「今行方不明になっている二人なんだけど、あまり素行の良くない女子生徒って感じ」

 その素行のよろしくない女子二人とガラの悪い男三人が一度に行方不明か。

「あとさ、これは、なぜだか佐藤君には言っておいた方がいい気がするから言うのだけど、」

 なんだそれは。しかし、俺も聞いておくべきだと感じるのはなぜだろうか。

「その二人が行方不明になる前に、最後にしっかり絡みがあったのって、おそらく私なんだ。私、二人を怒らせてしまって、それで新しい嫌がらせを思いついた様子で、その準備が必要だったのか、二人は早退して。それ以降行方不明なの」

 だめだ。事象が複雑になってきた。これは少し落ち着いて整理しなければ。

 その後の会話では特にめぼしい情報は得られなかった。限られた時間で昼飯をしっかり食べたいという気持ちもあり、気になる情報が出てこないとわかるや早々に会話を切り上げてしまった。しかし、よく考えれば、学校内でもトップクラスに美人な同級生とサシで会話するというのは、俺にしてはなかなかすごいことをしてしまったのでは。なんだか仰々しい内容の話ばかりしてしまったが、もう少し世間話でもして、仲を深めておくべきだった。が、もう後の祭りである。


 その日、外木と話した後の授業は、怪異の真実について考察するばかりで全く頭に入らなかった。今わかっていることを整理すると、真実に近づくためのピースは、直感であるが一つを除いて揃っているように思われる。その残りの一ピースも、実は俺の中にあることもしっかり認識している。しかし、その最後のピースを埋めることを拒絶しているのも、紛れもない俺なのである。

 さて、その最後のピースとは何かと言えば、そう、怪異そのものの記憶なのである。俺が今までで得ている情報はすべて怪異の前後の情報だ。この情報に俺の見た怪異そのものの記憶が合わされば、おおよその真実にたどり着けると踏んでいる。実際俺は、怪異そのものをしっかりと目に焼き付けている。しかし、無意識に思い出せないようにしている。これは人間の尊い自己防衛機能だ。人は本来、自分に多大なストレスを与える記憶情報はなるべく忘れようとするのだ。きっと俺の見た怪異もその対象となっている。時間がたてば怪異のことなど思い出せなくなるのだろうが、真実に近づく決意をした以上、俺はこの機能の進行に逆行しなければならない。

 稽古終わりの静まりかえった道場。瞑想によって己への問いかけを行うには、もってこいの場所だ。

 俺は一度深呼吸をし、道場のちょうど中心の位置で座禅を組む。一瞬、思い出してしまえばもう後戻りできないのではないかという恐怖に襲われたが無理矢理追い払う。もう覚悟はできているはずだ。俺は、やると決めたことはしっかりやり通す男なのだ。

 ・・・。

 ・・・。

 心を落ち着かせ、ゆっくりと瞳を閉じる。

 ・・・。

 ・・・。

 俺はあの日あの時、何を見た?

 深淵がおぞましい塊を飲み込むのところを見たのだ。

 深淵とは何か。おぞましい塊とは何か。俺は気づいているはずだ。

 そう、深淵とは美しい姫君。おぞましい塊とは元の原型を失った血肉の集合。

 美しい姫君とは愛しい女。血肉の集合もまた、元は男女。人間。

 ・・・。

 俺が見た物は、

 愛しい女性が、

 原型を失った人の死体群を、

 食べているところだった。

 

 俺は、その場で嘔吐した。瞑想は途切れ、記憶という暴力が、俺の脳を、内臓を、体のあらゆる機関を、ぐるぐると刺激していく。

 怪異と関係があると思われる行方不明者は計五名。今思えば、あのぐちゃぐちゃの死体の山は、人五人分と言われれば、確かにそのぐらいの分量であった。そして、それを食らっていた愛すべき女性、なぜ、愛すべき女性なのかはわからない、わからないが、それと出くわしたときのあの感じ、感覚は、外木との初めての邂逅と、恐ろしいほど似ていた。

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