2月13日 旅立ち
12-1 取材申し込んだら受けてくれよな
今日、リュウが里親の元へと出発する。
元旦の話以来、リュウの養子縁組の話はとんとん拍子に進んでいた。
一月の中旬、里親候補の二人が奈良にやってきてリュウと面会した。
最初は少し緊張していた両者もすぐに打ち解けて、養子縁組の前のお試し期間に入ろうということになった。
その出発が今日なのだ。
もちろん、生活をしてみたらあわなかったということもある。そのための試し同居だ。
だが
だからこれがしばしの別れとなる。
世記が京都駅に到着すると、人であふれる新幹線改札口の前にリュウと
「あ、兄ちゃーん」
リュウが元気に手を振っている。
世記も軽く手を振りながら近づいて行った。
「見送りにきてくれて、ありがとな」
「同盟の門出だからな」
「しばらく会えないけど、あんまり姉ちゃんこまらせんなよ?」
「なんだそりゃ。俺がいつ二階堂さんを困らせた?」
「数学の勉強の面倒のあれこれでてこずらせてくれてるわ」
世記は「そっか。悪いな」と頭を掻いた。
新学期になってから、世記は時々寿葉に数学を教えてもらっている。クラスでは「あの二人付き合ってるのか?」などというウワサも流れたりしたが、二人にそういう雰囲気が微塵もないことからすぐに消えていった。
成績優秀の寿葉をいいように使って、と敵意を向けてくる者もいるが世記は全然とりあわない。本物の殺意を向けられるという経験をした彼にとって同級生のやっかみなど些末なことだった。
「リュウ、よかったな。家族ができるぞ。おまえの夢の一つが叶うんだ」
「うん。サッカー選手の夢もかなえるぞ」
「それでこそリュウくんよ」
「いろんなとこに取材されるぐらいの選手になれよ。で、もし俺が取材申し込んだら受けてくれよな」
えっ? とリュウと寿葉が世記を見る。
「俺、極めし者のことを正しく伝えられるライターになりたいんだ。そのためにはまずどこかのメディアに就職して経験を積む」
「素敵ね」
「じゃあ兄ちゃんもしっかり出世しないとなー。機材持ちで終わらないようにさー」
リュウがいたずら顔で笑う。
メディアの世界は縦も横もなかなかシビアだという。長年働いても下っ端のままと言うこともありえるだろう。
やってやるさ、と世記も笑った。
「さぁ、そろそろ中に入りますよ」
やまとのいえの職員に促されて、リュウはうなずいた。
「これ、俺のメールアドレス。もしも携帯とかパソとか使えるようになったら連絡くれよ」
世記がメモ帳の一ページを渡すと、寿葉も倣った。
笑顔でメモを受け取るリュウの手は少し震えていた。
そんな反応をされると世記の胸もじんと熱くなる。
「おれ、がんばるよ。はなれてても、に×3=どうめいは、なくならないよな」
「もちろん」
「また会えるわ」
三人はがっちりと握手した。
促され、リュウは手を放す。
「またなー!」
改札をくぐったところでリュウはこちらに振り向いて手を振る。
リュウの行く先に背の高い茶髪の中年男性と、優しそうな女の人が並んでいた。
あの二人が里親候補なのだろう。
職員が頭を下げ、二人にリュウを託す。
もうリュウはこちらを振り返らない。彼の目は、新しい世界を見ているのだ。
立派だなと世記は嬉しさ半分、寂しさ半分だ。
「アドレス、
隣でリュウを見守る寿葉が、ぽつりと漏らす。
「わたしも、三月で奈良を離れることになったの」
聞き逃してしまいそうなほどの声で、思いもよらないことを言われた。
「え? 離れる?」
寿葉に顔を向けると、彼女も世記に目をあわせた。
「東京の学校に転校することになったのよ」
「なんで……」
世記は呆然と寿葉を見つめた。
「鈴木さんが今回のことを持ち掛けてきた時に話していた件です」
答えたのは柏葉だった。
鈴木は、寿葉にリュウの護衛を頼む際に「ニカイドー」内の横領について調べるという条件を出していた。
彼はきちんと約束を果たし、結果、東京支社の方で不正が明らかになったのだ。
社長である寿葉の父親は、東京支社の立て直しという名目で数年間、そちらに常駐することに決めたようだ。
「あと、わたしの将来についても話し合ったの」
寿葉は児童養護施設関連の職に就きたいと父親に話した。
父は、意外にもあっさりと受け入れてくれたそうだ。やりたいことがあるならそれを目指すのがいい、と。それが世の中の役に立つ仕事ならば申し分ない、と。
そうと決まれば父親だけではなく家族そろって東京に移り、寿葉もよりよい環境の高校、大学で学ばせようということになったそうだ。
「親父さん、結構家族のつながりってか絆みたいなのを大事にしてるんだな」
「そうね。わたしもちょっと意外だった」
「単身赴任は寂しいとおっしゃっていたので、渡りに船な感もありますが」
「そっちの方が大きいかもしれないわね」
柏葉の暴露に、寿葉は軽く肩をすくめた。
「離れてしまうから、というわけじゃないけど。丹生くんの申し出、受けるわ」
申し出ってなんだっけ? と世記は首を傾げた。
「あなたとの試合、受けさせていただきます」
寿葉が改まった口調で告げて頭を下げた。
「えっ? なんで? いいのか?」
世記が慌てていると寿葉が顔をあげてくすっと笑った。
「ただのクラスメイトじゃなくて、同盟の頼もしい仲間の頼みなら、いいかなって」
ぽかんと口を開けていた世記は、寿葉の言葉が胸に染み入ると笑みが込み上げてきた。
「ありがとう。よろしくお願いします!」
今度は世記が深々と頭を下げる番だった。
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