09-3 おまえにしかできない役目があるんだから

 それから「ミナエねーさんを脅す奴らを逮捕しよう」作戦を決めた。

 鈴木の「準備には少なくとも一日ほしいですね」の一言で、決行は明日、大晦日となった。


 つまり今日、三十日は完全フリーだ。


 基本的にリュウの問題は解決したということでマンションに隠れている必要もなくなった。

 そうなると、外に行きたいと言い出すのは自然の流れというものだ。


 最初、柏葉は遠慮していた。

 だがそれを許す世記達ではなかった。


「ミナエねーさんもいっしょじゃないとなー」

「お金の管理とかしてもらわないといけないし」


 とかなんとか言いくるめて(強引に説得して)連れ出した。

 さて行き先はどうするか、となってリュウと世記が希望を述べた。


「おれさー、カラオケっていったことないんだ」

「俺はスイーツ食べ放題とか行ってみたい。男友達には行きたいって言い出せなくてさ」

「これがいいチャンスってことか。兄ちゃんちゃっかりしてんな」

「でも、スイーツ、いいかもね」


 ということでその二か所に決定した。


 実は世記も寿葉もカラオケには行ったことなく、三人してカラオケ店できょろきょろするというお上りさん状態になってしまった。


 柏葉が手続をしてくれて部屋に入って、部屋の内装やタッチパネルのリモコンに大喜びの三人は、やはり柏葉に来てもらってよかったと後になって笑った。


 好きな曲を好きなだけ歌える状況に三人はそれぞれ持ち歌を披露し、共に歌い、レパートリーが尽きるともう一周とばかりに同じ曲を選んだ。

 柏葉も時々は参加して、三人が知らない、あるいはちょっとだけなら聞いたことがある歌を歌ってくれた。


 あっという間に三時間が過ぎ、退室の時には皆名残惜しそうだった。


 だが次はスイーツ食べ放題に向かわなければならない。

 気持ちを切り替えて、同盟プラスワンは店を移動した。


 まずは店の華やかな雰囲気に四人は顔を輝かせた。明るめの照明の下、彼らと同じように満面の笑顔でスイーツを食べながらおしゃべりに花を咲かせる女性達。

 カップルや家族、仲の良いグループと思われる団体には男性もところどころまじっていて、彼らもにこにこしている。


 何の遠慮もせずに甘いものを堪能できそうな雰囲気に世記は自然と笑顔になっていた。


「兄ちゃん、うれしそうだな」

「そりゃおまえ、嬉しくないわけないだろう」

「さぁ、席が取れましたよ、参りましょう」


 子供達を促す柏葉も、今までに見たことのない柔らかい笑顔だ。

 いつも強面だった柏葉でさえこうなるのだ。これがスイーツの魅力だ。


 席に案内され、バイキングのシステムの説明を受けて、早速スイーツを取りに行く。

 ふんわりと柔らかそうなクリームがふんだんに使われたケーキや、フルーツたっぷりのタルト、濃厚な香りのチーズケーキ、かわいいカップに入ったプリン。

 どれもこれも食べたくなる。


 中でも目を引くのがイチゴフェアと称した甘酸っぱい赤にあふれた一角と、チョコレートフォンデュのタワーだ。


「あれもいいの?」

 リュウがフォンデュを見て柏葉に尋ねる。

「はい。支払いは鈴木さんなのでどれでも好きなものを食べてくださって問題ありません」

「おっさん株上げたなー」

「今頃くしゃみしてるわね」


 テーブルに戻って、それぞれの飲み物を軽く掲げ、乾杯する。


「大きな勝利と、明日の戦いに備えて」

「かんぱーい」


 同盟の名前こそ出さなかったが、世記は四人の気持ちは一つになってるなと感じた。




 スイーツをたっぷりと味わった四人がマンションに戻ったのは午後六時頃だった。


「もう晩御飯いらないよなー」

「しかし栄養バランスが偏っているのできちんと食べないといけません」

「先生らしいです」


 ではとりあえず野菜サラダを作ろうということになり、柏葉がキッチンに立つと寿葉も隣に並んだ。

 世記とリュウは居間にあたる部屋でテレビを見て待つことにした。


 年末らしく、特別枠のバラエティ番組や今年を振り返る報道番組などが流れている。

 適当にチャンネルをあわせて、二人は並んでソファに座って画面を眺めた。


「なぁ、兄ちゃん。極めし者ってどうやったらなれるんだ?」


 突然の質問に世記は驚いてテレビからリュウに視線を移した。


「なんで?」

「おれ、極めし者のそしつがあるんだろ? だったら明日もし力が使えたら手助けできるし」


 リュウの表情には、力を手に入れたいという欲求よりも申し訳なさそうな雰囲気が漂っている。

 どうやら人に任せっぱなし、守ってもらいっぱなしなことを気にしているようだ。


「気にするなよ。元々俺らがおまえを守るってことでここにいるんだから」

「でもさ……」


 リュウは言う。

 時々自分の中にすごい力を感じる。それを放出したくて仕方なく感じる時もある、と。

 その力が出せるなら、明日の世記達の戦いだって楽になるに違いない。

 なのに何もできないのはなんだか息苦しいような感じがする、と言う。


「確かに時々おまえから強い“気”を感じるよな。それが使えるならいいんだけど」

 世記は同意した。

「んじゃ、ちょっと試してみるか?」


 世記は闘気の操り方をリュウに教えてみた。


「いろんな呼吸法の教え方があるみたいだけど、俺が習ったのは全身に力を巡らせるイメージをしながら深く呼吸をするって感じだ」


 鼻から吸い、おなかの下の方――丹田たんでんと呼ばれているあたりに溜めるように意識する。

 いわゆる丹田呼吸法と呼ばれるものの応用だ。

 そして丹田に溜めた力を全身に巡らせるイメージをしながらゆっくりと息を吐く。


 世記が説明しながらやってみせた。

 体の周りをうっすらと白く輝くオーラがまとう。ゆらりと立ち昇るオーラは体を離れると赤色へと変化した。


「よーし、やってみる」


 リュウも静かに呼吸する。

 なかなかいい感じじゃないかなと世記は思った。

 リュウの気が高まるのを感じる。

 だが、それが闘気として具現化することはなかった。

 何分か挑んでみたが、うまくいかないようだ。


「なんでできないのかなぁ」

「力は感じるんだけどな。まぁそんなすぐにできるもんじゃないし」


 格闘にある程度長けた者でも呼吸法を習得するのに平均で半年ぐらいかかるのだ。


「それじゃ、明日は無理だなぁ」

「迷いがあるんじゃないかな」


 しょんぼりするリュウに応えたのは寿葉だった。

 そちらを見ればサラダは出来上がっているようで、柏葉と寿葉はテーブルの支度をしながら世記達を見ていた。


「迷い?」

「なんとなく、そんな感じがしたんだけど、違うかな? リュウくん、どこかで極めし者になるのはちょっと怖いとか思っていない?」

「そんなこと……」


 ない、という一言は出てこなかった。

 思い当たるのだろうか。


「異能者は偏見の目で見られていじめられる。せっかく得た力はその反撃には使えない。人助けに使ったって下手をしたら逮捕される。そんなことをあれこれ考えてしまったり、してない?」


 寿葉の口調は柔らかで優しい。


「いしきはしてないけど、ちょっと、考えてるかも」


 リュウはうなずいた。


「ねぇ、リュウくん。今力を発揮できないのは、今がその時じゃないからだとわたしは思うの。体と心が充分に育ったらリュウくんだってきっと極めし者になれるから、今はまだ、わたし達に任せておいて」

「そうだな。おまえにはおまえにしかできない役目があるんだから」

「うん、ありがとう、姉ちゃん、兄ちゃん」


 リュウは笑顔を取り戻した。


 この子はこうやって笑ってる方がいい、と世記は柄にもないことを感じた。

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