大動乱の大晦日

12月30日 遊びおさめ

09-1 それって、俺のブログのこと?

 十二月三十日。

 今日はに×3=同盟の三人と柏葉で出かけることになっている。


 軟禁状態で終わってしまったクリスマスの代わりに遊びたいというリュウの願いを叶えることになったのだ。


 それに、同盟と柏葉プラスワンの勝利の祝いと、新たな戦いに備えて英気を養う意味もある。


 四人の結束を固めるのだと大義名分を掲げつつ、世記としき寿葉ことはも遊びに出られることは素直に喜んでいた。


 昨日は、あれから一波乱あった。

 柏葉が暴力団に通じていたというショッキングな告白をしたのだ。

 出かける準備をしながら世記は昨日のやり取りを思い出していた。




 暴力団との戦いの後、世記達と鈴木は女子部屋に集まった。


「では柏葉さん、お話を始めてください」


 お湯を沸かしてお茶の準備をしながら、まるでトーク番組の司会のように鈴木が淡々と促した。


 あまりにも機械的過ぎて怖くなる。

 いつもニコニコと微笑んでいる鈴木の顔を胡散臭いと言ってごめん。ちょっとは表情を見せてほしいと世記は心の中で詫びていた。


「わたしは、リュウさんを暴力団員に渡すように脅されていました」


 柏葉の衝撃的な告白が始まった。




 事のはじまりは五年前。寿葉が小学五年生の頃だった。

 柏葉の弟が奈良の暴力団「竹島組」の下っ端ともめごとを起こした。

 下っ端に絡まれた弟は相手ともみ合い、ナイフが相手の腹に刺さった。


 ナイフは暴力団員が取り出したし、握っていたのも彼だ。

 だが裁判で弟は負けてしまった。正当防衛は認められず、過失致傷となってしまったのだ。

 民事裁判でも慰謝料が請求され、ほぼ相手の言い値が通り、敗訴となった。


 返済が滞ると、暴力団はつながりのある金融会社、いわゆるサラ金で借りるよう強要してきた。

 弟は借金を返し続けたがどうにもならなくなり、今から一年前に失踪した。姉に全てを押し付けて。


 柏葉が「ニカイドー」に勤めていると知ると相手はつけあがり、さらに脅迫をしてきた。

 言う通りにしないとお嬢さんがどうなっても知らないぞ、と。もしもおまえまで逃げるならお嬢さんに夜の店に行ってもらうことになる、とまで言われた。


 それはつまり、寿葉を誘拐して風俗業で働かせるということだ。


 逃げるというのには、警察などに相談して対処するというところも含まれている。

 小さな組織とはいえ暴力団だ。本当にやりかねない。

 柏葉は相手の言いなりになるしかなかった。


 ここまでを、柏葉は感情を見せずにただ起こった出来事の報告として話しているようだと世記は感じた。

 だが少しずつ柏葉の声に思いがこもってくる。


「お嬢様と丹生にぶさんが竹島組ともめた二十二日の夜、電話がかかってきました。極めし者の素質を持つ子供を自分達の元に置くことに協力するなら借金は帳消しにしてやると」


 寿葉のボランティア先の子だということで心が痛んだが、何より寿葉に悪影響がでないようすることが一番大事だと自分に言い聞かせ、引き受けることにした。


 そしてさらに次の日の朝、鈴木が二階堂社長に協力を依頼に来た。


「あの時は、やっと借金や暴力団から逃れられると思っていたところに邪魔をしに来た鈴木さんに、ついかっとなってしまいました」


 それで疫病神呼ばわりか、と世記は納得だ。


「リュウさんの護衛をすることを竹島組に告げました。諜報員もいると強調してあきらめてくれないかと願いましたが、そばにいるならチャンスは増えるはずだと言われてしまいました。護衛の手伝いのふりをしながら竹島組がリュウさんを誘拐しやすいように手伝えと命じられました。最初はサポート役でしたが、なかなか隙を見せないので竹島組や親組織の中川組も焦ってきていて、戦闘になったらこちらにつけと言ってきてました」


「それで裏切り者って言ってたのか」


 柏葉はうなずいた。


「先生は、実際にリュウくんを捕まえる手助けをしたのですか?」


 寿葉の問いに柏葉は言葉を詰まらせた。一番聞かれたくなかったところだろう。

 数秒の逡巡ののちに、柏葉はうなずいた。


「はい、しました」

「どんなことを?」


 寿葉の追求に柏葉は長く息をついた。それまでためらいがちだった顔に決意が見えると世記は思った。


「まずは、クリスマスに買い物に行くのをリュウさんと二人だけにしようとしましたが、リュウさんがお嬢様と一緒がいいとおっしゃったので、その日はあきらめかけました」


 だが柏葉にとってチャンスだったのは、帰り際にリュウがトイレに行きたがったことだ。

 世記と二人きりのところを隙をついて、あるいは言いくるめてリュウだけ連れていけないかと後を追いかけた。

 するとトイレでもめごとが起こっていたので、この騒ぎを利用すれば竹島組が自分達の居場所を突き止める原因として自然な流れになる、と利用した。


「それって、俺のブログのこと?」

「そうです」

「もしかしてあの写真を投稿アップしたのも?」

「はい。わたしです」


 その後にもリュウと世記が「二十二日に奈良の児童養護施設前でチンピラともめた二人」であることをにおわせる投稿をしていた。


 世記は唖然とした。

 鈴木のような諜報員や探偵などは世記のブログだと見破れると聞いていたが、まさか柏葉にまで突き止められてしまっていたとは。


 下手なことは書けないものだ。


 世記の驚きをよそに柏葉の告白は続く。


 彼女は暴力団がこの場所を特定しても不思議ではないという状況を作り出した。

 実際、あの日鈴木が世記に「ここを特定されかねない」と言ったことで竹島組が乗り込みやすくなった。

 次の日に竹島組の一人がマンションに入ってきたのも、もちろん気づいていた。わざと招き入れたのだ。


 そして二十八日の襲撃につなげた。

 柏葉は外で世記と共に戦っていた時に不自然にならないように手を抜いていた。


 ここまでが竹島組と連絡を取り合って描いていたシナリオだった。

 竹島組としては大規模攻勢をかけるのだから子供一人楽に連れ出せると高をくくっていた。

 だが世記達の奮闘により襲撃者はすべて諜報員に捕らえられ、警察に引き渡された。


「これで終わると思ってました。竹島組の暴力団組織として構成している主だった人達が一斉に逮捕されたのですから」

 けれど、と柏葉が続ける。

「彼らの親組織までもが、リュウさんを誘拐するのに協力しろと言ってきたのです。竹島組が握っていた借用書も中川組に渡っているようです」


「……裏切り者ってことは、それには乗らなかったんだよな?」

「はい。乗ったふりをして、彼らには協力しませんでした」


 世記の問いに柏葉はうなずいた。


「最初はリュウさんには申し訳ないと思いながらも他人事だったのです。しかし生活を共にして、……情がわいたというのが一番適切な言葉なのでしょうか。リュウさんが暴力団員になることを嫌だと思うようになったのです」


 寿葉は黙って聞いていた。


 一番そばにいた期間が長い彼女が柏葉に対してどのような感情を抱いているのだろうと世記は危惧していた。


「心変わりしたとはいえ、最初は暴力団のいいなりになっていたのは事実です。わたしをどうされるのか、みなさんの意思に従います」


 柏葉は告白を終え、審判を待つ罪人のような顔でうなだれた。


 彼女をどうするのか、どうしたいのか、世記には発言できない。代わりに鈴木に顔を向けて尋ねた。


「鈴木のおっさんは、いつから知ってたんだ?」

「疑っていたのは初めからです」


 いくら自分が面倒を見ているお嬢様を危険かもしれない事柄に関わらせるからといっても、あの取り乱し方は他に要因があると感じた、と彼は言う。


 決定的だと思ったのが例のブログの件だ。

 鈴木はコメントが書き込まれた端末の位置情報を調べていた。リュウを特定させようとするようなコメントはすべて、この近辺から書きこまれていたことを掴んでいる。


「なので状況を考えて、柏葉さんは黒だなと判断し、以後そのつもりで対応していました」


 鈴木は暴力団の動きを探るとともに、柏葉がいつ表立った行動を起こしても対処できるよう、できるだけこのマンションを見守っていたそうだ。

 当然、襲撃に先んじて捕まえた竹島組の一人からは柏葉の手引きであることは聞き出していたが、あえて黙っていた。


「そこまで判ってて、どうして見守るってことにしたんだ?」


 警察と連携できる鈴木ほどの立場なら、柏葉が暴力団とつながっていると確信した瞬間に彼女を拘束することもできたはずだ。


「まず一つ目の理由は、柏葉さんを拘束するよりもある程度自由に行動させる方が結果的に暴力団を抑えることができると考えたからです」


 ありていに言うと彼女を「泳がせた」のだと鈴木は感情の全くこもらない声で言ってのけた。

 子供達を危険にさらすことになっても暴力団の悪事を裁く方向で動けるならその方が利がある、とさえ言った。


 鈴木が自分達の安全より仕事の効率を優先したことにショックを受けているのを世記は自覚した。


 忘れかけていた。彼はスパイなのだ。

 人当りのいい男のように演じてこちらの警戒心を取り除いただけに過ぎなかったのだ。


 それでも、クリスマスにゲーム機を買ってきてくれたり、リュウと三人でそれで遊んだり、世記の将来への不安の相談に乗ってくれた鈴木のすべてが演技だったとは思いたくなかった。

 世記はぐっと奥歯をかみしめた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る