08-3 死んだな、あいつら

 屋上に走り込んできたのは四人だった。みな、闘気を体にまとわせている。

 全員極めし者か。これはちょっとまずいんじゃないか? と世記としきは状況を危ぶんだ。

 相手は自分達の有利を見て取って余裕の態度だ。


「なんだぁ? 女が前に出て男が引っ込んでるのか」

「へっ、さっさとかたしてしまおうぜ」

「おいオバハン、怪我したくなかったらおとなしくそこをどけ」

「ねぇちゃんは残ってていいぞ。たっぷり楽しんでやるからな」


 下卑た笑いが男達の間に広がった。


「……死んだな、あいつら」


 世記が言うのと、柏葉が闘気をフル解放するタイミングが重なった。

 怒髪天を衝くというが、これは闘気天を衝くだ。

 柏葉の闘気は体を離れると紫色に揺らめいている。属性は「雷」だ。


「言いたいことは――」


 柏葉が端の男、彼女をオバハン呼ばわりしたヤツに手を伸ばす。


「それだけですかぁ!」


 今まで聞いたことないような怒気を混ぜた声は予想以上だ。さらに、柏葉の動きの速さも予測をはるかに超えていた。

 柏葉の姿がブレたと思った時にはもう、男は世記達の方に投げ飛ばされていた。

 男は地面をずざざぁっと滑ってきて世記の足元で止まる。

 目をむいて失神している人間を見るのは初めてだった。


「はい、まず一人消えた」

「あと三人、あと三人」


 世記とリュウは失言男を柵のそばにころがした。


「ちょ、おまえ――」

「問答無用!」


 男がうろたえて何かを言いかけるのを寿葉ことはの強い声が制した。

 二人が見守る中、寿葉達と暴力団員の戦いが始まった。


 闘気が強い柏葉に二人、寿葉に一人が向かった。

 さすがに一人をあっという間に戦闘不能にされたとあっては男達も「こいつらを侮ってはいけない」と認識を新たにしたのであろう。


「みんなの体から出てるのが闘気だよね」

 リュウが尋ねてくる。


「そう。属性によって色が違う」

「それって、どんな戦いがとくいかってこと?」


 世記はうなずいて属性の説明をした。


 寿葉は「地」。守りを得意とする。

 柏葉の「雷」は超技ちょうぎを得意とする。

 超技は闘気を使った技のことで、ゲームや漫画の必殺技みたいなものだと言うとリュウは納得顔でうなずいた。

 男達は深緑色の闘気なので「山」だ。攻撃力が高い属性だ。


「こうげきが当たったらヤバい感じ? どっちが強い?」

「闘気は、男二人あわせて柏葉先生とほぼ互角、けど相手が二人な分、向こうがちょっと有利かもしれない。二階堂さんの方は彼女の方がちょっと上かな」

「数が多いとやっぱり有利になるのか」

「手数が増えるからな。戦いのバリエーションの多さに差が出る」


 それも、二人の連携次第だけど、と付け加える。

 息の合わない者同士で組んでもうまく立ち回れないと仲間の動きを阻害してしまうこともある。

 その点、すでに四人を退けている寿葉と柏葉は息があっていると言えるだろう。


 そんな説明をリュウにしながら世記は油断なく戦いを見つめた。

 鈴木の忠告通り、何が起こるのか判らないのが戦いだ。


 柏葉も寿葉も、基本的に相手の攻撃をやり過ごしつつ反撃の機会をうかがっている。

 動きがなめらかで、実戦なのに演武を見ているような感覚だ。

 男達の動きが荒々しいので余計に彼女達のほうが落ち着いて見える。

 今のところ攻撃をしのぐのは余裕だが、まだ反撃の絶好のチャンスに恵まれていないといった感じだ。


「姉ちゃん達、自分達からはなぐったりしないのかな」

 リュウをちらりと見ると少し不安そうだ。

 攻められているふうに見える寿葉達が不利だと感じているのだろう。


「打たせて反撃するって戦い方みたいだからな。攻撃がかわせている間は大丈夫だ」


 世記の返事にリュウの表情が少し柔らかくなった。


 と、柏葉の方に変化があった。

 一人が突き出した腕を柏葉はしっかりとつかみ、勢いを利用して体を軸にして一回転する。

 振り回される形となった男は相棒の男に激突して二人とも地面に転がった。

 追撃で雷の闘気を具現化し、男達を打ち据える。


「やった!」

「まだだ」


 リュウの歓声を否定する。

 同時に男達は立ち上がり、柏葉を挟むように移動していく。


 ――これは、フェイントだ。

 世記は直感した。


「二階堂さん、危ない!」


 世記の叫びに反応して寿葉が大きく跳ぶ。

 柏葉を狙うと見せかけた一人が寿葉の方に踏み込んで蹴りを放つがその時にはもう寿葉は攻撃範囲から逃れていた。


 ありがとうの意味合いか、寿葉は手をひらっと振って、また目の前の敵に対する。


「邪魔しやがって!」


 寿葉への奇襲に失敗した男が世記に向かってきた。

 観戦タイムは終了のようだ。

 世記は前へ出て身構えた。


 男の攻撃を右へ左へと動いてかわす。

 相手は山属性だ。一撃が重い。たとえガードできても腕にかなりの負担がかかる。

 幸い、素早さでは世記に分があるように思える。


 ならば、と世記は素早く身をかがめ、相手のすねを蹴る。

 男の注意が一瞬、足元に向いた隙に視界から外れて渾身の突きを放った。

 がつんと拳に加わる衝撃。この手ごたえはかなりのダメージになっているはず。


 足の止まった男にもう一撃。

 男はふらりと後ろによろめいた。

 いける。

 世記は追撃で終わらせようとした。

 が、それが相手の狙いだったようだ。

 男が瞬時にしっかりと体制を整えた。


 強烈な衝撃と、一瞬遅れて激痛がやってくる。

 腹を蹴られたと理解した時には跪き、胃から逆流してくる苦いものをこらえるのが精一杯だった。


「兄ちゃん!」

 リュウの焦る声がする。


 おまえは下がってろ、と言いたいが痛みでうまく言葉にならない。


「ええぇぇい!」

 リュウの叫び声と、不安定な「気」を感じる。


 立ちあがりながらリュウを見ると、うっすらと闘気のようなオーラをまとっている。

 彼の両手には、世記が持って上がってきてた、物干しざお。


「うりゃあ!」


 リュウの身長、体格では振り回すには長すぎる物干しざおを両手でしっかりと持って、軽々と風を切った。

 突然のリュウの変化に驚いていたのか、男はその時初めて状況を悟ったかのように飛びのいた。


 が、遅かった。


 脇腹に物干しざおがめり込む。男は膝をついた。今度は演技ではなさそうだ。


 痛みをこらえ、世記はありったけの闘気を具現化させ、炎をかたどったエネルギーの塊を男に投げつけた。

 短い悲鳴を残し、男は地面に叩きつけられて気を失った。

 ほっと息をつく。嫌な汗が体中から噴き出した。

 こんなに焦ったのも、痛かったのも、初めてだ。

 勝者となった今も、まだ男が起き上がってこないかと目を離せない。


「終わったみたいですね」

「丹生くん、大丈夫?」


 柏葉と寿葉が近づいてきていた。

 その時になってやっと、世記は笑顔を作ることができた。


「うん、ちょっと痛いけど、大丈夫」

「兄ちゃん、おれ役に立っただろ?」


 リュウが得意げにふふんと息を吐いている。

 今はもう彼からオーラを感じられない。


「おまえ、さっきの、意識してやったのか?」

「え? 何が?」

「……無意識か」


 なんだかほっとしたような、残念なような複雑な気分だ。


 やがて諜報員や刑事らしき面々がやってきて、屋上の男達を連れて行った。


「これで平和な冬休みがくる、といいなぁ」

「おっちゃんがうまくやってくれるんじゃないかな」

「だといいけど」


 そんなやり取りをしながら、男達が連れ去られるのを見ていると。


「この、裏切り者……」

 一人の男から、恨み言が漏れた。


「裏切り者?」


 聞き違いか? と世記は男を見た。

 男は柏葉を睨みつけている。

 柏葉は、何を言われるのかと警戒している様子だ。


 だがその緊張も一瞬だった。


「ほら、さっさと歩け」


 刑事が男を引き立てて屋上の扉をくぐっていった。

 世記は寿葉とリュウに視線を移した。

 さっきの男の言葉は彼女達にも届いていたようで、どうしようかと困った顔をしている。

 気まずい雰囲気だ。


 そこへ。


「やぁ、夜も明けないうちからお疲れ様」


 場に似つかわしくない軽い声がした。

 現れたのは、眠たそうな笑顔の鈴木だった。


「あれ、おっさん、来れないんじゃなかったのか?」

「いえ。予定が入っているのは昼からですので普通に寝てました。襲撃の連絡を受けて慌てて駆けつけましたよ。間に合わなくてすみません」


 鈴木は目をしばたかせている。起きたてというのは本当のようだ。


「思ったより早く行動に移してきましたね。しかしこれで交渉がしやすくなりました。きっともうリュウ君を誘拐しようという動きはこれで終わりのはずです」


 鈴木の言葉に、世記は寿葉やリュウと顔を見あわせて笑顔になった。


「それよりも、もっと大きな問題がまだ残ってますけどね」


 急に厳しくなった鈴木の声にぎょっとして見ると、彼は柏葉を見つめていた。


 そういえばさっき、暴力団の男は柏葉を見て裏切り者と言っていた。

 世記が思い至ったことに寿葉達も気づいたようで、皆、柏葉を見た。


「待って、待ってください。この子達には、わたしから直接お話します」


 いつもの強面と厳しい態度はどこへやら、柏葉はしゅんとうなだれている。


「判りました。ではそうしましょう」


 鈴木は厳しい表情のまま、世記達を部屋へと促した。


 世記は全身が冷え切っているのを感じて身を縮め、両腕を抱きしめてさすっていた。

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