12月29日 大掃除
08-1 だから、もう、いいんじゃないかな
明け方、部屋の固定電話が鳴り響いた。
元々緊張で浅い眠りを繰り返していた
暗い部屋を速足で移動して、受話器を取る。
『
同じマンションに常駐している諜報員の男からだった。
判りましたと返事をしながら時計を見る。まだ四時だ。
こんな時間からくるのかと驚きながら、リュウを起こす。
もっと寝ぼけて起こすのが大変かと思ったが、リュウはぱちっと目を開けてすぐに起き上がり、いそいそと着替え始めた。心なしかワクワクしているようにも見える。
男達が自分をさらいに来るのだ。彼だって恐怖はあるはずだ。興奮が恐怖を抑えているのかもしれない。
着替え終えて隣の女性部屋に移動する。
柏葉がトーストを焼いて、コーヒーを淹れてくれた。リュウにはオレンジジュースだ。
「外がまっくらなのに起きてるなんて、なんかいつもとちがうよなー。兄ちゃんたちはたいそう服だし、なんか運動会みたいだ」
ジャムをたくさん塗ったトーストを豪快にかじりながらリュウが言う。
言われてみれば確かに、運動会の朝に早起きしたような感じになっている。
「体を動かすのに違いはないですね」
「二階堂さんは落ち着いてるよなぁ。……もしかして怖くないとか」
ぼそりと感想を漏らす。
「今日を乗り切ればリュウくんが安全になるのですから頑張らないと」
寿葉の声にぐっと力がこもった。
「二階堂さんってさ、結構、正義感強いんだね。俺のことも助けてくれたし」
正義厨だよね、と言いそうになるのを咄嗟にマイルドに言い換えた機転に世記は心の中でガッツポーズだ。ここでそんなことを口にしたら和を乱すのは目に見えている。
「えっ、なにそれ、ことは姉ちゃんが兄ちゃんを助けた?」
リュウが口をはさんできたので世記は去年の十月に不良に絡まれた時の話をした。
「奈良の駅前の商店街で、他の高校の不良に絡まれて、どうしようか困ってたら二階堂さんが通りかかって、不良をこらしめてくれたんだよ」
さすがに、その不良達は過去に因縁のある相手だったとは言わないでおく。
「兄ちゃんも極めし者なのに、なんでやっつけなかったんだよ。助けられるなんてかっこ悪ー」
「ばっか、極めし者だからだよ。手加減の仕方を間違ったら俺が捕まるだろ。二階堂さんはその辺、すごくうまいから」
「そっか、かげきぼうえいだっけ?」
「過剰防衛な」
あはは、と部屋に笑いが広がる。
その声が収まった時、寿葉が少し寂しそうな顔をして、先の世記の疑問に応えてくれた。
「中学生の時に、仲がよかったお友達がいたのですが、クラスの子達にいじめられるようになってしまって」
寿葉が中学一年の時は、その子と同じクラスだったのでそばにいることでいじめからガードはできていた。
だが二年生になるとクラスが離れて、友達のクラス内でのことはなかなか手を貸せなくなってしまった。
そのうち彼女は不登校になって、かろうじて中学は卒業したが高校進学時に遠くへ引っ越して行ってしまったそうだ。
「引っ越す前に彼女の母親から『いろいろと心配してくれたり、お世話になって、寿葉ちゃんには感謝してるけど、娘をずっと守ってくれるわけじゃないし』って言われてしまいました。本人からは引っ越す時の挨拶もなかったのです」
なんだよそれ、と世記は思った。
いじめはもちろん、いじめる方が断然悪いと思う。だがその言い草はない。
世記が憤っているのは、しっかりと顔に出ているのだろう。寿葉は済まなさそうにも見える曖昧な表情を少し浮かべて続ける。
「わたしは何もできなかった。仲が良くてもあの子を立ち直る手助けはできなかったんだと思ったら、すごく自分が無力に感じてしまいました。勉強も運動もそれなりにできて友達も多い方だったのに、大切な友達を助けられなかったんです。それから、わたしにできることは何だったのか考えるようになりました」
考えた結果、寿葉がたどり着いた答えは「努力が足りなかった」ということ。だからこれからは自分にできること、自分にしかできないことを見つけて行こうということだった。
「極めし者としての力を使って困っている人を助けるのも、わたしにできることの一つなのかなと思うのです。できる限りのことをしたい」
寿葉の中で友達に対するいじめを止めることができなかったことが、大きな傷になっているのだなと世記は感じた。
だから、クリスマスにショッピングセンターでリュウがトイレに行きたいと言い出せなかった時に「ごめんね気が付かなくて」という言葉が自然に出てきたのかもしれない。リュウが言い出せなかったのは自分が至らないからだと思ったのだろう。
闘気を使った腕試しをしたがった世記の相手などしたくないと突っぱねたのは、彼女が極めし者としての力を遊びで使いたくないからなのだろう。
世記はいたたまれない気分になった。と同時に尊敬の念を抱いた。
「二階堂さんは、すごいよ。俺がもし友達の母親にそんなこと言われたら『なんだよ、こっちがこれだけサポートしたのに』とか『そんなんだからいじめられるんだ』とか考えて自分を守ってると思う。カッとなった勢いで口にするかもしれない」
世記の言葉にリュウがうなずいている。
どこの部分に対してうなずいてるんだろうかと少し気になったが今は置いておく。
「二階堂さんはそれからの自分の行動をベストに持って行こうって頑張ってる。すごいことだよ。闘気の扱いもすごい気を使って、人の役に立ちたいって考えて。気軽に勝負してくれって言ってたのがなんか恥ずかしいぐらいだ」
硬くなっていた寿葉の表情が少し緩んだ。
「だから、もう、いいんじゃないかな。人のために頑張るのはいいことだと思うけど、もうその友達のことをすごい申し訳ないって、自分は何もできなかったって自分を責めなくてもいいと思う」
寿葉は泣きそうな顔になり、しかしすぐに笑顔になった。
「ありがとうございます」
「あと、さ。二階堂さんがイヤじゃなかったら、その、敬語じゃなくてもいい、ってか、敬語だとすごい距離あるみたいだからタメで話してほしい、かな。俺ら同い年だし、同盟の仲間だろ」
なんだかもっと近い関係でいたいと告白をしている気分になって、世記はガシガシと頭を掻いた。
「そうね。わかった。ありがとう丹生くん」
世記の気持ちのどこまでが伝わったのかは判らない。だが寿葉の笑顔が作ったものではないことだけは感じ取れて、世記も嬉しくなった。
「兄ちゃん、顔真っ赤ー」
「うるせーぞ! おまえ、さっきうなずいてたのはどの部分にだよっ」
「兄ちゃん、かっとなったら悪口いいそうってとこ」
言いながらリュウは椅子からおりて逃げ出した。
世記はもちろん追いかける。
リュウを捕まえて頭をぐりぐりっとやってやると寿葉は声を立てて笑いながら止めに来た。
「さぁみなさん、そろそろ時間になりますよ」
柏葉が時計を見た後、世記達に声をかけてくる。彼女の顔はいつもより厳しさが減っているように思えた。
彼女も寿葉のことは心配していたんだろうなと思うと世記はちょっと嬉しくなった。
「よしっ、に×3=同盟、最後の戦いだ」
「兄ちゃんノリノリだな。最初の方は嫌がってたのに」
「ばっか、こういうのは勢いが大事なんだよ」
「そんなもんか」
「そんなもんだ」
マンションのあちこちに準備はしてある。さっさと暴力団を追い返して平和な冬休みを手に入れるぞと世記は気合いを入れた。
リュウと一緒に部屋を出る。
冷たい空気が体を包んで、思わず「さむっ!」と叫んだ。
「丹生くんは寒がりね」
「子供の頃から寒いのは超苦手なんだよ。ってかみんな平気すぎだろ」
こんなに寒いのに震えてるのは自分だけのようで、世記はそっちの方が不思議でならない。
「ま、もうすぐ運動タイムだからあったまるか」
世記はリュウと近くの階段へ、寿葉は柏葉と一緒にもう一つ奥の階段へと向かった。
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