12月27日 異能って怖い?

06-1 スパイなんだからこれでいいだろ

 昨日の不審者の正体は「竹島組」という暴力団の下っ端組員だった、という報せを持って鈴木がマンションにやってきた。


 ちょうど昼ご飯が片付いた頃だったので世記としきとリュウも女性部屋にお邪魔していたところだ。皆、一緒に話を聞くことになった。


「竹島組というのは、奈良に事務所を持つ小さな暴力団で、リュウ君に絡んだ二人がいるのもこの組織です」

「規模が小さいからここを突き止めるのは難しいって言ってなかったか?」

「はい。そう思っていましたし、なぜ彼らがここを突き止めたのかは、まだ聞き出せていません」


 鈴木の応えに世記は「なんだよ頼りないなぁ」とつぶやいた。


「非合法な手段を用いて捜査をすることはありますが、さすがに犯罪者相手といっても非人道的な手段を用いて尋問するわけにもいきませんから」


 さらりと返されて、世記は複雑な気分になった。

 相手が早く口を割ってくれるなら、非人道的な手段とやらを用いてでも聞き出してほしいとは思う。だが、そんなことをためらいもなくやってしまう組織の人間が今ここにいるのは、さすがに嫌だ。


「それを言いにわざわざいらしたのですか? それぐらいなら電話やメールで済んだのではないですか?」

 柏葉が厳しい顔で鈴木を睨みつけている。

「こんなところで油を売っていないで早く暴力団の動きをきちんと探ることの方が大事なのではないですか」


 まさに食って掛かっている。


 この人は本当に鈴木が嫌いなんだなと世記はハラハラしながら大人達を見る。


 世記が接した限りの範囲だが、鈴木はいつも温厚で、基本的に何を言われてもニコニコとしている。しかしそういう人間こそが本気で怒ると怖いのだ。

 鈴木がいきなりキレたりしないかと世記はひそかに心配だ。


「そうですね。だから、今日は私もこのマンションに滞在することにしました」

「えっ?」


 驚きの声は柏葉だけでなく寿葉ことはやリュウからも漏れた。もちろん世記の口からも。


「だから、って、つながってないように思いますが」


 柏葉がトーンダウンしている。驚きが勝ったのだろう。


「私だけが動き回っていたのでは相手にこちらの捜査の状況がバレてしまうかもしれませんから。今日はこちらで有事に備えようかと。何もないとは思いますが、念のため」


 暴力団の捜査は部下に頼んでおいた、と鈴木は笑顔で言う。


「おっちゃん、部下いるのか。アゴで使ってるんだな。キョーケン発動だなっ」


 リュウがあこがれの目をキラキラさせて鈴木を見上げている。スパイだという鈴木に、漫画などで見る悪の秘密組織の幹部みたいなふるまいを想像しているのだろうか。


「そんなことをしたらよい人間関係が築けませんよ」


 やんわりと笑って否定して、鈴木は「とにかく」と続けた。


「今日はこちらで待機します。リュウ君達の部屋に厄介になりますね。あ、夕食は用意してきたのでおかまいなく」

「……言われなくても、あなたになど何も差し上げません」


 活動費として預かっている中にあなたの分はない、と柏葉はつっぱねた。


 ほっとした。

 少なくとも夕食の席が「口撃」のやり取りの場にならずに済みそうだ。


 鈴木は「そうですね」とあしらい気味に言うと、世記に視線を向けてきた。


「苦手な宿題は済ませたようですね。何よりです」

「まだ俺のブログ読んでるのかよ」

「不用意な発言があればすぐに消していただかないといけないので」


 そういわれてはぐぅの音も出ない。


「苦手を克服するにはたくさん問題を解くといいと思いますよ。問題集買って来ましょうか?」

「ぐおぉ、二階堂さんと同じこと言われてるのに、あんたに言われると腹立つな!」


 憤ってみせながら、さっきまでの険悪な雰囲気が吹き飛んでよかったと思った。




 部屋に引き上げて、リュウが鈴木にゲームしようと誘っている。


 確か鈴木は結婚していると言っていた。「家族がいるので」という言い方からして子供がいるのだろう。そうだとしたらリュウのいい遊び相手だな、と世記はのんびりとしていたが。


「にーちゃん、なに知らん顔してんだよ。にーちゃんもやるんだぞ」

「決定事項か」

「たくさんでやったほうが楽しいだろ?」

「まぁそりゃそうだな」

「よーっし、まずおっちゃんのアバターつくるのからだ」


 リュウがノリノリでゲーム機のスイッチを入れて操作し始めた。

 鈴木を見ると、「少しだけですよ」と笑っている。


 なんだか、知り合いの子を見ているような顔だなと世記は感じた。


「兄ちゃん、としきにーちゃん!」


 いつの間にか深く思考していたようで、世記はリュウの声で我に返った。

 テレビ画面を見ると、鈴木のアバターが完成している。アバター名は「くおん」となっていた。


「普段から使ってるハンドル?」

「まさか。よく使われていそうな名前の一つですよ」

「だよなぁ。それよか、なんだよそのアバターのさわやかな顔。もっとこう、胡散臭そうなのが似合ってるぞ」


 世記はコントローラーを掴むと鈴木のアバター「くおん」の顔のパーツを変更した。


「わははっ、なにそのニヤリ笑い! 悪いヤツだー!」


 リュウに大うけした。


「スパイなんだからこれでいいだろ」

「すごい偏見ですね」


 呆れながらも笑っている鈴木をよそに、世記はゲームをスタートさせた。


 ゲーム機に入っているのは様々なミニゲームの入ったソフトだ。一対一から集団戦までたくさんある。


 鈴木はいつも通り感情の読み取れない笑みを浮かべながらコントローラーを握っている。さほど熱心ではないが、リュウと同じチームになると全力を出している気がする。元々そんなにうまいわけでもないようで差はあまりないが、子供慣れしている遊び方だと感じた。


 リュウもその辺りを感じ取ったのか、ゲームが一段落すると鈴木に尋ねた。


「おっちゃんって結婚してんだよな。子供いるの?」

「はい。リュウ君と同い年です」

「えっ、マジっ? いっしょにゲームしたいなぁ」

「さすがにそれは無理ですねぇ」

「だよなぁ。おっちゃん正体知られちゃいけないもんな」

「はい。子供にもナイショです」


 ヘラヘラとしている時の鈴木の話はすべてが本当というわけではない。だがリュウと同い年かどうかは判らないが子供は本当にいるんだろうなと世記は納得した。


 家族がいるのにスパイって、どうしてそんな職に就いたんだろう。

 いや、逆かな。元々スパイで結婚したのか?


 奥さんどんな人だろう。やっぱりスパイ? 夫婦でスパイってなんか映画であったよな。

 今まで全然興味のなかった鈴木の個人情報が、ちょっと気になる。


「家族かぁ、いいなぁ」

 リュウがぽつりと言った。


 世記ははっとなった。


 リュウがいつも明るくて、そこらの子供と変わらないように感じるから、ついつい彼には親がついていないということを忘れがちになってしまう。


「リュウ君は、もしも引き取られるとしたらどんな家庭がいいですか?」


 鈴木が尋ねている。


「えんりょのない家族がいいな。言いたいこと言い合える、みたいなの。おっちゃんやとしき兄ちゃんの家ってなんかそんな感じがするんだけど、ちがう?」

「そうですねぇ、違いませんね」

「俺んとこも、そうだな、そんな感じかな」


 鈴木と世記の答えにリュウは「そういう感じ」と笑った。


 リュウが人懐っこくて世記や鈴木にすぐに打ち解けたのも、年の割に人に気をつかうところがあるのも、そうしないと施設の中では平穏に生活しにくいからなのかもしれないと世記は気づいた。


 まだ小四なのに、と不憫に思う。


 彼にいい家族が見つかってほしいと本気で願った。

 そのためには当面のこの危機を乗り越えないといけないのだ。


 もしも暴力団がリュウをさらいに来たら全力で守ってやる。

 世記は今までとは違う気持ちで、リュウの護衛に当たる決意をした。




 一時間ほどゲームに付き合った鈴木は、それから夜まで部屋を離れていた。


 世記とリュウが夕食を食べに隣の部屋にお邪魔していた間に帰っていたらしく、世記達が部屋に戻ると鈴木はおにぎりをほおばっていた。


「おかえりなさい」


 自分を見せずに人を少し小ばかにしているようにも取れる、いつもの笑顔にいつもの口調。

 出会った当初はイラついていたそれらに、さすがに慣れてきた。


「おっちゃん、一人でごはん? となりにくればよかったのに」


 リュウが言うと鈴木は軽くかぶりを振った。


「柏葉さんのご機嫌が超斜めになるので私はできるだけ彼女のそばに行かない方がいいと思います」

「なーんでミナエねーさん、あんなにおっちゃんのこと嫌いなんだ?」


 リュウは腕組みをして首をかしげて考えている。


「おっちゃん、まさか変なことしてない? セクハラとか」

「するわけないでしょう。私は妻一筋ですよ」

「ノロケたっ!」

「それに万が一、私にそんな下心があったとしてもできませんし」

「なんで?」

「柏葉さん、極めし者ですからね。しかも相当お強い」

「ええぇっ!」


 リュウの驚愕の声に世記のそれも重なった。

 鈴木は苦笑いして、口に人差し指を当てている。


「おそらく、寿葉さんに闘気の扱いを教えたのも彼女でしょうね」

「……マジで?」


 ささやき声にまでボリュームを落とした世記の確認に鈴木がうなずく。


「はい。初対面で腕をめられてしまいました」

「それこそなんでそんなことに」


 問いながら、世記は柏葉が全く極めし者としてのそぶりを見せていないことの意味を考えていた。

 異能を使うことは人々に恐怖を与える。たとえそれが人助けでも。

 だから極めし者は力を隠す。


『極めし者の人口比率はご存知ですか?』

『千人に一人ぐらい?』

『いえ、一万人に一人と言われています』


『本当はもっと高い割合で存在するという説もあります。先ほどあなたがおっしゃったように、もしかすると千人に一人ぐらい、いるかもしれません』


 ここに連れてこられる車中での鈴木との会話を思い出した。


「柏葉さんがなぜ私を嫌っているかの答えにもつながりますが」


 鈴木の声に世記は思考をやめて耳を傾けた。

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