04-3 スパイだからだろ

 ブログの内容はその日の出来事を一言書いている程度だ。毎日読みに来るのは同じ高校の友人一人。通りすがりの「匿名希望」さんがコメントを残してくれる日もあるがせいぜい一人か二人で、一日の閲覧数も多くて二桁に届くかどうかといったところなのに。


 そういえば「に×3=同盟」にはいつもより多くの反応があった。

 そして新着コメントはすべてその記事についたものだ。


 世記としきは口の中に湧いてくるつばを飲み込み、そっと画面をタップした。


『今日(25日)、大阪の〇〇〇のショッピングセンターで「にさんがどうめい」って言ってる子がいたけどその子? 高校生ぐらいの男とハイタッチしてたみたい。犯罪者を捕まえたらしいよ』

『すげーな。小学生探偵かよ』

『小学生がすっごい金髪だった』

『外国人の子か? 高校生は?』

『高校生はふつー』

『それって主のこと?』

『はじめまして。「話題のブログ」からきました。シキさん子供と犯罪者捕まえたんですよね。すごいです』

『まだ今日の日記が書かれたわけじゃないし、デマかもしれないぞ』

『デマじゃねーぞ。自分その場見たし、これ証拠』


 閲覧者同士のやり取りの後に、写真がアップロードされていた。


 ルーズショットで撮られていて顔などはぼやけているが、あのショッピングセンターのトイレ前で世記とリュウがハイタッチし終わった後ぐらいの写真だった。


 幸いなことに、リュウが帽子をかぶっているので金髪とは判りにくい。

 その写真の後に、やはりそのことが指摘され、写真を公開したであろう人との言い合いが続いている。


『新着コメントが1件あります』


 コメントを読んでいる間にも、新しいコメントが追加された。

 世記は思わず顔をあげて鈴木を見た。


「これだけでは特定する要素は少ないですが、写真の二人の年恰好が先日の児童養護施設の前でチンピラに絡まれた金髪少年と、撃退した高校生だと関係者に気づかれる可能性がありますね」


 そうなってしまったら最悪この隠れ場所も探し出されるかもしれない、と鈴木は言う。


「そこまで判るのか?」

「なぜ私が日記の主があなただと特定できたのだと思いますか?」

「あんたがスパイだからだろ」

「諜報員でなくても、ネット関連の事案に慣れている探偵なら過去記事をさかのぼって読めば『シキ』イコール『奈良の私立北星高校一年の丹生にぶ世記』であることは特定できますよ」


 もしも暴力団が探偵などを使って個人特定しようとしたら……。

 世記の携帯電話を持つ手が細かく震えた。


「これ、どうすればいい? 消せばいいのか? ってか気づいてたのになんであんた消さなかったんだよ」

「私が消せると思いますか?」

「消せないのか? スパイ映画とかで情報操作とかやってるだろ」

「まぁ可能か可能でないかの話だと、消せますけどね」


 恐怖を忘れて思わず「やっぱり」と口からこぼれた。


「状況的に無理ですよ。あなた以外が強制的に削除すれば怪しまれるでしょうし余計に騒がれてしまいます」


 鈴木はコメント欄への返信の文面と、これからの対処を世記に教えてくれた。


 まずは自分が今日そこには行っていないことを書き、写真については見ず知らずの人であること、この写真がここに掲載されていると被写体の人達に迷惑がかかるであろうことから削除させてもらう旨をコメントしたうえで、管理者権限で写真を削除する。


 これ以降、この件に関してはコメントしないでほしいこと、「シキ」本人や削除した写真の人達を特定しようとするような情報が書かれた場合、コメントも削除することを明記しておく。


「おそらく数日もすれば落ち着くでしょう。元々閲覧数の少ない日記ですし」


 悪かったな過疎ブログで、と思わず反発しそうになったが、ここはおとなしくしておくべきだ。

 世記は黙ったまま鈴木に言われたとおりに対処した。


『皆様のご理解とご協力をお願いします』


 最後の文章を書き終えて、世記は長いため息を漏らした。


「それでは、私はこれで。皆さんは明日以降しばらく外に出ないでください。必要なものがあればこちらで用意させますので」


 言いながら鈴木は柏葉を見た。生活に関することは彼女に任せているからであろう。


「今日、たくさん買い物をしておいたのでしばらくは大丈夫そうです」


 相変わらずのしかめっ面で柏葉はそっけなく答えた。

 何かあればまた連絡をくださいと言いおいて、鈴木は部屋を出て行った。


 重い空気が部屋を包む。

 みんな、何かを言いたそうな顔で黙り込んでいる。


 世記の心にはさまざまな思いが渦巻いていた。


 まさかこんなことになるなんて。

 ただ、毎日の出来事を少しずつブログに書いているだけだった。

 しかも「身バレ」を防ぐためにフェイクも入れていた。

 それでいいと思っていた。

 小学生を匿えとここに連れてこられても、そのことに触れなければ大丈夫だと思っていた。


 だが鈴木にはあっさりと本人特定されてしまった。しかも彼が言うには、探偵なら過去記事をさかのぼれば簡単に個人特定ができるだろう、と。


 ショッピングセンターを映した写真をアップしたヤツが悪い。俺は悪くないと自分を慰めつつ、しかし「に×3=同盟」と書いてしまっていたのは自分であり、それがなければここまで騒がれなかっただろうとも理解している。


 そもそも高校生に子供を守れと無茶ぶりをする鈴木が悪いと思ってみても、だからといって引き受けたことをいい加減にしていいわけではない。


 世記の心はいら立ちと後悔と悔しさがごちゃまぜになっていた。


「あのさ」口火を切ったのはリュウだった。「別にボーリョクダンがここに来るって決まったわけじゃないし、宿題とかゲームとかしていればいいじゃないか」

「そうね。でも――」

「兄ちゃんは正しかった。あとは外に出ずに気を付けていればいい。だろ?」


 寿葉ことはが何かを言いかけるも、リュウが強引に話を締めくくろうとした。


「わたしも、丹生くんはいいことをしたと思ってるわ。協力したリュウくんもね。それでもやっぱり、今、一番わたし達にとって大切なのはリュウくんが安全でいることだと思うの」


 寿葉はきっぱりと言った。


 結局、そこに落ち着くのだと世記も思った。自分達がここでこうして集まっているのはリュウを守るためなのだ。はじまりは不本意であれ引き受けたからには責任を持たないといけないのだ。


「みんな、ごめん」

 世記は頭を下げる。

「わざとじゃなかった。まさかこんなことになるとは思わなかった。けど……、警備員に任せてこっそり引き上げることもできたし、騒ぎにしてしまったのは俺の書いてる日記のせいだ。以後、もっと気を付ける」


「起こってしまったことは仕方ありません。基本的にはわたしもさっき言ったように丹生くんは正しかったって思ってます」


 寿葉が穏やかに笑ってくれたので、世記はほっと胸をなでおろした。


「柏葉さんにも心配かけて、すみません。俺らが――」

「お二人がご無事だったんです。もういいでしょう」


 戻るのが遅いから様子を見に来てくれたんですよね。

 そう言いかけた世記を無理やり遮るように、柏葉が少し大きめの声で言い切った。


 これ以上世記が責任を感じて詫びることはないと言ってくれているのだろうか。

 だとしても、だとしたら、もうちょっと優しい顔と声で言ってくれないかな。


 柏葉の厳しさ三割増しの顔を見て世記は「はい」と小さくうなずくことしかできなかった。


「そうそう。一つ訂正しておきたいことがあるんです」

 寿葉が微笑を浮かべる。


「えっ、な、何?」

 何を言われるのかと世記は身構えた。


「『秘技、三角関数』は厳密に言って三角になってないと思います」

「つっこむとこそこかよ!」


 思わず即切り返した世記にリュウが大笑いし、寿葉はさらに破顔した。

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