12月25日 クルシミマス
04-1 学校の先生とかむいてるんじゃ
鈴木がリュウのために帽子を持ってきた時、
昨夜は二人で夜遅くまでゲームに興じていたのだ。
対戦ゲームに負けず嫌いな面を刺激され、あと一戦、あと一戦と繰り返してやめ時を失ってしまっていた。
「楽しんでくれているようで何よりですが、あまり夜更かししてはいけませんよ」
「これからは協力型ゲームにしような」
「そうだなー」
「そういう問題でもないように思いますが」
鈴木に笑われて、世記とリュウも顔を見合わせて笑った。
昼食までは
リュウの勉強は柏葉がみてくれている。怖い顔に見合わず丁寧で、できなくても叱ったりしない。
さすが成績優秀な寿葉の家庭教師だけあって教えるのがうまいなと世記は感じた。
そしてのその教育方針は寿葉にも浸透している。
寿葉はクラスどころか学年でも上位の成績で、真ん中あたりをうろついている世記は苦手な数学を教えてもらえた。彼女の説明は判りやすい。思わぬメリットだった。
「二階堂さん、学校の先生とかむいてるんじゃないかな」
「それもなかなか魅力的な職業ですが、別にやりたいことがあるんです」
「あ、親父さんの会社を継ぐのか?」
寿葉は製菓製造会社「ニカイドー」のお嬢様であったことを思い出して世記は軽く笑う。
ニカイドーはそこそこ大きな会社だ。苦労しなくても親の偉業を継ぐ、あるいは継いでくれる男と結婚すればよいのだ。
少し、うらやましいと思っていた。
だが。
「いいえ、家は継ぎません」
寿葉は静かにかぶりを振った。
世記は驚いて、思わず柏葉をちらりと見た。
怖そうな顔は相変わらずで、素の顔なのか怒ってるのか判らない。
これはこれで感情の読めない顔だよな、と思った。
これ以上将来の話をするのはなんとなく地雷のような気がして、話題を変えることにした。
「ところで、買い物ってどうするんだ? 俺らも行った方がいいのか?」
「いえ、特に来ていただかな――」
「えー? 姉ちゃん達もいっしょがいい」
柏葉の答えにリュウの要望が重なった。
「では数日分の食材の買い出しもしましょう。
柏葉は柔軟に対応してくれた。
恐らく彼女はリュウには甘い。表情は怖いままだがなんとなく少しだけ柔らかくなってる気がする。
しかし悲しきはこの扱いの差よ、と世記は心の中でつっこんだ。
世記達は柏葉の車で大型ショッピングセンターにやってきた。
滞在という名の軟禁生活をしているマンションから二十分ほどで、様々な専門店と大きなスーパーが入っている。映画館やフードコートもあるようだ。
大きな建物にリュウは目を見開き、店内案内板を見て興奮している。
「奈良にもわりとおっきいとこあるけどさー。やっぱ大阪の方が大きいな。人の多さが全然ちがうよ」
「迷子にならないようにね」
「あと、帽子落とすなよ」
リュウの髪は少し大きいオレンジ色のキャップに押し込められている。どうしても少しはみ出してしまう金髪も、帽子の色が隠してくれる。すれ違ったぐらいではリュウの髪に注目する人はいないだろう。
「わかってるってー。服買いにいこー」
リュウは子供服売り場で色とりどりのセーター、ズボンを試着する。
こうしてみると手足長いよな、と世記はリュウを見て思う。あと、活動的なわりに細いとも。栄養は摂れているのだろうが運動量に対して食事量が少ないのかもしれない。
嬉しそうに洋服を見て回るリュウは普通の少年だ。親がいないこと、父親がマフィアであったことも微塵も感じさせない。
天真爛漫なさまはどうしても弟の
リュウにとって不利なことから、守ってやれるなら守ってやりたいと思わせられるのも弟と同じだ。
結局俺もこいつには甘いのかもしれないなと思った。
「なぁ、兄ちゃんはどっちがいいと思う?」
問われて世記は我に返った。
リュウの手には明るい青のセーターと緑色系のそれがある。
「うーん、俺としては青を推したいけどリュウの好きな方にすればいいんじゃないか」
応えると、リュウは両手に持ったそれぞれのセーターを見比べて、よし、こっちにすると青のセーターを柏葉に渡した。
こうして、セーターとシャツを二着ずつ、ズボンを一本を買いそろえる頃には店に入って一時間近く経っていた。
そこから柏葉の宣言通り大量の食材を買い込んで、世記は両手に大きなレジ袋を持たされていた。
「ぐおぉ、重い! 闘気使いてぇー」
「駄目ですよ」
思わず漏れた愚痴に寿葉がすかさずつっこんでくる。
「わーってるって」
「柏葉先生を見習ってください」
言われて柏葉を見ると、世記と同じように大量の荷物を持ちながらもいつも通りの顔だ。
心なしか眉間のしわがいつもより深い気もするが。
ようやく車に到着して荷物をトランクに入れ始めると、リュウがおずおずと切り出した。
「あのさ……、トイレ、行っていい?」
なんで今まで我慢してたんだよ。
世記はむっとした。
だが。
「言い出しにくかったのね。ごめんね気が付かなくて」
寿葉は逆にリュウに詫びている。
言い出しにくかったとはどういうことだろうと考えた。
買い物を済ませて、みんな心なしか急いで食材を袋に詰めていた。
世記は疲れていたからだが、柏葉達には他の考えや思いがあったかもしれない。
皆がとにかく早く帰ろうとしている中で、トイレに行きたいとは言いにくい。出来れば帰るまでガマンしようと思うだろう。
少し考えるとそういうとらえ方もできるが、寿葉はとっさに思い至ったのだ。改めて彼女は子供に接する仕事に向いているんじゃないかと世記は感じた。
「それじゃ、俺が連れてってくるよ」
荷物をトランクに置いて名乗り出る。
「リュウさんの年では婦人側に入るのもはばかられますしね」
柏葉が同意したので世記はリュウを連れてショッピングセンターに戻って行った。
トイレは建物の入口近くにあったが男性用も人が多かった。
「こっから真っ直ぐ行ったところにもあるみたいだから、そっち行ってみるか?」
リュウがうなずいたので世記達はそちらに向かった。
バックヤードに近い場所だったので目立ちにくいのか、
よかったなーといいつつ入ると違和感を覚えた。
個室のドアが閉まっていて、中から何やらごそごそとくぐもった音がするのだ。
普通に用を足しているような音ではなく、中で動いて壁に擦っているような音だ。
とりあえずリュウに大目的を果たさせつつ、世記は個室の方が気になって仕方なかった。
まさか、中でそういうことしちゃってないか?
考えて、世記は自分の想像に微苦笑する。
「兄ちゃん?」
リュウが世記を呼ぶ。
すると個室のドアが内側からドンと叩かれた。
何か様子がおかしい。
世記は近づいて行ってドアを軽くノックする。
「大丈夫ですか? 具合悪いとか?」
心配を装って、まぁ実際に心配もちょっとあるが、と思いつつ世記が声をかける。
「あー、大丈夫。荷物が大きくてなぁ。置くのに手間取って」
返事は中年ぐらいの男のガラガラ声だ。特に怪しい響きはなく、むしろ気さくな感じさえする。
なんだ心配することなかった、とほっとした時、かすかに声が聞こえた。
女の子の、言葉にならないほどの短い声だった。
誘拐? それともやっぱ中で――。
何とかしないと。世記はとっさにリュウをトイレの出口まで連れて行った。
女の子の声が聞こえたと告げるとリュウは顔色を変えている。
「警備員呼んで来い」
「兄ちゃんは?」
「ここで見張ってる。犯人が逃げそうになったら捕まえるから」
リュウは「わかった」と言い残して走っていった。
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