03-2 そんなヤツがなんで

 二つ目のチキンに手を伸ばした時、玄関のチャイムが鳴った。

 柏葉が席を立ち、ドアモニターで対応している。

 戻ってきた彼女がすこぶる怖い顔になっているので、来訪者が鈴木だと察することができた。


 やがて部屋に鈴木がやってくる。


「メリークリスマス! プレゼントを持ってきましたよ」


 相変わらずへらへらと笑う鈴木が、プレゼント用にラッピングされた箱を掲げて見せた。


「プレゼント? なになに?」


 リュウがぴょんと椅子を飛び降りて鈴木に駆け寄った。


「ずっと部屋にいるだけでは退屈でしょうから、ゲーム機です」


 歓喜の声をあげて跳びあがるリュウに笑いかけてから、鈴木は包みを解いた。

 体感型コントローラーが売りの、家族で遊ぶタイプのゲームソフトが多いゲーム機だ。世記としきの実家にもある。


「すっげぇ! やったぁ!」


 リュウは大喜びで飛び跳ねている。よっぽど嬉しいのか、鈴木にハイタッチもしている。


「どこのテレビに接続しましょうか」

「リュウんとこでいいだろ。ほら、おまえはチキン食べとけ。俺とおっさんでつけとくから」


 すぐにでも遊びたいと不満そうなリュウをテーブルに追いやって、世記は鈴木を玄関へと押しやった。


 鈴木と二人で話をしたいという世記の意図を察したのだろう。鈴木は苦笑しながらもゲーム機を持ってついてきた。

 リュウの部屋に移動して、早速とばかりに鈴木がゲーム機をセットし始めた。


「それで、何か話があるのでしょう?」


 作業をしながら鈴木が尋ねてきた。

 彼の斜め後ろに胡坐をかいて、呼吸を整えて問いかけた。


「リュウの父親のこと、調べられないのか?」


 世記の問いに鈴木は一瞬手を止めた。


「リュウ君の境遇を聞いたのですか」

「あぁ、ついさっきな。――って、そうだ! あんた、家族を買収したなっ」

「買収ではありません」鈴木は愉快そうに笑う。「ただ働きより報酬があった方があなたも嬉しでしょう? あれはあなたへの報酬です。ご両親にもそう伝えておきましたので後はよく話し合ってください」


 意外だ。家族の了承を得るのに金で黙らせたのかと思っていた。

 いや、と世記はかぶりを振る。この男の言うことをそんなにすんなり信じてはいけない。本当に報酬なら本人に一言あってもいいはずだ。


「それで、リュウ君の親の話でしたね」


 作業を終えた鈴木は世記に向き直って座りなおし、真正面から真面目くさった顔で見つめてくる。


「まず彼の母親ですが、結婚して子供もいます。今からリュウ君を引き取るつもりはなさそうですね」


 あっさりと告げられた非情な事実に世記は目を吊り上げた。


 シングルマザーじゃ育てられないから養護施設に預けたんじゃないのかよ。

 だったら、余裕ができたら引き取るのが筋じゃないのか。


 怒鳴ってやりたいが鈴木に憤っても仕方ない。拳を強く握って歯を食いしばる。

 そこへ鈴木の追撃が飛んできた。


「父親は、すでに亡くなってます」


 頭を殴られたかのような衝撃だった。


「なんで」


 いろいろと聞きたいことはあったが、うまく言葉にならなかった。


「これはまだ彼には話していませんが」


 鈴木が「なんで」の答えを言おうとしている。


 嫌な予感しかしない。目の前の男の複雑そうな表情からしてきっとろくな理由ではない。

 やめてくれと言うべきなのか、それとも知っておくべきことなのか。

 考えて、自分が言い出したことだと覚悟を決めた。


 鈴木は少しだけ間を開けた。世記の反応を見ていたようだ。

 そして、話していいと判断したのだろう。彼は答えを口にした。


「彼の父親は、アメリカのマフィアの一員でした」

「……はっ?」


 マフィア。


 暴力団も遠い存在だったが、マフィアとなると世記にとってはもう映画などのフィクションの世界の組織だ。

 だが実際にあるのだ。そこに属していた男の子供がリュウだというのだ。


「とても強い極めし者だったそうです。数少ない極めし者の中でもさらに少ない、高レベルと称されるほどの強さを誇っていたとか。しかし、やはりと言うべきでしょうか、戦いの末に命を落としました。争いごとの絶えない世界に住む者の末路ですね」


 抗争に次ぐ抗争の末のことだったのだろうか。本当に映画の世界だ。


 しかしそうなってくると大きな疑問が一つ浮かび上がる。


「そんなヤツがなんで日本に来てたんだ?」

「日本が好きだったらしいですよ。調査したところ、数年に一度ほどの頻度で入国していた記録はありました」


 争いを離れて旅行先で羽を伸ばして子供を作ったってことか。

 世記は思わず「うわぁ」と声を漏らした。


「極めし者の力そのものは遺伝しません。しかし極めし者達に信じられているのは『強い極めし者の子供はやはり強い極めし者になる』というデマです。ですから、諜報部はリュウ君が犯罪者のターゲットにされる可能性を危惧しているのです」


 鈴木が所属する諜報部の調べでは、まだ暴力団はリュウの「正体」を掴んではいないようだ。先日トラブルを起こしたチンピラが所属しているのは小さな組織で、そこまでの情報網はないと思われる。

 ただ「極めし者の素質を持つ、親のいない子供」というだけで戦力の増強として組織に引き入れようと考える可能性は十分にあるという。


「ですから、念のため彼らの活動範囲から離れた大阪に連れてきたのです」


 話が締めくくられ、部屋は静かになる。

 思いもよらなかった重い事実に世記はぶるりと体を震わせた。


「リュウには、言わないのか?」


 少しの間をおいて世記の喉から出てきた声はかすれていた。


「告げる必要が出てくれば話しますが、今は考えていません」

「だったら、なんで俺に?」

「あなたがリュウ君の父親の行方について尋ねたからです」


 この重苦しい気持ちは自分が尋ねた責任ってことか。


「尋ねたから、って、まだ初めて会ってから二日なのに。俺にこんなこと話したらリュウに話すと思わなったのか?」

「話したいならどうぞ話してください。手に入れた情報をどう使うかはその人の自由です」


 余裕のある静かな笑みを向けられて世記は言葉を失った。


「それに、あなたが会って二日の少年の父親について尋ねたのは、行方を突きとめたら彼を喜ばせられるかもしれないと考えたからじゃないですか? 少なくとも面白半分で尋ねたようには見えませんでした」


 何も言えないでいる世記に、鈴木は「話すも話さないも、あなたの自由です」と決断を世記にゆだねた。


「では、私はこれで」

 鈴木が立ち上がる。

「今のところ、マフィアも暴力団も動くそぶりはないので安心してお過ごしください。リュウ君はできるだけ外に出ない方が無難ですけれどね」


 そう言いおいて鈴木は世記に背を向けた。

 同時に、玄関のドアが開く音がする。

 部屋にリュウが跳び込んでくる。


「おっちゃん、明日買い物いっていい?」


 たった今、リュウは外に出ない方がいいと言ったばかりだ。鈴木は苦笑している。


「何を買いに行くのですか?」

「服がほしい。ミナエねーさんは男の子の服を買ったことないからできれば本人がいた方がいいかなって」


 鈴木は「なるほど」とうなずいた。


「判りました。行ってもいいです。しかし午後からにしてください」

「なんで?」

「髪を隠すための帽子を持ってきますので、それからということで」


 鈴木が言うと、リュウは指で髪を一房、ちょいとつまんだ。


「あー、目立つもんなー」

「すみません。リュウ君の髪をディスっているわけではないのですよ」

「わかってるって。おっちゃんやさしいよなー。で、ゲームセットできた?」

「ばっちりです」


 リュウはまた喜んで鈴木とハイタッチだ。


「にーちゃん、早くケーキ食べようよ。食べたらゲームしよう」


 屈託のない笑顔を向けられて、世記は「あ、うん」とうなずいた。


「おっちゃんも食べるか?」

「せっかくですが遠慮させていただきます。家族が待っているので帰ります」

「えっ、おっちゃんけっこんしてんのか?」

「はい」

「そっかー、ざんねん。今度いっしょにゲームしようよ」

「そうですねぇ。時間があれば」


 二人の声が玄関に移動していく。

 世記も後を追いかけた。


 わざわざ重苦しいことを教えることもないか。

 世記はリュウの身上を黙っておくことに決めた。

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