動乱のクリスマス
12月24日 シングルベル
03-1 父親は誰か判らないのか
夢うつつの中、男の子の声が聞こえた。
知らない部屋と、金髪少年。
え!?
声も出せないぐらいに驚いて跳ね起きる。
「やっと起きたー。兄ちゃんネボスケだな」
少年、リュウが屈託なく笑っているのを見て、ゆっくりと状況を思い出す。
「そっか、昨日鈴木のおっさんに拉致られたんだっけ」
つぶやくと、リュウが首を傾げた。
「らちられ?」
「無理やり連れてこられたって意味」
言いながら布団を出る。
世記の部屋としてあてがわれたのは六畳の和室だ。部屋の真ん中に敷いた布団と、壁際にあるテーブル、その近くに置いてある世記の荷物以外は何もない。簡素な部屋に、軟禁されている気分をより強調される。
生活に必要な着替えや勉強道具、携帯電話は鈴木が昨夜持ってきた。頼みもしないのに冬休みの宿題一式もあった。
遊びに行けないから勉強でもしていろということかとげんなりする。
「兄ちゃん、おれといるのいや?」
「そうじゃなくて、連れてこられた時はなんにも知らないまま無理やりだったって意味」
本当はまだ納得していない。
どうして一昨日ちょっと関わっただけの男の子のために冬休みの半分以上をつぶさなければならないのか、と。
しかしそれをリュウに直接言うのは、はばかられた。
「なぁ、昼ご飯できてると思うから、となりに行こう」
リュウに言われて時計を見ると、十一時半だった。
「うわ、もうこんな時間だったのか」
「兄ちゃん疲れてるんだろうって朝は起こさなかったけど、さすがに昼まで食べないのはよくないってミナエねーさんが」
誰だそれ?
あぁ、教育係の
おばちゃん呼びは訂正されたようだ。
あの素で怖い顔で訂正されたら従わざるをえまい。
できればあまり、いや極力怒らせたくはない。
世記はさっさと服を着替えて、リュウを伴って隣室に向かった。
昼食の後、世記は自宅に電話をかけた。
鈴木は家族に了承をもらっているようなことを言っていたが、あのうさん臭い男の言うことのどこまでが本当なのか判ったものではないからだ。
『おー、世記! 小学生のボディーガードだってな!』
父の声は、浮かれていた。
「なんでそんなにはしゃいでんだよ」
『え? そりゃおまえ、自分の息子が世のため人のために頼りにされてるなんて、親として嬉しいに決まってんだろう』
そんなもんなのか、と世記は相槌をうった。
鈴木が言っていた「逃げれば家族が悲しむ」というのはこういうことなのかなと思った。
考えてみれば世記だって身内が何かの事件解決に貢献したら誇らしいし嬉しいだろう。
あのおっさん、ちょっといいこと言ってたのかもしれないなと鈴木に対する評価も上がる。
『おまえも親になれば判る。――ん? 代われって?』
恐らく受話器がひったくられたのだろう、ごそっと大き目の音がしてから弟の元気な声が響いた。
『兄ちゃん、すごいなー。極めし者だから選ばれたんだろ? かっけー』
俊記に褒められて世記の気分がぐっと上昇した。
「ありがとな。年末までは無理かもしれないけど、年明けには帰るからな」
『わかったー。一週間ぐらいで百万円ってすごい――、うわぁっ』
えっ? 今なんて?
世記が思考停止している間に家の受話器はまた父の手に戻ったようだ。
「まぁ、なんだ。気を付けて頑張るんだぞ。それじゃな」
通話が一方的に終了された。
一週間ぐらいで百万円? 何の話だ?
少し考えて、すぐに答えが出た。
「――嬉しいのは金もらえるからかよ!!」
怒鳴らずにはいられなかった。
夜、食卓にはフライドチキンとポテトが並んでいた。食後にはケーキもあるらしい。
クリスマスイブなので、と柏葉が淡々と言った。
相変わらず普通にしているだけで目つきが怖い。
(気遣ってくれるんなら笑顔で言えば印象違うのに。この人、笑うことあるんかな)
と、失礼なことを考えた世記は、いつも笑顔の家族を思い出す。
今頃家でも似たような食事が出てるんだろうなと笑みを浮かべたが。昼間の電話を思い出して途端にむすっとする。
「兄ちゃん、さっきからなに考えてんだ? 顔変わりすぎ」
リュウに指摘されて我に返る。
「今日、家族に電話したんだよ。年が明けるぐらいまで帰れないって、そしたらな」
世記はフライドポテトをつつきながら会話の内容を話した。
「俺が帰るより百万円の方が嬉しいんだろうな、あいつら」
ふん、とわざと息をついてやると、リュウはじっと世記を見つめてきた。
「兄ちゃん、家族が好きなんだな」
いいなぁ、とつぶやいたリュウに、世記はしまったなと思った。
「あ、全然気にしなくていいから。家族の話とかもえんりょしないでいいからな」
言いながらリュウは一番大きなフライドチキンに手を伸ばす。
「あっ、おまえっ。手ぇ早いなっ」
「へっへーん。はやいもんがちー」
得意満面のリュウに、つい弟の
背格好も、なにより髪の色や顔形も全然違うというのに。
屈託ない笑顔や口調、雰囲気がすごく似ていると感じることがある。
「おれさー、二才ぐらいの時に『
チキンを豪快にほおばって美味しそうに食べながら、リュウは彼自身のことを話し始めた。
「お父さんが外国人で、多分アメリカかそのへんの人だったらしいよ。旅行に来てて、お母さんと出会って、おれが生まれたんだって」
光の加減で美味しそうな蜂蜜色にも見える金髪は父親譲りということだ。髪の色がもっと黒に近ければ、ちょっと色白で目鼻立ちのはっきりした子、ぐらいだっただろうが、この金髪ではかなり目立つだろう。
実際、母親が赤ん坊のリュウを連れて歩くと物珍しそうに見られていたらしい。
「一人で育てるのもしんどいのに、変な目で見られるのもがまんできないからっておれを『やまとのいえ』にあずけることにしたんだってさ」
あっけらかんと言って、リュウはチキンをほおばる。
「父親は誰か判らないのか」
「判ってたらおれ、あぞこにはいないと思うぞ」
世記が思わずつぶやいてしまった一言にリュウは応えた。
強がっているのか、本当に平気なのか、世記には判らない。だがどっちにしても彼の両親、特に父親にはいい感情は浮かばなかった。
父親は無責任にも旅行先で好みの女をつまんだということだろう。子供がいることも知らずにアメリカで平和に暮らしているかもしれない。今頃家族と楽しく過ごしているのかもしれないのだ。
「なんか、ムカつくな」
「だろー? もしかしたらむかえに来てくれるかもよって『やまとのいえ』の職員さんは言ってるけど、来るわけないしなー」
「もし迎えに来たら、リュウくんはどうするの?」
寿葉が遠慮がちに尋ねた。
「ことわるに決まってんだろ。今さらなんだって言ってやる!」
リュウはニヤぁっと笑う。そんな状況がくれば少しは仕返しができるとでも考えているように見える。
「でもっ、おれがサッカー選手目指せるぐらい金持ちだったらひきとられてやってもいいぞ」
「おまえサッカー選手になりたいのか」
「うん。でもプロになるために練習するのは金かかるから無理なんだよなー」
そこらの素人少年チームからプロにスカウトされるには、よほどでなければならないだろう。
「誰かサッカー界の偉い人の目に留まればいいのにな」
「うんっ。極めし者になったら注目されるかな」
「プロは逆に極めし者は取らないわ。異能は使っちゃダメだから」
「えー、極めし者のリーグとかあればいいのに」
リュウは夢見がちな顔で宙を仰いだ。
俺は何も考えてないな、と世記は心の中でつぶやく。
世記は自分の将来について何も希望はない。金に困らないぐらいに暮らしていければ、ぐらいに思っている。
両親が揃っていて、ちょっとウザいところもあるけれど笑いも多い家庭に育ってきたことは、普通だと思っていた。
地元を離れて奈良にやってきて、アパートの隣が児童養護施設だと知っても何も思わなかった。
しかし考えてみれば隣の施設には二十人ぐらいの子供がいる。きちんと育ててくれる親がそばにいない子供達が。
普通に暮らすって、そんなに当たり前じゃないんだなと世記はぼんやりと考えていた。
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