第8話 おっちゃんからクロへ
拝啓 クロへ
おっちゃんがお前見つけた時は、ものすごく驚いた。
何が原因かは知らんけど、頭や腰回りの肉がえぐれてる黒猫が居たんだから。
見るも無残な真っ赤にえぐれた傷口。
初めは、飼い主がいるかとも思ったが野良だったんだなぁ。
おっちゃんもな、猫飼ってるからほっとけなかったんだ。
毎日毎日駐車場に餌運んで、お前が来るのを待ってたんだ。
でも、野良の矜持ってやつなのかなぁ。
警戒心むき出しで、餌置いてもおっちゃんが離れるまで近寄りもしなかったなぁ。
おっちゃんな、お前の写真撮って動物病院の先生に診てもらったんだ。
動物病院の先生は、お前が若ければ自力で回復できるかもしれない。って言ってたけど、ただ見ているのは、おっちゃんには無理だった。
餌に抗生剤とか混ぜて、なんとかお前に近づけるタイミング狙ってたけど、やっぱり、厳しい野良の世界で生きてきただけあって、警戒心はなかなかのものだったよ。
お前にとって、人間は警戒するべき存在で、信用出来るはずもない存在。
でも、おっちゃんはなんとかお前を保護して、動物病院連れてって治療させたかったんだ。
ネットであれこれ保護する方法探して、捕獲器も買って準備万端でお前のところに向かった。
でも、そんなときに限ってお前が見当たらない。
おっちゃん本気で焦ったんだぞ。
あちこち探したけど、お前は見当たらないし、知らないおばちゃんには、不審者扱いされるし。
でも、この勝負おっちゃんの勝ち。
捕獲器に入ったお前は、警戒心むき出しで唸っていたけど、正直おっちゃんはホッとした。
これで、動物病院に連れて行ける。
お前にしてみれば、餌くれてたのに何すんじゃ。って思ったかもな。
怖かったと思う。
野良の世界から、まったく知らない世界に来たんだから。
でも、おっちゃんは嬉しかった。
これで、お前を助けられるかもしれないって思ったから。
お前を保護した時、近所のおばちゃんに聞いたぞ。
去年の夏から、あんな怪我しながら頑張って生きようとしてたんだな。
厳しい野良の世界で、頑張って生きようとしてたんだな。
手術も終わって、お前をうちに連れて帰ってきたけど、野良の強さ見させてもらった気がする。
人に懐くことはしない、人に頼ることもしない、自分を守るのは自分の強さだけ。
そんな野良の世界で、ずっと生きてきたんだな。
おっちゃんの家では、色々な事情があってお前を飼ってやることは出来ない。
でも、なんとかお前が安心できる場所を探すからな。
お前にしてみれば、何勝手なことするんだ。俺は自由だ。
そんな風に思っているのかもしれないな。
人間のエゴかもしれないけど、おっちゃんはお前を戦友みたいに思ってる。
お前を保護するまでの長い闘いを、お互いに戦い抜いた戦友。
戦友には、しっかりと敬意を表したいと思う。
クロ。お前が安住できる場所に行ったら、もう会うことはないかもしれない。
いや、会わない方がいい。
お前にとって、おっちゃんは命の恩人でも戦友でもなく、餌をくれていたのに突然誘拐した誘拐犯みたいなもんだ。
おっちゃんが信用出来ないのも分かる。
だから、クロ。
もうすぐ今生の別れが来るが、おっちゃんのことは忘れてほしい。
これからのお前の人生に、おっちゃんは必要ない。
けどな、人間がみんな悪者なんて思わないで欲しいな。
何の見返りもなく助けてくれる人間も居るんだってこと、それだけでいいから覚えていて欲しい。
お前との短い付き合いは、おっちゃんの中にずっと残ってるから。
忘れないからな、戦友。
敬具 おっちゃんより
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