第4話 夫から妻へ

拝啓 女房様

この手紙を読んでいるという事は、俺はもうこの世に居ないという事になる。

認知症を患っていたと思っていたお前たちは、突然の手紙で驚いているかもしれな。

バレていなければ、俺も相当の役者だったという事だ。

何故俺が認知症の真似事なんかしていたのか、不思議に思っているだろう。

半年前、俺は医者から余命宣告を受けた。

それまでの俺は、職人気質で頑固一筋。

女房は3歩後ろを歩けという性格だったことは、お前たちも知っていると思う。

だが余命半年と言われて俺は、今までの人生を振り返った。

そして、お前たちに本当に言いたかったことが言えていなかったことに気付いた。

それでも素直になれなかった俺は、認知症になったお袋の事を思い出した。

しかめっ面ばかりのおふくろが、認知症になってからいつもニコニコ笑顔で、デカくなった俺をいつまでも子供のように扱っていた。

いつも笑顔で感謝の気持ちを、家族に伝えていたお袋。

無邪気な子供に戻ったように、思っている事を素直に口にしていたお袋。

あんな風になれたら、俺もお前たちに言いたいことが言えるかもしれない。

そう思って、試しに認知症のふりをして言ったんだ。

「いつもありがとう。今日は誕生日だっけ?」

お前たちの驚いた顔は、思い返してもおかしくておかしくて。

それから、事あるごとに俺は認知症のふりをして感謝の言葉を伝えた。

その度に、母さんは嬉しそうな顔で笑ってくれた。

あんな顔を見たのは、何十年ぶりだっただろう。

いつも俺の顔色を窺っていたんだなと思うと、本当に申し訳なかったと思う。

それから俺はずっと事あるごとに、認知症のふりをしてきたんだ。

そうすることで、俺はお前たちに言いたいことが言えた。

今までは、母さんの声をいつも聞いていたいから、用もないのに電話してた。

その度に、「用事もないのに電話してきて、出なけりゃ出ないで怒るし。」って言われてたっけ。

認知症のふりをするようになってからは、いつでもどこにいても母さんの声が聴けて嬉しかった。

コロコロ笑う母さん。

俺の感謝の言葉を聞いて、照れくさそうな顔をする母さん。

子供みたいについて回っていたのも、少しでも一緒に居たかったからだった。

認知症のふりをしていなければ、そんなこと出来なかったと思う。

半年もの間、騙したようで申し訳なかった。

でも、そうでもしないと素直になれない俺を、母さんは呆れながらも許してくれると思う。

子供たちには、今のところ内緒にしていてくれると助かる。

何年後かに、笑い話にしてくれればいい。

もしかしたら、母さんにはバレていたのかもしれないな。

こんな俺の茶番に付き合ってくれて、本当に感謝している。

ありがとう。


敬具 素直になれない旦那より







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