68.上げ下げ


「……」


 王城謁見の間にて、あれから国王は結局一睡もしないまま玉座に座り込み、目を見開いた状態で伝令からの報告を今か今かと待っていた。


「――ヒヒッ……イーヒヒッヒィッ……!」


「っ!?」


 王が突如狂ったように笑ったため、大臣の広い肩が震える。


 最強の格闘家と謳われた拳聖ルディアが被追放者村の鎮圧に向かったという情報を耳にしてからというもの、玉座に鎮座する男の血走った目はただ一点を見据え、だらしなく開いた口からは涎が垂れ流しの状態であった。


(ククッ……終わりだ……。これで下賤なオルドめの作った村は全滅だ……。それにしても、まさか先々代の勇者パーティーから追放された、それも平民がわしを救ってくれるとはな、なんたる皮肉か……? いや、平民だからこそこうでなくてはならん。王が常日頃から民のことを思うのであれば、民もまた王のために命を賭けるのは至極当然であり、平民として生まれし者の宿命でもあろう――)


「――たっ、只今報告がっ!」


 やがて王がウトウトとし始めた頃、伝令が大臣の元へ駆けつけてきた。


「おおっ、遅かったではないか。王様も心待ちにしておられたのだぞ。それで、どうなったのだ……?」


「それが――」


「――な、何……!?」


 伝令の言葉を聞き、目を見開く大臣。


「……ん、どうした大臣、わしはまだ眠らんぞ。吉報を聞くまでは、な……」


「そ、それが、たった今情報が入りまして……」


「な……何い……!? それで、どうなったのだ? 当然、反逆者の村は潰れ、村人どもは皆殺しになり、大司教ユリウスを生け捕りにすることができたのであろうな……?」


「……そ、それが、王様……」


「まったく……ウヒヒッ、大臣め、してわしを驚かせるつもりだろうが、そう勿体ぶらんでもよいわっ。結果はわかりきっとるからのー」


「は、はあ……」


 恐る恐るといった様子で王に耳打ちする大臣。


「なるほどなるほど……そうか、村人どもに被害は出せたが、死者は数名程度、こっちの死者はそのおよそ十倍……拳聖ルディア、それに【無効化】スキルのエルナドも死亡……パドルフ少佐は逃走した、と……」


 王の嬉しそうな声は次第に萎み、掠れていった。


「……はい。残念ですが、作戦は失敗に……王様……?」


 大臣が王の目の前で手を振るが一切反応せず、まもなく王冠を落としつつうつ伏せに倒れるのだった。


「たっ……大変だ! 誰か……誰かおらぬかーっ!」




 ◇ ◇ ◇




 もうすぐ魔王と会えそうだ、――。


「――あ、やっぱり違ったみたいだ。この気配は魔王じゃなかった……」


「「「「えっ……?」」」」


 明るくなったロクリアたちの表情が一転して暗くなるのがわかる。これでようやく俺に魔王を討伐させて、用済みとして袋叩きにできると思ったんだろうが残念だったな。上げて落とすのは嫌がらせの基本だ。


「――し、しまった、気付かなかった! 後ろから化け物が来るっ!」


「「「「はっ……!?」」」」


 その応用となれば、そこからさらに落とすのが賢い方法といえるだろう。飴、鞭と来て、次は飴を切望される状況で鞭が来るのだからな。


「やつらの数は尋常じゃない! 一旦逃げるぞおおぉぉおっ!」


 俺が猛然と駆け出したことにより、信憑性を上げることにつながったのかみんな目の色を変えて追いかけて来るのがわかった。しかしまったく追いつかれる気配がなくて、やたらと自分の走るスピードが速いと思ったら……そういや身体能力を上げてたんだったな。


 悠然と走りながら視線を逆にすると、抜群の嗅覚を持つフェリルとクオンは俺の嘘がわかるからか落ち着いてるが、ロクリアたちは必死で走ってて本当に面白い顔が見られる。


 そうそう、こういうのでいいんだよ。ただの嫌がらせと実用性を兼ねることこそが大事。じゃなきゃ時間の無駄にもつながるわけで、自分への嫌がらせにもなってしまうからだ。ことを上手く運ぶためにも、例の追尾してくる化け物を一度引き離しておく必要がある。


「グルルァ……オルドよ、速すぎだ……」


「速すぎです、オルド様。ウミュァ……」


「……」


 フェリルとクオンが禁止している唸り声を発してしまうほどのスピードなのは当然で、俺はそれだけ例のやつを引き離したいってことで、図抜けた身体能力に加えて、ゆっくり進み出したときの速度を【逆転】させているので、一気にスピードが増しているというわけだ。これならも容易には追いつけまい。


「うぅっ……」


 ロクリアたちの変顔が面白すぎて、俺は笑い声を【逆転】させて泣き声を発した。みっともないとは思うが、とんでもない数の化け物に追われているという設定だし状況的にはぴったりだろう……。

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