69.腐敗


『それでは、魔王様の最期をみなで見届けに行こうではないか!』


 魔王城前にて、大臣ジルベルトが杖を高々と掲げて宣言する。


(遂に……遂に我々の念願が叶った……。賢者オルドが魔法力を失っていない以上、既に魔王様が息絶えてしまっている可能性は高そうだが、それでも肉壁としての機能は充分に果たしておられるであろう。が解放される時間ができる程度には、な。最後の最後に笑うのは我々というわけだ……)


『ジルベルト様……』


『ん、どうしたのだ、ティアルテ?』


『魔王軍が動きませぬ……』


『……な、何?』


 魔王軍は不気味なほどに静まり返っていた。


『何をしているのだ! 死霊王の命令が聞けぬと申すのか!』


 ジルベルトの一喝からまもなく、静寂から一転して失笑があちらこちらから発生し広がっていく。


(こ……これはなんだ……? 何が起こっているというのだ……)


『ケッ、何が死霊王だ、バーカッ』


『だ、誰であるか! ジルベルト様に向かって失礼であるぞっ! うっ……!?』


 ティアルテとジルベルトに対し、魔族たちから次々と笑い声とともに髑髏が放り投げられる。


『謀反を起こしたやつらに失礼もクソもあるかってんだよぉ、こんのキチゲエッ!』


『『『そうだそうだっ!』』』


『うぬぅ、貴様ら……! 何をする……!?』


『物を投げるのはやめろ! そこをどくのだ! この方を誰だと心得る!』


『誰って、俺らと同じく魔王様の配下だろー?』


『『『ゲラゲラッ!』』』


 いつの間にか、ジルベルトとティアルテは四人の魔族を筆頭に、周囲を完全に取り囲まれてしまっていた。


『な……何故だ。腐敗した魔王様の何がお前たちをそこまで魅了しているというのだ……』


『ジルベルト様の仰る通りでありまする。今の腐った魔王様には魅力など皆無だ!』


『黙って聞いてりゃ、魅了だの魅力だのよー、してんじゃねーぞタコッ』


『『『そうだそうだっ!』』』


『では、それがしに従わない理由はなんだというのだ?』


『そうだ、申してみよっ!』


『あぁ? まだわかんねぇのか。あったまわりぃなあ?』


『『『ゲラゲラッ!』』』


 小馬鹿にする彼らを筆頭にして魔族たちの哄笑は止まる気配がなく、いずれも侮蔑するような視線や声をジルベルトたちに送り続けているのであった。


『愚か者どもめっ! ジルベルト様は、魔族たちのためを思って――』


『――アホか。今の俺たちの反応が全てだっての』


『何!?』


『……もうよい、よせ、ティアルテ。我々の負けだ』


『し、しかしっ! ジルベルト様、このままでは……』


『もうよいのだ……。我々と同じ魔王様のしもべたちよ、最後に一体我々の何がいけなかったのか、教えてはくれまいか……?』


『だってよぉ。おめーら、ご質問に回答してやれ』


『うっす……。あんたらはさぞかしご立派なことを言うが、そういうなわけ』


『そうそう。別に魔王様の意識が低いことにはなんの不満もないし、こうしてダラダラ怒鳴られもせずに生きてられるんだったらそのほうがいいしなあ』


『んだんだっ』


『『『ゲラゲラッ!』』』


 魔族たちの笑い声は最早大きな渦になるほど膨らみ、ジルベルトたちをも呑み込まんばかりに成長していた。


『腐っている……腐っておりまする……』


 呆れ顔で首を左右に振るティアルテ。その肩にジルベルトの骨だけの手が乗った。


『ティアルテ、あとはそれがしに任せよ』


『しかし、ジルベルト様……』


『大丈夫だ。それがしが先頭になり、最後の最後まであがいてみせよう。死ぬことなど恐れてはおらんわ。カカカッ……』


 ジルベルトがおもむろに前に出て、魔族たちを逆に嘲笑するかのようにカタカタと嗤うと、周囲は徐々に静けさを取り戻していき、四人の魔族を筆頭に懐疑的な視線が大臣に向けられるようになる。


『なんで笑うんだよキチゲェ!』


『『『そうだそうだっ!』』』


『それはそうだろう! お前たちがどれだけ腐敗しきった魔王様を崇めていようと、あの方は既に――』


『――既に、どうした?』


『『なっ……?』』


 ジルベルト、ティアルテの素っ頓狂な声が被る。彼らが見たものは紛れもなく魔王であった。


『ん? 大臣よ、そのいかにも意外そうな反応はなんだ? 余がまだ生きているということがそんなに珍しいか?』


 魔王のしてやったりの表情を見て項垂れる大臣。


『魔王様、何もかも見通しておられたのか……』


『うむ……全ては大臣、お前のおかげでなあ? 進言によって鍛えられた結果勘も鋭くなったというわけだ。グワッハッハッハ! ……あ?』


 勝ち誇ったように高笑いする魔王だったが、途端に血相を変えて振り返る。


『魔王様、いかがなされたか。まさか、を感じられたのですかな? どうやら鍛えたことが無駄にならずに済みそうですぞ……』


 静まり返る中、ジルベルトの乾いた笑い声だけが響き渡るのだった……。

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