64.拳


「拳聖、ルディア、あなたに話があるっ!」


 一人の少女がルディアたちに向かって呼びかけてきた。


「ん、なんだい、あの子は……?」


「あ、あ、あいつは……この村でって呼ばれてるライレルってやつだ……」


 怯んだ様子でルディアの後ろに隠れるエルナド。


「何してるんだい、エルナド! あたしが恐怖心を半分にしてやっただろ!? それくらいで怯むんじゃないよっ!」


「で、でも……」


「しょうがない子だねえ! 錆びついてるとはいっても、今まであたしがこの村でどれだけ力を見せつけてきたと思ってるのさ。とりあえず拳を握りしめてみな!」


「えっ……?」


「いいから早く!」


「う、うん……あ、なんか体が熱くなってきた……」


「それでいいんだよ。拳っていうのは昔からそういうものさ。弱くてもただ握りしめるだけで勇気づけてくれるのが拳っていうものなんだよ」


「へえ……」


「ちっとは勇気が出たかい? それとさ、さっきあいつがなんて言ったかもう忘れたのかい!?」


「へ? ……あっ……」


 不安そうな表情から一転してはっとした顔になるエルナド。


「け、拳聖、ルディアだっけ……? それって凄いの……?」


「ありゃりゃ……知らないのかい。そうか、当時はどこにいっても追い回されたもんだけど、あれから大分経つし今の若い子は冒険者でもない限り知らないのかもしれないねえ。あたしはかつて勇者パーティーに所属していたことがあるのさ……」


「な……な……勇者パーティー……?」


「ったく、いちいち大袈裟に驚くんじゃないよ。まあそれだけ強いってことだから安心しなっ」


「う、うんっ……」


「あのお、ルディア様……」


 そこに、分隊兵の一人が恐る恐るといった様子で話しかけてくる。


「なんだい!?」


「そ、そんなにお強いのであれば、さっさとあの者たちを始末してしまえば――」


「――馬鹿言ってんじゃないよっ!」


「「ひいっ!」」


「……ったく。エルナドまで一緒に怯えてんじゃないよ! なあに、話くらいは聞いてやろうじゃないのさ。器が狭いなんて思われたくもないし、話くらいはねえ……」


 既に周りから指摘されて化粧直しを済ませていたルディアは、毒々しいまでに口紅で塗り込まれた分厚い唇を吊り上げ、不気味かつ不敵な笑みを浮かべるのだった。




 ◇ ◇ ◇




「ラ、ライレル様! やつらがこっちに……」


「大丈夫。殺気は感じないし、話し合いに応じてくれるみたい……」


「そ、それはよかったっすうぅぅ……」


 ガリクは今まさに歩み寄ってくるルディアに対し、色んな意味で危険な香りを感じたため気配を探るどころでなく、ライレルの言葉で心底ほっとした様子になった。まもなく程よい距離を保ってお互いが向かい合う形になる。


「どうも、僕はライレルといってこの村を防衛――」


「――んなことはどうでもいいから、とっとと要件を済ませなっ!」


「はい。拳聖ルディア、あなたはかつて勇者パーティーに追放された過去があるとか。なのに、何故国の味方を? どちらかと言えば、僕らみたいな追放された側のほうに味方するべき人では……?」


「まあ確かに一理あるよ。だけど、あたしは追放されるほうにこそ最も原因があると思ってるし、あたし自身追放されたことを今でも悔やんでるのさ」


「恨むんじゃなくて、悔やんでる……?」


「あぁそうさ。当時のあたしは自分勝手に動き回って、勇者パーティーの規律を乱すことも多かった。それを諫めてくれてたのが、幼馴染のアルフでね」


「アルフって、確か……」


「そう、勇者アレフ様さ。けど、当時のあたしはそれが嫌で仕方なかった。貴族出身のくせにやたらと平民のあたしにお節介を焼いてくるし、姫様はやきもちを焼いちゃうし、色んな意味で居心地が悪かったんだよ……」


 懐かしそうに遠い目をするルディア。そこでガリクがライレルに耳打ちする。


「ライレル様、今のうちにやっつけては……?」


「バカッ。ああ見えてルディアには全然隙がないよ。本当に凄い人だ……。オルド様なら倒せると思うけど、僕だとどうかな……」


「フフッ……何をさっきからブツブツ会話してんだい? 話の途中で奇襲するつもりならいつでも遠慮なくかかっておいで、坊やたち」


「「……」」


「だけどあたしはねえ、話があるっていうからこうしてわざわざ相手にしてやってるんだから、不意打ちなんてしてきたら怒りのあまりかもねえ……?」


 震える拳を握りしめたルディアが見せた微笑みは、周囲の誰もが黙り込むほどの迫力であった……。

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