63.混沌
『皆の者、心して聞くがいいっ! 只今より、我々の王は魔王様ではない……!』
魔王城前、ティアルテが発した鋭い声により、魔王軍の間でどよめきが沸き起こる。
それが徐々に静まっていったのは、ティアルテの隣に出現した大臣、ジルベルトの存在があったからだ。彼のことは魔族の間で嫌う者もいたが、魔王の優れた補佐役として大多数には慕われており、厳しくも頼り甲斐のある男として畏敬の念を持たれていたのだった。
『それがしがジルベルトだ。魔王様の補佐役としてよく知っているだろうが、これからは違う。死霊王としてお前たちの頂点に君臨することになる!』
怒りにも似たどよめきが起こる中、もろともせずにジルベルトは杖を高々と掲げて言葉を続けた。
『これは謀反ではない! 何故なら、魔王様はもうこの世にはおられないからだっ!』
疑念や怒りの気配がまたたく間に増幅していき、それはただならぬ殺気となって周囲を支配し、やがて大きな渦となってジルベルトたちまでも呑み込もうとしていた。
『ジ、ジルベルト様、このままでは……』
『このままでよい、ティアルテ。魔族たちの心を掌握するならこれくらいの荒療治がちょうどよいのだ。全てを見下してやるくらいの態度であるほうがやつらの王としては相応しい』
ジルベルトは意に介した様子もなく、カタカタと嗤って続ける。
『約束された敗北の象徴をこれからも追い求めるならば好きにするがいい! どれだけの間、我々が艱難辛苦の道のりを歩んできたか、忘れたとは言わせぬ! 我々にとっての敗北とは死ではなく屈辱を意味するはずだ!』
『『『『『……』』』』』
『現状に甘んじて屈辱の日々を謳歌するか、それともそれがしとともに勝利の道を切り開いていくか……それを決めるのはお前たちだっ! 魔族たちには勝利こそ相応しい……。魔族よ永遠なれっ!』
その場はしばらく沈黙一色で彩られていたが、やがて波紋の如き一つの雄叫びがきっかけとなり、徐々に広がって大いなる地響きへと変貌を遂げようとしていた。
『『『『『ジーク・ジルベルトッ!』』』』』
『……さすが死霊王様、輝いておりまする……』
『輝いているだと? 死霊王に向かって不吉なことを抜かすな、ティアルテ』
ジルベルトは一笑に付す。
『闇で満ち溢れていると言え……カッカッカッ……』
『『『『『ジーク・ジルベルトッ!』』』』』
魔族たちの雄叫びはしばらく留まることを知らなかった……。
◇ ◇ ◇
まさか魔王が自ら動くとはな、まさに風雲急を告げるといったところか。
「……」
しかし、妙だ。確かに魔王は以前と比べれば遥かに強くなっているのがわかるんだが、取り巻きの数がやたらと少ないのだ。少数精鋭で、俺に気付かれないために奇襲を企てたのか?
気配をなるべく出さないようにしていることからその可能性のほうが高そうだが、この程度で見破られないと思われているなら随分と見くびられたもんだ。やはり俺の魔法力が半分になっているという判断なんだろう。
まあいずれにせよ、俺の目的はあくまでロクリアたちに対する嫌がらせだ。半分の魔力しかないと見せかけつつ本気で戦うしかあるまい。そうしないと例の尾行してくるやつにやられてしまう可能性だってあるからな。正直かなり難易度は高いが、だからこそ燃えるというのもある。
「オルドよ、聞こえるか」
「聞こえますか、オルド様」
「ああ、フェリル、クオン。お前たちも魔王がほんの僅かの兵しか率いてないのがわかるか?」
「うむ……だが、クオンによるとどうにも様子が変らしい」
「……変? どういうことだ、クオン?」
「はい、オルド様。魔王が来る方向から不幸の臭いがまったくしないのです」
「な……なんだって?」
魔王が迫ってきているというのに、そっちから不幸の臭いがまったくしないなんてありうるのか? 一体これはどういうことなんだ……。
「――はっ……」
何を思ったのか、魔王は引き返していた。なんなんだ、この予想外すぎる展開は。魔王は俺たちに対して臆したのか? それとも、なんらかのトラップでも仕掛けているつもりか……?
いや、挟撃というわけでもないし、意図は不明だ。とにかくこれは絶好の機会のように思える。追いかければ数も少ないし逆に背後を取れるので、半分の魔力という設定でも楽に魔王を倒せるだろう。
「お前ら……もうすぐ魔王と会えるぞ」
「えっ……そ、それは本当か、オルドどのっ」
「本当ですかぁ?」
「本当バブ……?」
「あへぇ……?」
「いよいよであるな」
「終わりが近そうです」
意外そうな顔を浮かべたエスティル、マゼッタ、アレク、ロクリアとは対照的に、フェリルとクオンは察した様子でうなずいていた。魔王討伐の旅もいよいよクライマックスに突入ってわけだな……。
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