44.吐き気


「はっ……? おい、なんだよここは……?」


「わ、私は一体何を……」


 俺の【逆転】スキルにより、正常なアレクとロクリアの久々のだ。


 当然だが二人とも明らかにオーラが変わっていて、肌がヒリヒリして吐き気さえ催してくるような嫌な空気をこれでもかと発してくる。とはいえ、今の俺は別人ってことになってるので嫌悪感を露にするわけにもいかず、湧き出る苛立ちを隠そうと必死だった。


 折角久々に味わったこいつらに対する嫌悪感に【逆転】スキルを使うのも癪だし勿体ないからな。嫌がらせのパワーにするためにも心の中では素直に嫌悪したい。


「アレク様、ロクリア、お帰り!」


「おかえりなさいですぅ、アレク様、ロクリア……」


「グルル……お、お帰りである」


「ウミュッ……お帰りです……」


「……お、お帰りなさいませ、勇者様とロクリアさん……」


 ちなみに最後の台詞は俺だ。虫唾が走るがぐっと我慢。


「それが――」


「――というわけなんですぅ……」


 エスティルたちが経緯を簡単に説明すると、ロクリアとアレクは時折舌打ちや溜息を交えつつうなずいていた。


「……本当にふざけた男。悪巧みばかり考えて……」


「……だな。正々堂々勝負もできねえのかよ。蛆虫めが……」


「……」


 それはお前らのことだろうと心の中で返す。なるべく表に怒りを出さないようにしたいが、今にも口元が引き攣りそうだ。


 というわけで、俺は怒りの表情を作るとそれを【逆転】させてやった。なので今はさぞかし嬉しそうな顔に見えるだろう。心の中では鬼の形相だが……。


「でも……よかった。元に戻れて。それも、アレク様も一緒に……」


「ロクリア……」


「アレク様……」


 二人が見つめ合って感動の再会を演出してるが、これには全然むかつかなかった。交尾しながら飛ぶハエが同じ部屋にいるみたいなもんで、ただ単に気持ちが悪いだけなのだ。もちろんこれはこれで気分が悪いので【逆転】させてリフレッシュする。


「アレク様ぁっ……あ……?」


 アレクがその場から離れたため、ロクリアの両手が宙を虚しく抱く格好になる。ざまあないな……って、なんだ? 折角面白いものを見られたと思ったのに、それを相殺するかのようにアレクが俺の近くまで寄ってきて熱い視線を注いでくるんだが、これは一体……?


「……ひっ……?」


 アレクに手を握られてしまった。違う意味で胸が高まる。今すぐ振り解きたい、全力で。しかし今の俺はオルドではなくオルレアンだ。嫌で嫌でたまらないが我慢せねば……。


「お前が俺たちを救ってくれたオルレアンって子か。礼を言わせてもらうぜ……」


「は、はぃ、どうも。勇者様……」


「アレク様でいいぜ?」


「……わ、わかりました。アレク様……」


 げっ、こいつウィンクまでしてきやがった。っていうか、その汚い手を早くどけろ。今すぐにだ……。


「まったく……相変わらずアレク様は手が早いんだから……」


「いや、感動のあまりによ。てか、この子可愛すぎだろ。俺が手を握っただけで緊張して固まってるし……」


「そりゃ、天下のアレク様が相手だもの。全然モテないなんかとは違うんだから」


「ヒャハハッ! モテないやつってなんか共通してるんだよな。ご立派で近付き難いっていうか、俺はお前らとは違うみたいな面してるし、キレてもつまんねえ嫌がらせしかできないゴミ」


「まったくもってアレク様の言う通りだ」


「ですねぇ。アレク様の仰る通りですぅ」


「……わ、我もそう思う」


「クオンも……そう思います」


「……で、ですね……」


 自分自身に対するしょうもない陰口大会に俺も参加しなきゃいけないという苦しさ。【逆転】スキルで楽になろうかと思ったが、このほろ苦さのあとにはとんでもない甘さ……すなわちが待っているはずだ。だからもうしばらく耐えろ、俺……。


「今すぐクソゴミオルドの寝首を掻いてやりてえけどよ、それじゃ物足りねえし……まず魔王を倒さないと始まらねえんだよな。あー、めんどくせえ……」


「……そうね。しかも、エスティルの案だとずっと狂った振りをしてなきゃいけないんだし窮屈すぎるわ……」


「しかし、アレク様、ロクリア。その先にはあの憎き男の無様な最期を見られると思えば安いものかと……」


「そうですよぉ。あいつにはもう味方はだーれもいませんし……魔王を倒して消えるだけのピエロだと思えば気が楽ですぅ……」


「……ま、そうだな。エスティル、マゼッタ。てか、まずは元に戻った記念にたっぷりみんなで酒を飲もうぜ! オルレアンちゃんも!」


「……」


 まさかのちゃん付けかよ。俺が純情だと思ったからなんだろうが、まだ酔ってもいないのに吐きそう……。

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