26.待機


 俺たちは直接転送魔法で例の場所までは行かず、そこからかなり離れた防具屋の前まで飛んでいた。


 ここには普通の服も売られていて、広場へ向かう前にフェリルとクオンにしてもらうことにしたんだ。


「――ど、どうだ? オルドよ、我の格好は……」


「今着た服はクオンに似合いますですか?」


「あぁ、二人ともよく似合ってるよ」


 俺は二人に向かって目配せすると、いずれも頬を赤らめていた。もうすっかり俺の従順なペットだな。


 フェリルは片眼鏡をかけて縦長の帽子を被り、探偵のような雰囲気を醸し出している。一方でクオンには修道女のような格好をさせており、とても神々しい空気を放っていた。二人とも獣耳や尻尾が見えないようにしているので、一見すると普通の人間だった。


「しかし、オルドよ……我にこんな格好をさせてどうするのだ?」


「どうするのです?」


「いいからいいから。あとのお楽しみ! よしよし……」


「グルルゥ……」


「ウミュゥ……」


「……」


 不満がありそうだったので、機嫌を損ねないようにとりあえず撫でてやったんだが、防具屋のオヤジの視線が凄く痛かった。


「どうしてそんな格好をさせたのか、今回はすぐにわかるからな。そろそろ行くぞ」


「それは楽しみだ」


「待ち遠しいです」


 俺たちは逃げるように防具屋を出て、約束の場所へと向かう。なるべくゆっくりと、あいつらとの再会までの時間を楽しむように、慈しむように……。


 ――お、見えてきた見えてきた。広場に佇む勇者アレクの銅像が。あれの近くで俺がアレクを弄りまくったせいか、銅像には落書きが多く見られるようになった。狂人アレク、マゾ勇者、土下座の怪人等、センスがあるのかないのかよくわからないあだ名や悪口で埋め尽くされている。むしろ今の姿こそやつの真の銅像なんじゃないかと思えるほどぴったりなものばかりだ。


 というか、ロクリアたちの姿がまだなかった。それでも近くで見ていることは気配ですぐにわかる。俺たちより遅れて約束の場所まで来ることで、あくまでも自分たちが優位に立ちたいってことなんだろうが、行くタイミングまでそこで待っていることに変わりはないわけだから無駄なことだ。




 ◇ ◇ ◇




「――来たっ。ついにやつが来たわ……!」


 広場から少し離れた建物の陰にて、銅像周辺の様子を見守っていたロクリアが押し殺したような声を上げる。


「早速行きますぅ?」


「あの男にお礼参りをしてやろう」


「ダメよ、マゼッタ、エスティル。もう少し……いや、もっと待たせるの。少しでもやつをイラつかせないと……」


「おおっ、あれは紛れもなく私が老人にした賢者オルドですな」


「バ、バブッ……!?」


 賢者オルドという台詞を聞いた途端、それまでうずくまっていたアレクが条件反射で土下座してしまい、ロクリアが発端となったゾルフを睨みつける。


「ゾルフ、少しは空気を読みなさい! 汚物の名前を今度口に出したらその場で始末するから、覚えておきなさい」


「も、も、申し訳ない……」


「アレク様、大丈夫よ。これからあいつに目にもの見せてやるから……そしたら、きっと以前のような勇ましい姿に戻るから……」


「マ、ママァー」


 悲壮な顔つきでロクリアに抱き付くアレク。


「でも、何か妙ですぅ。あの二人は……?」


「……そういえば、見慣れない顔だな。やつの知り合いか……?」


 マゼッタとエスティルが注目したのは、オルドの傍らにいる二人の女性だった。


「どうせアレでしょ。勇者パーティーに取り入ることができるかもって、やつがどこかの酒場でしょうもない自慢でもして、金目的でついてきたとかじゃないの?」


「それは大いにありえますなあ。私の【老化】スキルであんな無様な姿になった以上、モテるはずもないかと……」


「ですねぇ」


「てか、あの哀れな男は老けてなくても全然モテないからな」


「これは一本取られましたな。わははっ!」


「「「ププッ……」」」


「バブブッ……」


 笑い声を上げるロクリアたち。憎きオルドとの再会のときを間近に控え、彼女たちの気分は上々であった。

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