27.手加減


「……グルルァ。やつらめ、まだ来ないつもりか……」


「ウミュァア……クオンも待ちくたびれました……」


「まぁ待て、フェリル、クオン。少しでも俺たちをイラつかせようっていうやつらの慎ましい作戦なんだろうから大目に見てやれ。まあ、俺もそろそろ待つのは飽きたし、いい加減少しやつらが来るのをとするか」


「「ええ?」」


 憮然とした様子のフェリルとクオンに俺は目配せすると、早速口笛を吹きつつ勇者アレクの像に唾を吐きかけ、何度も何度も蹴ってやった。結構周りに人がいるのに誰も咎めるものがいないのは、それが日常茶飯事だからなんだろう。


 ――お、来た来た。さすがに愛するアレク様の銅像が俺なんかに蹴られるのは我慢できなかったらしい。それにしてもロクリアのやつ、笑みを浮かべて余裕のつもりなのかは知らんが、口元が引き攣ってるのはバレバレなんだよ。


 ……ん、なんか見慣れない男もいるが、おそらくあいつが俺とマチに【老化】スキルを使った張本人なんだろうな。


「こんにちは。少し遅れてしまったみたいね。それにしても、賢者と呼ばれていたくせに随分と幼稚な真似をするのね」


「……いやー、俺も大人げないとは思ったんだけども、ちょっとイライラしちゃってね」


「だからといってアレク様の像にあんな真似をするのはやりすぎだと思うわ」


「バブ……」


「ですよぉ……」


「まったく。ガキじゃあるまいし」


「実にしょうもないですなあ、オル……コホン、賢者どのは……おっと、自己紹介が遅れました。私は【老化】スキルの持ち主であるゾルフと申します」


 ロクリア、アレク、マゼッタ、エスティル、そしてゾルフという白髪交じりの男から手厚く歓迎されて俺はなんとも嬉しくなる。銅像を侮辱したのがよく効いてる証拠だな。


「グルルァ、お前たちが待たせるからであろう」


「ウミュァアッ、そうですよ」


「まぁまぁ、二人とも落ち着けって。俺もさすがにまずいかなーって思ったんだけど、こんなに落書きばかりの銅像だし、ちょっとくらいストレス発散してもいいかなーって……」


「……く、口の減らない男ね……」


 ロクリアの顔が見る見る赤くなっていくのが面白い。


「いや、そんなに怒るとは思わなかったよ、悪かったな」


 俺はニコッと笑ってやったが、何故かロクリアたちの蔑むような視線は強くなるばかりだった。


「汚物……無能……いえっ、なんでもないわ……」


「あ、それも銅像に書いてあったな」


「うっ……」


「「ロ、ロクリア!?」」


「バブッ!?」


「ロクリア様!?」


 ロクリアのやつ、俺の台詞が相当効いたのかよろめいたもんだから仲間に支えられてて、ちょっと可哀想になってきたな。


 よし、そろそろ話題を変えてやるか。幼馴染のよしみだ。もっとも、あんまり精神的にダメージを負わせちゃうとここで倒れかねないし、もっと楽しみたいだけなんだがな……。


「さあ、早速だが俺の若さを返してくれないか? ゾルフとやら」


「え、えっと、はい、それでは……」


 ゾルフが困惑した様子でロクリアと顔を見合わせている。彼女も軽くうなずいるし、何か妙なことを計画してそうだな。


「醜い醜いお姿が、それで本当に治るのかしらね……?」


 ロクリアの目が、ほんの一瞬だけだが活き活きと輝いたのを俺は見逃さなかった。なるほど、【老化】スキルでは元に戻せないのを知っているというわけか。んで、あとでネタバレして恥をかかせようって魂胆だろう。それならそれで裏をかくことができそうだな。


「グルルァ、オルドを醜い姿にしたのはお前たちだろう」


「ウミュァア、そうですよ。オルド様に謝罪してください」


「まあまあ、フェリル、クオン。今の俺は確かにしわだらけで醜いからな。いい歳してもいるが……」


「バ、バブッ!?」


「「ププッ……」」


 俺もフェリルやクオンのように笑いそうになったが堪えた。相手が赤ちゃんなだけに、大人の余裕ってやつを見せてあげないとな……。


「……あらまあ。ニヤニヤしちゃって……随分と性格が悪くなったのね、賢者さん。それとも、元々そうだったのかしら……? 私の知ってる幼馴染は、ご立派な人格者さんだからか何を言われても言い返さない、それはもう素晴らしい低姿勢な方だったと思うのだけれど……。それとも無理をしてるのかしらねぇ?」


「……さあな? とにかく、早く元に戻してくれ」


 この辺で悪口の応酬を避ける。手加減を忘れないようにしないと相手がすぐ倒れちゃうからな。面倒ではあるが……。


「……あれれ……おかしい。こんなはずでは……」


 中年の男ゾルフがオロオロしている。あまりにもわざとらしくて芝居だとバレバレだ。まあとりあえず乗ってやろう。優勢すぎるとつまらないから、蟻の通る道くらいは残してやる。通った時点で無慈悲に踏み潰してやるが。


「……ん? ゾルフとかいうやつ、早く俺の見た目を元に戻してくれ。何やってるんだ」


「まったくだ。ふざけるな、グルルァ……」


「ウミュァアッ、早くしてください……」


 よしよし、フェリルとクオンも便乗してくれている。その甲斐あって、俺の演技臭い台詞も中和されたらしく、やつらの表情が見る見る明るくなっていくのがわかった。うんうん、いい感じだ。堕とすにしても少しは調子に乗ってくれないとな……。

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