14.煮え湯


「オルドよ、楽しかった。中々のショーだったぞ」


「面白かったです。オルド様の策に、まんまと引っ掛かってましたね」


「ああ……」


 被追放者の集落に戻り、フェリル、クオンと顔を見合わせてほくそ笑む俺。


「グルルァ……しかし、若干物足りなさもある」


「ウミュアッ、クオンもです。あの勇者が堕ちていく様子をもっと見たかったです」


「大丈夫、次はもっと面白いものを見られるさ。あんなの前菜みたいなもんだしな。地獄への扉は開かれたばかりだ……」


「オルド、さすがは我を負かした賢者だ」


「これからが楽しみですね」


 フェリルとクオンにも、勇者アレクがろくでもない野郎だってことが充分に伝わった様子。やはり伝達だけでなく実際に見てみないとわからないこともあるからな。


「さて、そろそろクジの時間だな」


「む? また勇者を懲らしめにいくのではないのか?」


「もっと見たかったですが、もう今日は終わりですか?」


「心配しなくても、それについては既に手を打ってある」


「「おおっ……」」


 正直、一番もどかしい思いをしているのは誰でもない、俺自身なんだ。だが、やつらを最も効果的に苦しめるためなら、これしきのことくらい我慢できる。


 煮え湯ではなく、ぬるま湯でほんの少しずつ茹でてやる気持ちでいくつもりだ。苛立った気持ちに【逆転】を使用すると、嘘みたいに気分がすっきりした。


 さて、クジといくか。俺としてはこの集落を少しずつ発展させていきたいからな。そうした楽しみもある。そしてゆくゆくは王都を凌ぐほどの都にしてやる。王様は俺の力を知っているはずなのに一切信じてくれなかった。身分の低い俺が成り上がるどころか成果を果たしたこと自体が許せないというなら、根幹から国を変えてやる。


 そのためには、これほどの力があっても地道にやることが大事だろう。今に見ているがいい、俺を追放したことを一生後悔させてみせる……。




 ◇ ◇ ◇




「何故だ……一体何故なんだああぁぁっ!」


 テーブルを蹴り上げる勇者アレク。彼はあれから自室にこもり、荒れに荒れていた。あのとき、無礼を働いたオルドに対して怒りの赴くまま殴りつけるつもりだったが、何故だか急にどうでもよくなってできなかった。


(まるで魔法か、スキルでもかけられたかのようだったぞ……い、いや、そんなはずはねえ。やつは魔法が使えないし、教会も出禁にした……。じゃあ、なんだ。俺が昔のことでも思い出して怖気づいたとでもいうのか……? 昔はそうでも今はただの虫けらだぞ……!)


 アレクが椅子を持ち上げて窓目がけて放り投げようとしたとき、トントンとノックする音とともに執事の声が聞こえてきた。


「アレク様」


「おい! 部屋には誰も入るなと言ったはずだぞ!」


「はい。ですが、手紙が……」


「な、何!? よこせ!」


『拝啓。勇者アレクどの。先日は失礼なことをした。ついつい緊張してしまい、逆のことを口走ってしまった――』


「――な、なんだよ。そういうことかよ。もうこいつ、この世に存在していたこと自体がありえねえレベルだな。んで手紙で謝ろうってか。クソが……! それでもほんの少しだけ殴る回数が減るだけだがなあ……」


 手紙を読み終わる前に破りそうになるが、続きを読むために必死に堪えるアレク。


『というわけで手紙で謝罪しようかと思ったが、やはり直接会って言うほうが誠意が伝わると感じたゆえ、遠慮させていただく。明後日にまた例の場所でお待ちしている』


「……は? はあぁ? あっはっは! ……なんだこいつ……なんだこいつ……!」


 手紙をぐしゃぐしゃにしたあと、さらに踏みつけるアレク。その荒れ具合に執事はすっかり震えあがり、へなへなと座り込んだ。


「まずは手紙でも謝るのが筋だろうが! ありえねぇ……ありえねぇありえねぇ……ありえねええええええええぇぇぇっ!」


 アレクはしばらく気が狂ったように喚き散らかしたのだった……。

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