15.毒


「ロクリア、聞きましたぁ?」


「あの話、聞いたか?」


「……ん、そんな深刻そうな顔して一体どうしたというの? マゼッタ、エスティル」


「「実は……」」


 王城の一角にある僧侶ロクリアの部屋を訪ねてきた二人――魔術師マゼッタ、戦士エスティル――の顔色は優れなかった。


「――えっ……? アレク様の部屋から奇声が……?」


「そうなのですぅ。それも、何度も何度も……」


「それで、もしかしたらが影響しているかもしれないと……」


「先日の件?」


「ほら、アレク様がオルドと待ち合わせしていた件だ」


「あー、あれねえ……」


 そのことについては、当日三人も不思議がっていたのだ。オルドが謝罪するかと思ったがそんなことはせず、無礼と感じたのかアレクが掴みかかるもあっさり引いたからだった。


 耳打ちでオルドに何か脅されたのではないかという憶測も出たが、真相はアレクの口からも何も語られず、結局わからずじまいだった。


「とにかく、発言の内容はともかくオルドに何か都合の悪いことを言われたことは間違いないはず……」


「わたくしもエスティルに同意ですぅ」


「んー、私は違うと思うなー」


「「え?」」


 ロクリアは、心配そうな表情の二人とは対照的に余裕の笑みを浮かべていた。


「何故なら、オルドとかいうしょうもない凡人に文句を言われて、アレク様は黙ってるようなお方じゃないから。失礼だと思ったら絶対その場で殴ってるよ」


「……た、確かにそうですけどぉ……アレク様、あのとき凄く怒っていたような気が……」


「マゼッタの言う通りだ。それに大声を上げていたぞ? しかも、狂ったような――」


「――お黙り!」


「「……」」


 ロクリアの強烈な怒声を前に呆然とするマゼッタとエスティル。


「あなたたちねぇ、これだけ一緒にいたのにアレク様のお考えがわからないの……?」


「「考え……?」」


「そうよ。おそらく、臆病かつ気持ちの悪いあの男からアレク様は耳打ちで謝罪されたのよ。でもそれ自体失礼に感じて、それであれほど怒ったんだと思うの。でも、掴みかかったのに殴れなかったのは……一応は謝罪してきたからじゃない……?」


「「なるほど……」」


「アレク様、よく我慢なさったと思うわ。あんなやつから失礼な謝罪をされて、はらわたが煮えくり返りそうだったと思うのだけれど……」


 アレクの心中を察したのか、三人の目元に涙が浮かぶのは時間の問題だった。


「私ね……あの件でより一層、アレク様に惚れ直したわ。私が出会った男の中で男だと言えるのはあの人だけ。あとは視界にも入らないゴミばかりだけど、たまに入り込んでくるから目障りだった。それが今回、それすら気にならなくなるほどあの人に尽くしたいって思うようになったの……」


「……そ、そうなのですねぇ。わたくし、てっきりアレク様が弱みのようなものを握られてて、それで我慢したのかなーって思ってました……」


「自分も浅はかながらマゼッタに近い考えだった……」


「はあ……」


 大きな溜息を零しながら、呆れ顔で首を左右に振るロクリア。


「マゼッタもエスティルも心配しすぎよ……。アレク様は私たちの想像以上に思慮深いお方なのよ? そこら辺に無様に転がってるバカな雄どもとはわけが違うのだから……。オルドとかいう馬の骨は、それ以前に人間かどうかすら不明だけれど……」


「ですねぇ。オルドは論外として、アレク様以外の雄なんて目に毒なだけだし今すぐ全滅しちゃえばいいですのに……」


「完全に同意……あ、王様と自分の父上だけは除外してほしい……」


「「あっ……!」」


 ロクリア、マゼッタ、エスティルの三人は一瞬はっとした顔をしたあと、大いに笑い合った。


「今度こそ、アレク様があの惨めな男をこれ以上ないほど懲らしめてくださるから、楽しみに待っているのよ。いいわね?」


「「了解!」」

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