7.神


「ふう……最高だったぜえ、ロクリア、マゼッタ、エスティル……」


 そこは王都全体の景色が見下ろせる王城の一室、広大な部屋の真ん中にある大きなベッドにて、最高級のワインを持った勇者アレクが朝陽を浴びながら優雅な吐息を零していた。


(この世の美女は全て俺のもの……。この世で一番強いのも俺……すなわち、俺は神だ……)


「ヒャッハハッ!」


 アレクは会心の笑みを浮かべ、両手を掲げる。


「んっ……アレク様ぁ、もっとぉ……」


 ロクリアが目覚め、うっとりとした表情でアレクの体を手繰り寄せる。


「ロクリア……お前は最高の女だ。ドスケベだしな……」


「やだぁ……アレク様が素敵すぎるからいけないのよ……」


「ヒャハハ! ……しっかし、を見られないのも寂しい気がするよなぁ」


「……間抜け面? 誰のこと?」


「アホ賢者のオルドのことだよ」


「……え、そんなのいたっけ?」


「アッハッハ! 存在すら認識しなくなったか! そうだな、やつは初めっからこの世にいなかった。あんな惨めな存在、産まれてくる資格もねえ!」


「わー、ロクリアったら、幼馴染なのに酷いですぅ」


「まあ、あんな汚物のことを忘れたがるのは無理もない」


「お、マゼッタもエスティルも起きてきたか! よし、みんなで三回戦行くぞ!」


「「「ああんっ……」」」


(クククッ……この世の全ての美女の胎内に俺の子を宿してみせる……。恋人がいようが旦那がいようが関係ない。どうだ、嬉しいか。ありがたく思え、バカども……)




 ◇ ◇ ◇




 ボロボロの小屋の前では、炊き出しが行われていた。庶民的な野菜のリゾットだ。貧しそうな少年少女やお年寄りが容器を持って並び、食事を受け取っていたわけだが、その中にはフェリルとクオンの姿もあった。


「おいおい……」


「グ、グルルァ、オルドよ。そこの子供からちゃんと並ばなきゃダメだよと言われたのでな、これは流れというやつで、別にそこまで食べたかったわけでは……ゴクリ……」


「ウミュァァッ、美味しそうです……」


「……」


 二人とも口ぶりは対照的だったが、凄く食べたそうなのは一緒だった。


 しかし、いかにも粗末そうな食事なのにとても美味しそうに見えて、結局俺も並ぶことになってしまった。亜人はよく奴隷にされている立場だし、俺は見た目が老人だしで違和感はまったくなかっただろう。


「――あ、だあっ!」


「「「わあぁっ!」」」


「……え?」


 誰かが神様と言った途端、子供たちが一斉に同じ方向に向かって走っていく。そこには、あの笑顔の爺さんがいた。どうやらこの小屋の主人らしい。


「お、そちらさんも来なさったか」


「まさか、あなたの家だったとは……」


「ホホホッ。あんまり自慢できるような家じゃないがの。リゾットの味はよかったじゃろう?」


「はい、三人で美味しく頂きました」


「ありがたい」


「ウミュァッ」


「そうかそうか、ゆっくりしていきなさい」


 爺さんが小屋の中に入っていく。一切飾らないが、彼には大物っぽい空気を感じる。話を聞いてみよう。


「――ええっ……?」


 なんと、爺さんの正体は王都の大司教ユリウス様だった。そういえばあの方もいつも笑顔で知られる有名な人で、俺も何度か会ったことがあるわけだが、まさかここまでやつれていたとは……。


「でも、なんでそんな方がこんなところへ……」


「……前にも言ったが、わしは用済みのゴミ同然の存在じゃからな。国の言いつけを守らなかったことが主な原因じゃろうが……」


「言いつけ?」


「勇者パーティーから追放されし一人の元英雄にスキルを授与しないこと。さもなくば教会ごと潰すと。わしは誰であれ平等にスキルを授与したいが、教会を潰すこともできん。だからわしだけ引退することにしたのじゃ」


「……お、俺のせいで……」


「……何? まさか……お主が賢者オルドなのか……」


「はい、ユリウス様……」


 俺は彼に手相を見せた。大司教ならこれだけで俺が誰なのかを判断することができるだろう。


「……むう、紛れもなくオルドだ。お互いに変わり果ててしまったものだのう……。しかし、これは神様がわしらを憐れみ、授けてくださった好機ということだ……コホッ、コホッ……」


 大司教ユリウスが口を押えた手は、真っ赤に染まっていた。


「なっ、ユリウス様……?」


「グルルァ!?」


「ウミュアア!?」


「……う、うぬぅ……。旅の最中でわしのような哀れな者が集まっとるという集落の噂を聞き、とりあえずみんなで楽しく飯でも食おうとやってきたが……早くも限界が来てしまったようじゃ……。無念ではあるが……最後にができそうじゃな……」

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