6.匂い


 夜明けとともに俺たちは森を抜けた。


 見た目が年老いた元賢者の俺と、フェンリルや九尾の狐が化けた少女というなんとも奇妙な組み合わせだが、自分たちを傍目から見れば、亜人を連れているただの老けた奴隷商のように映るのかもしれない。


「――ウミュァアッ。この辺にがします……」


 人を幸せへ導くという九尾の狐のクオンがどこへ向かうのかと思っていたら、行き着いた場所は寂れた集落のようなところだった。


 こんなところに人の住むところがあったとは……。


 全部で十軒ほどしかなく、人の姿もほとんど見かけない。幸福どころか逆に不吉な気配さえ漂わせているように感じるが、本当にこんなところに俺の幸せがあるんだろうか……。


「フェンリル……いや、フェリル、この集落のことは知ってたのか?」


「いや、知らなかった。我はずっと森の奥にいたし、ましてや人に関する知識はあまりない。まさかこんな辺鄙なところに人が住んでいたとはな……」


「クオンも知らなかったです。ここには人を寄せ付けない空気がありますね」


「……そういや、確かにな」


 集落から漂ってくるのは、俺と同じような人間不信の匂いだとわかる。


「それで、クオン。どこに行けば?」


「オルド様、クオンは大雑把な場所しかわかりません」


「そ、そうなんだな……」


「まあ、そう気を落とすなオルドよ。この集落のどこかにお前の幸せがあるのは間違いあるまい」


「ああ」


 フェリルの言う通りだ。とりあえず、この集落がどういうところなのか人に訊ねてみるか……。


「あ、ちょっといいかな?」


「……」


 通りがかった中年の男に声をかけてみたんだが、普通に無視されてしまった。しかも、時折疑いの目で振り返ってくるからたまらない。ジメジメしていてとても嫌な気持ちになる。俺も勇者パーティーを追放されてからはこんな空気を発していたんだろうか。


「これこれ、そこのお方」


「あ、はい……」


 急に、とてもにこやかな爺さんから声をかけられた。


「あ、あの?」


「ん? 何か知りたいのはそちらのほうではないのかね」


「あ……」


 さっきの光景を見られてたのか……。


「はい、実は……俺、ここには初めて来たんで、どんなところか聞こうと……」


「ふむ? 見ての通りだ。ここはな、世間から疎外され、弾き出された者たちの最後の砦なのじゃ……」


「……」


 よく見るとこの爺さん、笑顔しか見せないからある意味無表情だな。顔色が優れないから、心配させないようにっていう配慮かもしれないが……。


「むろん、わしもその一人。世間から用済みだと捨てられたゴミ同然の者じゃよ。ほれ、あっちを見なさい」


「え……」


 あくまでも笑顔を崩さない老人に杖で指し示された方向には、集落の中でも一際おんぼろな小屋があった。今にも崩れそうだ。


「お前さんは、道に迷っているように見える。だからあそこへ行けばいい」


「え、それって一体……?」


「迷える子羊よ……。わしの言葉を信じる信じないはお前さんの勝手じゃ」


 老人は笑顔のまま、何事もなかったかのように立ち去っていった。道は幾つもある、か。意味深な言葉だったな……。


「グルルゥ……顔とは対照的に、飄々とした実に不思議な老人であったな」


「ああ……」


 フェンリルが首を傾げて不思議がってる様子。もしかしたら、俺が余所者というよりある意味同類だとわかって声をかけてくれたのかもしれないな。それにしてもあの人、ような……。


「オルド様、なんだかあの小屋から幸せの匂いがするような気がします」


「えっ……そうなのか。じゃあ、爺さんに言われた通りあそこに行けばいいのかな?」


「はい、多分……。クオンがあそこから食べ物の匂いを感じ取ったのでそう思えただけかもしれませんが」


「はは……」


 食べ物か……。まあでも幸せの匂いであることに変わりはないからな。行ってみる価値はあるかもしれない。


「よし、行ってみよう」


「うむ」


「ウミュアァッ」


「……」


 フェリルもクオンも、俺が気付いたときには小屋のすぐ前にいた。お腹が相当に空いてたんだろうが、速すぎ……。

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