第35話 全了戦 8




「お、おい。相棒落ち着けって。」


。」


(あぁ~口調が変わっちまってるよ。キレる寸前だな、これは。でも、まだのやつだ。)


 ヴァーチとダリカの戦闘が始まって佳境に入った頃。カルセルアとニグロがゼイクを肩で支えながら、エルドが居る所まで下がり、治療に当たっていた。

 ダリカが高笑いしながら話し始めたとき、辺りの空気が底冷えする程冷たいものに変わった。

カルセルアとニグロはゼイクの治療を中断し、辺りを見回して警戒したが、サイファはエルドの顔をそ~っと覗き込んでみた。

 そこには無表情になり、眼を蒼く染めたエルドがいた。それを見たサイファが慌てて、エルドに声を掛けたのだった。


 サイファが喋れることに驚いたニグロとカルセルアは警戒を忘れてしまい、ポカーンと口を開けてしまう。


「ヴァーチさんが危なそうだ。割り込んでくる。サイファ、後は任せた。」


「え、エルド。あまりやり過ぎるな、よ?」


「あぁ、心配ない。俺はいたってだ。」


(ウソつけっ!!)


 サイファが更に声を掛ける前にエルドはその場から消えた。その様子にサイファはため息を吐きつつヴァーチに向かって鋭い視線を送った。


(おっさんがチンタラしてるから、こうなったんだ。全部、あのおっさんのせいだな。さっさと全力を出しゃいいもんを・・・。あの野郎・・・。)


 ヴァーチが全力を出したとは思えなかったサイファはこうなったのはヴァーチのせいだと考え始めると沸々と怒りが込み上げてきた。

 サイファが牙を剥き始めるとカルセルアが恐る恐る声を掛けた。


「サイファ・・・君でいいのかな?どうしたんだ、そんなに牙を剥いて・・・。何かあったのか?」


 そんな顔をしていたのかと思い直して、先程声を出したのもあって、気にせず答えた。


「いやいや、何もねぇよ。姉さん。何もかもヴァーチのおっさんのせいかと思うと腹が立ってな。それとだ、ここから少し離れよう。下手すると巻き添えを食らっちまうかもしれねぇ。」


「(姉さんか・・・。)ここはそれなりに離れているが・・・?」


「そうだが、足りねぇかもしれねぇ。」


「そんなに激しくなるのか?」


「あぁ、あの敵の団長だったか?あの男、エルドをキレさせやがった。」






 ダリカがヴァーチの背後から長剣を振り下ろした。

 しかし、それは空を斬り、地面を切り裂いた。切り裂かれるはずのヴァーチはうつ伏せで草の上を滑っていた。

 そして、ダリカの眼に入ったのは幼い顔の少年だった。思わぬ闖入者にダリカは顔を顰めて文句をつける。


「どいつもこいつも止めの時に邪魔しやがって・・・。ガキがでしゃばってんじゃねぇよ。さっさと帰れ。殺すぞ!」


 ゼイクの時も今回も最期の一撃を見舞う瞬間に邪魔されたことに苛立ちを隠せないダリカは少年に向かって凄んだ。

 だが、その少年はヴァーチを蹴飛ばして横滑りの体勢からすっと立ち上がってダリカに向かって近付こうとするとうつ伏せで伸びていたヴァーチが少年に向かって文句を言い始めた。


「おい!エル坊!助けるにしてももう少し優しくやれよ!こちとら血が出てるんだぞ!!」


「すみませんね、ヴァーチさん。とりあえず、邪魔なので消えてください。」


 エルドはヴァーチに顔すら合わせず、撤退することを促した。ヴァーチも自分が負傷していること消耗具合が分かっている。

しかし、それ以上の苦情を言うことを止めて起き上がろうとするが、両腕が上手く使えず時間が掛かっていた。

 それを見かねたエルドが手を貸して起き上がらせると、ヴァーチは礼と忠告をした。


「とりあえず、助けてくれてありがとな。それと、アイツのあの状態はかなりヤバいぞ。無理せず、俺が回復・・・」


 時間を稼いで共闘しようと提案しようと視線を合わせると先程感じた悪寒がヴァーチに走った。


「大丈夫ですよ、ヴァーチさん。あのヒトには自分がどの程度なのか知って後悔して貰いますから。」


「いや、だけどなっ!」


 尚も食い下がるヴァーチにエルドの蒼い眼が輝きを増した。


「俺が大丈夫だと言っている。」


――ゾワリ――


 ヴァーチの肌が粟立つ。ヴァーチは無意識に半歩後ろに下がった。そして、エルドはダリカに向かって歩き出した。


「わ、分かった。でも、無理すんじゃねえぞ!!」


 エルドに気圧されながらも、心配するのはヴァーチの優しさの一端だろう。

 エルドの心配をしながら、ヴァーチはダリカとの距離を一定に保って退避していった。


(あの悪寒はあの男から感じたものじゃなく、エル坊から感じたのか・・・?だが、エル坊からは距離があったはず・・・どっちなんだ!?もう、訳が分かんねぇ。)


 エルドから感じた悪寒とダリカから感じたものを混同し理解できなくなっていたヴァーチは混乱しながらも撤退した。

 一方、ダリカはエルドとヴァーチが会話をしている間、その闖入者を観察していた。


(あのガキ、もしかしてさっきのおっさんが言ってた・・・。まさかな。いやでも・・・。)


 ダリカは自分の殺気が乗った怒声にも怯まず、恐怖すら浮かべず、進もうとした少年にヴァーチの言葉が頭をよぎった。その可能性をうち捨てようとも思ったが、その少年の手助けでヴァーチに止めを刺せなかったことを考え、情報を集めようとしたのだ。


腰に見たことも無い少年が持つには大仰な武器を着け、籠手、脚甲、胸当て。どれもが色の濃淡はあれど、青色で統一されていた。

歩き近付いてくる様が実力者の風格のそれだった。そして、その眼が、蒼みがかった眼がこちらを鋭く射貫いている。

 見た目だけで判断した己の愚かさを反省し、ダリカは油断せず、その少年をヴァーチと同様の対応をすると決断した。


 エルドとダリカの相対すると話しかけたのはダリカだった。


「おい、ガキ。テメェは何て名前だ。」


「エルドと申します。覚えて頂かなくても結構です。貴方の命はここまでですから。なので、貴方の名前を知る必要もありません。」


 相手を射竦めるような視線がなんだったのかと言わんばかりの笑顔でエルドは名前と教え、挑発を添えた。その挑発に薄い笑顔で返す。


「中々、言うじゃねぇかガキが。殺された相手のことも分からねぇのは可哀想だから教えてやるよ。ダリカだ。」


「まぁ、いいでしょう。そう言えば、先程、朧気に聞こえてきたのですが伝説がなんとか『暴虐の~』なんとかと。何てほざいたのですか?」


「ガキなら知らなくても仕方ねぇから教えてやるよ。」


 ダリカは左腕をエルドに向かって見せた。


「このオレの腕を見ろ。この赤く光っている腕を。これは『魔紋』という伝説の傭兵の技だ。これを使えたのはその傭兵だけと言われていたのをオレは身に付けたっ!!そして、その伝説は表舞台から姿を消したっ!!元々は冒険者から傭兵になったらしいが、それでも傭兵だ。どっかで野垂れ死んだか、暗殺でもされたんだろ。これからはオレが、このオレがその伝説の『暴虐の赤』になんだよっ!!ギャハハハっ!!」


 エルドは俯き、肩を震わせていた。


「どうしたよ?今更、ビビったのかぁ?いくらガキでも『暴虐の赤』ぐらい聞かされたことでもあったのかぁ?ギャハハハっ!」


 ダリカはエルドが恐怖で震えていると勘違いした。その勘違いがダリカを益々、増長させ、上機嫌に大声を張り上げる。


「怖いよな、そうだよなぁ!!ちびっちまいそうだよな!!伝説だもんなぁ!!心配すんなよ、ガキを痛めつける趣味はねぇから!!これからはこのオレ、ダリカがカーマに代わる『暴虐の赤』だ!!この顔を覚えたから死になっ!!」


 ダリカはまたもや高笑う。肩を震わし、手で顔を覆い、下品に高笑いをした。


「・・・れ。」


「あん?」


「・・まれ。」


 エルドの肩は先程より大きく震えていた。それを見たダリカがエルドを煽った。


「はっきり聞こえるように言ってくれよ、僕ちゃんよ~?」


 エルドは顔を上げ、目を見開き、獣のように歯を剥き出しにして吠えた。


「黙れと言ったんだ、この三下がーーーっ!!!!」


 エルドの感情に呼応するように眼が益々蒼く染まっていく。

 その咆吼が風を巻き起こし、辺りの草が一斉に倒れ伏していく。


「貴様如きが師匠に代わるだとっ!!ふざけるのも大概にしろっ!!」


 エルドの身体が青いオーラに包まれていく。

 ダリカへの怒りが膨れ上がる。


「そんなただ染まっただけの腕が『魔紋』だと!!嘗めるなっ!!」


 エルドを包むオーラが色を深めていく。

 怒りが呼び水となった殺気が撒き散らされる。


「見せてやる本物の『魔紋』をっ!!死ぬ前にその腐った眼に焼き付けろっ!!」



 エルドの包み込んでいたオーラが形を変えていく。

複数の球体になったオーラがエルドの腕を周回する。

その球体が線となり、幾何学的な模様へと互いを繋ぎ、変化する。

幾何学的な線が少し浮いてエルドの腕を守るように張り付く。

その線の上に文字が浮かび上がり、明滅しながらゆっくりと回り始めた。



「ち、ち、違うっ!!それが、そんなのが『魔紋』な訳がねぇ!!」


 ダリカは認めたくないのか、それとも理解が及ばないのか。震えながら腕を振って全力で否定した。

 狼狽えるダリカを意に介さず、エルドは腰の留め金に差してあったスティングレイを両手に持った。



「ふ、認めたくないのか?それとも信じられないのか?三下らしい振る舞いだな。」


「う、うるせぇ!テメェみたいなガキが、そんなわけがねぇ!!殺して、殺してやるよ!!クソガキが!!」



 エルドの殺気を受けても尚、ヴァーチをもって反応できなかった速度そのままにダリカはエルドに斬りかかった。

 死ねと何度も叫びながら何度も何度も斬りつけた。

 しかし、そのどれをもエルドは簡単に捌いていく。

 小気味良い音が途絶えることなく続いていく。本来であれば、死へ誘う刃が、細切れになるはずの斬撃の嵐が悉く防がれていく。

 草は切られ、土が飛び上がり、地面には無数の線が作られていく。エルドが立っていた場所一番のが被害者となった。



「こんなものか?貴様の言う『魔紋』の実力は?」


 全てを防がれたダリカはエルドから距離を取った。そして、距離を取ったダリカをギロリとその眼で睨み付け、エルドは蔑み、嘲笑う。


ダリカは最大の屈辱を味わった。

 幾多の戦場を渡り歩き、命のやり取りや危機に瀕した回数など数えきれない、数えてなどいない。

 その中で培った技、戦闘勘、経験。それらをつぎ込んで作り上げた物が年端もいかない容姿の少年に粉々に打ち砕かれたのだ。しかも、蔑みを伴った笑みまで添えられて。


 ダリカは肩をわなわなと震わせ、腕だけでなく脚にまで赤い光に染まり始めた。



「テメェ、テメェだけは絶対に殺す、何があっても殺す、首だけになろうが殺して殺し尽くしやるっ!!」


「黙れ、三下。これ以上、薄汚い言葉を吐いて師匠と俺を貶めるな。」


「テメェが黙りやがれー!!」



 再度、ダリカがエルドに向かう。先程より速く、より鋭く。

 エルドの額、その一点に集中して突きを放った。

 ダリカの全力の突き。

 それをエルドは上に弾き上げ、ダリカの胴を蹴った。その蹴りを左腕で受け止めるが、止められた蹴りを軸にして、肩に左足で叩きつけるように蹴りを放った。

 骨の折れる音がダリカの中で響くと同時に地面に叩きつけられ、地面に吸収されなかった衝撃でダリカが再び跳ね上がると今度こそ胴体に蹴りが当たる。


「ぐはぁっ。」


 地面を跳ね転がり、引きずられる様に止まったダリカがエルドの蹴りに呻いた。蹴りの威力でダメージを負い、咳き込みながらも立ち上がった。

 そのダリカの目の前に刃が迫る。長剣を割り込ませ、その刃を防ぐがまたも吹き飛ばされる。

 起き上がっては吹き飛ばされるのを何度か繰り返される内にエルドの攻撃に慣れてきたダリカがある思いに辿り着く。



(こ、このガキ!わざと防げる程度に速さを抑えて、威力もおとしてやがるっ!!)


 ギリギリと歯を噛み、嘗めるなと言わんばかりに吹き飛ばされながらもエルドをダリカは睨み付けた。

 エルドはダリカの視線に気付くと侮蔑の笑みを向けた。その笑みがダリカの神経を逆撫でした。垣間見えた笑みはダリカを煽るのに効果的だった。ダリカは地面を転がりながらも長剣を突き刺し、剣をブレーキ代わりに利用して無理矢理体勢を直しエルドに突っ込んだ。


「クソガキが!!死にさらせっ!!」


 不意を突く、死角を突く、そんな駆け引きなど無用とばかりに飛び込んで斬りかかってくる長剣を片手で軽く受け止めた。


「貴様、確か・・・。嗤われるのが心底嫌いだったな。どうした?俺は今、貴様を嗤っているぞ?」


 ニタニタと見上げ嗤うエルドを全体重を乗せ、薄ら笑いを止めさせようとするが長剣がカタカタと震えるだけだった。


「止めろっ!!止めろっつってんだっ!!」


 長剣がエルドに向かわせられないと分かるとダリカは膝蹴りを気に障る顔面に走らせるが、エルドは難なくスティングレイの刃をそれに合わせる。

 勢いよく蹴り出した膝に金属が直撃する。幸か不幸かダリカの装備している革の防具が緩衝材の役割を果たしたおかげで粉砕は免れたが、強かに打ちつけたことに変わりは無く、ダリカの顔は苦痛で歪む。

 その苦痛を見て取ったエルドはダリカを払い飛ばした。


「反省したか?後悔したか?貴様が使う偽の『魔紋』がどれほど無様なモノなのか、その下らない身体に刻み込んだか?」


 エルドが一歩、一歩と己の師匠とその技を貶した輩に向かって行く度に彼の周りだけが温度差で出来た蜃気楼のように揺らいでいく。

 ダリカにその揺らぎが視界に入ることはなかった。

彼に入ってきたのは自分を小馬鹿にした小僧が草を踏みしめる音、小石や土を踏みつける音、耳が拾う小さな風だ。

 そんな中、ダリカは思い返していた。自分がこんなにも好き放題に打ちのめされた事など、どんな危険な場面でも無い。こんなにも侮蔑されたことも。


今までのダメージを鑑みれば、ダリカが起き上がることが不可能だと思われた。だが、ダリカは上体を起こし、長剣を刺して、脚を震わせながらも立ち上がる。

 そして、立ち止まったエルドに怒りをぶつける。


「何を、俺に何を刻み込んだって?ば、バカ言ってんじゃねぇぞ?」


 顔には擦り傷が、草臥れた革鎧は千切れ、無事なのは業物の長剣と眼に込められた怒りだった。


「お前の何も俺には刻み込めねぇよ。どんだけボロボロにされようが、どんだけ打ちのめされようが!!テメェなんぞに出来ねぇんだよ!!」


 今出せる最大の声でエルドに吠えるダリカをエルドは鼻で笑った。


「笑わせるのが上手いな三下。そこだけ褒めてやる。ただな、そんなに喚くほど怒り狂っていて何が刻まれてないだと?貴様、俺を煽りたいならもう少し頭を使え。まぁ、三下風情に何かを教えるというのは至極面倒だ。」


「テメェ、俺をバカにするのも笑うのもいい加減にしろっ!!」


「阿呆が。貴様が馬鹿にされること笑われるようなことをするからだ。このド雑魚が。」


「テメェだけは絶対に殺すぅぅうう!!!」


 自分を保つために意地を張り、怒り狂うダリカにエルドがうんざりしていた。


「言葉すら真面に話せなくなったか。こんな輩に憤慨するなんて俺もまだまだだな。師匠に笑われる。さて・・・」


 エルドの腕を旋回している文字が激しく明滅し始めた。

 身体が動かず、その様子を黙って見守るしかないダリカは残っている力を溜めることに専念する。自慢の相棒をエルドに突き立てるために。


「貴様を始末するのにスキルを使うことすら業腹だ。ただ、死んでいけ。それが貴様の末路だ。」


「違うな。テメェがこの長剣に突き刺されて死ぬ、オレが生き残る。これが結末だ。」


「目出度いな。なら、そう夢想しながら死ね。」



 ダリカは一瞬も見逃さないように神経を張り巡らした。

残った力を偽物だと虚仮下ろされた『魔紋』に全て込めていく。薄かった眼や腕の赤い色が濃くなっていく。

最後の最期でダリカは自身のスキルの格を上げた。


(これなら、あのガキを殺れるっ!!テメェが偽物だと罵ったスキルで殺してやるよっ!!)


 ダリカは感じたことのない力が自身に巡っているのが分かった。その力が自分を蔑んだ生意気な小僧を殺せると自信に満ちあふれた。

 エルドはダリカの自信が漲った顔を見ても興味すら持てなかった。

 腕の色が濃くなろうが何かの変化が起きようがエルドにとっては最早、些事だった。


「では、さようならだ。三下の猫。」


(来やがれっ!クソガキがっ!!)


 今まで眼で追えなかったエルドの姿を捉えることができたダリカはほくそ笑み、エルドの顔面に向けて剣先で走らせる。


(死ねぇぇぇええええっ!!)


 ダリカの頭の中には散々貶し、馬鹿にされた相手の死体を、頭に愛剣が刺さっている死体を見下ろしている自分がいた。

 勝利を確信して、狂った顔になっている傷だらけの男は下品な笑い声を上げていた。


 ダリカの最速の突きをヒョイと顔を傾けてエルドは避けた。

 こともなげに避けたエルド、そしてダリカの笑い声が止まる。

 ダリカの頭と胸はエルドが避けた同時に貫かれていた。



「最期まで品性の欠片もない駄猫が。せめて大地の養分となって役に立て。」


 エルドは武器を抜いて、冷たさしかない視線で血を流しながら息絶えた死体を一瞥するとサイファ達の元へと身体を向けるのだった。


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