第33話 全了戦 6
「凄く綺麗な光でしたね。後方部隊からも見えた光は所々から生まれてあれはあれで綺麗でしたけど、カルセルアさんが作った今の方が何倍も綺麗でしたね。」
「そうだな。あれがあの女のとっておきの魔法なんだろ。」
「マホウ?いや、あれはマホウじゃありませんよ。師匠が教えてくれたのと全く違いますし。スキルか何かだと思いますけど?」
(ダメだ、やっぱり理解させられねぇ・・・。どうやって認識を改めさせたらいいんだよ・・・。カーマ様、相棒に変な常識を植え付けないでくれ・・・。)
幾度となく、事ある毎にエルドに「あれが魔法だ」と、言って聞かせるサイファだったが、当の本人はカーマに教えられたマホウが全く違うということに気付いていなかった。
「後は残り1人ですね。ゼイクさんはどうなっていますかね。」
「どうやら、劣勢みたいだぞ?」
エルドよりも先に視線を変えたサイファが状況を分析して伝えた。
「これは、割り込む必要が出てくるかもしれません。もう少し近付いておきましょう。」
2人はゼイクとダリかが戦っている場所へと歩みを進めた。
ニグロ、カルセルア、ヴァーチが戦っている間もゼイクとダリカは打ち合っていた。
ダリカは草臥れた革鎧を更に着崩して装備しており、どこからどう見ても傭兵団を預かる団長とは見えなかった。ただ、長剣だけが業物と分かるほど作り込まれていた。
対するゼイクは確りとしたプレスプレート、両腕に篭手を装着し手の甲まで守っている。腰は魔獣の革で作られたと思われる腰巻きに局所は金属製の腰当て、脚にはレガース金属製のレガースを履いている。傭兵団の団長として防具も最近作られた2本の短槍も申し分のない装備品だと言える。
しかし、その対象的な装備の団長達が一進一退の攻防を続けている。
ゼイクが連続で突きを放てば、それをヒラヒラとダリカが躱し。ダリカが槍を掻い潜って薙ぎ払いで斬り掛かればゼイクが後方に飛んで躱す。
躱しては打ち、躱しては斬りを繰り返していた。
「お前のトコの幹部は殺られちまったみたいだぞ、ダリカ?」
「あぁ〜・・・。そういうみたいだな。まぁ、あいつらの方が弱かったんだろ。気にすることじゃなねぇな。」
「それが団長の言うことか?自分のトコの団員だろうが。」
「お前の団と俺達を一緒にすんなよ、ゼイク。俺達の所は馴れ合い、じゃれ合いなんてねぇんだよ。」
戦闘音が聞こえなくなり、辺りを見回したダリカが自らの仲間が居なくなった事を事もなげに言ってのけた。
ゼイクの気に入らないセリフを次々と吐いてダリカが煽っていると思われたが、ダリカの表情には嘲りも侮蔑もなく淡々としていた。
「気に入らねぇ・・・。」
「何がだよ?」
「仲間を何とも思わねぇお前もその言い草も全部だっ!!」
ゼイクがダリカに向かいながら叫ぶ。
ダリカはやれやれと言った風に肩落としながらゼイクを待ち構えた。
「お前が仲間思いなのは分かったが、それを俺に強制すんじゃねぇよ。仲良しこよしでやっていけるほど甘くねぇだろ?」
ダリカは避ける事をせず、ゼイクの攻撃を打ち払いながら問いかける。
「そうだな。お前の言ってる事も正しいさ。だが、団員は自分の家族も同然だろうが!殺されたことに何も感じてねぇように言うなっ!!」
ゼイクは突きや払いを繰り出しながら、ダリカに怒声を浴びせた。
「その家族を殺しに来た奴が何をほざいてんだ?戦争を仕掛けてきたのはお前らで俺以外の全員を殺したのもお前等だ。そもそもお前らの事を気に入らない連中を集めて協力してやったんだ、感謝ぐらいしてくれてもいいんじゃねぇか?」
ダリカの言う事が当たっているゼイクは苦い顔をする。
(分かってる。住民に迷惑をかけている奴を殴ったことも、衛兵に突き出したこともある。武器を抜かれて、それに応戦したこともある。これを機に敵対する傭兵、傭兵団を一掃しようと計画した。だが、それでも!!)
「全部お前の言う通りだ。だが・・・。」
突然、ゼイクの攻撃が止む。顔を俯け、だらんと両腕を下ろしていた。
「だが、それでもお前を慕って来た奴等だろうが!!そいつ等をモノみたいに言うんじゃねぇっ!!それが団を預かる団長ってもんだろうがっ!!」
顔を上げ、ダリカを睨みつけながらそう言った。
「たしかに俺達は、俺はお前等を殺しに来た!!この伍に及んでこんな事言うのはおかしいってのは自分でも分かってる。それでも、あの頃のお前に戻って欲しいんだよ!!皆で笑ってたあの頃のお前に!!」
ダリカに向かってゼイクの悲痛な叫びが襲う。それを聞いたダリカは構え解いて溜め息を深く吐いた。
「あの頃の俺ねぇ・・・、見当違いにも程があんぞ?俺は昔からこうだ。あの頃もどの頃もねぇよ。俺が笑ってた?そういう事もあったかもしれねぇな。だが、そんな奴はどこを探しても出てきやしねぇよ。」
「そんなわけがっ!!」
「あるんだよ。それに・・・もういいだろ。俺はお前が鬱陶しいから消す、お前はあのおっさんの息子の仇を取りたくて俺を消しに来た、で。」
「イムニトさんは死んじゃいねぇ。だが、お前が生きてたらあのヒトが何時、襲われても何時、死んでもおかしくねぇ・・・。」
「なんだ死んでねぇのか。アイツらしくじりやがって・・・。まぁ、お前の言う通りだな。あのおっさんの息子と分かっている今、確実に殺しに行く。感謝しに行かねぇとなぁ~。」
2人の言い分は交わらなかった。並行もしなかった。出発点が違うのだから。
問答は終わりだと言いたげにダリカがゼイクを煽るようにイムニトを殺しに行くと宣言した。
「本当に・・・、本当に殺しに行くんだな。」
「そうだな。必ず殺しに行く。」
ゼイクは改めて槍を握り直し、構えを取った。
「分かった。間違ってた、俺が間違ってたよ。お前のことを勘違いしてすまなかった。お前はここで止める!」
「違うな。俺がお前の、お前らの息の根を止めてやるよ。」
ダリカも言い終わると剣を持ち直す。
「「うぉらああぁぁ!!」」
この戦いで初めて2人は打ち合いをした。今までの攻防が肩慣らしだったとでも言うような激しい攻防が始まる。
真正面で2人が打ち合う。横から襲いかかる槍をダリカが受け止め、反対から迫る槍を身を屈めて躱す。
屈めた体勢から掬い上げるように上へと刃を向けて切り上げるとゼイクは半身になってそれを躱す。
躱した動きを利用して柄を短く持ってゼイクがダリカを突き殺そうとするが、ダリカは突きの外側へと回転し、その勢いのままゼイクの胴体を真っ二つにせんと斬りかかった。
ゼイクはもう1本の槍を背中と剣の間に差し込み、受け止める。
上下左右の攻防を2人が幾度無く繰り返していた。互角のような攻防の最中、ゼイクの攻撃回数が徐々に減っていき、押し込まれてきた。
そして、ゼイクが左腕に傷が入る。傷自体は深くはないものの、ダリカに先手を取られて、その場から後ろに大きく飛び退いた。
「おいおい、そんなに息を切らしてどうしたよ?雑魚との戦闘で消耗する程、お前は軟弱なのか?」
剣を肩にトントンと当てながら、ダリカは後ろに飛び退いたゼイクを見下ろすように問いかけた。その問いかけにゼイクは額の汗を拭うこともせず少し乱れた呼吸を整えようと必死だった。
たしかに、先の戦闘での消耗はあるだろうが、それを加えてもダリカの攻撃の鋭さ、重さでの消耗の方が激しかったのだ。
「聞かれたことにも答えられねぇぐらい余裕がねぇのか?お前は?」
ゼイクとの攻防があったにも関わらず、平然とした表情を変えず、息すら乱れていないダリカの強さにゼイクは初めて焦りを覚えていた。
(マズいな。傷自体は深くねぇから無視だ。こっちの攻撃が掠りもしないってのは気持ちが乱れる。先に仕掛けるのは癪だがそうも言ってられねぇっ!)
粗方、呼吸を整えたゼイクは答えた。
「何、言ってんだ?雑魚よりもお前との戦闘でこうなってんだよ。」
少しずつ間を取りながらゼイクはダリカの強さを素直に認めた。
「お前は強い、それは認める。だが・・・。」
深くゆっくりと息を吸い込み、疲労した身体に命令を下す。
「今、漸く身体が暖まってきた所だっ!!」
気迫を乗せた言葉を吐くと同時に速さを上げたゼイクが飛ぶように駆けた。そして、地面に槍を突き刺し撓らせて、その反動で空へと舞う。
「『飛槍』っ!!」
高く高く舞い上がったゼイクを見上げるダリカは鼻で笑って様子を見守る。
「そこから何をするってんだ?」
興味深げに見ながら、ダリカは肩から剣を下ろして上空にいるゼイクを注視する。
「『垂斬』っ!!」
頂点に達して、落下する速度を使ってゼイクはスキルを発動した。ただ、予備動作が大きすぎた。
落下する勢いを使った『垂斬』を地面に叩きつければ、その衝撃で要らぬ負傷をするかもしれないと横に飛んで避け、隙を晒した鬱陶しい男の身体を切り裂く。
ダリカはそう考え、迎撃の準備と回避を開始した。
ドンという音と同時に地面が陥没した。
ゼイクは着地の衝撃とスキルの発動で硬直していると判断したダリカは飛び退いた場所からゼイクの命を刈り取らんと上段から斬撃を放とうと近付いた。
しかし、ゼイクの攻撃は終わっていなかった。
「からのぉ~『垂角』っ!!」
落下した速度と力を利用し、振り下ろした槍を地面に激突させず、落下した場所から更に1歩踏み込んで攻撃方向を90度直角に曲げてダリカへと繰り出した。
激しい金属音がしたかと思えば、ダリカが空中に吹き飛ばされていた。だが、ゼイクの顔は晴れない。
空中に投げ出されたダリカは地面と激突すると思われた。しかし、ダリカは綺麗に着地して見せた。
「まぁ、バカじゃないんだからあんな“どうぞ避けてください”って言わんばかりの攻撃なんかするわけがないか。にしても、とんだ一撃だったな。腕が痛ぇぞ。」
ダリカはゼイクの攻撃変化に上段に構えた剣をクルリと回転させた。剣の腹でゼイクの剛撃を受け、その勢いに逆らわないように身体を弛緩させ、自ら弾き飛ばされたのだ。
両手を片方ずつぶらぶらさせて、痛みを取るようなダリカの仕草にゼイクは毒づいた。
「今ので腕が痺れただけなんて、勘弁しろ。それなりに自信があったんだぞ、畜生が。」
「まぁ、ある程度の奴らならあれでお終いだろうが、俺がそんな簡単にやられるわけないだろ?舐めてんのか?」
ゼイクは流した冷や汗が現実となったことを思い知る。それでも負けるわけにはいかないと気合いと叱咤を自分にした。
(アイツの方が強いかもしれない。だが、負けられねぇ。ここでアイツに負けるわけにはいかねぇんだっ!)
「舐めてなんかねぇよ。油断もしてねぇ。今の一撃で大したダメージが無くても、それでも俺はお前には負けねぇ!」
「いや、お前は負ける。そして、死ぬ。」
淡々と返す男と睨み付ける男。どちらに余裕があるかは一目瞭然だった。
睨む男が持つ2本の槍が薄らと光っていく。それを見た淡々と返した男は片眼を吊り上げた。
「チマチマやってても仕方がねぇ。これで決着をつけてやるっ!」
「時間ばかりかけても仕方ねぇのは分かる。ここでお終いにしてやるよ。」
ゼイクはゆっくりと両手を真横に持ち上げ、後ろへと引いた。そして、両手を後ろへと引くと同時に右足も後ろへ送り、踏み込むために踵を上げた。
「行くぞっ!!」
気迫を込めた言葉を吐いたゼイクの後ろに土と草が舞い上がる。一直線に自分へと向かってくるゼイクを見ているダリカはその場で待ち構えた。
「『剛槍・
ゼイクが攻撃圏内に踏み込むとダリカの目の前に突きの嵐が現れた。視界の全てを針の山と思えるような怒濤の突きで逃げ場が無い。
そんな視界でもダリカの表情は変わらなかった。そして、一言呟いた。
「『身体強化』」
空気を切り裂き、地面を穿った槍の嵐が過ぎ去る。
巻き上げられた土が嵐によって粉々に砕かれ、土煙となって辺りを漂う。
ゼイクはあらん限りの力を込めた自身最高のスキルで勝負を決めに行った。相手の実力が上だった場合なんて今までいくらでもあった。その度に『千山千突』で乗り切ってきた。
疲労で汗が滝のように流れ、大地に落ちていく。膝に手を突いて息を切らしているゼイクが顔を上げ、土煙が晴れていくのを待った。
風が巻き上がった土煙を晴らしていく。
そこにはダリカが何も無かったように立っていた。
「終わりか?」
ダリカの周りには無数の穴が作られ、地面は凸凹になっている。ダリカの真後ろだけが自然のままだった。
ゼイクは傷一つ無いダリカを見て、顔が引きつりながらも笑顔を作った。そして、どうにか構えを取る。
「終わりだと思うか?」
精一杯のゼイクの強がりだった。腕には力が入らない、槍を持つ手にも、身体を支える脚にも。それでも、コイツに負けるわけにはいかない。その気持ちだけで構えを取ったのだ。
ダリカは至る所に震えが来ているゼイクを観察した。その観察が終わると腰を落として前屈みになる。
「次は俺だ。」
強く踏み込むダリカがゼイクへ走り飛ぶ。左下から右斜め上へと袈裟斬りをゼイクに放った。
ゼイクは反応が遅れながらも両手の槍で斬撃をどうにか防ぐが脚に力が入らず、吹き飛ばされ、地面を転がっていく。
ダリカは歩きながら、どうにか立とうとしているゼイクに近寄っていく。
腕に力が入らないゼイクが何度も起き上がろうとしている中、腹部に衝撃が走り、地面をまた転がる。
「ゲハっ、ハっ、ふぅふぅ~」
衝撃と疲労で乱れる呼吸を何とかしようとするが、ゼイクの呼吸は一向に整わない。そして、また胸に衝撃が走り、大地に押さえつけられる。
「ここまでだな。」
ダリカがゼイクの胸を脚で押さえつけ、ゼイクに顔を近づけていた。
「じゃあ、あばよ。」
陽光に照らされた刃が光って倒れている男の命を奪わんと振り下ろされた。
―ブォン―
風切り音をさせながらダリカに向かって刃が飛んできた。
振り下ろしたダリカの剣とかち合い、ダリカは脚で地面に線を作らされた。
「あばよじゃあねえ。次は俺の相手をしてくれよ。」
そう言って大男が中心が青くなっている大きな剣でダリカの剣を防ぎ、倒れているゼイクの命を守った。後ろに押し出されたダリカはその大男を見た。
「止めで邪魔するのは無粋ってやつじゃねぇのか?」
「そうかもしれねえが、それならとっとと止めを刺せよ。」
「そう言われちまったら、その通りだな。んで、そこで寝転んでる団長さんの代わりがテメェに出来んのか?」
「そうだなあ。俺は【繋ぎ手】じゃねえんでな。もしかしたら、そこでへばって寝転んでいる奴よりも強いかもしんねえぞ?」
「へぇ。そりゃ、楽しみだな。じゃあ、テメェが殺されたら後は雑魚ばっかりだな。」
「どうかな?俺ともう1人ぐらい居るかもしんねぞ?まぁ、油断はしないこった。」
ダリカと大男が会話をしていると、懸命にカルセルアとニグロが叫びながら走ってきた。そして、ゼイクに駆け寄り、カルセルアが上半身を起こして揺さぶった。
「大丈夫か!!団長!!」
「おい、ゼイク。しっかりしろ!!」
ゼイクは腕を震わせながらもカルセルアの手を叩いた。
「大丈夫だ、そんなに揺らされないでくれよ。」
2人はホッとしたのか焦っていた相好を崩した。それを見た大男は指示を出した。
「へばってるお前らじゃ足手まといだ。後ろに下がって、そこでお寝んねしてた団長のお守りでもしてろ。」
ぶっきらぼうながらもここから離脱するように言われた2人は礼と忠告をしながらその場を去って行く。
「すまない、ヴァーチさん。後は頼む。」
「俺もこの脚じゃ、盾にもなれない。下がらせて貰う。気を付けてくれヴァーチさん。」
大男ことヴァーチは後ろをチラリと見ると親指を立てた。
「心配すんな、俺に任せときな。」
大剣を担ぎ、口角を少しだけ上げ、笑った。
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