第31話 全了戦 4

 


 熱く場を賑わせていた【繋ぎ手】と【笑い猫】に置き去りにされたエルドはどうしたものかと困っていた。

 確かに少し離れてはいたが、仲間達には頭数にも入れられず、サイファが目に入っていると思われるにも関わらず、敵には無視をされる。

 この場合、どう動けばいいのかと困っていたのだった。その困っていたエルドを見てサイファが助言を出す。


「とりあえず、向こうは盛り上がってるみたいだから、危ない所に乱入すればいいんじゃないか?」


 サイファにしては珍しくエルドを思い遣ったような言葉だった。

 エルドはサイファの言葉でそれもそうかと思い直して、まずはヴァーチのいる右へと目を向けた。


 スナーシは、【繋ぎ手】と相対した場所から約十数m離れて立ち止まった。そして、後ろに振り返るとヴァーチは既に立ち止まっていた。マッカルーイはスナーシの隣に立つ。


「んで、俺達に聞きたいことがあるんだって?」


「あぁ。勿体ぶらずには聞くが、両手に蛇と剣の入れ墨をした長髪の男を知っているだろ?ソイツの居場所が知りたい。」


 ヴァーチから問われたスナーシは腕を組んで唸り始め、マッカルーイも腕を組んで考え込み始めた。

 時間にして数十秒間、いや1分間ほど考え込んだが思い出せなかった2人は素直に答えた。


「悪いが、それだけの情報じゃ分かんねぇな。同じ戦場にいたかもしれないし、同じ仕事をしたこともあるかもしれねぇし。そんな入れ墨入れりゃ目立つのに覚えがねぇからな。」


「俺もスナーシと同じだ。覚えがない。長髪はいくらでもいたし、そういう奴は大体が男前だったがな。」


「何言ってんだ?マッカ?俺はミースロースの色男と呼ばれてるんだぞ?俺の方が1番男前に決まってるだろ?」


 今から殺し合いをするというのに2人はヴァーチの質問に答えるとすぐに話を脱線させた。マッカルーイはスナーシの答えに首を振って否定して、更にはヴァーチにもツッコまれた。


「お前、自分の顔を見たことがあんのか?それに男前とくれば色男よりも伊達男っていうのが相場だろうが。つまり、俺がミースロースで1番の男前ってことだっ!」


 歯がキラリと光るような笑顔をして、ドヤ顔をするヴァーチに対してスナーシは鼻で笑って答える。


「ハンっ!お前こそ自分の顔の程度が分かってないみたいだなっ!それにお前も俺達と同じくらいのおっさんだろうが。と来ればだ、俺の大人の色気で女達は骨抜きになるに決まってるだろ?つまり、俺がい・ち・ば・ん・だっ!!」


「はぁ~?お前こそ、何言ってんだ?俺が1番に決まってるだろうがっ!それにな男は黙って女に優しくするもんなんだよっ!その知的で品のある振る舞いに骨抜きにされんだっ!それと、俺はおっさんじゃねぇっ!!!お前と一緒にすんなっ!!」


「バカかっ!女はな、黙って優しくされるよりも話して、そっと触れて癒やされたい生き物なんだよ!そこに良い匂いでもさせながら微笑んでみろ、その日は天国に行けんだよっ!それにおっさんじゃねぇとか嘘をほざいてるんじゃねぇよっ!!その顔でおっさんじゃないとか、お前さては女も知らないか貧乏で仕方が無い不憫な野郎だなっ!!」


「アホかっ!!俺はお前より稼ぎが良いんだよっ!!それにセンスだってあるし、女だって選り取り見取りだ、バカヤローっ!な~にがそっと触れて微笑むだっ!!そんなのに騙されるのは面倒な女しかいねぇだろうがっ!!いい女はな、そんなのに騙されたりしねぇで内側を見抜くんだよっ!!お前こそ、女を知らない不憫ヤローじゃねぇかっ!!」


 ギャアギャアと唾を飛ばしながら文句を言い合い、伊達男と色男の論議を重ねるヴァーチとスナーシの2人にため息をついたマッカルーイが一言、言ってのけた。


「色男だろうが、伊達男だろうがどうでも良い。お前ら、女は目で落とすんだよ。」


 それに反応した2人が揃って答えた。


「「それもアリだなっ!!」」


 いい大人がアホ丸出しである。

 息が揃ったことにハッとなるヴァーチとスナーシが、深呼吸をして冷静さを取り戻そうとする。


「テメェが変なこと言うから、雰囲気が台無しじゃねぇか・・・。これから殺し合いだって言うのによ。」


 スナーシが長剣を抜いて、雰囲気を一変させる。マッカルーイも続いて長剣を抜いた。そして、ヴァーチは背中から大剣を抜いて反論する。


「それは俺のセリフだ。お前らが俺の探してる奴の情報を知らないってのは分かった。後は、そうだな・・・。イムニトの旦那に手を出したことを後悔しながら死ね。」


 正眼に大剣を構えたヴァーチも先程とは違う顔つきになった。


「死ぬのはお前だ。アレは団長からの指令だったんでな。今さっき、その理由を知ったんだが・・・。まぁ、それはいい。それよりも俺達2人を相手取るとか舐めたことかしやがった自分を後悔しながら死んでいきな。」


 互いの武器のリーチの差は歴然としている。攻撃しづらい事を見越して、ヴァーチの大剣の内側へ入ろうとスナーシとマッカルーイが併走して突っ込んでいった。

 ヴァーチは上段に構え直し、ただそれをじっと待ち構えていた。

 後少しで2人がヴァーチの攻撃範囲に入ろうかという所でヴァーチは上段にある愛剣を地面に叩きつけた。

 地面が弾け飛び、その衝撃に伴って土煙が舞いヴァーチの姿を隠し、小石が散弾のように2人を襲いかかった。

 

「ちっ」


 スナーシは舌打ちしながら左に、マッカルーイは右に飛んで小石や土を躱す。2人は舞い上がった土煙の中にいるヴァーチの姿を目を凝らして探した。

 ヴァーチは土煙を目隠しにして右のマッカルーイに攻撃を繰り出す。

 マッカルーイは土煙から襲いかかってきた大剣の突きを長剣の腹で受けきったが、ヴァーチの突きの威力に身体が浮いて突き飛ばされた。

 スナーシはマッカルーイが飛ばされた方向からヴァーチのいる位置を大体把握し、攻撃を加えようとするがそれよりも前に土煙の中からヴァーチが飛び出てくる。


「おらぁっ!!」


 掛け声と上段からヴァーチが斬りかかる。それをスナーシは迎え撃った。


「調子に乗るんじゃねぇー!!」



―ガキィーン―



 大剣と長剣。

 質量の違いは歴然であるはずなのに、折れることも弾かれることもなく打ちつけ合う2人。しかし、余裕がないのはスナーシだった。


「こんの馬鹿力がっ・・・!」


「おいおい、そんなに力を入れてねぇんだがな。歯応えがなさすぎなんじゃねぇか?色男?」


 鍔迫り合いながらも、ヴァーチは不敵に笑ってスナーシを煽る。

 スナーシは額に青筋を立てながら憎まれ口を叩いた。


「そ、そんな馬鹿力で・・・、ど、どうやって女に優しくするのか教えて貰おうかっ!」


長剣の柄をあらん限りの力を込めて握った腕には血管が浮き上がった。鍔迫り合った剣同士がカタカタと音を立てたかと思うとスナーシはヴァーチの愛剣を弾き、横薙ぎに斬りかかった。

 剣を弾かれたヴァーチは体勢を崩しつつもスナーシの一撃を躱す。

 しかし、背中に一撃を受ける。

 ヴァーチの突きに飛ばされたマッカルーイが飛びながらヴァーチに右から袈裟斬りを放ったのだ。


「堅いな、その鎧もお前も。」


 剣での一撃を食らったはずのヴァーチは無傷だった。だが、マッカルーイの一撃を食らったダメージだけは受けたようで少しだけ苦痛に顔を歪めていた。


「良い一撃だな、そこの色男よりもイイ男なんじゃねぇか?お前?」


「ふっ」


 当然だろと言わんばかりにマッカルーイは不敵に笑うが、それにスナーシが待ったをかける。


「マッカ、お前・・・。その話は後できっちり着けよう。今はコイツの始末だ。」


「お前らのその決着は死んだ後でやりな。」


「先に死ぬのはお前だ。」


 スナーシとマッカルーイは円に動きながらヴァーチを挟み込んでいた。ヴァーチは大剣を下段に構え2人を交互に見て様子を窺う。

 いつ襲いかかろうかとスナーシとマッカルーイは構えを変えながらヴァーチを逃がさないように少しずつ半径を縮めていく。


ヴァーチは最初と同じようにじっとその場で待っていた。


 ヴァーチがマッカルーイから視線を切った、その時、マッカルーイが力強く踏み込んでヴァーチの胴体目掛けて突きを放つ。


(殺ったっ!!)


 スナーシと2人で殺気を放ちつつ何処から攻撃を繰り出すかを惑わせ、どちらが攻撃するかも悟らせない。

円に動きながら作った2人の殺人結界。

それが2人の連携だった。


 だが、それをヴァーチはいとも簡単に防いだ。足で後ろに蹴り上げ砂埃を起こすことで。


「マッカっ!!」


 鋭く踏み込んだせいで、砂埃を払うことが出来ず、視界を奪われたマッカルーイにスナーシが叫んだ。

 その声に反応したマッカルーイは咄嗟に前傾になっていた体勢をさらに倒して前転のように転がった。

 頭上からゴゥという風切り音が聞こえ、そのまま回り続けてマッカルーイは前に飛んだ。


「良く凌げたなぁ。1人減ったと思ったのによ。」


 蹴り上げた足を軸に横薙ぎに大剣を払ったヴァーチはマッカルーイを討ち取ったと思っていた。

 マッカルーイはぼやけた視界をどうにか戻そうと目を擦っていた。

 朧気ながら見え始めたのは自分の前に立ち、守ってくれているスナーシだった。


「すまん、スナーシ。恩に着る。」


「言いっこなしだぜ、マッカ・・・。ただ、俺は左腕が使えそうにねぇがな。」


 マッカルーイはよくよくスナーシを観察すると左腕がダランと下がっていた。

 ヴァーチの一閃はスナーシにも届いていた。

 スナーシは横から迫る一閃を避けず、相棒のマッカルーイが逃げる時間を稼ぐために左腕に自分の剣を当て、受け止めたのだった。


「左腕は時間が経ちゃ治るさ。気にすることじゃねぇよ。」


 スナーシは脂汗を掻きながらも笑ってマッカルーイに言った。マッカルーイは奥歯を噛んで射殺さんばかりにヴァーチを睨んだ。


「おい、スナーシ。アイツは今までに出会ったことのない強敵だ。どうする?」

「そうだな、マッカ。1枚上を行かれてる気がすんな。それならさっさとアレをやるぞ?」


 スナーシの提案を了承してマッカルーイは頷いた。こそこそと話しているのに気が付いていたヴァーチは相談が終わった頃合いを見計らって声を掛けた。


「相談は終わったようだな?んで、次は何をやってくれるんだ?お二人さんよ。」


 ヴァーチは大剣を肩にかけてニタニタと2人を眺めている。

 スナーシとマッカルーイは挑発されていると分かっているが苛立ちを隠さずに吠えた。


「うるせぇよっ!!次こそ殺してやるっ!!」

「スナーシの左腕の代価を貰うぞっ!!」


 2人は同じように前後でヴァーチを挟んで同じように動き始めた。


「はぁ~・・・。それはさっきも見たぞ。」


 ヴァーチはこれ見よがしに落胆し、今度は構えもしなかった。

 スナーシは左腕の痛みを忘れる程、怒りを露わにして更に吠えた。


「さっきと同じと思うなよっ!!マッカ、行くぞっ!!」


「おぅっ!!」


 そう言うなり、2人はヴァーチを中心に平行になるように矢の如く駆け出した。だが、2人はヴァーチに斬りかからない。

 同時に疾走していたのが徐々にそのタイミングがずれ、時間差でヴァーチの横を通り過ぎていく。

 そして、突然、ヴァーチの頬が切り裂かれた。


「なに?」


 怪訝な顔になったヴァーチはじっと2人を観察した。


(確かに速いが反応できない程じゃない。攻撃された気配もない。どういうことだ・・・?)


 自分がいつ、どうやって攻撃されたか判明できないヴァーチは肩から大剣を下ろして下段に構えた。


「混乱しているようだな。テメェには見切れねぇよっ!!」


 去り際にスナーシがヴァーチに対して挑発した。続いてマッカルーイも煽る。


「頭の悪そうなお前には無理だろう。」


そして、2人の声が重なる。


「「この『円矢の結界』を見抜くことはなっ!!」」


爆発したような踏み込みが聞こえると2人の速度が更に上がる。その速度を持った謎の攻撃が通り過ぎる度にヴァーチに切り傷が増えていく。見えない無数の矢に晒された気分になったヴァーチは正面に大剣を突き刺して身体を隠した。


(どうする?攻撃方法を見極めるか、見極めることをせずこのふざけた結界モドキをぶち壊すか・・・。)


 正面からの攻撃だけでも防ぐことにしたヴァーチは悩んでいた。そして、攻撃を受けながらも出した結論は・・・。


(得意げになってる顔をぶっ潰してから決着をつけてやるっ!!)


 2人の連携を攻略することだった。挑発を真に受けて見返したい気持ちがなかったわけではないが、それでも2人の面子を潰すことで心理的に追い詰めることにしたのだった。


(何を使って俺に攻撃を加えた?待て、今の音はなんだ・・・?)


 考えることに没頭するあまり聞き逃していた音を拾ったヴァーチは目を閉じて耳を澄ました。


「諦めたのか?意外と素直な奴だな?マッカ?」


「そうだな、スナーシ。」


 疾駆しながら、ヴァーチを煽るがその声は本人には届いていない。

 ヴァーチは耳には入ってきた挑発を無視して他の音に集中した。異変を少しでも聞き逃さないように。

 微かだが、ヴァーチは次第に音を拾い始めた。大剣に当たる金属音とヒュンという風切り音を。

 カッと目を見開いたヴァーチは得意満面の顔で笑い始めた。そして、2人に告げた。


「分かったぞ、お前らの攻撃の謎とその由来がなっ!!」


 絶え間ない攻撃に晒され、無数の切り傷から少しずつ血が流れているが謎を解いて上機嫌なのか全く気にしていない。そして、自分の考えを高らかに言い始めた。


「お前らは目に見えない細い鋼線を持って素早くすり抜けながら切り裂いていたんだなっ!最初は態と速度を落として攻撃しないで、少しずつ上げていくことで切り裂きやがったな。種が分かればどうってこたぁねえよっ!!」


 しかし、2人は落ち着いていた。攻撃方法が分かった所でこの結界を破ることなど不可能と2人は自信を持っていたのだ。


「意外に早く気が付いたな。だが、それがどうしたぁ!!お前に俺達の連携は破れはしねぇっ!!」


 その言葉を聞いて、ヴァーチは鼻で笑って突き刺した愛剣を抜いて片手で持って横に真っ直ぐ構えた。そして、目を閉じて瞑想するように深く息を吸い、ゆっくりと吐き出す。

 ヴァーチの雰囲気が目に見えて変わったことに危機感を覚えたスナーシとマッカルーイは止まることなく疾駆しながら鋼線を捨て、止めを刺すため剣に持ち替えた。


「これで終わりだっ!!あばよっ!!」


 スナーシの叫び声で2人は剣を固定して持ち、交差するようにヴァーチに向かって駆けて飛びかかった。その間にヴァーチは目を閉じたまま身体を限界まで捻り上げていた。

 ヴァーチに2人の傭兵の刃が届くその間際、ヴァーチの眼が見開かれた。


「『剛剣ごうけん円双閃えんそうせん』」


 ヴァーチが左回りと右回りの2回転したかと思えば2人の身体が2つの円の剣閃で斜めに切り裂かれた。


「俺達の必殺の連携が・・・。」


「あっさり破りや・・・。」


 ドサドサっと死体が空中から落ちた。ヴァーチはふぅと息を吐いて力を抜いた。


「さっさとすれば、こんなに切られなかったかもな・・・。まぁ、浅い物ばかりだし貰った回復ポーションでも飲んどくか・・・。」


 ヴァーチは全了戦の前に渡されていた回復薬を飲んだ。すると、スナーシとマッカルーイに付けられた傷が塞がっていく。

 ヴァーチが傷が塞がったことを確認して、手を握ったり開いたりして自分の状態を把握した。


「まだ行けるな。さて、ゼイクの所にでも戻ってみますかね。」


 ヴァーチは死体に目を向けることなく、ゼイクの元へと歩いて行った。

 ただ、その足取りは少し重くなっていた。


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