第30話 全了戦 3




「こりゃ~、俺達の下~っ端供も~全滅か~?」


 相変わらず変に間延びした口調のままダリカは木箱の上に立って戦場の方を見ていた。その顔には自分の団員達を含めた味方が全滅しそうになっているにも関わらず、何の感慨も沸いていなかった。


「そろそろ私達の出番かもしれないねぇ。」


 装備の確認が終わって手持ち無沙汰になっていたサリナトが漸く出番かと背伸びをしていた。

 サリナトの台詞に木箱の上で胡座で座っていたスナーシが立ち上がると緊張感を何処かに置いてきたかのように欠伸をした。マッカルーイはダリカと同じく立って戦場を見ていた。


「ふぁあ~あ、やっと出番か。待ち草臥れたよな、マッカ?」


「まぁ、待っていたのは確かだな。にしても、全滅まで待つことはなかったんじゃないか、ダリカ?」


「ん~、そうだな~。でも~よ。曲がった~ことが嫌い~な奴らに曲がったこ~とをさせ~るなんて面白~そうじゃ~ねぇか?それによ~。うちの奴~らより向こ~うの団員の方が~使えそ~うだしな。」


 【笑い猫】の団員達が戦線に参加すると膠着状態になり、拮抗しているように思えた。が、しかし、不意に起こった爆発やかち上げられた傭兵達が見えると戦線は一気に【繋ぎ手】の猛攻に晒された。

 10倍程あった数の差も今では傭兵達が少ないように見えた。


「んじゃ~まぁ~、準備~といこうか~。」


 ダリカは木箱から降りて戦闘準備を始めると、他の3人もそれに倣った。そして、4人は戦場へとゆっくり向かっていった。


 4人が戦場へと向かい始めた頃、【繋ぎ手】は優勢に攻めていた。

 敵方の数は今や同数以下になり、傭兵達の命は風前の灯火と化していた。1人、又1人と容赦ない【繋ぎ手】の団員による攻撃に倒れ伏していく傭兵達。

最初に全滅したのはカルセルアに攻められていた右側に分れた傭兵達だった。寄せ集めにすぎない傭兵達と幾度なく戦場を供にした仲間。いくらの数の差があろうとも、ひっくり返すだけの強さを【繋ぎ手】は持っていた。

 それからやや遅れて、左側を攻めていたニグロ隊も殲滅を完了した。ニグロ達だけだったら攻撃が単調になり殲滅にまでに時間を要しただろうが、ヴァーチの突撃やその攻撃力の高さに助けられ、カルセルア達よりも数分後に敵方を殲滅せしめた。

 カルセルアの方にはゼイクもおり、その助力も忘れてはならないだろう。


 誰かが示し合わせた訳ではないのに、【繋ぎ手】は中央に集まってきた。


「おーし、お前らは休め~。負傷者は後ろに下がれよ。まだ元気な奴は装備の確認と水でも飲んどけ。」


 ゼイクの号令で各々が動き出した。肩で息をしていた者はその場に座り込み、軽いケガを負った者は互いに気を配りながら後方へと下がっていった。

 ゼイクは団員から渡された革袋を受け取るとその中身を飲み、そして、頭から浴びた。中身は水だったようで、顔や髪に付いた血や埃を洗い流して少しだけスッキリしたようだ。


「よう、ゼイク。お前も無事みたいだな。」


 ちょっとした行水を行っていたゼイクにヴァーチは声をかけた。

 声を掛けられた方を向くとヴァーチがニグロと供に向かってきていた。ニグロは少しだけ呼吸が荒くなっており、ゼイクの側まで来るとゼイクから革袋を受け取り、その水をゴクゴクと飲んでいった。


「当たり前だろ?ただ数が多かっただけだし、最初に半分程同士討ちをしてたからな。思った程じゃなかったな。」


 ゼイクはヴァーチにそう言うと呼吸を整えていく。殲滅に当たって削られた体力を少しでも回復するように。

 かく言うヴァーチも額に汗が浮かんでいた。本人は良い運動でもしてきたような朗らかな笑顔を作っていた。近付いてきた団員から革袋を受け取ると、勢いよく水を飲んでいった。


「皆、無事なようだな。流石に疲労はしているだろうが。」


 一足先に休んでいたカルセルアが少し肩で息をしながら3人の元へと歩いてきた。


「疲れてるみたいだな、カルセルア。手強い奴でもいたのか?」


 ゼイクがカルセルアの呼吸の乱れの原因を尋ねると、彼女は首を振って返した。


「思ったよりも張り切りすぎたみたいだ。手強い奴は・・・いなかったな。」


 ちょっとだけ意地を張ったように答えるカルセルアに苦笑いを浮かべるゼイクとニグロだったが、ヴァーチは高笑いをして彼女に向かって言う。


「はっはっは、少しぐらい意地を張らねぇとな。参謀役なんだから。それでも、引き際だけは見誤るなよ。」


 ヴァーチに釘を刺され、カルセルアは真剣に頷くと息を整え始めた。それを見たヴァーチも安心したのか自身の回復に努めようとした。

 十数秒、沈黙が4人の間に流れると緊張感が辺りを支配する。団員達は、4人が黙っている光景に息を飲み、誰も近づけないように思われた。


「皆さん、無事なご様子で何よりです。後方部隊の方からポーション?を渡されましたので、どうぞお飲み下さい。」


 4人の緊張など知ったことかと割って入ってきたのはエルドだった。後ろにはサイファがおり、マイペースに歩いてやって来た。

 エルドは4人に2本ずつ手渡していく。小さな小瓶に薄い青色と黄色の液体が入っていた。


「“ケガ人がいるのでそこまで等級の高い物は渡せないが、無いよりはマシだろう”と仰っていましたので。効果の程は期待しない方が良いと思います。」


 エルドの言葉を聞いてか、4人は2本とも呷った。

 少しの苦みと清涼感が口と喉に染み渡り、先程よりも幾分かマシになった自分の身体を手を握っては開いたり、拳を作っては力を込めたり、深呼吸を繰り返したりと確認していった。


「エル坊、ありがとよ。要件が済んだんなら後方に戻っていいぞ。」


 渡しに来てくれた事に感謝しつつ、速やかに後方部隊に引っ込むように暗にそう告げたヴァーチにエルドは拒否をした。


「いえ、戻りません。ミロチさんにヴァーチさんのことを頼まれましたので、ここに居ます。」


「・・・そうかい。」


 エルドにきっぱりとそう言われヴァーチは押し黙った。自分の娘から頼まれたと言われてしまえば、どうすることも出来ない。

 それを見たゼイク、ニグロ、カルセルアの3人は苦笑をしてしまった。押し黙ったヴァーチが面白かったのだろう。


「くっくっく。まぁ、いいじゃないか。ヴァーチさんよ。エルドに見て貰ってミロチに伝えてもらえば、自分の雄姿をよ。」


「そ、そうだぞ。ヴァーチさん。え、エルドがここに居た方が都合が良いかもしれん。」


「カルセルアもそう言ってんだ。娘の心配を有難く受け取っときな。」


 ニグロまで頷いて同意するとヴァーチは「分かった、分かった」と答えた。

 そんなやり取りをしつつほんの少し空気が柔らかくなったかと思えば、エルドが突然、カルセルアの前に躍り出た。


――ヒュン――


 風切り音が聞こえたかと思えばエルドは何かを掴んでいた。


 矢だ。


 敵から打ち込まれたことに苛立ちを隠せないカルセルア。

 それを見たエルドは矢をカルセルアに渡すと、敵の陣営に向かって指を刺した。

 エルドの意図を汲み取ったカルセルアはニヤァっと笑って自分の弓を取り出した。エルドはカルセルアの邪魔にならないよう、射線を開けた。


―ヒュン―


 カルセルアが挨拶をし返したのを見て、ゼイクが全員に告げた。


「中々、気の利いたアイサツをしてくれるじゃねぇか、アイツら。俺達のアイサツも済んだことだし、行くぞ。」


 ゼイクは言い切ると前に向かって歩き出した。残りの4人と1頭はその後ろをついて行く。

 そして、互いの姿が見え、残りの距離が僅か数mまで近付いた。


「よ~う~、ゼ~イク。久しぶり~だなぁ。こうし~て会うのは何~時以来だ~?」


「よう、ダリカ。相変わらず変に間延びした口調だな、お前は。街では顔を合わせることはねぇから、どっかの戦場だろ。」


「そう~だわ~な~。お互い~に傭~兵なんだ~しよ。それ~とアイサ~ツは気に入ってく~れたか?」


「お前にしちゃ、気の利いたアイサツしてくれたじゃねぇか。お返しにアイサツし返してやったぞ?うちのカルセルアがな。」


 剣呑な雰囲気の中、ダリカとゼイクのやり取りが始まった。ダリカが先程行った矢がけに言及し、それをカルセルアが返したことをゼイクが煽るように返事をした。

 顎で示されたカルセルアが一歩前に出た。


「さっきは下手なアイサツをありがとよ。あまりにも下手だったから、上手なアイサツってのはどんなもんか教えてやろうと思って、返したんだが・・・。どうしたんだ、サリナト?その頬の傷は?ん~?」


 カルセルアの煽りに肩を震わせていた。下に向けた顔を上げて、カルセルアを睨み付けた。

 サリナトはカルセルアの矢を躱した。見切ったと思っていたその矢には薄らと風の魔力が含まれており、躱した拍子に頬に薄く斬れ、血を流してしまった。


「あぁ、なんかブレブレな矢が飛んできたかと思ったら、避け損なっちまったみたいでねぇ。全く、矢ぐらいまともに射られないのかねぇ。」


 額に青筋を浮かべながら、サリナトはカルセルアを煽り返した。カルセルアを睨み付けていた視線を鋭くして。

 カルセルアはサリナトの煽りに苛立ちを隠さず、こちらも睨み返した。

 2人は視線で火花を飛ばし合い、今にも戦い出しそうだ。


 そんな2人に構わず、ゼイクはダリカに問い質した。


「ダリカ、お前に聞きたかったことがあったんだよ。お前、なんでイムニトの旦那達を狙った?なんで世話になったヒトを手に掛けた?」


 ゼイクはカルセルアと違いヘラヘラとダリカに向かって笑っている。ダリカはその笑顔に苛立つが、挑発されていることなど分かりきっている。それでも苛立ちが止められないのはそれがダリカの生き方だからか。


「あぁ~。そ~んな事が気に掛か~るのか?どうしたもんか~。」


 顎に手を当てて、ゼイクを小馬鹿にしていた。その対応を受けてゼイクは顔をニタニタが合う笑いに変えてダリカを無言で煽り返した。

 互いの挑発の応酬に先に我慢の限界が来たのはダリカだった。


「おい、いい加減にその顔を止めろ。」


 ダリカは一言、怒りを持ってゼイクに告げる。その言葉を受けて、ゼイクは顔を無表情に戻してダリカに返した。


「変に間延びして話すからだ、さっさと言え。」


 お前が悪いとダリカに言うとゼイクは黙って待った。ダリカはそのまま話し始めた。


「街で見たときからどっかで見た顔だと思っていた。それと結びついたのはつい最近だ。ヒトが違うんだ仕方がねぇ。どっかで見た顔だとは思っちゃいたがな・・・。俺は忘れもしねぇ。あのヒトを哀れんで見せたヘラヘラ笑った顔を。それに縋っちまった弱っちい自分をな。」


 そう言った後のダリカの目には憎しみが宿っていた。その目だけでヒトを殺せそうな程の憎悪が込められていた。

 ゼイクはそんなダリカの目を平然と受け流して反論した。


「違う。イムニトの親父さんはそんなことを思っちゃいねぇ。」


「いいや、違わねぇ。同じ場所で育ったお前には分かってるはずだ。あの掃き溜めみたいな場所で食うのにも苦労したあの時、ヒトを哀れんで見るしかしなかった奴らが大勢居たことを。あのクソ親父は善良な振りして俺達をバカにしてやがったんだっ!!」


「違うっ!!あのヒトは自分が苦しいときでも俺達をどうにか出来るようにやってくれていたっ!!他の大人が見向きもしなかったのに、食べ物を分け与えてくれただけじゃない、その後ことも考えてくれたじゃねぇか!!」


「そうだな、お前の言う通りだよ、ゼイク。だから、俺やお前のような自分でのし上がろうとした奴にまで色々してくれた。冒険者を雇ったり、世の中の仕組みってやつを教えてくれたりしてな。そのことは俺も恩に感じているさ。」


「だったら、その恩人の息子を何故殺そうとしたっ!!」


「恩人の息子だからだよ・・・。あんたが救った奴はあんたの息子を殺せるまで成長しましたってなっ!!」


 1人は昔の恩義に報いるために成長した、もう1人は感じた恩義を狂気に変えて成長した。

 ゼイクはダリカのねじ曲がった生き方に唇から血が出る程、顔を歪ませていた。どうして、こうなったのかと。


「恩義を感じたんなら、報いたら良いだけじゃねぇか・・・。なんで、そんなにねじ曲がっちまったんだよ!!お前は仲間には優しかったじゃねえかっ!!」


「仲間にはな。だが、俺達を、俺を笑う奴は何があっても許さねぇ。バカにされるのは良い。蔑まれるのはまだ我慢できる。だが、笑うことだけは許さねぇっ!!あのクソ親父の笑った顔を見て俺は決めたんだよ・・・、俺のことを笑う奴は全員殺すってなぁー!!ゼイク、お前は昔なじみだから、さっきの俺を小馬鹿にして笑ってたのは見逃してやらぁ。」


 ダリカは感情的になって捲し立てた。ゼイクの改心を促す言葉も優しさも全て無意味だった。

 今までの生き方で間違ってはいないと。そして、これからも変えるつもりはないと。

 そして、息を整えて宣告した。


「無駄に殺すのは好きじゃねぇ。だから、さっさと負けを宣言しな。お前は俺に勝てねぇし、殺せやしねぇよ。」


「いや、お前にはイムニトの旦那に・・・。」


 ゼイクがダリカに言いかけた所で肩を掴まれた。ゼイクが振り返ると肩を掴んだのはヴァーチだった。ヴァーチはゼイクを見つめ、首を横に振った。


「ゼイク、アイツには何を言っても無駄だ。こっちの言うことは通じねぇよ。だから、甘い考えは捨てろ。ここまで来ちまったからにどうしようもないことをお前は分かっているだろ?万が一、お前が死んだ後、団員達がどんな目に遭わされるのか・・・。お前、考えてねぇ訳じゃねぇよな?」


 ヴァーチはゼイクとダリカの関係性を知って、ゼイクの甘さが前に出てないように釘を刺した。そして、ゼイクが負けた場合、自分を慕って付いてきてくれた団員達がどの様な目に遭うかを考えさせることでゼイクに現実を突きつけた。


「すまない、ヴァーチ。昔に引っ張られちまった。もう、ここまで来ちまったらどうしようもねぇよな。もう、アイツに引導を渡してやるしかねぇよな。」


 ゼイクの誰かに同意を求める物言いにヴァーチはぴしゃりと言って聞かせた。


「もうじゃねぇ。これからだ。これから、アイツに引導を渡せ。それがお前の仕事だ。何のための全了戦だ?何のためにこの戦いを作った?それを思い出せ。」


 ヴァーチにそう言われ、ゼイクは目を瞑って気持ちを落ち着かせる。

 そして、思い出していた。

昔を、今を。

 閉じた瞼をゆっくりと開けた。


「んで、どうやって戦うよ?全了戦にしちゃ珍しい展開だしよ。」


「そうだな。お前は俺が始末を付ける。1対1だ。」


 覚悟を決めたゼイクに先程のように悲壮感はない。ただ目の前の敵を討たんとする決意だけが伝わってきた。

 ヴァーチはゼイクの覚悟を感じ取り、安心した。


「ゼイク、確か、あの2人が知ってるかもしれないんだったよな。俺が探している奴の情報を。」


 ヴァーチは小声でゼイクに確認した。それにゼイクも小声で答える。


「調べた所じゃ、そうらしいが確証は得ていないぞ?」

「いい。それだけ分かれば十分だ。後は俺が聞く。」


 耳打ちのようにこそこそと2人の会話が終わるとヴァーチはスナーシとマッカルーイに視線を向ける。


「そこの2人聞きたいことがあるから、テメェ等の相手は俺だ。」


 スナーシはマッカルーイに顔を向けると、マッカルーイは頷いた。


「聞きたいことが何なのか知らねぇけど、マッカも頷いてるし、2人でおっさんの相手をしてやるよ。まぁ、冥土の土産に知ってることだったら特別だ。素直に教えてやるよ。」


 スナーシはそう言うなり、その場から離れていく。マッカルーイはスナーシの後ろを付いて行き、更に数m離れて、ヴァーチが2人の後を追う。


「それで、残った2人が相手をしてくれんのかい?」


「そうだ。よもや卑怯だとは言うまい。」


 カルセルアが口を開くよりも先にニグロが肯定した。

 先に口を開いたニグロに振り返って抗議の目を向けるがニグロはどこ吹く風だ。そんなニグロはカルセルアに近付いて耳打ちする。


「1人でやりたいかもしれんが、お互い消耗している。ここは確実に相手を討ち取ることを考えるべきだ。」

「分かったよ。今回はそうする。」


「相談は終わったかい?」


「あぁ、2人でアンタの相手をする。こっちに来な。」


 カルセルアは後ろを気にすることなく歩き出した。その後ろにニグロ、数m離れてサリナトの順でその場を後にする。奇しくも先程のヴァーチ達と真逆となった。


「じゃあ、おっぱじめるか。」


「あぁ、テメェはここで討ち取る。地の底に沈んで何時までも後悔と反省をしろっ!」


 吠えたゼイクに薄ら笑いを浮かべダリカは宣言した。


「お前じゃ、俺には勝てねぇよ。絶対だ。」


 至極、落ち着いてそう告げるダリカにゼイクは少しだけ冷や汗を流すが両手に持った愛槍をギュッと握り直した。



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