第29話 全了戦 2




ゼイク達が左右挟撃を開始した頃、【笑い猫】のダリカは木箱を積み上げた上に立ち、全体の様子を見ていた。


「おいお~い。有名所~もいたんじゃ~なかったっけ~か?サリナト~?雑魚ばっかりじゃね~か~。」


 ダリカは余裕の表れなのか、口調は変わっておらず、目を細くして主戦場を見ていた。そのダリカの問いかけにサリナトは肩を竦めながら答えた。


「うちの下っ端団員には有名だったのかもねぇ。まぁ、大きいな火の玉はイイ線いってたと思うよ。」


「ア~レは良かった~なぁ。死体処理を~肩代わりしてくれ~た組合長が笑~ってるんじゃないか?なぁ~、お前~ら。」


 ダリカの周りを囲んでいるのは50名程の【笑い猫】の団員達だった。何度も戦いを乗り越えてきた猛者なのか、使い込まれた武器や防具に身を包み、顔は不敵に笑っていた。

 ダリカの発言に大笑いしながら賛同していた【笑い猫】の団員達とそれを見て笑っていたダリカだったが、サリナトが味方が全滅するまで待つのかどうかを尋ねるとダリカは笑うのを止めた。


「それは~、面白く~ねえな~。お前ら、先に戦って~る連中を~壁にして人数を減~らしてこ~いや。前もって~言った~通り~、ゼイク~の首を取った奴の総~取りだ。」


 団員達は頷くこともなくそれぞれが武器を構えて殺気を滲ませながらゆっくりとした足取りで歩き始めた。歩いて近付いていくのかと思いきや、歩きから早足へ、早足から疾走へと速さを上げていく。ゼイクの首を取らんと、自らの目を欲望に染めて。

 ダリカの周りにはサリナトとスナーシ、マッカルーイの3人だけが残った。


「なぁ、ダリカ。俺達の出番はいつにするんだよ?俺達2人がここに居てもよ~。先陣を切るのがいつもの役回りなのによ。」


 スナーシは少しだけふてくされていた。その隣にいるマッカルーイは腕を組んで前方を眺めている。


「まぁ、待て〜よ。少しぐら〜い楽しよ〜うじゃねぇか。どうせ〜よ、向こうの〜幹〜部は残るん〜だか〜ら。途中で〜雑魚に邪〜魔され〜ても面白くねぇだ〜ろ?」


 ダリカの言い分に仕方ねぇか頷いてスナーシは前方に視線を直した。サリナトは自分の装備をジャラジャラと鳴らして確認していた。


 一方、全了戦全体を様子が分かるように高さが約2mの台の上に立っていたイグトーナの方では瞬く間に人数を減らした【笑い猫】側の傭兵に辟易としていた。

 実際には目論見通りなのだが、組合長という立場がある彼女としては傭兵というからにはもう少し実力があってもいいのではと疑問を感じずにはいられなかった。


「組合長、なんか一方的じゃないッスか?」


 下っ端口調で疑問を投げかけたのは若い青年の傭兵だった。イグトーナは組合員を使い、全了戦を知らない傭兵達の教材にしようとまだ団に所属していない若い傭兵達に声をかけさせ集めていた。

 もう一つの狙いと死体集めさせるという目的もあるのだが。


「そうね。【繋ぎ手】は幹部以外も実力者が揃っているから、あんな無様な突撃や魔法なんて屁でもないでしょうね。それにしても、この街にこんなにゴミがいたなんてウンザリするわ・・・。」


 本当にゴミな傭兵だと言わんばかりのため息に声かけた若い傭兵だけでなく随行員である組合員とそれを聞いていた他の傭兵達も頬を引きつらせた。


「次からはある程度の品性も必須事項にしようかしらね。私がいる綺麗な街なんですもの。ゴミはいらないわ。」


 只の呟きつもりだっただろうが、イグトーナ独り言は周りの者たちにも聞こえてしまい、頬だけでなく顔全体が引きつり始めてしまった。




 「団長、所々で苦戦してるみたいですよ!!それと・・・。」


 ある団員が斬りかかってきた剣を装備していた小盾で受け流して、腕を切り飛ばして止めを刺して、続きを話した。


「なんか、手応えのある奴が時々いませんかーっと!」


 止めを刺した所で槍の突きを無理矢理躱し、槍の柄を切り飛ばした。そこから無理に追撃することなく体勢を整えた。


「そうだなっ!ちょっと地味に嫌がらせをしてくる奴らが増えてきたな。お前らも気を付けろよっ!」


 そう言いつつ、愛槍の突きを繰り出し、攻撃を仕掛けてきた傭兵を仕留めつつ注意を促した。

 主戦場は【笑い猫】の団員達が絡み始めたことで殲滅速度が遅くなってきた。最初は居なかった負傷者が出るようになった。そして、負傷者の回収や後方へと送り届けることでも手を取られることも原因の一つだった。

 そして、周りに目を光らせることが多くなったことで疲労が徐々に蓄積されていくゼイクは額に汗を浮かばせていた。


(此奴らとは早めに決着をつけてダリカのヤローをズタズタにする予定だったってのに・・・。)


 突撃当初は作戦も嵌まり、中央を切り裂いたことで左右に分かれた敵陣営を少数ながらも挟撃する作戦をとったことがここで裏目に出て来た。

 ゼイクは内心、唾を吐いていたがここに至ってはどうすることも出来なかった。

 殲滅は出来るだろうが、無駄に消耗を強いられているのはそれはニグロ、カルセルア、ヴァーチも同じだった。


左側攻めていたニグロと右側を攻めていたカルセルアは後ろから迫る敵の知らせを受けて直ぐさま後退して挟撃はさせなかったが、合流は成功されてしまう。そして、合流させたことで攻撃に厚みが出てしまったのだ。


「お前ら、バラバラになるなっ!何人かで固まって攻撃しろっ!!負傷した者は直ぐさま後退して治療を受けろっ!!良いなっ!!」


 カルセルアの指示を受けて団員達は何人かで固まり、攻撃を開始した。しかし、敵傭兵は味方が合流したことで冷静さを取り戻し、士気が上がっている。

 その様子が見て取れたカルセルアは面白くない状況に舌打ちしてしまう。


(こっちでこの状況なら他も同じ感じだろう。無駄に数だけいやがるからな。でも、残りは恐らく半分ぐらいか・・・。)


 カルセルアの読み通り、敵傭兵は残り150を切っていた。【繋ぎ手】も少し負傷者が出ていて戦線に参加しているのは80名程に減っていた。

援軍が合流して敵味方が綺麗に分かれたことで生き残っていた魔法使っていた傭兵がなけなしの魔力を使用して魔法を使おうとしていた。

 薄緑の男が先頭を切って詠唱を始める。それをみた敵傭兵は守るように薄緑の男の防備を固めた。

 粒子の輝きを見たカルセルアはほくそ笑んだ。自らの位置を教えた敵の迂闊さに。


「踏み台っ!!」


 カルセルアが一声叫ぶと盾を持った団員が盾を空に向けて跪いた。チラリと確認したカルセルアがそちらに向かって走り出し、弓に矢を何本か番えて盾の上に飛び乗った。

 団員は飛び乗った重みを感じると跪いた状態から勢いよく立ち上がる。その勢いに合わせるようにカルセルアが空へと高く飛び上がった。

 飛び上がったカルセルアは淡く光っている場所を何カ所か素早く見つけ、標的を確認し、定めた。


「『鷹の目・的当て連』」


 カルセルアは自身のスキルを2個使用し、上空から戦場全体を俯瞰で捉え、標的を的に見做して番えた矢を連射した。

 周りを囲んでいた傭兵達は矢の速さに反応することが出来ず、カルセルアの光を放射していた傭兵達は頭に致命的な一撃を受け、次々に沈んでいく。討たれた中には完成間近の魔力の塊もあり、制御を失った魔法は爆発を起こして敵を巻き添えにしたり、そのまま消えていったり、あらぬ方向に打ち出されたり、近場に着弾したりと敵を混乱させた。


「今だっ!!殲滅しろっ!!」


「「「おぉー!!!」」」


 すたっと綺麗に着地したカルセルアが即座に指示を出し、呼応した団員達が敵に雪崩れ込んでいった。


「これでこちらは片付くな。あとはニグロの方がどうなるか・・・。」


 右側のカルセルアが怒濤の攻撃を仕掛けている頃。

 左のニグロ隊は地道に敵を削っていた。防御に重きを置いているニグロらしい戦法で自身と壁隊で防御を厚くしつつ、矢を打ち込んだり、槍を突き入れたりと派手さはないが確実に敵を屠っていた。

 しかし、今はカルセルアがいないため、敵の矢もニグロ隊に打ち込まれており正面の攻撃に対しては針の穴すらない鉄壁さを出しても上空からの攻撃は防げず、矢を打ち落とすことが出来ずに食らい負傷する者も出ていたのだった。


(こういうときに範囲攻撃が出来る魔法が欲しくなるのは毎回のことだな・・・。)


 内心で愚痴をこぼしつつ、敵の攻撃を防いでいるニグロは自身に魔法の素養がないことを残念思っていた。しかし、魔法を打ちながら別の行動を行うことは高度な制御と技術を必要とし、使い熟すことが出来る者はそうそういない。

 魔法の知識があまりないニグロはそのことを知らなかったが、範囲攻撃が出来る魔法の便利さは知っている。

 自身の持つスキルでも範囲攻撃は出来るのだが、カルセルアを見ていると圧倒的な速度をもって殲滅している光景に羨ましくなるのも仕方のないことであった。


(一度、戦線を押し上げるか。負傷した者を後方に回す時間稼ぎをした方が良さそうだ。)


 敵の攻撃を弾き返しながら方針を決めたニグロは自身に付いてきた壁隊の面々に指示を出す。


「壁隊、横に構えっ!!壁隊以外の団員は一時戦線を保持しろっ!!」


 壁隊が返事をしたのと同時に団員達が前に躍り出た。ニグロの指示を受けた壁隊は盾を横向きに構え、片足を後ろに下げて足に力を込めた。


「団員達は下がれっ!!行くぞっ!『広壁』!!!」


 ニグロのスキルが発動する。盾を中心に半径1mほどの半透明の壁が出来上がった。それは他の壁隊も同様だった。


「突貫っ!」


 ニグロの掛け声を合図にして壁隊とニグロが突進する。

 前線に立っていた敵傭兵達は吹き飛ばされ、ぶつかり合ってしまう。その衝撃で骨折する者、呻く者、下敷きにされる者、当たり所が悪く死んでしまう者が続出した。

 突進したニグロと壁隊は前線を2mほど押し上げ、直ぐさま後退した。

 それを見て舌打ちする者がいた。

 矢を飛ばす指示をした赤茶色の髪の男だ。


「クソが!!」


 吐き捨てるように悪態をつくと、自慢の弓に1本の矢を番え、弦を引く。

 ギリギリと立てる音がどれ程の力で引いているのかを物語っていた。そして、矢に薄らと緑色のオーラがまとわりついていく。

 ニグロが『広壁』を解除した瞬間、その間を縫って矢を放たんとしていた正にその時。赤茶色の男の真後ろから大声が聞こえてきた。


「悠長に弓なんか構えてんじゃねぇーーー!!」


 ゴウという風切り音がしたかと思うと赤茶色の男は矢を放つことが出来ずに両断されてしまった。


「ニグロ達と合流するぞ、走れっ!!」


 叫んだのはヴァーチだった。愛用の大剣で赤茶色の男を真っ二つにしたヴァーチは付いてきた団員達を鼓舞し先頭を突っ走しっていく。

 大柄の男が鬼気迫る顔で大きな得物を振り回す。それだけでも怖さがあるのに、味方が紙切れのように両断され死んでいく。

 恐慌状態に陥った傭兵達は悲鳴を上げながらヴァーチの前から退いていく。目の前にニグロ隊が見えるとヴァーチは反転してミロチと団員達を先に合流させ、ついでとばかりにスキルを放つ。


「『剛撃』っ!!」


 ドンという踏み込む音がすると、地面に亀裂が入り、身体を限界まで捻ったヴァーチの横薙ぎの一線が放たれた。

 団員達に追撃を仕掛けようとした傭兵達が上下に分れる。

 血飛沫が上がり、側にいた傭兵達は血に染まっていく。ヴァーチは悠々とニグロ隊に合流した。後ろから攻撃を仕掛けられる者は皆無だった。


「無事なようでヴァーチさん、ミロチは少し斬られたみたいだな。」


 油断なく盾を構えていたニグロはヴァーチに向かってそう言った。


「おう、ニグロ。なんか嫌らしい攻撃してくる奴が増えたからよ、合流したぜ。」


「うん、何か面倒な奴らが出て来た。そいつに少し斬られた。毒はない。」


 ヴァーチは所々が赤く染まっていたが、全て返り血であった。自慢の愛剣からは先程、両断した傭兵の血が滴っていた。それほどの戦闘をしていたにも関わらず、ヴァーチに息を切らすどころか疲労の色も見えなかった。

 ニグロの言葉に答えたミロチは頬に薄らと斬られた跡があり、そこから少しだけ出血していた。そして、ヴァーチとは違い肩で息をしていた。


「ミロチ、お前はケガした奴らと一緒に後ろに下がっとけ。そんなに息を切らしてちゃ使いもんにならねぇからな。」


「でも、父ちゃ。うちはまだ行ける。」


 まだまだやれるとキリッとした目でヴァーチに告げるミロチだが、当のヴァーチはすげなくあしらった。


「でも、じゃねぇ。ここからはかすり傷で済まねぇかもしれねぇんだ。一瞬の油断が命取りだ。たまたま、切り傷ですんだが、毒があったらお前はもう死んでるかもしれねぇんだぞ?」


「むぅ・・・。」


 ヴァーチの尤もな言葉に返す言葉がなく、黙ってしまったミロチだがヴァーチが頭をくしゃくしゃに撫でた。


「でも、まぁ。味方をよく守った。そこは褒めてやるからな。お前のおかげで誰も死なずに済んだんだ。」


「父ちゃ、髪が乱れた。ひどい。」


 髪を乱されたことを不満に言うミロチだが、褒められて悪い気はしていないのか、頬は緩んでいた。そして、乱された髪を整え、額に巻いていた布に髪の毛を入れると後ろへと下がっていた。


「ヴァーチさんもやはり親だな。」


 ニグロの言葉に深く息を吐くと、ヴァーチは言葉を返した。


「まぁ、な・・・。ゼイクにはありがた迷惑な団員まで付けて貰ったからな。そのおかげでミロチも生き残ったもんかもしれん。俺1人の方がやりやすいんだがな。」


 見た目には見えずともヴァーチは疲労していた。付いてきた団員達を死なせるわけにもいかず、気を配りながらの進撃は確実に疲労を溜める原因になった。ミロチだけならそこまで疲労することもなかったろう。

 ミロチが傷を負ったのは味方を助けたときだった。それを目にしたヴァーチは鬼のように怒り、傷を付けた敵を串刺しにして息の根を止めたのだが。


「じゃあ、俺は突っ込んでくるからよ。残りの始末は任せるわ。」


「了解だ。残りも少ない。気を付けて行ってきてくれ。」


 ヴァーチはニグロの声に返答せず、愛剣を一振りして血を払うと敵に向かって走り始めた。敵との人数の差はおよそ2倍にまで縮まっている。ニグロ隊も殲滅まであと少しばかりの時間を要した。



 そして、後方部隊を守っていたエルドの元には少しずつだが負傷者が運び込まれていた。軽い切り傷負った者や矢が何本か刺さっている者、骨折した者も居たが皆、命に別状はないようだった。

 後方部隊を主戦場に近づけたことで負傷者が早く手当ができることが可能になり、エルドの判断が功を奏していた。

 そして、エルドは戦場に視線をやって状況を見守っていた。カルセルアが跳び上がった様も左の敵が飛び上がったこと、悲鳴が上がったことも分かっていた。


『そろそろ、終盤じゃねぇのか?』


「そうですね。相手方の数も減ってきましたし、そろそろ終わりも近いかもしれません。何処かに伏兵も置きようがない平原でこっちは楽できてますけどね。」


『んで、どうすんだ?このままここで過ごすのか?』


 サイファは戦いに参加しないのかをエルドに問いかけると、エルドは少しだけ考え込む。戦いは終盤と言っても過言ではない。終盤ということはこれからが佳境とも言える。

 敵の最大戦力が今から打って出てくることと同義なのだ。

【繋ぎ手】は運良く死者がいないが、万全の状態の者は誰もいないだろうとも思っていた。そう考えていると、こちらに近付いてくる足音が聞こえてきた。

 エルドは頭を上げると、数人がこちらにやって来ていた。小走りで来ているようで足取りは確りしていた。

 その中で、小柄なヒトがいることが分かった。ミロチだ。

 エルドは近付いていくと、エルドに気が付いたミロチが走ってきた。ミロチは肩で息をしており、頬に切り傷があるものの別段、異常があるようには見受けられなかった。


「ミロチさん、どうしたんですか?どこかケガでも?」


 ミロチはエルドの問いかけに首を左右に振って答える。


「父ちゃに後ろに下がって休めと言われた。だから、団員さんと下がってきた。」


 2人の横を腕に傷を負った者、足を引きずる者、所々を浅く斬られている者が通り過ぎていった。ミロチの言葉になるほどと頷いて、後方部隊に下がろうとするとミロチに手を掴まれた。


「エルド兄ちゃ、お願い。父ちゃの所に行って。今のうちじゃ、力になれない。」


 肩で息をしていたミロチが俯いて震えていた。

 エルドはミロチの頭を優しく撫でた。ミロチは顔を上げると、エルドはニコリと笑って答えた。


「分かりました。ミロチさんが後方部隊の方に私が前線に行ったことを伝えてください。」


 ミロチは涙を溜めた目をゴシゴシと拭ってコクンと頷いた。


「安心してください。誰も死なせやしませんから。」


 エルドはサイファと供に戦場へと駆けた。幼い少女の願いを胸に。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る