第26話 大掃除を計画しました

 




 広い庭の中央で円形の人集りが出来ていた。

 その野次馬達は、アイツは誰だ、団長と知り合いか、何が始まるんだ等と話しており自分建ちの尊敬する団長と対面しているローブを来た人物の2人を囲んでいた。

 ガヤガヤと騒がしい中、中心となっている2人は静かに佇んでいる。

 そして、背の高い男が口を開いた。


「小僧、好きなモンを取りな。俺はコイツを使う。」


 背の高い男、ゼイクが手に取ったのは2本の槍だった。刃渡りが40cmほどあり、短槍と言われる武器だった。

 ただ、その刃は丸みがかっており切りつけられるようにはなっていなかった。


(短槍を2本か・・・。さて、どの武器を使うかな・・・。)


 エルドは辺りに置いてあるいくつかの箱を眺めていた。訓練用の武器が入っている箱の中には刃が潰れている金属製の武器だった。大型の武器は立てかけられていた。

 エルドは訓練用の武器を検分して、自らが使う武器との乖離を鑑み、ゼイクに尋ねた。


「ゼイクさん、自前の武器を使用してもよろしいですか?元々、刃は付いておりませんので、手合わせにも丁度良いかと。」


「構わねぇよ。それに刃が付いてたって構わねぇぞ?小僧相手の手合わせでケガなんてしてたら団長なんて務まらないからな。」


 ゼイクは余裕の表情でエルドを煽るが、エルドはそれを意に介していない。

 エルドは腕輪から自前の武器を取り出した。

 その武器を見てゼイクはどのような攻撃をするのかを考察した。


(おぃおぃ。なんだ、ありゃ。見たこともない武器だな。長さは長剣くらいか。確かに刃は付いていない。鋒と思われる部分もあるし、あの湾曲した刃渡り・・・。受け流しやすいようにしているのか。まぁ、いい。見た目通りの実力か確かめられんだろ。)


 ゼイクは怒りをどこかへと追いやるようにして、目の前にいる少年に集中した。

 ある程度の実力を持っているのは分かっている。それを確認しなければ、全了戦に参加させるわけにはいかなかった。

 そして、全了戦に参加させられるだけの実力の持ち主だと団員達に確認させるための手合わせでもあった。


「準備はいいな。始めるぞ?」


「いつでもどうぞ。」


 両者が武器を握り直して、互いの出方を窺っていた。じりじりと離れていた距離を詰めていく。

 最初に打って出たのはゼイクだった。一足で加速し、エルドの領域を割り込むように突きを放った。

 野次馬達は誰しもが決まったと思っていた。見た目は只の少年にしか見えないエルドが自分達の団長一撃を避けることなど出来ないと。

 しかし、その少年はいとも容易く、その突きを顔を動かしただけで躱した。


「おい、あのボウズ。団長の突きを避けやがったぞっ!」

「いや、団長が手加減してるんだろ。」

「しかも、アイツその場で避けてんぞ!!」


 周りの団員達はどよめきと共に視線を外せなかった。雑音を気にせず、ゼイクは連続で突きを繰り出す。

頭、胴体、足、両手。

そのどれもが当たらず、エルドは軽々と避けていく。

ゼイクはほんの小手調べをしているようでその表情に焦りはなかった。エルドはエルドで攻撃することなく、その場で躱していく。

ヴァーチとニグロは一連の攻防を最前列で眺めていた。


「ヴァーチさん、あのエルドとかいうボウズはそれなりにやるようだが、どこで拾ってきたんだ?」


「ん?拾ったわけじゃねぇよ。偶々だ、偶々。イムニトの旦那の護衛してるときにな。それでも、そのときは出来るなぐらいしか分からなかったわ。にしても、器用に避けやがるな~。」


 ヴァーチは感心したように眺め、ニグロは自分の予想とは違う光景に驚かされていた。


「ゼイクの小手調べもここら辺でしまいだろう。そろそろ、一段階上げる頃合いだ。」


 ヴァーチの言葉を体現するようにゼイクは後方へと飛び下がった。


「小僧、避けるのは一丁前だが、これは避けられるか?」


 ゼイクは両手に持った短槍を深く持ち、上下に構え、突進するように前屈みになった。その気迫に周りの野次馬は固唾を飲んで見つめている。

 そんな気迫が籠もった視線を受けてもエルドの態度は変わらなかった。


「そうですね。そろそろこちらからも仕掛けることにします。」


 ゼイクは不敵な笑みを溢して、飛び込んだ。


「≪牙槍がそう≫!!」


 エルドを噛み砕くように下から掬い上げられ、上から突き刺すような攻撃がゼイクの突進の直後に繰り出された。

 小手調べの突きとは違う速さに団員達はゼイクの動きを追うことに必死だ。

 エルドが貫かれると思われた、その時。

 噛み付いてきた顎を上下に打ち払って無理矢理開かせた。


「なっ!!」


 ニグロは目を見開いて驚きを隠せなかった。しかし、その横で見ていたヴァーチは腕を組んで落ち着いていた。


「そんなに驚くんじゃねぇよ。ゼイクも本気でやってねぇじゃねぇか。」


 ヴァーチの言葉が聞こえていないのかニグロは驚いたままだ。それは周りの団員達も同様だ。

 【繋ぎ手】の団長の技を見ず知らずの少年が一歩も動かずに防ぎきった。その事実に理解が追いつかない。

 そんな顔を誰も彼もがしていた。


(防ぎやがったか・・・。にしても、手が痛えじゃねぇか!!このガキが!!)


 ゼイクは短槍から伝わった衝撃に内心で毒づいた。

 エルドは防いだことで体勢が崩れて掛かっているゼイクの胴に向かって肘打ちを食らわせようと突っ込んだ。

 両手上下に開かれてしまった隙だらけのゼイクは地面に食い込んだ短槍を捨て、掌でエルドの肘打ちを受け止めた。

 その威力にゼイクは地面に後を付けながら後方へと弾き飛ばされ、2人は開始とほぼ同じ距離で相対することになった。


「両手が痛えな。お前、見た目と違って力があるんだな。」


「お褒めいただきありがとうございます。顔見せを兼ねた手合わせもそろそろ終わりにしてはどうでしょうか?」


「察しが良いねぇ。頭が悪くない奴は嫌いじゃないぜ?だが、もう少し付き合えや。」


「八つ当たりはいい加減にして欲しいのですが。」


「なら、尚のこと付き合えっ!!」


 吠えるゼイクにため息交じりにエルドは地面に突き刺さった短槍を抜いて、ゼイクに向かって投げ渡した。

 それを受け取り、益々、不敵になるゼイクは後ろに足を引いて、一気にエルドへと向かっていった。


「これはどうする!≪槍雨やりのあめ≫」


 エルドの目の前に槍衾が迫った。エルドはスティングレイを確りと握り直し後ろ足を引いて走り出す姿勢になった。


「それではこちらも同様に。」


 迫る突きの乱打の全てに合わせて、エルドは突きを繰り出した。

 点と点で打ち合う両者の攻撃でズガガガと鳴り止まない音が響く。2人はその騒音に構わず打ち合った。

 どれ位打ち合ったか分からない程の無数の突きの後、ゼイクはその場から後方へと飛び退いた。


「小僧、お前、想像以上にやるじゃねぇか。」


 ゼイクは両手に持った短槍を持ち上げて、エルドに向かってそう言った。

 エルドと打ち合った短槍の穂先は削れ、ボロボロになっていた。


「俺の突きと合わせるだけじゃなくて武器破壊とはね~。」


「手合わせなので軽いものだと思っていましたが、いつまでも続行しそうな雰囲気でしたので。」


 強度の違いかスティングレイには傷が一つも付いておらず、エルドは短槍を破壊しようとした意図を語った。

 ゼイクは短槍がボロボロになっているにも関わらず、再度、構えてエルドに鋭い視線を飛ばした。


「確かに、ボロボロになっちゃいるが、まだやり合えないわけじゃねぇ。さぁ、続けようか!」


 初めの怒りは何処へ行ったのか、ゼイクはエルドの手合わせを楽しんでいるような表情をしていた。


――パァーン――


 乾いた音が辺りに響き渡った。


「手合わせなんだ、そこまででいいだろう。なぁ、ゼイク?」


 音を響かせた犯人であるヴァーチは手合わせの終了を促した。

 元々は、エルドの実力を団長であるゼイク本人が確かめるためのものであり、団員達への顔見せも十分に果たしていた。


「そうだな。これ以上は熱くなっちまいそうだし、ここら辺で終わるか。」


 ふぅと一息ついたエルドはその言葉を切掛に周りの野次馬達に囲まれ、捲し立てられた。


「すげぇな!ボウズ!」

「その武器はどうしたんだい?」

「名前は何て言うんだ!?」

「どうやって鍛えたんだ?」

「綺麗な髪してるわね~」

「俺とも模擬戦やろうぜ!」

「調子に乗るんじゃねぇぞ!」


 様々な事を矢継ぎ早に言われ、エルドはまともに答えることも出来ず、右往左往するばかりだった。その野次馬の興奮を押さえつけるようにニグロが近付いて低い声で話しかけた。


「おい、お前ら後にしろ。エルドにはまだ用事があるんだ。」


 周りの野次馬達はニグロの雰囲気を察したのか、エルドを送り出すかのように整列し道を作った。エルドは苦笑いしながら、ニグロの元へと歩いて行った。


「エルド、さっきまでいた部屋に戻るから付いてきてくれ。」


 エルドは頷き、ニグロの後を付いて行った。



 先程のまでいた部屋に戻るとヴァーチとゼイクは既に着いており、座っていた。

 ゼイクの顔はカルセルアの報告を聞いた直後とは違い落ち着きを取り戻しているようだった。


「まぁ、座りな。んで、お前を全了戦に参加させるかどうかの話だったっけか?」


 エルドとニグロは席に着いて、落ち着きを取り戻したゼイクは本来の軽い調子で喋り始めた。

 ゼイクの言葉にエルドは頷くとそれを見たゼイクは続けて話していく。


「そうだな・・・。あれぐらい出来るなら、何の問題もねぇから参加して貰うか~。」


「それの言葉を聞けて安心しました。それで、全了戦の日取りは何時になるのでしょうか?」


「それについては幹部連中で考えるわ。ルール無用といっても公平さに欠けちゃいけねぇんだわ。だから、準備期間を設けるのは絶対だしな。」


「なるほど・・・。では、私から提案があるのですが、聞いて頂いてよろしいですか?」


 ゼイクは頷いて、エルドの提案を黙って聞いた。そして、最後まで聞き終わるとゼイクだけではなくヴァーチとニグロも膝を叩いたり、腹を抱えたりと大爆笑した。


「エル坊、お前も大概だな!!頭がぶっ飛んでるぞ!!」


「ヴァーチさんの言う通りだ、久しぶりに笑わせて貰った!」


「ホントだわ!!それに言ったことがいいわ。」


 エルドは何が彼らの笑いを誘ったのか理解できず、首を傾げるだけだった。だが、他の3人はその様子を見て益々、笑ってしまう。


「あぁ~、メッチャ笑ったわ。さて、そろそろ真面目な話をしていこうや。」


 それまでの和気藹々とした空気を吹き飛ばすようにゼイクが真剣な顔をして皆を見ていく。


「ここで大方の方針と組合に申請するルールを決めんぞ?それからカルセルアを交えて本決まりするってことで。じゃあ、について詰めていこう。」







 裏町の通りを艶やかな腰つきで歩いて行く1人の女性が居た。女の魅力を象徴する双丘が歩く度に揺れている。服装は胸元が丸く開いている身体に密着するドレスだ。

時刻は夕暮れ時。これから一夜の夢を買う男と売る女、酒に飲まれるために彷徨いている者、それぞれがそれぞれの明日の糧を得るため猥雑と化す通りを涼しげに歩いて行く。

それほど魅力的な女性が1人で歩くなど物騒極まりないが、男から声を掛けられることも暴力を振るわれることもなく、その女性は目的の場所へと進んでいった。

その手に1枚の羊皮紙を携えて。

ミースロース傭兵組合・組合長イグトーナの髪は夕日に照らされ、薄らと紅く輝き、その魅力を更に高めていた。

イグトーナは裏町の奥まである少し寂れた酒場まで来ていた。それまでにやさぐれた男共の視線を浴びたが、その視線に恐怖も含まれていたためだろうか、イグトーナはその視線を気にすることなく辿り着いた。

風雨で錆び付いた扉が悲鳴を上げて開けられた。その音に視線が注がれるが、入ってきた女性がイグトーナだと分かると酒を飲んでいた男達の顔が強張った。

イグトーナは奥にあるソファまでカツカツと音を立てて近付いていった。


「おぉ~、組合~長~様じゃ~ないか~。こ~んな場末の~酒場~にようこ~そ。」


 いつものソファに仰向けに寝ていたダリカがちらりとイグトーナを見て、相変わらずの口調で挨拶をした。その近くに座っていたサリナトも視線だけ向けて、酒を飲み始めた。

 その挨拶にため息を漏らして、イグトーナは【笑い猫】団長のダリカに挨拶し返した。


「相変わらず、間延びしすぎている口調ね。もったいぶっても仕方がないから、早速本題に移らせて貰うわよ。これをご覧なさいな。」


 イグトーナはそういうと持ってきた羊皮紙をダリカへと投げ渡した。

 ダリカは片手でそれを掴んで、読み始めた。そして、読み進めていくと次第に肩を震わせ始めた。その様子に満足したのか、イグトーナはダリカに静かに告げた。


「全了戦の申請よ。申請してきたのは【繋ぎ手】準備期間は3日間。この場で受けるかどうか決めて頂戴。」


 ダリカはイグトーナの声が届いていないのか、片手で顔を覆って大きく震え始めた。


「くっくっくっ。」


 急に笑い始めたダリカにイグトーナが訝しげな視線を送ると、ダリカは更に大きな声で笑い始めた。


「ハハハっ!!ギャハハハっ!!ゼイクのヤローこんなに笑わせてくれるなんて中々やってくれるじゃねぇかっ!!」


 感情が昂ぶったのか、ダリカの口調は様変わりした。そして、ソファからガバっと起き上がり羊皮紙を丸めてサリナトに放った。


「サリナトっ!!読んでみろっ!!」


 サリナトは酒を飲むのを止めて受け取った物を読み進めていくとダリカと同様に笑い始めた。


「良いじゃないか、ダリカ。これは面白くなりそうだよ。」


 しかし、サリナトは声を荒げることなく静かに感想を言った。そして、内容を吟味して、特に目を引いた部分について所感を述べた。


「特にここがいいじゃないか。“自傭兵団以外の傭兵を組み入れても良い”って、此奴ら全面戦争がしたくなる程の怒りがあるのかね?バカとしか言えないけどさ。それでどうするんだい?ダリカ?」


「ここまでお膳立てしてくれたんだ、お呼ばれされようじゃねぇか!【繋ぎ手】をぶっ殺してぇ奴らを全員集めてな!というわけで、組合長さんよ。この全了戦、承認するぜ。」


「分かったわ、その申請書を無くさないようにね。」


「あぁ、分かってる。だが、承認の顔合わせは無しだ。殺し合う連中と顔を合わせても仕方ねぇ。」


「それは大丈夫よ、【繋ぎ手】もそれは要請しなかったわ。それじゃ、話は終わりよ。」


 そう言うとイグトーナは踵を返して、その酒場から去って行く。

 ダリカは膝の上に両手を組んで興奮をどうにか抑えようとしていた。サリナトはグラスに入った酒を一気に飲み干した。


「サリナト、団員を集めとけ。それとスナーシとマッカルーイに【繋ぎ手】を気に食わねぇ傭兵団に声を掛けろと伝えろ。サリナトも明日から動け。」


「あいよ、今日は酒を飲むだけで良いのかい?」


 ダリカを煽るようにサリナトはゆったりと喋り、指を唇に当て、目を溶かすような視線を向けた。

 そして、サリナトを見たダリカの目は全了戦の興奮か、それとも目の前の女の色気に当てられた興奮なのか、言いようのない熱が込められていた。


「いや、熱くなって仕方がねぇ。後のお楽しみを思っておくんだな。」


 その夜、ミースロースは何かの熱に浮かされているようだった。


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