第27話 待ちわびているのでした
それから【繋ぎ手】の面々は全了戦に向けての話し合いを重ね、全ての団員達を拠点へと集めていた。
急な召集に団員達は何が起こったのかを推測することしか出来ず、思い思いに自分の考えを言っていた。
ミースロースから拠点を移すだの、天下を取りに行くだの、団長とカルセルアさんが結婚するだの、どうでも良いことやあながち間違いではないことなどザワザワとした雰囲気の中、団長のゼイク、副団長のニグロ、参謀のカルセルアが団員達の前へと近付いてきた。
そして、ゼイクは集まった団員達の前に置かれた木箱の上にヒョイと飛び乗った。ざわついていた団員達が次第に静まっていく。
「今日、お前らに集まって貰ったのは伝えることがあるからだ。」
ゼイクの団長然とした物言いに団員達は嫌が応にも緊張感が高まっていた。今から団長が何を言うのか、そのことに注意を払っていた。
「俺達【繋ぎ手】は【笑い猫】に対して全了戦を申し込んだ。明日が開戦だ。」
全了戦、その言葉に団員達は色めき立った。
怒りを滲ませる者、興奮しだした者、震える者、少し怯える者。
様々な態度や感情を露わにしながらも団員達はゼイクの続きを待った。
「その理由、奴らは俺達の恩人に刃を向けたばかりか、剰えその命を奪おうとした。俺達の中にイムニトの恩や厚意を受けなかった者は居ない。
この俺もそうだっ!!
アイツらは俺達に喧嘩を売ったんじゃない。戦争を仕掛けてきた。俺達は傭兵。舐めた真似しやがった奴らがどんな目に遭うか思い知らせてやるぞ!!」
ゼイクは吠えた。その気迫が団員達に叩き込まれる。団員達は真剣な眼差しでゼイクを見ていた。
「「「「「「おうっ!!!」」」」」」
団員達、全員の声が辺りに木霊した。
「よし、それと今回は【笑い猫】だけが標的じゃない。」
団員達はゼイクの真意が分からず、一様に疑問符を頭に並べていた。
「今回の最大の目的は大掃除だ。最近、幅を利かせる奴ら、しょうもないことをして住民に迷惑を掛ける奴ら、小悪党みたいな傭兵団、そんなゴミみたいな奴らが多くねぇか?」
【繋ぎ手】とて傭兵の集まり。だが、その行いは善良であると言えた。住民の喧嘩を仲裁したり、ゴロツキに絡まれているのを手助けしたり、果ては迷子を探したり等。傭兵らしくない傭兵団として住民からの信頼も篤かった。
「だから、俺は今回の全了戦に2つ。ルールを加えた。それは“俺達を気に入らない連中は全員で掛かってこい”、あと1つは“勝った傭兵団の総取り”だ。
俺達は傭兵、乱暴者になるつもりも良い者にもなる気はない!!だが、今回は別だ。誰に戦争仕掛けたのか後悔させてやれっ!!刃向かってきた奴ら、そいつらの全部をもって償って貰うっ!!」
ゼイクの檄は更に熱を帯びていった。
その場の熱が徐々に上がっていく。
空気さえ、その熱で揺らめいていた。
「何百人、何千人来ようが関係ないっ!!いいか、お前らっ!!ここに、この街には誰がいるか思い知らせてやれ!!」
その日、傭兵街に怒号が響き渡った。
一方、全了戦を受けた【笑い猫】は特に変わった様子もなく彼らは日常を過ごしていた。
「ダリカ、色々、集まりそうだよ。」
不意に声を掛けたのはサリナトだ。その顔は喜色を浮かべている。
日常を送っていたのはダリカだけだった。他の団員達はサリナトの指示を遂行するために自分達の部下に声を掛けさせていた。
そして、その報告をダリカに伝えるためにサリナトが訪れたのだった。
「ん~で~、どんぐら~いの人数にな~ったんだ?」
「うちも合わせると約500ぐらいってとこだね。」
「おぃおぃ~、結構~な人数~じゃあない~か。こりゃあ~、俺達が手~を出す必要~もない~のか。」
「調べた所によると、アイツらは100人程度だそうだ。それの5倍だからな。まぁ、どうなるかは始まってみたら分かるさ。」
「そうだ~な~。まぁ、雑魚にすり~減らされ~た所を~美味~しく頂~くか。」
ダリカはソファで欠伸をしながら、サリナトの報告を聞いて全了戦の展開を予想していた。人数を揃えたぐらいで【繋ぎ手】を全滅させることが出来ると思ってはいなかった。
ただ、消耗ぐらいはさせられるだろう、それ位の役には立ってくれるだろうと考えていた。
「まぁ、それ位の役に立ってくれるだろうさ。まぁ、少しは名がある傭兵団も参加するみたいだしね。有象無象に興味はないからどんなのか知らないけど。」
肩を竦めながら報告を終えると椅子に座って酒を飲み始めた。
ぐびりと一口、酒を飲んで、落ち着いたのか。サリナトはダリカに問いかけた。
「そう言えば、作戦とか戦略とか聞いてなかったけど、何か考えがあるのかい?」
ダリカは片眼を開けて、サリナトを見ると口を歪ませて答えた。
「そんなものは必要ない。俺達はただ潰し、殺せば良いだけだ。騎士団や兵隊じゃねぇんだ。気に食わない奴ら、俺達を笑った奴らをな。」
間延びした口調ではなく淡々と答えるダリカにサリナトは身震いを起こした。【繋ぎ手】を潰す、そのことしか考えていない自分の男を頼もしく思っていた。
「あぁ、本当に楽しみだ。そろそろ誰が『暴虐』なのか、世間の奴らにも組合の奴らにも教えておかねぇとな。くくくっ。」
そう一人溢すダリカの目は赤く、紅く光っていた。
その頃、治療院ではある病室で甲斐甲斐しく看病している家族が居た。トーラ、ラザック、サーヒの3人だ。
治療が終わったトーラはそのままイムニトの看病をするため治療院に残り、ラザックとサーヒも看病をするトーラに付き従った。ラザックとサーヒの包帯をしている姿は痛々しかったが、その顔は晴れやかだった。
ただ、血を流しすぎたのか、イムニトはまだ目を覚ましていない。
「あなた、お寝坊さんも程々にしないと、いい加減、私も怒りますよ?だから、早く目を覚ましてね。」
トーラはそう憎まれ口を叩きながらもイムニトの顔を丁寧に拭いていた。
「ママ、パパ起きないね~。」
「こら、サーヒ!お父さんは疲れて寝てるんだから、そっとしとかないと先生に怒られるんだぞ?」
「そうなの?お兄ちゃん。」
「うむ!そうなのです!」
ラザックが鷹揚に頷いて、妹に肯定の合図をする。
その様子を微笑んで見ていたトーラは看病を続けていく。
その時、ノックの音が聞こえてきた。トーラは入室を促すと入ってきたのはエルドだった。
「こんにちは、イムニトさんの様子はどうですか?」
「こんにちは、エルド君。この人ったらまだ目を覚まさないの。ホントにお寝坊さんなんだから。起きたらどう怒ってあげたらいいのかしらね?全く・・・。」
「起きたら、トーラのお叱りが待っていると思うと気が気じゃないですね。イムニトさんもお可哀想に・・・。」
「意外と楽しみに待っているかもしれないわよ?見て頂戴。この気の抜けた顔を涎だってさっき溢していたのよ?手が掛かって仕方がないんだから。」
トーラにそう言われ、エルドはイムニトの顔を観察した。呼吸は落ち着いており、顔は綺麗に拭かれ身だしなみは清潔に保たれていた。
「先生は血を流しすぎたのもあるだろうが、容態は落ち着いているので安心していいと仰っていましたけど、この顔を見るとその通りだと思ってしまいますね。」
「そうなのよ。最初は不安だったのだけど、この様子をずっと見ちゃうとね。何時起きてもおかしくないって思わされてしまうの。」
窓から暖かな日差しが差し込んでおり、病室は悲惨な空気の欠片もなかった。看病されている本人は穏やかな顔のままゆっくりと胸が上下に動いてた。
「これもあなたのおかげよ、エルド君。私のことも含めてどんなお礼をしたらいいのか・・・。」
「止めてください。守れなかった私が全て悪いのです。最初からずっと警護していれば、こんなことには・・・。」
俯くエルドにトーラはエルドの顔を持ち上げて視線を無理矢理合わせた。
「エルド君、あなたはまだ傭兵に成り立てなのよ?腕に自信があっても経験が足りてないのだから、自分を責めてはいけないわ。」
「しかし、それでも・・・!」
「いいのよ、商会はまたやり直せば良いの。こうして家族全員無事なんだから。だから、次がまだあるの?それだけでも、あなたは私達を守ってくれたわ。それにね、あなたの腕は2本、身体は1つしかない。だから、【繋ぎ手】のヒト達と一緒に守ってくれたのでしょ?それは間違っていないの。」
「・・・。」
「だからね、エルド君。私は、私達は何度だって言うわ。守ってくれて、救ってくれてありがとう。」
エルドは口をギュッと堅く結んだ。下唇を嚙んで。
自分の不甲斐なさを表情と沈黙でしか言えなかったのだ。エルドの態度を見て、トーラは優しくエルドの頭を撫でた。
トーラに撫でられるままになっていたエルドだったが、明日、行われる全了戦の事についてトーラに打ち明けた。
その話を聞いたトーラはわなわなと肩を震わせるが、エルドはどうにか落ち着くよう、トーラにゆっくりと話すのだった。
一瞬、エルドを睨んだトーラだったが、すぐに不安な表情でエルドに言葉を投げかけた。
「エルド君、あなたが危険な目に遭う必要なんてないのよ?命を救ってくれただけで護衛以上の役目を果たしくれたわ。そんな危険な戦いに行かなくていいの。私達は貴方のことを家族の一員とも思っているのよ?」
出会ったばかりの少年に過ごした時間の短さなど関係なく、エルドに家族だと言い、全了戦に参加することを踏み止まらせたかったトーラだったが、エルドは首を横に振った。
「トーラさん、ありがとうございます。その言葉、胸に染み込んでいきます。でも、これは譲れません。家族がケガを負い、剰え命の危機に瀕するような目に遭わせた奴らに何もしないなどあり得ません。」
「でもね・・・。」
エルドはトーラの説得を遮って続ける。
「これは護衛を受けた私の意地です。師匠にも言われたことがあります。『私の仲間に手を出してただで済むと思うなよ』と。アイツらは何処に手を出したのか、それを後悔させ、懺悔させねば私の気が済みません。それに・・・。」
エルドの怒り、その発露を見てトーラは説得が難しいことを悟った。エルドの顔に怒りの文字はない。
だが、纏う空気に怒りが滲み出ているように感じたからだ。
そして、それほどまでに怒ってくれる少年の心根に優しさを感じ、更に心配してしまう。
エルドはトーラの顔が更に心配していることに気付き、笑顔を深めて続けた。
「それにこれは全了戦なんて言ってますが、大掃除ですよ?イムニトさん達が安心して商売や暮らしを送れるようにするために【繋ぎ手】の皆さんと一緒に掃除するだけですから、ご心配は必要ありません。大丈夫ですよ。」
微笑ましい笑顔なのに怖い。
トーラは明るく『大掃除』だというエルドに少しだけ恐怖した。年端もいかない容姿の少年が命のやり取りを行う戦いを掃除だと言ってのけたそのことに対して。
「きっちり、責任を取らせてきますから。明日を待っていてください。それでは私は治療院の入口で見張っておきますので。」
ゆっくりと扉が閉められ、足音が遠のいていった。ようやくそこで、トーラはふぅっと深く息を吐いた。
トーラが振り返ると子供達はじっと父親の顔を見つめていた。いつ起き出してもいいように片時も目を離さないという気持ちを込めて。
その様子をみて微笑ましく思っているトーラはさっきまで話していた少年と自分の子供達の違いはどこなのだろうと考えながら、看病に戻っていた。
治療院の入口に戻ってきたエルドは入口近くで相変わらず寝そべっているサイファに近寄っていった。
サイファは片眼を開けて近寄ってくる相手を一応と確認して、欠伸をする。
「相棒、明日だな。」
「そうですね、ようやく明日になりました。」
エルドはどれほど待ち望んだかを言外に表した。その気持ちを分かってかサイファはエルドに落ち着くように促す。
「焦るなよ、エルド。今回は1人でやれるわけじゃないんだ。お前の出番は最後なんだろ?」
サイファの言い分にエルドは深くため息をして答えた。
「えぇ・・・。そういう取り決めですから・・・。折れるんじゃなかったと今でも思っていますよ。ですが、【繋ぎ手】の皆さんの気持ちも分かるので渋々ですよ・・・。ただ、場合によっては打って出てもいいと承認は得たので、どうにでも出来る状況には出来ましたけど。」
「なら、いいじゃねぇか。お前の出番がない方が色々と楽できて良いんだから。」
「元々、貴方は動く気持ちがないでしょうに。」
「まぁな。カーマ様とお前以外の頼みを聞く気はない。」
フンと鼻息荒くドヤ顔をしながら答えた自分の相棒に苦笑しながら、壁に寄りかかって空を見上げた。
雲が見えない青空がいつもより深い青色をしているように見えた。
全了戦、当日。
時刻は空で輝いている塊が一番熱を発している頃だった。
ミースロースからおよそ2km南下しただだっ広い平原に2つの集団が100m近く離れて相対していた。
片方は目を血走らせ、唸っている獣のようだった。もう片方は静かにどんと構えている。
しかし、その数の差は歴然だった。獣集団は500名以上居るように見えるのに対して、もう片方は100名。
「それじゃ、確認するわよ?」
相対している2つの集団の真ん中あたりに3人が集まっていた。
傭兵組合長・イグトーナ、傭兵団【繋ぎ手】団長・ゼイクと傭兵団【笑い猫】団長・ダリカだ。
イグトーナは手に持った上質と思われる紙を上下に広げて読み上げていった。
「今回、行われる全了戦の条件は以下の通り。
一つ、勝敗は全滅もしくは代表者が負けを認めたときとする。
一つ、敗けた傭兵団は所持している財産、その全てを差し出すこととする。
一つ、敗けた傭兵団が生き残った場合、その命は勝利した傭兵団のものとする。敗北した傭兵団はどのように扱われようとも不平は言えないものとする。
一つ、死に瀕した場合でも命乞いは出来ないものとする。
一つ、自傭兵団以外からの傭兵も参加できることとする。参加した場合、全ての条件に合意したものとする。
以上よ。双方、異論はないかしら?」
ダリカとゼイクは沈黙をもって了承の返事をした。その2人の態度は今から殺し合いをするものではなかった。
ゼイクはヘラヘラとダリカを笑っており、ダリカもゼイクを小馬鹿にしているようだった。
「なら、事前に渡した羊皮紙をこちらに頂戴。」
イグトーナと来ていた組合員が羊皮紙受け取ると署名があることを確認して、イグトーナの後ろへと戻った。
「代表者は各陣営に戻って。それを確認したら私達も距離を取るから、後はご勝手に。」
イグトーナがそう言うなり、両者は戻って行った。イグトーナはそれを見送り随行員に声をかけた。
「戻ったようね。それじゃ、私達も被害に遭わないように下がって、事の成り行きを見守りましょうか。」
「はい、組合長。」
(さて、【繋ぎ手】が提案した大掃除。どうなるか、見物ね。)
イグトーナはそんな事を思いつつ、ゆったりとした足取りで平原を歩いていく。
空の青さとは対象的にその平原には殺伐とした熱気が渦巻いていた。
今、正に全了戦が始まろうとしていた。
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