第16話 冒険者組合に行ってみました
「やぁやぁ、エルド君。待っていたよ。さぁ、行こうか。」
「あの、イムニトさん。なぜ、ここにいらっしゃるのでしょうか?」
困惑するエルドを余所にイムニトは馬車に乗るように催促した。
「子供達がね、待つと言って動こうとすると叫ぶんだよ。サイファ君にも懐いてしまったのかもしれないね。じゃあ、うちに案内するから乗ってくれないかな?」
エルドを乗せて、馭者席に座っているイムニトはゆっくりと馬車を進める。
エルドとサイファはあの後、衛兵詰め所に連れて行かれ、滞在証と魔獣証を発行してもらった。もちろん、お金を払ってだ。滞在証は7日間しか身分の保障をしないので、早めに自分の身分証を作るように言われ、滞在証の発行費は入街税に含まれているとも言われた。身分証がない者の入街税が割高になるのは滞在証発行も理由だそうだ。
魔獣証は魔道具の一種で格安で登録は出来るが再発行には倍以上の金額を支払わねばならないため、出来るだけ無くさないように気をつけろと注意を受けた。そして、従魔は他のヒトからも分かり易いように首から印を提げなければいけないとも言われた。
サイファは渋々ながら、非常に渋々ながら首からそれを吊り下げていた。エルドには街にいる間だけで良いからと言われ、本当に渋々ながら身につけたようだ。
賑やかな街並みを進んでいく一行はのんびりとした様子で進んでいく。道は馬車が通る所と歩いている者を区別するように分けられていた。中々、広い道幅が取られていた。馬車が2台並んでも問題なく進める。それも片側だけでそれほどの幅を取っているのだ。
建物は少し傾斜がついた屋根と漆喰のような白い壁で出来ているものが殆どで、2階建てや3階建てがひしめき合っているようだった。
一行ののんびりさとは違い、周囲の者はサイファを見て驚く者、手に持っていた荷物を落とす者、軽い悲鳴を上げる者がいるが、遠巻きながら視線だけを向けてサイファを警戒しているようだった。
「サイファ君は人気ですね、注目されてるな~。」とイムニトは暢気に言いながら、馬車を進めていく。エルドはそうですね、と苦笑しながら返事をした。
そして、通りを曲がり、大きな店の前で馬車が止まる。
「さぁ、着きましたよ。ようこそ!!イムニト商会へ!」
そこは木材と石材で作られた大きな建物あり、『イムニト商会』という看板が掲げられていた。大きな商会とは思っていなかったエルドは建物を見上げて呆けていた。
「ここで話すのも落ち着けないから裏手に行こうか。そこから我が家に入れるから。」
「はい、イムニトさんは大きな商会の方だったんですね。」
「ハハハ、私はまだまだだよ。立ち位置的に言うと中堅かな。商会自体の大きさはさほどでもないからね。エルド君たちと出会ったのは視察兼旅行の帰り道だったんだよ。だから、こちらとしても都合が良かったんだ。サイファ君の容姿には驚いたけどね。でも、注目を集めることも大事だからね。まぁ、上手くいくかどうかは分からないけど。」
納得は出来るが難しいのではないかと疑問に思うエルドだが、そこはイムニトが考えればいい話だろうと切り替えることにした。
馬車は店の前を通り過ぎ、隣の壁の前で止まると壁だと思っていたものがいきなり開かれる。壁に偽装した扉だったようだ。
「すごい造りですね。壁だと思いました。」
「これでも商会の一番上だからね。最低限の備えはしておかないと。」
「なるほど・・・。」
イムニトは実に優しそうな容姿をしている。深い緑色の髪とその穏やかな細い目がその優しさを増しているようにも思えた。だが、それだけではここまで商会を大きくは出来ないのだろう。イムニトは守り方も考えていた。
(優しいだけじゃ、商人は務まらないんだろうな。色々な経験があって今のイムニトさんになっているんだろう。)
エルドはそんな事を考えていた。そして、馬車は開かれた中に入っていく。
「さぁ、話は中に入ってからにしよう。サイファ君も中に入れるから、気にせず入ってね。」
そこには馬車が3台並んでも大丈夫な広い庭があった。イムニトは馬車を端に寄せて止める。子供達は待ちくたびれたのだろうか、出てくる気配がない。馬車の扉を開けるとラザックとサーヒは眠ってしまっていた。馬車の後ろ、荷物置きに乗っていたヴァーチはミロチと供に降り立ち、イムニトに別れの挨拶をしてその場を去ろうとする。
「じゃあ、イムニトの旦那。護衛はここで終了ということでいいか?」
「えぇ、ヴァーチさん。今回もありがとうございました。」
「いやいや、仕事だからな。お礼を言われることはしちゃいねえよ。じゃあ、そろそろハウスに戻るわ。エル坊もまたな!ついでにサイファのアホもな!」
「エル兄ちゃ、サイファもまた!」
「ヴァーチさんもミロチさんもまたどこかで。」
「おっさんも嬢ちゃんもまたな。」
「だから、おっさんじゃねえ!!」
締まらない挨拶をしつつヴァーチとミロチは離れていく。イムニトは馬を厩舎まで連れて行き、トーラはサーヒを抱え、エルドはラザックを抱えて家の中に入っていく。
「エルド君、ごめんなさいね。子供達も疲れていたのかもしれないわ。初めての旅だったし。それと、今日は泊まっていってね。今から宿を探すと苦労するわよ。」
「いや、そこまでお世話になるわけには・・・。」
「いいのよ。それにサイファ君が厩舎に大人しく寝てくれるかしら?」
「いや、それはないですね。暴れはしないでしょうが、確実に不機嫌になります。」
「でしょ?遠慮はしないでね。イムニトもまだ話したいこともあるみたいだし。じゃあ、案内するわ。どうぞ、入って。」
エルドはラザックを抱きかかえたままトーラに促されるように中に入っていく。その後、合流したイムニトにも泊まっていくように勧められ、その提案に同意して泊まったのだった。
翌日。
昨夜は、イムニト一家の歓迎を受けて豪華な食卓となった。エルドは見たことがない料理に舌鼓を打ち、サイファは皿事食べるのではないかという勢いで食べ進めていた。
「では、イムニトさん。早速、冒険者組合に行ってこようと思います。場所を教えて頂きありがとうございました。」
「いやいや。今なら丁度頃合いだと思うよ。いってらっしゃい。」
「では、行って参ります。」
エルドは朝食終えた後、イムニトに冒険者組合の場所を尋ねていた。そのときに朝は混むから時間をずらした方が良いと忠告を受けて、今の朝と昼の中間ぐらいの時間に向かうことにした。
「サイファ、冒険者組合に行きますよ。あなたはどうします?」
「小腹が空いたから付いて行く。途中で肉をくれ。」
どこまでも食いしん坊なサイファにため息をついてローブのフードを被りつつ、イムニト家に迷惑をかけるわけにはいかないとサイファを連れて行くことにした。
周りの視線は相変わらずなので、それを気にすることなく進んでいくと出店が並ぶ通りに出くわしてしまった。そこで主張したのはもちろん、サイファである。
『エルド、あの店から良い匂いがする!!食わせろ!!』
「はぁ~・・・。わかりましたよ。ついでにここからどう行くか尋ねましょうか。」
『流石、相棒!!話が分かるな!!』
ネルスラニーラから報酬として貰った短距離用の通信魔道具を使ってサイファはエルドに自らの欲求をぶつけた。短距離用の通信魔道具は身体に密着させておく必要があるので腕輪型のをサイファは身に着けていた。
周りからはエルドが独り言を言っているようにしか見えないが、そのまま出店のある通りに入り、近くの串焼きを出している店に近付く2人だが、その店の女店主は焼くことに一所懸命で2人の接近に気が付かなかった。
「すいません、4本頂きたいのですが。」
「いらっしゃい、えらく丁寧な言葉遣いのお客さんだね~。」
と、暢気に返事をして顔を上げると大きな獣が焼き上がる肉をじっと見ていた。
女店主は叫ぼうにもいきなりそんな顔が目の前にある衝撃で身を震わせて、口をパクパクさせるしか出来なかった。
「ちょっとサイファ!!邪魔ですよ!!ちゃんと上げますからどいて下さい!!」
と、エルドが怒ったようにサイファに言ってどかせようとするが良い匂いとその焼け上がっていく様に心を奪われているサイファはエルドの声が入ってきていないようだった。
そして、エルドは諦めて、力でサイファを無理矢理動かす。
その力業に更に周りは驚く。
「お、おぃ。あのガキ、あの魔物を押して場所を奪いやがったぞ??」
「夢でも見てんのか??」
「いや、夢じゃねぇ・・・はずだ。」
ヒソヒソとそんな話をされていたが、エルドは無視して女店主に話しかけた。
「相棒がすみません。串焼きを・・・。10本下さい。」
サイファから追加の要望があったため、やれやれと思いながら本数を増やしたエルド。口をパクパクさせていた女店主はエルドが現れたことで少し落ち着いたのか、数回頷いて準備をする。
そして、いつもと同じ作業をしたおかげか女店主は落ち着きを取り戻した。本来は先に料金をもらうのだが、今回はエルドに手渡しながら料金を伝える。
「銀貨2枚だよ、坊ちゃんでいいんだよね?一杯買ってくれたから、すこしおまけしているからね。」
にこやかに笑顔を作ってお代を伝えるとエルドは銀貨3枚を手渡した。
「驚かせてしまったお詫びにこちらも受け取って下さい。それと坊ちゃんと言われる程、良い家の出自ではありません。」
「良いのかい?なんか悪いね。」
「いえいえ、お気になさらず。恐らく、また寄ることになりそうですから。」
エルドは買った串焼きを器用に指と指で挟んで腕を伸ばしていた。しかし、その串に肉はもう刺さっていない。すでにサイファの口の中だ。
そして、サイファの口に合ったのか鼻先でエルドに催促していた。
「見て下さい。10本のうちもう1本しかありません。ダメです、この1本は私のです!」
催促されたエルドは先程同じようにして腕を伸ばしていたのだが、余程、美味しかったのか最後の1本だけでなくエルドの分すら食べようとしていた。
「ありゃま、こんなに気に入ってくれるだなんてありがたいし、嬉しいね!この従魔は何て名前なんだい?」
「サイファと言います。尋ねたいことがあるのですが、よろしいですか?」
「サイファちゃんだね、初めは大きさにビックリしたけど綺麗で可愛らしい子じゃないか!それで聞きたいことって何だい?」
元々、肝が太いのかその女店主は最初こそ震えていたが、自分が作った物を美味しそうに食べるサイファのことを気に入り、しっかりとその容姿を見ると綺麗で艶のあるな毛並みとエルドに催促する仕草から、なお一層、気に入ったようだった。
だが、周りは視線で可愛いと思えるのはあんたくらいだと言われていた。
「ありがとうございます。冒険者組合に行きたいのですが、ここからどう行けばよろしいですか?」
エルドは教えて貰った道を確認するために女店主に尋ねたのだった。
その女店主はそんなことかい、と言いつつ道を教えていった。
エルドは今、冒険者組合の前に来ていた。
建物は2階建てだった。入口は高さが3m以上ありそうだ。基礎は石造りで建物自体は木材を使用している。掲げられている看板は剣と盾が並んでいた。
エルドは入口から中へと入っていく。サイファも後ろに付いて歩いて行く。扉はなかった。進んでいくと、ガタっと椅子から立ち上がる音や興味深そうに観察する視線や武器に手をかける音が聞こえてきた。
だが、誰も声をかけては来なかった。
受付であろうか。男性がこちらを訝しそうに見つめている。エルドはその男性の所に向かっていった。
「すみません、お聞きしたいことがあるのですが、よろしいですか?」
「はい、なんでしょう?」
男性はサイファを見ても驚きはしなかったが、訝しげな目線は変わらずに対応した。
「冒険者として登録した場合、どの様な条件があるのか確認したいのです。」
「なるほど・・・。では、ご説明しましょう。」
男性から聞いたのは以下のことだった。
・冒険者は階級で決められた仕事(依頼)をする。
・階級はプレートの色=階級で決まっており、それを身につけることが義務づけられている。
・プレートの色はその色の実力があるという証。
・プレートの色が変わることは階級が上がるということ。
・階級を上げるには実力だけでなく組合に対する貢献も必要。
・冒険者となるとそのプレートがそのまま身分証となり、入街税も安くなる。
・階級が上がると指名依頼があり、基本的に断ることができない。
「以上が冒険者に関する一般的な事です。罰則規定や依頼失敗による罰などは省いています。何かご質問は?」
「指名されると基本的に断れないというのは?」
「それは基本的に断れないとなっていますが、基本的には冒険者が断らないのです。指名以来の場合、依頼者がその冒険者を信頼しかつ実力を認めているということなので、冒険者にとっては名誉な事柄なのです。断っても罰則はありませんが、何度も断るとその理由を聞くことになり、場合によっては降格もあり得ます。」
「そういうことですか・・・。」
エルドは思案した。
入街税以外はメリットがない。そして、指名依頼が面倒にも程があるなと。
「で、どうしましょう?登録されますか?」
説明してくれた男性は登録するものだろうという考えでエルドに尋ねたが、エルドは首を振った。
「この場での登録は遠慮させて頂きたいと思います。もう少し考えをまとめてから参ります。それでは失礼します。ご説明ありがとうございました。」
そう言うと、エルドは踵を返して男性から離れていく。
(丁寧な喋り方をする人物だったな。おそらく、少年ではあろうが。後ろの従魔は相当な強さがありそうだったが、まぁ、その内、登録しに戻ってくるだろう。)
男性は楽観視していた。簡単に身分証を得られる代わりにそれなりの義務が発生する。それは仕方がないことだろうと。
そして、彼はエルドがなぜ、その場で登録しなかったか。その原因を感じ取れなかった。
『エルド、なぜ登録しなくて良かったのか?』
「いいんですよ、サイファ。指名されても断らないとか断れないとかそういうのって鬱陶しくないですか?名誉とかどうでもいいのですし、面倒にも程がありますよ。」
エルドは冒険者組合を出てどうしようかと考えていたところ、サイファから話しかけられ、改めて先程思ったことを口にした。それもうんざりした表情で。
『まぁ、お前がそう思うんなら俺はいいだがな。俺には関係のない話だし。それにしてもこの首に架けてるヤツが鬱陶しい!!』
サイファはサイファで面倒なことをしなくてはいけないことに若干、不満を持っていた。
その様子に苦笑しつつエルドはサイファを宥めた。
「まぁ、それは仕方ないでしょうね。私もそんな首輪は邪魔で仕方ないですよ。それでも我慢して下さい。さぁ、次は傭兵組合に行ってみますよ。先程の女店主に尋ねてみましょう。」
『おっ!じゃあ、また買ってくれ!!中々、旨かったからな!!』
「この食いしん坊め・・・。」
エルドはジトッとした目線を自分の相棒に向けて、傭兵組合の場所を先程の女店主に聞くべく出店のところまで歩いて行った。
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