第17話 今度は傭兵組合に行きました
「今日はビックリすることばっかりだ。それに疲れた・・・。」
女店主のジーズーは、今日の出来事を振り返った。開店して早々に大きい魔物に震え上がり、その魔物が美味しそうに食べる様が可愛らしく映ってしまった。買い与えていた少年は丁寧な言葉遣いのお客さんで、どこか高貴な出自かと勘違いしてしまった。
「あの子らが去って行っていたからが大変だったわ。なんであんなに寄ってきたかね・・・。」
エルドたちが去った後、周りにいた者たちが一斉に買いに来たのだ。
マスコットというには可愛さがまるで足りていないサイファだったが、ジーズーの串焼きを食べる様が余りにも美味しそうだったのだ。そのせいで、周りの食欲に火を点けてしまった。
「今日はもう終わりにしよう・・・。材料も全部なくなってし、売り上げも上々だし!」
今日は通常の売り上げの数倍になった。よく売れても銀貨20枚程度。それが銀貨50枚を超える売り上げになって、ホクホク顔になっているジーズー。
そこへ先程、聞いたばかりの声が聞こえた。
「すみません、尋ねたいことがあるのですが。」
「坊や、また買いに来てくれて悪いんだけどね。もう材料がなくなっちゃったんだよ。」
今度は気合いを入れて振り返るシーズーだが、目の前にあったのはしゅんと落ち込んでいる獣がいた。そして、それを押しのける少年も一緒だった。
「店主さん、すみません。また教えて頂きたいのですが・・・。傭兵組合の場所を。」
「傭兵組合だって?あんな物騒な所に何しに行こうってんだい?」
「傭兵になったら、どういう義務があったり罰則があるのか聞こうと思いまして。」
「なるほどねぇ・・・。坊やは腕に自信はあるかい?ないなら止めときな。」
「自信という程のもはないですが、それなりには戦えますよ。魔物でもヒトでも。」
笑顔で答えるエルドにジーズーはビクッとなるがそれが恐ろしさからかどうか分からなかった。とりあえず、今日の繁盛するキッカケを作った本人を無碍にする訳にもいかず、ジーズーは傭兵組合までの行き方を教えたのだった。
「ありがとうございます。では、また寄らせて頂きます。相棒が気に入ったみたいなので。」
「アハハハ!そりゃ、有難いね!いつでも寄りなよ!うちはタレが特別製だからね!」
手を振り、店を後にするエルドとサイファにまた来るように大きな声をかけたジーズーは早い店仕舞いを始めていった。
出店から離れて歩いて行くこと十数分、ある建物の前にエルド達は辿り着いた。
木造の2階建てだ。冒険者組合と比べると貧相な造りではある。ただ、雰囲気が異様だ。
酒樽が周りにあり、何個か積み上げられているし、所々に斬られた跡のようなものがある。
そして、入口の大きさは冒険者組合より少し高い。
「さぁ、着きましたけど・・・。変な建物ですね。薄汚れているというかなんというか。それに周りに建物がありませんし。」
『まぁ、ならず者だというからには色々、事情があるんじゃねぇか?周りに建物がないのも巻き込まれて潰れたか、巻き込まれたくないからか。行ってみれば分かるだろうよ。』
「それもそうですね。行ってみましょう。」
『あいよ。』
中に入ると陰惨とした空気と鋭い視線を寄越す連中で溢れていた。エルド達のことを明らかに値踏みしている。サイファが防壁となっているのだろうか。冒険者組合と同じく誰も声を掛けてこない。
組合の中は酒の匂いが充満していた。組合の隅の方にカウンターがあり、強面のマスターがグラスを拭いている。女性が酒と料理を配膳していた。
冒険者組合と同じような受付があるのを発見してエルドは突き進んでいく。
「すみません、お聞きしたいことがあるのですが、よろしいですか?」
作業をしていた手を止めて、女性が顔を上げる。
赤い帽子を斜めに被り、金色の長めの髪がその女性の綺麗さを際立たせていた。
「丁寧な言葉遣いをするのね、傭兵組合では珍しいわ。で、聞きたいこととは何かしら?」
綺麗なだけではなく色気もある女性だった。女性は引き締まった肢体と柔らかそうな胸を持っており、その物言いだけで妖艶な雰囲気を醸し出していた。が、エルドは構わず問いかけた。
「はい。傭兵になった場合、どの様な規則があるのか教えて頂きたいのです。」
「分かったわ。ちょっと待ってね。」
女性は1枚の皮を取り出して、読み上げた。
・実力を示す指標があるが、階級というわけではない。
・組合長はその街や都における1番の実力者。
・仕事は基本的に冒険者組合と重なる。
・傭兵組合だけの仕事は野党討伐や戦争介入、軍との集団戦闘の模擬戦相手。
・闘技場がある場合は参加して、賞金を得ることもある。
・指名を受ける場合があるが、その場合は職員と供に面談することが義務づけられていて、断ることが可能。
・冒険者と違い、入街税が安くなることはない。
・1年に1回、更新があり金貨1枚かかる。
「大体、大まかな説明は以上ね。それでどうするのかしら?」
「少々、時間を下さい。」
「了解よ。じっくり考えて。」
エルドはその場で検討し始めた。
顎を指で摘まんで思考に耽っていく。
(冒険者に登録するより、面倒が少ない気がする。更新の時にお金が掛かるだけ。むしろ、それ位、稼いでおけということなんだろうな。それに指名があっても断ることが出来るってのが大きい。)
「すみません、更新時にお金を払えなかったらどうなるのでしょうか?」
「組合から外されるだけよ。再登録は可能だけど、その場合、傭兵証にその情報が記載されて、他の傭兵からバカにされるし、それに再登録には金貨5枚が必要になるわね。」
金貨1枚も稼げない奴は傭兵なんて辞めてしまえということなのだろうとエルドは当たりを付けた。
そして、傭兵組合に登録することに前向きに考え始めたエルドは更に尋ねる。
「登録するときには、何か試験とか条件とかそういうものがあるのでしょうか?」
「あるわよ。試験官と戦って貰うわ。冒険者組合のとは難度が違うわね。傭兵は最初からある程度の実力が必要なのよ。分かり易く言うと雑魚は来るなということね。」
女性の身も蓋もない言い方にエルドは苦笑する。むしろ、遠回しな物言いよりも良いとエルドは好感を持てた。
「それで、どうするのかしら?登録する?」
「はい、登録します。それで試験官というのはどなたなのでしょうか?」
「わ・た・し・よ。」
「はい?」
女性は指をリズム良く揺らしながら笑顔で答えた。エルドはその答えに虚を突かれてしまい、おかしな返事をしてしまう。
「さぁ、行きましょうか?楽しい試験の始まりよ?」
その女性は、席を立って歩いて行く。
『相棒、あのネーチャンどっか行くみたいだが、追いかけなくて良いのか?』
エルドはサイファに言われて、ハッとなり女性の後を遅れないように付いて行く。サイファはゆったりとエルドの後ろを歩いていた。
3人は受付の隣にあった通路を抜けていくと、広場があったのだが、そこも女性は無視するように歩いて行く。その広場では数人グループが何組かおり、互いに訓練や素振りや打ち込みをしていた。
何人かはこちらに視線を向けたが女性を見ると驚く者が何人かいるようだった。もちろん、サイファにも驚いていたのだが。
(傭兵でも訓練や模擬戦みたいなのをしたりするんだな。)
と、暢気にその様子を見ながら歩いて行くエルドにサイファはよそ見をするなと注意をした。
女性がその広場の最奥にある両開きの扉の前で立ち止まる。
「さぁ、ここで試験を行うわ。私と貴方以外には入れないけど、後ろに付いてきていたのは従魔で合ってるかしら?」
「仰る通りです。私の相棒です。」
「そう。じゃあ、従魔も入れていいわ。でも、試験は貴方1人で受けることが条件なのだけど・・・?」
「大丈夫です、助太刀などはしませんから。」
「了解よ。」
そう言うと、女性は扉を開ける。そこは円形の闘技場のように見えた。広さが周囲10mほど、戦闘が行われる場所の周りを木の壁で囲んでおり、地面はしっかりと固められていた。
その壁の上にはベンチの様な物が作られており、観客が入れるようになっていた。
「ここは仮想の闘技場よ。本当の闘技場よりは狭い造りになってるけれど。それでも、試験には十分な広さね。たまに傭兵同士の賭けなんかもしたりするわ。息抜きにね。」
「なるほど。前もって闘技場がどういう雰囲気か知れるのは大きいですね。」
エルドは試験会場に入った感想を素直に述べた。そして、試験官は真面目な表情で説明を始めた。
「さて、試験なんだけど、武器は自前のは使えないわ。あそこに立てかけてあるものから選んで頂戴。全部、真剣だから。」
「分かりました。サイファはこれを持って、端の方に行って、休んでて下さい。」
エルドはサイファに『スティングレイ』を持って行って休むように言うなり、武器が並んでいる場所へと歩いて行く。そこには長さの違う片手剣、短槍、長槍、両手剣が置いてあった。
エルドは『スティングレイ』より少し短い片刃のの片手剣を2本取った。
「双剣なんて、中々、面白いことするわね。貴方に使い熟せるかしら?」
「そうですね、使い慣れてはいますよ。それで、貴方は何をお使いになられるのですか?」
「私はこれよ。」
その女性は自身と同じくらいの長さの槍をどこからともなく取り出した。
エルドはその槍を観察する。
(普通の槍とは違うな。刃渡りが長めの穂先があるということは突きだけじゃなくて払いもある程度してくると思った方がいいな。石突きは突けるようにしてあると・・・。)
女性はフードを被っているエルドが武器の方に視線を向けているのに気付くと口角をあげた。
(へぇ。武器を観察して攻撃の種類を考察してるのね。本能で戦うタイプじゃないと。まぁ、あの言葉遣いしてるんだ、バカではないでしょうし。さて、どこまで出来るのか楽しみね。)
女性は女性でエルドの事を分析していた。そして、女性は開始前にエルドに告げる。互いの距離は凡そ3m離れている。
「さて、そろそろ始めるわ。ローブを脱いで貰える?暗器なんか持たれたりされても困るし。あくまでも、選んだ武器による攻撃しか認められないわ。」
試験官にそう言われれば、エルドに否やはない。
ローブを脱ぐと簡単に畳み、腕輪に収納すると、試験官は珍しい物を見るように感嘆した。少なからず、エルドの容姿も含まれているのだろうが。
「アイテムボックスを装備してるなんて、中々、立派ね。それに貴方も良い見た目をしているのね。ローブで隠すなんて勿体ないわ。」
「貰い物ですよ。見た目は自分では何とも思わないのですが、師匠からは常にローブを着ておけと言われています。」
「そうなのね、羨ましいわ。さて、この銅貨が地面に落ちたら開始よ?」
「了解しました。いつでもどうぞ。」
試験官は笑顔で銅貨を指で弾いた。
クルクルと回りながら地面に落ちた瞬間、互いに打って出る。
試験官は有効射程に入ると突きを連続で繰り出した。その速さは流石、傭兵と思えるもの。ヒュンという風切り音させながらエルドに襲い掛かる。
反対にエルドは腕を下げたまま、繰り出される突きを避け続けた。眉間狙いを頭を傾けて躱し、胴狙いは体を半身にして避ける。
そうして避けながら試験官に近づいて行った。
(エルドの奴、遊んでやがんのか?大した突きでもねぇだろうに。警戒しながら、距離を潰してんのか・・・。まぁ、油断なんてする奴じゃないし、この程度で負けたらカーマ様に告げ口してやろう!)
サイファは自分の相棒が負けると微塵も思ってないが、もし負けたらという想像をして面白がっていた。
そして、エルドは攻撃を避けながらどうしたものかと考えていた。
(スキル使ってこないな~。実力を見るってことはこっちも攻撃しなきゃいけないよな。でも、この武器、貧弱すぎて1撃で壊れそうなんだよな・・・。)
エルドはサイファの読み通り警戒もしていたが、何より使用している武器の強度に不安を持っていた。しかし、試験を行うには十分な強度と質を持っている武器なのだが、エルドが使っている物に比べれば見劣りしてしまう。
エルドは武器を壊さないように注意しながら、攻撃に移っていく。
エルドがそう考えていた時、試験官は絶え間ない攻撃の中、エルドの実力を見極めようとしていた。
(この程度はかすりもしないのね。まぁでも、この程度はやりそうな雰囲気を持っていたし、想定内かしら。でも、そろそろ攻撃してこないと速度を上げるわよ?)
試験官は突く速さを1段階上げた。
エルドは急に目の前に来たことで反射的に穂先を峰の部分でかち上げた。試験官は槍をかち上げられ、体勢を崩してしまう。
好機と見たエルドは距離を詰めようとする。
が、しかし、かち上げられた勢いを利用して、身体を回転させ、更に勢いを増した薙ぎ払いを試験官は繰り出した。
横から物凄い勢いで迫る槍をそっと添えるように左手の片手剣の切っ先を当て、エルドは受け流した。
勢いを付けすぎた薙ぎ払いを優しく受け流され、試験官の槍は空中を彷徨い、体勢を維持できないかに見えたが、試験官は受け流された事を見極め、上に飛んで身体を捻り、空気を切り裂くように槍を叩きつけた。
(しまった!槍がっ!!)
あまりの剛撃で押し固められたはずの地面が砕ける。それだけでなく槍自体が破損する。穂先の部分が砕け散り、木で出来ている柄にも罅が入ってしまう。
一瞬の戸惑い。その隙をエルドは見逃さなかった。
エルドは強く踏み込み、右手で槍の柄を叩き上げ、開いた胴に左手首を返して、剣の面をトンと軽く打ちつけた。
「ここまででよろしいですよね?」
少しの沈黙の後、エルドは切り出した。
試験官の女性は上を見上げて、長く息を吐いた。
「そうね・・・。ここまでだわ。結果は言うまでもないと思うけど、合格よ。」
「無事に合格できて安心しました。」
「さぁ、戻りましょう。傭兵証を作らないといけないわ。」
先程の戦闘がなかったかのように軽やかに歩いて行く。サイファはエルドの武器を咥えてエルドの側に来ていた。エルドはスティングレイを受け取り、腰の留め金に刺して、1人と1頭は試験官の女性の後ろをついて行く。
「片付けはしなくてもよろしいのでしょうか?」
「心配しなくてもいいわ。これでも私、そこそこの役職なのよ?後で誰かにやらせるわ。」
「そうですか。」
エルドの問いかけに試験官は後ろを振り返り、戦闘跡を見返した。女性は気にもせず、視線を前に向けて歩き出した。
(あの踏み込みであの軽さの攻撃を繰り出すなんて、この子・・・。なんて凄いのかしら。愛用の武器にスキルを使わなかったとは言え“この私”が1本取られても仕方がないのかもしれないわね。鍛え直さないと。)
エルドの踏み込んだ足跡は地面に罅割れすら起こさず綺麗に残っていた。
「お待たせしたわね。これが傭兵証よ。」
「ありがとうございます。」
受付に戻ってきた3人は所定の手続きに入った。エルドは綺麗な紙を受け取り、必要事項を書いていく。
名前、年齢、使用武器等だ。スキルや魔法の欄はない。自分の情報をたとえ組合といえども教える必要はないとのことだった。そして、女性にスキルや得意魔法を聞くことはしてはダメだと教えられた。
傭兵組合に教えていないことを赤の他人に聞くのは傭兵の暗黙の了解を破ることだと。
エルドは教えて貰ったことに頷いて、傭兵証を受け取る。
それは厚さが2cmの三角の金属で出来ていた。底辺の真ん中に穴が開いてあり、そこに紐や鎖を通すことで首から下げられるようになっている。
「お勧めは首から下げておくことよ。失うこともないし、すぐに見せられるからね。」
「なるほど・・・。」
『お前も俺と同じだな。諦めろよ。』
エルドが悩んでいると相棒が小馬鹿にしたように揶揄い、エルドの肩に前足を置いた。エルドは仕方がないかと思い直して、頷いた。
「じゃあ、書いてある内容を確認してね。」
女性はウィンクして、エルドに傭兵証の確認を促した。
そこには【エルド・傭兵階級E】とだけ刻まれてあった。
「じゃあ、ここからは傭兵の階級を上げる仕組みについて・・・」
「おぉ!!珍しい魔物がいるじゃねぇか!!」
サイファの後ろから大きな声が聞こえてきた。
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