第15話 着いたのでした
「おっきぃ!!」
「スゲー、ホントにすげえ!!」
「父ちゃよりデカい。この子は出来る子。」
興奮が抑えられず、サイファの周りをぴょんぴょんと跳ね回る子供達。昨夜、夕餉のときにエルドを質問攻めにしたラザックとサーヒ、それとあまり抑揚のない話し方をしたのがヴァーチの娘のミロチだ。
夜番をヴァーチと話し合って決めた。子供にそんな事はさせられんとヴァーチも初めは渋っていたが、エルドが自分が夜番をしないとサイファがいつ戻って来てもいいのか分からないと言うので折れた形だ。
「エルド、このガキ共をどうにかしてくれ。うるさくて仕方がねぇ。」
そして、エルドの夜番の時にひっそりと合流したサイファを起床とともに見つけた子供達が1種のお祭り状態突入したのだった。
その騒ぎで起こされたイムニト夫妻はぎょっとした。見慣れない魔物の側には愛する我が子等がいるのだ。イムニトは慌ててヴァーチを探すが見つからず、トーラは懸命に走って子供達を助けようと近づく。
だが、その魔物の近くにはエルドが居ることに気付き、更に慌てた。けれど、その様子が何処かおかしいと、トーラは思った。
ラザックとサーヒはぴょんぴょんと楽しそうに飛び跳ねているし、ミロチは感動しているようにおぉー!と、言いながら目を輝かせ、それを魔物の側で見ているエルドは苦笑いをしていた。
「ハァハァ・・・。エ、エルド君、そ、そのま、魔物は?」
「トーラさん、おはようございます。こっちが昨日、紹介出来なかった相棒のサイファです。」
エルドにそう言われ、昨夜のことを思い出すトーラ。エルドから相棒が魔獣だというのは聞いていたが、まさかこのような魔物だとは想像が付かなかった。
短い体毛が陽光に反射するほどの光沢を持ち、その色は黒とも深い碧とも言える。反射によって見える色が変わっているようだ。そして、その尾は金属が―具体的には刃の付いた―連なっているようにも思える。それが編み込まれ、太く、長い尾を作っていた。背中はまだ見えないが何かあるのかもしれない。
「た、確かに昨日聞いてたけど、まさかこんなに凄いなんて・・・。見た目も聞いておけば良かったわ。でも、エルド君の相棒さんなのね。安心したわ。」
危険な魔物が子供達の近くにいるのではなく、見たこともないモノを見て興奮してるだけだと分かり、トーラは安堵する。そして、後ろを振り返るとヴァーチとイムニトが話していた。ヴァーチがサイファの説明でもしているのだろう。それが終わったようでこちらに歩き始めていた。
「奥さんよ、安心しているところ悪いんだが。このチビ共をどうにかしてくれねぇか?んでもって、身体に触れないように言うのと絶対、尾には触らせないでくれ。怪我だけじゃ済まん。」
「サイファの言う通りにしてください、トーラさん。サイファは触れられるのを極端に嫌うのです。特に尾は本当に怪我だけじゃ済みません。」
サイファの表情は読めないが、エルドの真剣な表情は理解できた。すぐさま、子供達に近付き、諭すように言った。
「貴方たち、騒ぎたくなる気持ちは分かるわ。でも、ご飯の支度をするから手伝ってくれるわね?」
トーラの声は聞こえているようだが、未だ興奮冷めやらない子供達は彼女の言葉に反応できないでいた。その様子を眺めていたトーラは腕を組み、声を低くして再度、告げた。
「ラザック、サーヒ、ミロチ・・・。私の言葉が聞こえていないの?」
ビクッと身体が怯えるように縮こまった3人は恐る恐る振り返ると、笑顔のまま怒っているという器用な表情しているトーラがいた。
すぐさまトーラの前に並んで直立になっている3人を見て、満足そうに頷いて続けて話した。
「私はいつもなんて言ってるかしら、ラザック?」
ビシッと手を上げてラザックは答える。
「はい!危険なモノ、怖いモノ、魔物には近付いてはいけません!!です!!」
「そうね、その通りね。じゃあ、なんで近付いたのかしら?サーヒ?」
サーヒも勢いよく手を上げて答えた。
「エルド兄さんが魔物側にいて安全だと思ったからです!!でも、危ないとは言われました。」
「そうね。エルド君が近くにいて安心したのね。それはいいわ。でも、危ないと言われて近付いたらいけないわよね?2人とも。」
あからさまにしゅんとして顔を下に向けるラザックとサーヒ。トーラは2人の問い詰めはこれぐらいで良いとして、最後にミロチに問うた。
「ミロチ、あなたは止めなくてはいけないのになぜ、それをしなかったのかしら?」
ミロチも2人に習いビシッと勢いよく手を上げた。
「はい、夢中になって忘れました!!ごめんなさい!!」
素直に謝り、自分の非を認めたことでトーラを怒るに怒れなくなってしまったがそれでもやってはいけないことをしてしまったため、伝家の宝刀を抜くことにした。
「3人とも反省はしているのね。じゃあ、今日の朝ご飯はお野菜のみです。」
怒られると思い、素直に反省したところに更なるの罰でトボトボと歩いて3人は馬車の方に向かっていく。その光景を見ていたイムニトはヴァーチと供に着いていたが、その表情は違っていた。イムニトは同情するように、ヴァーチは少し怒っているようだった。
そして、3人が去って行った後、イムニトがサイファを確認するようにエルドに尋ねた。
「おはよう、エルド君。彼が昨日言っていた相棒さんで合っているかな?」
「おはようございます、イムニトさんにヴァーチさん。そうです、相棒のサイファです。こういう見た目なので昨日の夜には自主的に離れてくれていたのです。」
「昨日も言ったが、そういう気遣いが出来たんだな、お前。」
サイファは初めて見る男に視線を向けた。
エルドが夜番の時にイヤリングによる連絡を受けて合流したときにエルドからいイムニトの容姿について聞いていた。
「あんたが、イムニトの旦那さんかい?昨日は相棒が世話になったな、ありがとうよ。んで、おっさんにお前呼ばわりされる筋合いはねぇな。」
「あんだと・・・?」
サイファはイムニトに礼を言いながら、ヴァーチの言葉には素っ気なかった。そして、サイファの言葉を受けて、ヴァーチはサイファを睨み付けるとサイファも視線を合わせ、一触即発といった雰囲気を作り上げた。
「あの2人は放っておいていいので。食事の時間ですよね。行きましょう、お二人とも。」
「いいのかい?エルド君?」
「構いません。あの2人は出会ったときからあの様な感じでしたので。トーラさんも参りましょう。サイファ、食事の時間ですよ!」
「エルド君がそう言うなら行きましょうか。」
楽しそうに話しながら歩くイムニト夫妻とエルドとは対照的に2人はお互いに顔を逸らさず馬車のある方へと進んでいった。
朝食を済ませた後、イムニト一行もミースロースへ向かうということで同行することになったエルドとサイファはついでにミースロースのことについて詳しく聞くことにした。街の特産品と呼べる物は何なのか、どういうヒト達が多いのか、治安は良いのか等だ。更に身分証を持っていないと思い出し、身分証はどういうときに必要なのかと聞いた。
イムニトによると身分証は大きな街や関所と呼ばれる場所や国を渡るときに必要になると言われ、ない場合は仮の身分証を発行してもらうということも教えてもらった。
「あとはそうですね、入街税が少し割高になるぐらいですかね。その街の住民になる場合は門の側にある建物の中で手続きをすることが決まっていて、登録することが義務づけられてるね。」
「なるほど、そういうこともしているのですね。そう言えば、師匠から冒険者組合か傭兵組合で身分証を作ってこいと言われているのですが、どう違うのでしょう?」
イムニトは馭者の位置からエルドの質問に答えていたのが、冒険者組合と傭兵組合のことを尋ねられると少し思案顔になった。
「エルド君、悪いことは言わないから冒険者組合で作った方が良いですよ。それぞれの仕組みについてはあまり知りませんが、街の住民の印象がかなり違うので。」
「私はどちらのことも全く知らないのでしっかりと話を聞いてから決めようと思っていますが、印象が違うというのはどういうことですか?」
「そうだね、端的に言うと。『気の良い乱暴者』と『金でしか動かないならず者』っていう印象かな。まぁ、どっちもどっちだとは思うんだけどね。」
「『金でしか動かないならず者』って普通なのでは?」
「ふふふ、そうだね。そうなんだけれども、印象という意味ではそういうことかな。でも、2つの組合とも表の組合ってことは間違いないんだ。法を犯せば罰せられるし、組合からも追放される。でも、住民はそんな印象を抱いていると思うよ。なんていうか、悪いヒトと良いヒトの割合が・・・ってとこだね。」
「なるほど、ありがとうございます。」
「いいんだよ、気にしないで。先程のサイファ君に迷惑料だと思ってくれれば、なお良いね。」
長閑な街道を進んでいく一行は、徐々に増えてきた人波に街が近いことを察していた。その度にサイファを見てぎょっとする者が多かったが、フードを被ったエルドとサイファは最初から気にしていない様子で進んでいく。馬車の横からラザック、サーヒ、ミロチはサイファを飽きもせず眺めては話しているようだった。
そのうち、風が違う匂いを運んでくる。目的地まではあと少しなのだろう。離れた場所に並んでいる様子と城壁らしきものが窺えるとイムニトが皆に告げるように声を大きくして言った。
「もう少しでミースロースです。あと少しですが、ヴァーチさんよろしくお願いします。」
「はいよ、任せときな。旦那。でも、コイツがいるから誰も近寄っては来ねぇだろうがな!」
ヴァーチはサイファを親指で指しながら、睨み付けていた。その視線に受けて立ったサイファもヴァーチに対して剣呑な雰囲気を出す。それを見て、エルドは額を押さえながらため息を吐き、イムニト一家はくすくすと笑っていた。ここに来るまでの時間でもう既に何度も繰り返された光景であったのだ。
「2人ともいい加減にしませんか?」
エルドは宥めるように言うが、それに2人が反応する。
「「コイツがケンカを売ってくるんだ!!」」
「「あぁん?」」
そして、2人同時に同じ事を言って更に睨み合う。ここまでは既に出来上がっているやり取りだ。
エルドは更にため息を深くするしかなかった。そして、笑うイムニトが思い出したかのようにエルドに問いかけた。
「エルド君、身分証を持っていないみたいだけど、お金は持ってるかな?」
「はい、多少ながら持っています。師匠が持たせてくれましたので。」
「なら、入街税は大丈夫だね。それと“従魔証”っていうのは知ってるかな?」
イムニトは丁寧な言葉遣いをする少年のために税金を払うぐらいは何でもなかった。むしろ、従魔証のほうが問題であると感じていた。サイファは見たいことも聞いたこともない容姿をしている。そして、その大きさも問題であった。
「ジュウマショウ?それはどういう物なのでしょうか?」
「やはり、持っていないみたいだね。大丈夫、門の衛兵のところで発行して貰えるから。只、サイファ君を説得して欲しいんだ。
従魔証というは“従える魔物の証”というのを書き記したものなんだ。それを持っていることで街での出入りも滞りなく出来るようになる。問題はサイファ君をその手続きの間、話さないようにしてもらうことと不快なことがあっても我慢してもらうことなんだけど・・・。」
「そうですね・・・。私もサイファも面倒事は好きではないので説得できると思います。事前に教えて頂きありがとうございます。では、少し失礼します。」
ホッと息をつき手綱をゆったりと持つイムニトはサイファの元へと歩いて行くエルドを見送る。自分の子供達と仲良くしてくれている少年が余計なことに巻き込まれないように配慮したのだが、サイファの威容に衛兵がどういう対応するか分からない。それなら、前もって相棒であるエルドに説得してもらうほうが心構えが出来ると考えたからだ。
(最初は驚くかもしれないが、サイファ君が大人しくしててくれれば、余計な諍いは起きないと思いたいけど。)
不安になりながらイムニトは手綱を持つ手に力が入っていた。
そして、大きな城壁と言ってもいいような街全体を囲っている壁に近づいていく。何処までも続いているように思えた壁にエルドはその大きさ、長さに目を奪われた。
街に入るための列に並んでいる一行は好奇の目に晒されていた。原因は勿論、サイファである。すれ違うときにサイファを見て驚く者、一行の後ろについて軽い悲鳴を上げる者がいたが、当のサイファは暇だとでも言うように欠伸をしていた。
待つこと数十分、防衛の為であろう壁もその大きさを把握できる距離になったとき、衛兵に囲まれるという自体に陥った。
(まぁ、こういう対応も仕方ないか。サイファがいるしな・・・。とりあえず、どうにかしないとな。)
エルドは囲まれていても落ち着いていた。イムニトに聞かされていたこともあるが、ある程度のことは慣れている。主にカーマのせいで。
そして、馭者を変わっていたヴァーチが馬車の中にいるイムニトに伝えると馬車からイムニトが出て来た。
「どうかしましたか?衛兵の皆さん。」
ゆったりとした口調でイムニトは周りを囲んで警戒している衛兵達に声をかけた。
イムニトの登場でホッとする者、まだ警戒している者もいたが、それでも事態の改善を進めることが出来そうだと確認できて、イムニトは内心で一息つく。
「イムニトさん、この魔物はなんですか?誰かの従魔ですか?」
「えぇ、仰るとおり。こちらにいるエルド君の従魔ですよ。」
顔見知りなのであろうベテランと思われる衛兵と会話をするイムニトがエルドを手で示しながら答えると、そのベテラン兵はエルドの方を向いた。
「君、すまないがフードを外してくれるか?」
「申し訳ありませんでした。私の従魔で間違いありません。」
フードを外したエルドの容姿に息を飲んだ衛兵達。その美しさにだろうか、それとも歴戦の凄みを感じたのか。問いかけたベテラン兵は気付かれないようにそっと息を吐き、改めて問いかける。
「君の従魔で間違いないか?従魔証を検めさてくれ。」
「重ねて申し訳ありませんが、従魔証は持っておりません。田舎から出て来たばかりでして、イムニトさんに教えて頂くまではその存在を存じ上げませんでした。」
エルドの余りにも丁寧な対応に口を開けてポカーンとしてしまう衛兵達を余所にベテラン兵は続ける。
「そうか。なら、付いてきてくれ、その従魔も一緒に。手続きを行うから。」
「分かりました、サイファ行こう。イムニトさん、短い間でしたがありがとうございました。ヴァーチさんもまたどこかで。」
イムニトに礼を述べ、ヴァーチには挨拶をして衛兵の後に続いていくエルドとサイファ。衛兵に囲まれながら進む、その様は連行されているようにも見えた。
「旦那、どうするよ?」
「そうですね、とりあえず街の中に入っておきましょう。エルド君の手続きが終わるよりこちらの方が先でしょう。衛兵の詰め所から出てくるでしょうし。あそこのならサイファ君でも余裕で入れるでしょう。」
「了解だ。じゃあ、ゆっくり待ちましょうかね!」
イムニトとヴァーチは今後の方針を決めて、列の中でゆっくりと進んでいく。馬車の中ではトーラが子供達を落ち着かせるのに必死だった。
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