第14話 出会いがありました

 2人は森の中を進んでいった。

 1人は木の上を飛ぶようにして、もう1人は木々の間や木の根を無視するように駆けていた。

 家を出てから2日程経っていた。カーマからは森を北西方向に進んでいき、川を越えて林を抜けると道があると教えられていた。

 2人は移動1日目は川縁で野営して過ごして、2日目はそこから1日中進んでいた。時間は昼間にさしかかった頃。陽の光がほぼ真上からてらしていた。


「よぅ、相棒。そろそろ飯にしねえか?」


「そうですね、そろそろ良い時間でしょう。にしても、以前から広いと思っていましたが・・・。こんなに広いとは予想外ですよ。」


「だよなぁ、川に着いた頃には夕方だったしな。1日進んでもまだ林になってないってのはどんだけ馬鹿げた広さなんだ、この森は。たまに雑魚が絡んでくるしよぉ。」


「ですね。まぁ、雑魚相手でも、今の私には丁度良いですよ。1撃で終わらないようにもう少し粘ってくれないと練習にもなりませんけど。その雑魚のおかげで肉には困ってないですから、サイファには良いんじゃないですか?」


「そらそうだがよ。だからって、弱い奴に絡まれても面倒なだけだ。相棒相手に訓練した方がよっぽど身にならぁな。」


「それを言ってはお終いですよ。サイファ、あそこに沢があるみたいですよ。あそこで休憩しましょう。」


「あいよ、肉焼いてくれな?」


「分かってますよ。枯れ木を集めてきて下さいね。」


 暢気に会話をしていた2人は休憩に適した場所を発見し、そこで昼食を兼ねた休憩を取ることにし、進んでいた速度を徐々に落とした。

辿り着いたのは綺麗な水が流れている沢のほとりの岩場で、エルドは程良い大きさの石を積み上げ竈を造り、サイファは枯れ木を探しに行った。


パチパチと木々が燃える音と木の枝に刺した肉が焼ける音がゆっくりと2人に響いていく。エルドは腕輪から香辛料を取り出して、焼けていく肉に振りかけていく。

森の中でエルドとサイファに襲いかかってきた獣は身体が大きい猪型、素早く群れを成す狼型、額にある一角で突き刺そうとしてきた兎型で前日の川で解体作業をしていたのもあり、腕輪型のアイテムボックスには大量とも言える肉が内蔵されているがエルドにしては心許なかった。


「そろそろいいんじゃねぇか、エルド?良い匂いがしてるしよ。」


「まだですよ、もう少し待って下さい。」


 なぜなら、食いしん坊が2人―今は1人だが―、その食べる量が途轍もないからだ。それでもエルドが装備している腕輪には昨日狩った魔物の数十倍は入っていると言っても過言ではない。が、それでも日々、消費されていく量を考えるとどこかで、いや、何処であっても食材と思われる物の入手に余念がなかった。最早、主夫である。


「今日中に森から林ぐらいに変わってくれると良いんですけどね。」


「はぐはぐ、それは、ごっくん、無理かもしれねえなぁ。未だによ、鬱蒼としているし。木に登って見ても変わらなかったんだろ?」


 昼食を食べながら、今後のどれくらいの時間で街道に出られるか、予想しようとしてはサイファの身も蓋もない言葉にうんざりするエルドだった。


「これじゃ、旅っていうより野営訓練に近いですよ。環境は段違いに良いですけどね。」


「そりゃそうだろ・・・。あんときは大変だったよなぁ、エルド。」


「えぇ・・・。全くですよ・・・。」


 思い出すかのように、2人して目を閉じて、顔を上げる。

 そして、その内容に顔色が悪くなっていった。


「止めましょう、サイファ。気分が沈んでいきます。」


「そうだな、相棒。止めておこう・・・。」


 思わぬ食休みを取り、気分を切り替えてこの場を去ろうとしたエルドにサイファが声をかける。


「んで、相棒。さっきからこっちを伺っている出歯亀なヤツはどうするんだ?」


「こっちに飛び出してこない所を見る限り、相手にしなくてもいいでしょう。お腹が空いているのかもしれませんから、これは残していって上げましょう。」


「勿体ねえなぁ。俺が食ってやるのによ~。」


「貴方は十二分に食べたでしょ?どれくらい焼いたと思っているんですか?野菜はほとんど食べていないのに。」


「はいはい、悪かったよ。残していくのに文句はねえからよ。」


「全く・・・。ちゃんと食べないと肉出しませんよ・・・。それじゃ、ここに残していきますから、あなたも食べて下さい。」


 悪びれずにそう言うサイファにエルドは少し大きめの声を出して走り出しって行った。サイファも慌てて後を付いて行くが、次はちゃんと食べるから!!という弁明をしながらであった。


 エルドたちが座っていた場所の反対側から沢を飛び越えてやってきたモノは目の前にある食料と先程の声を聞いて歓喜に打ち震えていた。それがエルドたちを見かけたのは偶々だった。

 そして、それは焼き上がった肉を食べ終わり、また森の中へと進んでいった。自分の強さを磨くために。




 エルドたちは3日かけて、鬱蒼とした森から動きやすい林へと周囲の様子が変わり安堵していた。街道までもう少しと思いながら、進むこと数時間。2人はようやく林を抜けて平原へと出てこられた。


「はぁ、ようやくですね。さて、街道はどっちでしょうか。」


「本当にようやくだな。カーマ様は北西に向かっていけばっておっしゃってたんだからこのまま進んでいけば良いんじゃないのか?」


「あのヒト、テキトーなことを言うときがありますからね。でも、他に指針はないですし、このまま行きますか。」


 カーマから示された方向に進しかないということで、2人は街道らしき道を見落とさないように歩き始めた。疲労もあるだろうが、もしかしたら走ることで被害があるかもしれないと危惧したのだ。

 陽が落ちようかどうするか迷う頃には街道のようなものを見つけたのだがどちらの方向に進めばいいのか分からない2人は相談を始めた。


「さてと、どちらに行きましょうか?」


「うむ、分かんねえな!!」


「そうなりますよね・・・。じゃあ、もう少し待って、野営してるところにお邪魔しましょうか。そのうち何処からか煙でも見えてくるでしょう。」


「そんな不用心なことする奴らがいるかねぇ、いくらなんでも。」


 サイファの呟きにエルドは腕を組んで顎に指を当てて考え込む。たしかに、サイファの言うとおり、いくら街道の付近とはいえ、居場所を知らせるようなことをするのか甚だ疑問だ。しかし、そういう目印がないと身動きが取れないのは間違いない。

 カーマの言うとおり北方向に進んでいって、分かれ道があったら?そもそも街道を進むのは北方向ではなかったら?そんな可能性を捨てきれず、2人は今こうして立ち止まっているのだ。


「そうなんですよね・・・。しかし、腕に覚えがあるヒトなら食事の大切さを分かっているはずなので、このような平原では煙ぐらい起こしても何とかなるのでは?それにそういうヒト達が集まって野営するような場所かもしれませんし。」


「まぁ、その可能性もあるわな。とりあえず、どっか休めそうな場所までは移動しようや。」


「それもそうですね。じゃあ、北方向に行きますか。」


 それから北方向に街道沿いに歩いていく2人はたまに遠くを見やってはヒトがいる証を探していた。陽が本格的に落ち始め、周りの光景が様変わりしたとき。サイファが一筋の煙が立ち昇っていくのを発見した。エルドも遅れたが発見した。


「向こうですね。」


「その様だな。少し、外れてはいるが。」


「ですね。でも、行ってみないことには始まりませんから、行ってみましょう。」


 だな、と返事をして2人は目標に向かって走り始めたのだった。

 ほんの少したった後、もうすぐその場所だという所でエルドたちは速度を落として、歩いて行く。必要以上に警戒されないための措置だ。

 エルドたちが辿り着いた場所は馬車が1つだけであるだけだった。家族であろうか、男女3人と子供が3人いた。竈を造り、たき火を焚いてた。


「あの、すみませーん!!」


 エルドは少し遠くから声をかけた。すると1人の大男が側に置いていた武器を持ち、エルドのほうに向かってきた。互いの距離が数メートルまで近付くと大男の方から声をかけた。


「おぅ、坊主。何の用だ?こんな何もない、原っぱで。」


 大男は警戒をしたまま、エルドに問いかけた。その警戒は主にサイファに向けられているようだった。無理もない、サイファは魔獣と呼ばれる生き物だ。見た目が少年のようなエルドとは脅威度が違うだろう。


「私はエルド、こっちはサイファ。少し尋ねたいことがあるのですが、構いませんでしょうか?」


「おぅ、おっさん。そんなに警戒すんなよ。襲ったりなんかしねえから。」


「誰がおっさんだ!まだお兄さんとも言われたことがあんだよ!!」


 大男は思わず、サイファにツッコミを入れてしまった。そして、そのままツッコミを入れたことではなくサイファが喋ったことに驚き、更に警戒を強めた。


「喋れるってこたぁ、魔獣か。そして、その大きさで警戒すんなってのが無理だろうが。」


 大男は武器を持つ手に力を込めることで、更に警戒を強めた。


「それはそうですね。ですが、聞きたいことを聞けたらこのまま去りますので。教えて頂けないでしょうか?」


 サイファが再度、口を開こうとしたのを遮るようにエルドが口を開いた。エルドが先に話したことで、サイファはそのまま喋らずに黙ったままでいた。


「分かった、坊主。こっちも無用の戦闘は避けたいからな。答えられることだったら、答えよう。」


「良かった。ミースロースに行くにはどう行ったらいいですか?」


「そんなことでいいのか?」


 大男は何を聞かれるかと身構えていたのだが、あまりにも簡単な質問に聞き返してしまった。エルドは大男の聞き返しに頷いて答える。


「そんなことが今は重要なのです。それで答えて貰えますか?」


「あぁ。ここからすぐに行ったところに街道があっただろう?それを右手側に進んでいけばいいだけだ。分かれ道もないしな。」


「ありがとうございます。それだけ聞ければ十分です。行きましょう、サイファ。」


「おぅ、ありがとな。おっさん。」


 そう言って、その場から離れようとする2人に男は待てと声をかけて更に続けた。


「もうすぐ夜になる。お前らも何処かで野営するんだろう。なら、このまま俺達と一緒に野営しよう。雇い主に聞いてくるから少し待ってろ。」


 そう言うなり、大男はエルドたちの答えを待たず馬車の方へと戻っていった。その様子を見ていた2人は待つことにしたのだが、どうしたものかと考えていた。


「気の良いヒトなのかもしれません。見過ごせなかったのでしょう。」


「まぁ、そういう見方もできらぁな。夜番をする人数が増えることで負担を楽にしようという打算もありそうだがな。」


「そういう打算はあって然るべきでしょう。それぐらいの負担なんて私たちには大したことではないですし。」


「そらそうだな。それにそもそも魔物も近寄ってきそうにないがな。それにガキ共もいたが大丈夫なのか?」


 エルドたちは大男が何故、供に野営をしようと提案されたことにあれやこれやと推測を考えて、夜番の負担の軽減が狙いではないかということに落ち着いたところで、大男が帰ってきた。


「許可が下りた。付いてこい。」


「分かりました。行きましょう、サイファ。」


「はいよ。よろしくな、おっさん!」


「俺はおっさんじゃねえ!・・・そう言えば、まだ名乗ってなかったな。ヴァーチだ。まぁ、短い間だがよろしくな。エル坊にサイ坊。」


 3人は既に暗くなった周囲の中、たき火の灯りを頼りに馬車の方に歩いて行った。

 たき火の周りでは男女2人と子供3人が談笑していた。こちらにやって来る足音に男性が顔を向けると見知った顔が手を振っていた。立ち上がり、そちらに向かっていく。


「イムニトの旦那、連れてきたぜ。すまねぇな、我が儘を言って。」


「いえいえ、聞けばミースロースに行くということですし、こんな時間ですから。子供1人を放ってはおけないでしょう。それでヴァーチさん、そちらが?」


「このちっこいのがエルドで、後ろにいるのが・・・。って、あれ?エル坊?あいつは?」


「サイファは薄暗い時間に自分を見ると驚くだろうから、寝静まったら合流するそうですよ。」


「なんだ、あいつ・・・。気も遣えるんじゃねぇか。イムニトの旦那、もう1人というかもう1体は朝、紹介するんで良いか?」


「そういうことならそうしましょうか。では、エルド君でしたね。商人をやっているイムニト・マルースと申します。よろしくお願いします。では、家族を紹介しますね。」


 少し細身の男性がエルドに笑いかけながら簡単な自己紹介をした。髪は短髪で緑色をしているようだ。イムニトはたき火の方へと戻っていった。

 たき火の周りには兄妹であろうか、仲良くご飯を食べながら騒いでいる。もう1人の子供は黙々と食べ進めている。その光景を優しい目をしながら見つめている女性がいた。


「トーラ!こちらに来て下さい。エルド君、私の妻のトーラとあそこで仲良く食べている子達がラザックとサーヒです。仲良くしてあげて下さいね。」


「んで、あそこで黙々と食べているのが俺の娘のミロチだ。」


「えっ、娘?」


「何だよ、娘がいたら可笑しいのかよ。」


「いえいえ、そんなわけでは・・・。」


 娘と聞いて驚いたエルドがヴァーチに顔を向けると、くすくすと笑いながら近寄ってくる女性が朗らかに挨拶をした。


「まぁまぁ、ヴァーチさん。ムスッとしないで。初めまして、イムニトの妻のトーラよ。よろしくね。」


「初めまして、エルドと申します。相棒がいるのですが、今は席を外しているので朝になったら改めてご挨拶を。短い間ですが、お世話になります。」


 頭を下げて挨拶をしたエルドにトーラは目を見開きながら驚いたが、すぐに笑顔になり、エルドを撫でながら褒めた。火の明るさで薄らと見える笑顔が慈愛に満ちていた。


「偉いわね、エルド君。きちんと挨拶できて・・・。うちの子達もこれぐらいの出来て欲しいのだけどね~。」


 きゃいきゃいと言いながら食べている子供らに視線を向けるとため息交じりにそう漏らした。その様子にイムニトがまぁまぁと宥めていた。


「ではエルド君、子供達の紹介もするついでに食事にしましょう。」


 エルドはイムニトに促されて、たき火の方へと更に近付いていく。炎の揺らめきが、燃えている枯れ木の音がこれからの会話が盛り上がるように勢いを増したようだった。

 エルドは1人離れた相棒を思いつつ、ミースロースの街並みを聞いたり、自分のことを話すことで打ち解けていく。

 夜はこれからだと言わんばかりに空の星が輝きを増やしていく。


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