第9話 訓練は連続戦闘でした1

 小さな少年が目の前の女性目掛けて疾走する。右手には金属の棒を持ち、左手には短剣を持っている。飛び込む少年の身長は150cm前後、対して女性は190cmを超える大柄の女性だ。普通に戦っていては届かない。高さも違えば、手の長さも違う。

 少年は女性まで距離1mぐらいのところで飛んだ。効果音が付きそうなほどの速度を持って飛び込んでいくが女性はにやにやと笑顔を崩さず撥ねのける。

 少年は軌道を変えられても慌てずに反転して再度飛び込んでいく。そして、またはじき出されてしまう。女性が持っているのは木を材料にした剣だ。しかも、誰にでも手に入れられる只の木だ。普通に考えれば、金属の棒や短剣に勝てるわけがない。しかし、木剣に傷はなかった。

 少年は愚直に飛び込むことを止めず、時折、フェイントも織り交ぜるが引っ掛かることなく。女性は弾くだけである。


「おいおい。また1撃も入れられずに終わるのか??あぁん??」


 にやにやの顔からニタニタと少年を煽るように表情を変えた女性に少年は額の血管が浮かび上がるのを感じた。


「今日こそは1撃と言わず、その息の根を止めて差し上げますよ、師匠!!」


 少年は挑発に乗って、彼なりに挑発を仕返してはみたものの、女性は気にすら留めずに更に返した。


「ほぉおん。今までまともに打ち合えてすらいないお前が、どうやって俺の息の根を止めるのか楽しみだねぇ。どうやって止めるんだい?さぁ!さぁ!さああ!!」


 と、首を差し出しながら挑発を超えた煽りを受ける結果になってしまった。その首を差し出しながらも彼女は少年を弾き飛ばす。そして、激昂した少年はその首を速度更に上げてはまた挑発されてしまう。


「情けないねぇ、エルド。たかがこれぐらいでそんなに煽られて。いつも言っているだろう?煽られたんなら、煽り返せと。」


 だが、エルドは言葉は発さず飛び込むことを止めない。右から左へ、左から右へ、上から下へ、下から上へと。生えている木を踏み台にし、ときに緩急をつけながら、フェイントを織り交ぜているにも関わらず、彼の師匠には届かない。その紅いだけではない夕日のような色に輝く髪の毛1本にすら触れられない。有効打を与えられる範囲にすら入れない。


「じゃあ、今日はここまでだ。」


 終了の言葉を出した彼女は飛び込んできたエルドの背中を強かに打ちつけた。

 エルドは、打ちつけられた衝撃と叩きつけられた地面との衝撃で彼女の腰ぐらいの高さまで浮かんで口から血を吐き出しし息切れを起こしながらも感謝を述べた。


「き、きょ、うも、あり、が、とう、ござい、ま、した。・・・カーマ、し、しょ、う。」


「おう、日に日に良くなってはいるが。やっぱ、まだまだだな。頑張れよ、エルド!」


 今までの表情とはまるで違う優しさの溢れる笑顔向けたカーマだが、急に思案顔になり顎を2本の指で挟む。そして、閃いたとばかりにエルドに向けてこう言った。


「通常訓練も飽きたから、明日からは違う相手と連続で戦闘訓練だ!!なお、異論は受け付けてねぇから!」


 ただ、自分が飽きただけだった。それだけで弟子の訓練方法を変える。カーマはそういう我が儘を超える師匠であった。しかも、そういった変更は今までも沢山あった。今回も飽きたカーマが面白半分に弟子を使うというだけ。さらにたちが悪いことに、その変更に伴う訓練方法が間違っていないためエルドも文句をつけることを既に諦めていた。最初から異論など聞きもしないからだ。


(このクソ師匠が!!今度は何をやらせる気だ!!しかも、こんな重りを全身につけさせて、こんな状態なのに最速で突っ込んでこいとか頭ん中どうなってんだ!!いや、違う・・・、最初からどうにかなってる人だった・・・。)


 息も絶え絶えになっているエルドは心の中で文句を言うとカーマに身体を担がれて帰って行くのだった。彼らにはいつもの光景なのだろう。

 ひとしきり休憩を終え、回復したエルドは台所に立ち、夕食の準備をし始めた。『弟子たるもの、師匠の飯は作れ』とカーマが宣(のたま)ったからだ。自分で何でも出来るにも関わらず、弟子に家事全般をさせて楽をさせているだけのようにカーマはソファで寛いでいた。


「それで師匠、次はどんな訓練するんですか?」


 トントントンとリズム良く材料を刻んでいくエルドは次の訓練について尋ねた。スープと炒め物を作ろうとしていた。その様子を見ながらカーマは匂いを嗅ぐ。


「うーん、良い匂いだ。ん??今回の訓練か?聞こえてなかったのか?だ。」


「具体的には?」


だ。」


「だから、具体的には?」


だ!」


 カーマは頑として内容を言わず、エルドは追求していくが同じ言葉を言われるばかり。諦めたエルドはご飯の用意を済ませ、食卓に2人はついた。

 旨い旨いと言いながら食べ始めるカーマを見て、エルドも食事を進めていく。食べ終わった食器を台所まで持って行き、洗い始める。


「明日から始めるからな。準備しておけ。どのような状況になろうとも準備不足にならないようにな。達成できたら、ご褒美やるよ。確定しているわけじゃないが、何日でも泊まり込めるようにしておけ。」


 すると、カーマが食後のお茶を飲みながら、アドバイスをする。具体的な訓練内容には言及しないが、カーマにとっては初めての弟子で可愛がっているのは間違いないのだ。


「分かりましたよ、食器を洗い終わったら準備します。明日から訓練ということなので今日はお酒なしですから。」


「なぁっ!?ちょっとまっ」


「泊まり込みということは遠くに行くのでしょうからお酒は邪魔なので持っていきませんから。いいですよね?」


 すこぶる良い笑顔でカーマに二の句を告げさせないエルドに対してジタバタしながら飲みたいと連呼するカーマだったが、1杯すら貰えずいじけてしまうのだった。


 そんなこんなで翌朝。部屋で準備を終えたエルドが玄関の前で大きな背嚢を背負い、防具と武器をきちんと装備して待っていた。フード付きのローブ、籠手、胸当て、脚当て。武器は片刃の小剣を2本と腰回りには投擲武器であろう金属の棒を尖らせた物を差していた。


「ちゃんと、準備できてるか?行くぞ。」


「はい、師匠。」


 一方、カーマはロングソードにしては幅の広く幾何学的な赤い線が入っている剣を腰に差しているだけだった。防具と思われる物は何も身につけていなかった。ただ、エルドが何も言わないのはその装備がいつものことだったからだ。武器だけは気分で色々変えるようなのだが。

 

小屋の周りにある森を山脈のがある方向へ走っていくカーマに追随していくエルド。しばらく、走っているとカーマが速度を落とし始めた。そして、完全に止まり、目の前には森の中だというのに開けた場所が出来ていた。2人がいる場所は高台になっていた。そこからカーマは中腰で遠くを見るように眼を細めた。後ろにいるエルドはカーマの横から同じように腰をかがめて覗き込んだ。

眼下に集団がいた。赤を基調とした皮膚の色をしており、2本脚で立って動いている者もいる。赤茶色の体が小さい者、所々が黒い点がありカーマより大きい者。棍棒のようなものを持っている者からボロボロの剣のような物を持っている者もいる。


「最初はここだな。数は少ないが・・・。まぁ、最初だから良いだろう。」


「師匠、アイツらは何なんですか?」


「アイツらはなぁ~。ゴブリンだな、ゴブリンにしよう!」


(いや、ゴブリンにしようって・・・。まぁ、いいか。師匠がそう言うんだし。俺には分からないしな。)


 似た者師弟であった。ただ、エルドは通常のゴブリンとの強さが違うことを知らなかった。

 眼下にいる集団はおよそ50体ほど。出入り口は1つ。掘っ立て小屋もいくつかあることから、総数はもっと多いと思われた。


「よし、エルド。あそこに入口があるだろう。行ってこい。1体ずつ仕留めてくるんだ。」


「はい?」


「連続戦闘の訓練だよ。」


「連続戦闘ってこれ、集団戦闘じゃ?」


「ん?集団でも関係ないだろ。連続で戦ってたら、結果、集団だったなんてしょっちゅうあるからな。」


 とぼけたことを言うカーマに抗議しようと立ち上がろうとするが、今更、言ったところで訓練内容が変わることのない。ため息を吐きながら、背嚢を下ろして、いってきますと立ち去ろうとするがカーマから訓練内容の続きが示された。


「肉弾戦だけで仕留めろ。スキルは適時使用していい。ただし、あくまでも1体ずつだ。そして、ここが一番重要なことだが・・・。今回は死体を1カ所にまとめろ、戦闘中にな。」


「はっ?そんなことできるわけがないで・・・。」


「出来ないとか言うな、やれ。」


 不可能だと言うエルドに被せるようにやれと言うカーマの表情は真剣だった。その顔を見たエルドは言い直す。


「分かりました、師匠。精一杯頑張ります。」


「頑張るんじゃねぇ、やるんだ。」


 再度、お前には拒否権がないと言わんばかりにいうカーマにエルドは観念してしまう。


「やってくればいいんでしょ!殺ってきますよ!」


「おう。殺ってこい。」


 エルドの返事に満足したのか、笑顔を作って送り出した。





(畜生め!戦闘中に1カ所に死体を集めたらいいんだろ、やってやろうじゃねえか!)


 いつもの口調とは違い、荒くなっていくが先程までのやりとりで気持ちが荒んでいたエルドは自分を落ち着かせるように数回、深呼吸する。


(1カ所に集めるか、どこに集めるべきか。いや、どうやって集めるべきか。指示は肉弾戦。投擲武器は封印だな。小さい個体は蹴り飛ばすなりすればいい。問題は師匠ほどもある大きめの個体。)


 エルドは指示と訓練を達成するべく手順と方法を固めていく。周囲を警戒しながら、出入り口付近まで近づくと考えを固めた。


(壁際が良いかと思ったけど、中央にしよう。入口から時計回りに回っていって中央に飛ばしていく。剣じゃなく打撃武器のほうが良かったか。今更嘆いても仕方ない。さぁ、やるか!)


 エルドは気合いを入れ、進んでいった。

 出入り口は上から確認していたが1つ。門番らしきものは居ない。出入り口からそっと中を見ると近くに3体のゴブリンがギャアギャと何事かを話しているようだが、エルドにはその言葉の意味は分からなかった。


(近くにいるのは3体。瞬殺して集めてもらう役になってもらうか。それからは計画通りに。)


 その3体にどういう役割を与えるか決めたエルドは、前もって決めた方針通り動くこと実行した。


 喋っていたゴブリンが突然、止まる。目の前に居たはずの仲間の姿が消え土煙が起こったからだ。何が起こったのか分からない2体のゴブリンは口を開けたまま、お互いを見ている。


「さっさとこっちに気付いてお仲間に知らせて下さい。こっちにも都合があるんですから。」


 土煙が晴れていき、音がした方へと顔を向けたゴブリンは侵入者がその姿を顕にする。2体のゴブリンは大きな声を張り上げる。仲間に知らせたのだ。その様子にニヤリと笑うエルドは役割を果たしたゴブリンの頭に突きを放って絶命させる。


「仲が良さそうだったので3体とも同じ場所にいてください。」


エルドは3体のゴブリンの死体を集落の中央へと投げた後、集まり始めたゴブリンに向かって駆け出していく。





「おぉ~、やり始めたな~。でも、まだまだだな。1カ所に集めきれてねえし。まぁ、最初はこんなもんか。」


 最初のうちは小さい個体ばかりなこともあって順調に打ち上げたり、死体になったゴブリンを投げ飛ばしたり蹴り飛ばしたりしていたエルドだったが、大きな個体が混じり始めるとリズムを崩したように、雑になっていった。

 その大きさに引きずられるように力加減を間違えたり、大きな個体の攻撃に巻き添えを食らわされたりと初めての集団戦とそれに伴う訓練内容を達成しようとして頭では分かっているのだが、どうにもならないようだ。


「そこはそうじゃねぇよ!違う違う!先にデカいのを打ち上げて、その間に小さいのを始末すりゃいいんだよ!おっ、気付いたな。そうそう、そうだ。最初からやれってんだ。」


 やきもきしながら戦いの経緯を見守るカーマは1人で盛り上がっていた。腕を組みため息をついたり、両手を交互に打ち出したりとその様子は楽しんでいた。

 カーマは楽しみつつ、これからの訓練をどうするか考えていた。最初は素材となるゴブリンの死体も綺麗だったが戦闘が進むにつれ死体に傷が増え、その価値が下がっていった。


「こりゃ、何日かかるかな。まぁ、ある程度できるまで徹底的だな、こりゃあ。」


 カーマは自分の基準で出来るまで訓練を続行することを決めた。そしてそれはエルドが地獄を見ることが決まったことを意味する。カーマは次の相手はどれにしようかと周りの気配を探ろうとしたとき、大きな音が響き渡った。


「さぁ、今回の主役だな。さっさとしないとせっかく集めたのが滅茶苦茶にされるぞ、エルド。」


 ニヤニヤと笑いながら高台から見守っているつもりのカーマなのだった。



  


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