第8話 報酬もらいました

 エルドたちはフェル村に到着すると警備兵からネルスラニーラの店へと行くように促され、眠た気な顔をしながら店に到着した。


「おはよう、エルド君、サイファ君。裏口に案内するからそこから中へ入りましょう。」


 いきなり扉が開いたかと思うとネルスラニーラがそんなこと言いつつ先導する。エルドは頷いてその後を、サイファは欠伸をしながら面倒臭そうに付いていった。


「このまま、うちで泊まっていって。あの子の弟子を宿に泊まらせるなんて出来ないわ。それにサイファ君もいるし、断られるかもしれないでしょ?」


「確かに。サイファを厩舎になんか入れると後が怖いですね。間違いなく不機嫌になります。」


「当然だろうが。俺は馬じゃねぇ。」


 憮然として言い放つサイファに2人は苦笑しながら歩いていく。

 丁度、ネルスラニーラの店の裏手側に着いた。そこにはサイファすら余裕で入れる大きさの門があった。


「さぁ、入ってちょうだい。商人との取引で馬車が入れる大きさが必要なのよ。」


 裏口は両側から開く門のようになっていた。そして、そこにはいくつかの花壇と倉庫と思しき小屋があり、更にはテラスのような場所と地面は芝生のようになっていた。


「サイファ君はごめんね、どこでもいいから寛いでもらえるかしら?流石に家の中には入れそうもないし。エルド君は客室があるからそちらへどうぞ。」


「あいよ。これだけの広さがあったら十分だ。エルド、飯を寄越せ。」


 エルドはため息をしつつ腕輪から皿と今、焼けたばかりの肉の塊を出して汚さないようにとサイファを嗜めつつネルスラニーラの後に付いていった。


「ここよ。じゃあ、エルド君、詳しい話は後ほど。おやすみなさい。」


「分かりました、後ほど。おやすみなさい。」


 挨拶もそこそこにエルドは身につけていたものを腕輪に収納し、ベッドへと身体を預けるのだった。







 時間帯は昼を過ぎ、夕方にさしかかろうかという頃、エルドはもぞもぞとベッドから起き上がる。外を見てみるとまだ明るいことから日を跨いではいないと思い、支度を始めた。

 客室から出るとネルスラニーラが居間でお茶を飲んでいた。採光性の高い位置に窓があり、絨毯や家具や暖炉が、華美ではない装飾品などが彼女の為人(ひととなり)を表していた。


「起きたのね、エルド君。顔を洗ってらっしゃい。それから、シッカーたちのことをきかせてくれるかしら?」


 エルドは言われるままテラスにある洗面所らしき場所で顔を洗い、辺りを見回すとサイファが庭にある木の側で眠っていた。それを確認すると微笑んで部屋の中に入っていき、ネルスラニーラの事の顛末を話したのだった。


「エルド君はシッカーを知らなかったのね・・・。あの子はあなたに教えてなかったのかしら?まさかそんなことはないと思うのだけど・・・。」


「教えてもらえてなかったというよりも別の呼び名を使っていました。『カマキリ』と。なんでも、師匠が言うには。」


『エルド、あいつを見てみろ。鎌みたいなもので斬るし、もう片方は剣みたいになっているものでも斬る。だから、あいつらは“カマキリ”だ!!』


「だ、と。親指を立てながらおしゃってましたね・・・。まぁ、苦労する相手ではないので簡単でした。どうされたのですか?ネルスラニーラさん。」


 ネルスラニーラは両手で頭を抱えていた。盛大なため息をついてはまたため息を。それを何度か繰り返してしまった。


(まったく、あの子は名前ぐらいちゃんと覚えなさいと何度も口を酸っぱくして言ったのに。ある程度、正確な知識も持ってるし、頭が良いのに覚える気がないものには自分で勝手に名前をつけちゃう癖がまるで直ってない!弟子にまでそんなことするじゃないっての!!)

 ネルスラニーラの態度にどうしたものかと思案したが、話を続けることにしたエルドは呼びかけた。


「ネルスラニーラさん、話を続けますよ?」


「ごめんなさいね、ちょっとあの子の癖が直ってないことに頭を痛めてね。続きをお願いするわ。」


「なるほど、それはそうなっても仕方がないですね。では、始末したシッカーたちの死体は警備隊の皆様が回収し換金してくれると運びになりました。後で詰め所によって進捗状況を確認しようと思っています。

 それとこれはご依頼のあった品です。青い色に染まりました。青系統は私の好きな色なので私の中では予想通りです。」


「ありがとう。エルド君が好きなのは青色系統なのね、綺麗に染まっているわ。濃い色の物もあるわね。色々、試してみたのね。でも、芳しい結果は得られなかったみたいね。」


 微笑みを浮かべながらエルドを見るネルスラニーラは先程の表情とはまるで違っていた。視線を向けられたエルドは頷きながら自分の所感を述べた。


「根から吸わせてみたり、茎からもやってみたりしたのですが、どれも均一な色になることはほぼなくて。これはそれぞれの玉石草に個性があると考えた方がすんなりと納得できると思って、それ以上は止めました。私が考えることでもないですから。」


「ふふふ、なるほど。好奇心旺盛なのは師弟両方ね。さて、報酬の話をしましょうか。今回の依頼とシッカーたちの討伐分ね。どういうのがいいかしら・・・。玉石草の分だけだったらお金で支払ったのだけど・・・。」


「予定通りの報酬で問題ないですよ、ネルスラニーラさん。あいつらの始末は簡単でしたし。」


「そういう訳にはいかないわ。エルド君、覚えておきなさい。人を使ったり使われたりした場合、難度の問題ではなく報酬は発生するものなの。そして、その報酬は払わなければならない。それが依頼というものよ。簡単に考えてはいけないわ。

 今回の場合は追加の依頼が発生したのだから、その分の上乗せね。エルド君は仲間を増やしていく気持ちはあるのかしら?」


 エルドはネルスラニーラの諫言にそういうものなのかと心に留めながら先の言葉に返答する。


「仲間ですか?サイファがいてくれれば十分なのでそういう気持ちはありません。」


「なるほどね・・・。決めたわ!少し待っててちょうだいな。」


そう言うと、ネルスラニーラは庭へ繋がる出入り口へ向かっていくのだった。エルドは彼女が戻ってくるまで出されていたお茶飲みながらこれからの予定を立てていく。


(詰め所に寄ってムースさんに確認して、それから少しアドバイスをしようかな。見張り台が低すぎるし。まぁ、逆にこちらに何かあると教えるようなものか~。あとは防壁がちょっとだけ頼りない気がするし。明らかに村の規模じゃない土地の広さというか人の多さというか・・・。警備隊の武器はシッカーたちの素材からどうにか出来るだろうし、そもそも粗悪な物を使ってはいなかったけど。)


 など、考えているとネルスラニーラが少し綺麗な装飾を施された箱を持って戻ってきた。その箱は羽と花が装飾されていてどこかの職人が手掛けた1品としても申し分のないできであった。


「さぁ、今回の報酬が決まったわ。こちらをエルド君とサイファ君に。開けてみてね。」


「はい。ちょっと楽しみです。」


目の前に報酬という飴を出されているエルドは浮かれていた。

 自分の師匠のかつての仲間なのだ、彼女は。その彼女が綺麗に装飾された箱を持って、報酬だと言われればいやが応にも期待が膨らんでしまうというもの。

 エルドはその箱をそっと開けていく。何が出てくるかわくわくしながら、にこにこと笑顔が微笑ましい。その顔はネルスラニーラにも自然と移り、彼女もその光景に笑みを作っていた。


 その箱の中にはイヤリングが入っていた。それも複数。

 全体は水色がかっており、藍色と黄色の宝石のような物が耳につける部分の上下でついておりその下には菱形の金属がついていた。それに耳の後ろになるであろう部分には鎖が菱形の金属部分から耳につける部分にかけて付いていた。

 エルドはそのイヤリングを見て、手に取り興味深そうに眺めていた。彼女が報酬と出してくれた物だ。ただの装飾品のわけがないと判断したエルドは考え込むが結論が出てこないと諦めて、素直にネルスラニーラに聞くのだった。


「ネルスラニーラさん、教えていただいてもよろしいですか?このイヤリングはどのような物なのか。」


「これはね、連絡用の魔導具なの。これから別々で動く機会があるかもしれないし、仲間が増えるかもしれない。そういうときにこれがあるとお互いがどういう状況か、どういう状態か確認が取れて便利よ。使用する魔力も微々たる物だけど遠距離になると会話が出来なくなるの。けれど、この村からあなたの師匠のところまでは使用可能よ。」


 エルドは思った、十分遠距離ですと。やはり、師匠の仲間なだけはあると改めて思い直した。それを踏まえても便利な道具であることに変わりなかったため、喜んで受け取った。ネルスラニーラはさらに続けた。


「これも使用者を固定出来るわ。最初はネックレス型にしようかと思ったのだけど、戦闘中に邪魔になるかもしれないから、気にならないイヤリングにしてみたの。ネックレス型は数がそれほどなくてね。壊れた時用の予備とこれから増えるかもしれない仲間の分もあるわ。」


 まるで仲間が増えることが確定しているかのように話すネルスラニーラを訝しげに見るエルドだったが、予備があるのはありがたかったので何も言わずに笑顔を向けるだけだった。

 その後、使用方法と固定化の方法を聞いて、庭にいる相棒の元へと向かっていくのだった。木の側で寝ているサイファは近づいてくる気配を感じ取り片眼を開けてエルドを見やった。


「報酬を貰えたようだな。喜んでいるところを見ると中々良い物だったみたいだな。それで何を貰えたんだ?」


 エルドのにこにことした浮かれている表情から察したサイファは何が報酬だったのか、尋ねると、エルドはイヤリングをサイファに見せてどのようなものかネルスラニーラから聞いた説明を繰り返したのだった。






【聞こえますか?サイファ。】


【あぁ、聞こえるぜ。相棒。】


エルドたちは実際に使用して、どのような感覚かを確かめつつ警備隊の詰め所へと歩いていた。エルドはフードを被って顔を隠していたが、サイファの大きさに驚いたり、震えたりする通行人や興味深そうに視線を向ける商人や武器を持った者たちがいた。

 けれども、1人と1頭はそのような視線を無視するかのように進んでいき詰め所へと辿り着く。詰め所にいた警備兵は近づいてくる者たちがエルドたちだと分かるともう1人の警備兵に何事かを言い、エルドに向かって言葉を発する。


「サイファがいるし、エルド君だと分かってはいるんだが、確認したい。フードを外してくれないか?」


「無作法で申し訳ありません。村の中ではフードを外すなと師匠に言われていますので。」


 さらっと自分の師匠のせいにしたエルドはフードを外した。確認した警備兵はムースと組んでいた警備兵だったこともあり、エルドであると直ぐに確認が終わる。


「エルド君だな、中に入ってくれてかまわない。隊長にはもう伝えているから中で待っていると思う。サイファどうする?今日は中にあまり人がいないから入れると思う。」


「じゃあ、俺も中に入りますかね。外にいてじっと見られるのも面倒だからな。」


 サイファは鼻息をふーと出すとエルド一緒に中に入っていった。ちょうど2階から降り始めていたムースとラートがいた。


「よう、エルドとサイファ!起きるのが早かったな。換金はもうちょっと待ってくれ。解体自体は終わってるんだがな。」


 エルドは確認しようと声をかける前にムースが言ったことで確認することがなくなったのだが、感謝の言葉と共に頭を下げた。サイファはすでに興味なさげに寝そべっている。

「ありがとうございます、ムースさん。進捗状況を確認しようと思って、伺ったのですが、滞りなく終わりそうですね。」


「そうだな。解体も総出でやったからな。シッカーの解体自体も難しいものではないし、ここら辺ではよく見かける奴だっていうのもあるけどな。」


「なるほど。それと換金する前で良かった。提案があるのですが、聞いて貰えませんか?」


 エルドは先程考えていたことをムースとラートに告げる。警備兵の持っている武器自体は悪いものではないということは分かるがシッカーの素材を使って武器、防具を一新してはどうかと。

 難しい顔をしていた隊長、副隊長もエルドの言い分も分かるため直ぐに否定もできず、シッカーの討伐に自分たちも加わっていれば素直に頷くことができるのだが、実際はエルド1人が全てを討伐したこともあり、中々、首を縦に振れずにいた。


「厚意はありがたいがなぁ・・・。今回、俺達は交戦すらしてないしなぁ・・・。」


「ですねぇ・・・。」


と、渋っている隊長と副隊長の弁である。

 そこをすかさずエルドは切り返した。


「解体費用ということでぜひ、受け取っていただきたいのです。」


 討伐した本人にそうまで言われてしまえば、渋々とはいえムースは頷いた。そして、せめてもの礼にとエルドたちにも今回、加わった警備兵の労いに宴会をするから参加してくれと願い出るのだった。

 エルドはムースの願いを快く受け入れたのだが、装備を一新して余った素材はその費用にしましょうと隊長と副隊長の負担を減らそうとそう言うのだが、その言葉が嬉しかったのか、そこまではさせられないと固辞されてしまった。


「お前のその気持ちだけで十分だよ。ありがとな。」


と、さらに笑顔で言われてしまえばどうすることも出来なかった。


「じゃあ、聞きたいことがあるんだけどよ。答えてくれないか?なに、変な事じゃねぇよ。エルド、お前どういう風に鍛えられたんだ?シッカーたちとの戦闘とはいえ多対一の戦い方がまともじゃねぇ・・・。」


「たしかに。あれはすさまじかった。」


 ムースの言葉にしきりに肯定するラートが興奮したように視線をエルドに向ける。


「鍛えてくれたのは師匠なのですが。どのように・・・ですか。あれはいつだったかな。」


 エルドは目線を上げて、いつの頃だったかと思い出し始めていた。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る