第7話 撃ちました
「隊長、俺たちは一体何を見させられているのでしょうか?」
若い警備兵の1人は現実を見失っていた。少し離れた場所から飛び上がるシッカーたちの姿を見て何が起こっているのか理解が及ばなかったからだ。
「ホントに何が起こっているんだろうな?俺にも教えてもらいたいくらいだ。なぁ、誰か教えてくれないか?」
当の隊長のムースでさえ、当惑を隠せなかった。彼にとってシッカー自体、苦労はしない相手だ。ただ、それが群れをなして押し寄せるなら話は変わる。
数体ぐらいなら相手取れてもそれが数十体ともなれば、危機感を募らせるのは当たり前だった。
それがどうだ。宙に上がり地面へと叩き付けられるもの、地面と平行して弾き飛ばされるもの、それが2カ所に積み上がっているのだ。
「ふぅ。よし、お前ら!!こっちに奴らはこっちに来ねぇ!!あのチビ助はとんでもないらしい。見ろ!!ご丁寧に死体も積み上げてやがる!後で、酒でも奢ってやりながら歓迎してやろう。こっちの気苦労をこんこんと話してやらんと気が済まん。」
ムースはニヤリと口角を上げ、後ろにいる警備兵たちに言うと笑いが起こった。
「ラートも確認しているだろうが伝令を出せ、後方部隊には撤収を伝えろ。
そして、言っておくがエルドは気のいい子供だ。そして、迫る脅威から村を守った。そこを間違えるなよ、お前ら。」
今の光景を作り出したのは間違いなくエルドだったが、彼が警備隊だけではなく、フェル村の住人を守ったこと、彼が子供だということ。エルドが化け物ではないということを忘れるなとムースは伝えた。
「隊長、我々はこれからどう行動したらいいのですか?」
実直そうな警備兵がこれからのことを訊くと、ムースは体を前方に向けて答えた。
「結果を見届けるまではここを離れるわけにはいかん。俺たちはここで待機だ、念のためな。」
(エルド、上位種は桁が違う、無茶するんじゃねえぞ。帰ってきたらありがたい説教がお前を待ってるからな。)
ムースは目線を前に向けながら、今も戦っている1人の少年を思いやっていた。
エルドは襲いかかってきたシッカーたちを打ち上げ、弾き飛ばし、頭部を貫き、その数を減らしていった。それも無傷で。
シッカーたちはその小さい獲物を自慢の鎌や刃で殺そうと攻撃を繰り出すがその悉(ことごと)くを躱されていった。その度に仲間たちが仕留められていき、目の赤みがどんどん濃くなっていくのだった。
そして、空が色を変え始めた頃。その数は残り数体までになっていた。
「さて、そろそろ決着をつけませんか?もしかして、大きい体をしているのに怖がっているのですか?」
エルドは通じていないと分かっていてもそう言葉にした。その顔はいたって冷静であった。彼の体には傷はおろか返り血さえついていなかった。それは彼の使用している武器にもその一因はあるのだろうが、彼の持つ技量も無視はできない。
エルドは武器を下にして、さらに挑発をした。それを好機とみた残りのシッカーが襲いかかる。
しかし、前方から同時に襲ったにも関わらず、兵隊たちの攻撃はすり抜けていく。振り下ろしは横に避け、薙ぎ払いは歩みを止め、左右からの同時袈裟斬りはすり抜ける。
兵隊たちの攻撃が殺到する中、表情を崩すことなくエルドは前に進んでいく。振り下ろしをしてきたモノは宙に舞い、薙ぎ払いをしてきたモノはと吹き飛ばされ、同時攻撃をしてきたモノは同時に宙を舞う。
襲ったシッカーたちは全て絶命していた。首がねじ曲がり、頭の真ん中に穴が開いていたりと、2カ所でその死体が積み上がっている。
エルドの前には空間が広がるだけだった。
「残すところ、あなただけですね。さぁ、始めましょう。」
「GIII・・・。」
女王は全ての配下たちが殺され萎縮するどころか益々、エルドに対する殺意を塗り上げていた。ヴァイパーに食べられた可愛い子供たちを失った悲しみと怒りでどうにかなりそうだったところにヴァイパーの匂いを嗅ぎ取りここまで来てみたら、まさかの闖入者。
「GGGGIIIIII!!!!」
女王は泣きわめいた。なぜ、自分たちだけがこのような目に遭わねば、なぜ、自分たちだけが、なぜ、なぜと。
理不尽さへの怒りが限界を突破したとき、女王の眼は赤に黒が混じり始めていた。この小さき者への制裁を加えねばやりきれぬとばかりに突撃をしようとしたと同時に目の前に小さき者が現れたのだ。
「泣き叫べば、何かが変わるとでも?もうあなたは終わっているのです。」
エルドは刺突鈍器を振り上げる。女王はさせぬと鎌を振り下ろす。
金属同士の衝突音と巻き起こる風。
エルドは眼を見開く。最初に吹き飛ばした攻撃と同等のもの繰り出したにも関わらず、女王は吹き飛ぶどころか拮抗した。通常種の鎌をも砕いた攻撃も女王たらしめる鎌を砕くには足りなかったのだ。
「へぇ、流石は女王。この程度ではどうにもなりませんか。小手調べするにしても舐めすぎましたかね。」
エルドは口を歪めて不敵に笑う。
相手が上位種だろうが、女王だろうが、関係ないと言わんばかりに。
「では、舐めすぎたお礼として少し披露しましょうか。」
≪
エルドの姿がまた消える。一瞬の間、拮抗していた金属同士が外れた。
エルドが女王の鎌を受け流し、体勢を崩したのだ。自慢の鎌が地面に埋まってしまい、敵の姿を再度見つけようと彼女は頭を上げることが出来なかった。
淡く光る杭が後頭部から貫いていた。
「さようなら、女王様。」
自分の武器についた女王の体液を振り払い、エルドはサイファの元へと向かっていった。
「やっと、終わったか。相棒。時間をかけすぎじゃねぇか?あんな奴らに。
そして、腹が減ったから飯を寄越せ。」
「はぁ~。あなたに労いの言葉のというのはないのですか?サイファ?
これでも頑張ったんですよ?素材に余計な傷をつけないように、ムースさんたちに手間をかけさないように。」
「そんなもの出来て当たり前だろうが、何のためにその武器を選んで作ったのか。忘れたとは言わないよな?自分で作ったんだからよ。
それにだ、あれぐらい手間でも何でもないだろうが。あの方からイヤと言うほど身体に刻み込まれただろ?俺もお前も。」
「それを言われると言い返せませんね。それでも、疲れるのは違いないんですから、寝てないし。」
不満げな顔をしてサイファに言うエルドに疲労の色は皆無だった。さらにげんなりしつつサイファは相棒に問いかけていた。
「なぁ、相棒。たかだか、1日じゃねぇか。俺とお前がやりあったのはもっと長かったはずだぞ?それを思えば1日でぶつくさ言うんじゃねぇよ。
皆を守れたんだからな。」
「そうですね、私が悪かったですね。どんな危険なやつかと思えばあんな奴らだったからつい。サイファも手伝ってくれたら早かったのに・・・。」
それでも結局、不満をぶつけるエルドだった。
それは悪かったと素直に謝ったサイファの言葉に切り替えたのか、エルドはムースのいる方へと歩いて行こうとして。
「もういいですよ、とりあえずムースさんに報告しましょう。それからは流れに身をまかせるということで。」
「あいよ、飯忘れんなよ。」
そう言うと、1人と1頭は警備隊長の下へと向かっていくのだった。
道中でも雑魚相手とは上位種がいたこともあり、どうだったのか聞いてくるサイファにエルドは答えていると、ムースの元へとたどり着いた。
「エルド、サイファ、お前らな。楽勝ならそう言ってくれよ。無駄に構えちまったじゃねぇか。まぁ、俺たちだけだったら犠牲が出たのは間違いないけどな。」
「すみません、ムースさん。まさかあいつらとは思わなかったので。」
ムースはちょっとした不満をぶつけたが、エルドは素直にそのことに対して謝罪した。しかし、彼らが―エルドだけだが―村を救ってくれたことと警備兵らが無事なことにも感謝していたので少しだけ言うだけに留めた。
「後の処理は俺たちに任せてくれ。せめて、これぐらいはしないとな。素材は換金して渡そうと思うんだが、それでかまわないか?それと、2人ともありがとう。」
ムースは今後の行動を決めるとともに感謝を伝えた。
「はい、換金していただいたほうが助かります。ですが、全ては受け取れません。半々で、いかがでしょうか?いえ、たいしたことをしたわけでは・・・。いや、力を貸すことで助けになれたのなら幸いです。」
エルドは全ての素材を受けることを拒否した。警備兵が戦ったわけではないが、これまでのことや後処理の手間を取らせることを鑑みて、辞退したのだ。そして、エルドたちには雑魚だとしても警備兵にはそんなことはない。自分の基準で考えていたことを思い直すことで、感謝の意を受け取ったのだ。
「いや、しかし。我々は何もしてないしな・・・。」
「それこそ違いますよ。ムースさんたち、警備兵の皆さんが後詰めでいてくれたからこそ、私とサイファはシッカーに突っ込めていけたのですから。それに、私は絶対に全ては受け取りません。」
爽やかな笑顔で固辞するエルドに、ムースはやれやれと肩を落とし、ため息をこぼすと、決断したのか顔をエルドに向けた。
「感謝する、エルド殿。貴殿のお力でこの村は救われ、警備兵の損害もなかった。隊長として御礼申し上げる。」
と、言うと腰を折り、頭を下げた。それを見た残った警備兵たちも隊長の後に続き腰を折った。先程までの態度とは打って変わって隊長然とした言葉遣いと対応にエルドはちょっとだけ慌てて
「止めてください!なんでいきなりそんな対応になるんですか!?」
それを聞いた当のムースは顔を上げてニヤリとすると悪ふざけがうまくいったことを喜びながら
「そんなに慌てんなよ、ちょっとしたいたずらだ。ホントにありがとな、エルド。あとは任せて休んでくれ。じゃあ、後でな。」
一杯食わされたことに腹を立てればいいのか、どうか。判断に迷ったエルドは面倒になったのか、後でと、返事をするとフェル村の方へと向かい、苦笑しているサイファは相棒の後ろをついて行くのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます